日々是迷々之記
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朝の回診のとき「ぼちぼち抜糸ですかねー」とK先生に訊いてみた。すると明日で1週間だから明日抜きましょうとのこと。ヤッタ!ということは、ぼちぼち退院もということで訊いて見たら日曜日にどうぞということになった。うれしー!
早速通販のはがきを書く。欲しい秋物があったのだが入院中に届くとまずいのでずっと待っていたのだ。
はがきをポストに投函しがてら外出する。秋晴れのにこにこ空の下、すぐ近所の家電量販店へ。しかしお目当てのマック関連書籍はお寒い限りでちょっとがっかり。結局ファミマでお茶を購入して部屋に戻った。
また昨日のようにのんきぶた睡眠をとってしまったが、明後日退院なのでまあヨシとしよう。はーだらだら。
「のんきぶた」とは小学校2年生のときの担任である中山先生の言葉だ。朝の会か何かで寝坊して遅刻した子(私だったかも)に先生は言った。
「人間は10時間以上寝ると、ぶたになります。のんきぶたです。」
わたしはうなってしまった。ご飯を食べて横になると牛になってしまい、夜に口笛を吹くとどっかにさらわれて、寝過ぎてしまうとぶたになってしまう。人間として生きていくのは大変そうだなぁと思ったのだ。これは何も本気で牛になったりぶたになったりすると信じていた訳でなくて、真面目にしなさいという教えが何だかめんどくさそうに思ったからだ。
その予感は的中し、子供らしさ、女の子らしさ、後には、女性らしさなどの「らしさ」という亡霊に惑わされてきた。そういったことが幻想にすぎないと気づくのに10年、そして解脱に10年。ま、 5年くらいで取り戻したるから覚えとけやワレと、押しつけてくれたジョーシキある人々には言いたい。
この場合、中山先生が好かん!と言うわけではないことを書いておきたい。彼女はマンガ好きでよく私とマンガの貸し借りをしていた。私が、ドラえもんやサイボーグ009、先生がダメオヤジを貸してくれた。ついでにバイク乗りで、事故ったときフトモモの肉がはがれて、こけてくるくる回るホィールのスポークに垂れ下がっていたことなど、とても印象深い話をしてくれた、いい先生だ。今、どうしておられるかはわからないが…。
話はそれたが10年を経て今、牛ぶたの道をまっしぐらである。点滴中にうとうと、食後にぐーぐー、なのに24時ごろになると上下のまぶたさんがそそそと寄り添いはじめ、8時前に枕元に朝食が置かれる音で目が覚める。
寝る子は育つ!というが、子どもじゃないしな、もう。
午前中は雨模様だったので、なんとなくぼんやりと窓の外を眺めながらベッドにころがっていた。点滴は早朝の採血のついでに済ませたのでひたすらのんびりする。
10時ごろT先生がやって来て、患部に貼ってあるスポンジをはがして消毒をしてくれた。はじめて傷口を見たが小さくてびっくりだった。4cmほどの傷が3箇所。ここからあのものごっついネジが出てきたなんて。T先生によるとこれらの傷のうち縦に並んだ2つは中でつながっているそうだ。開いたついでに癒着をはがしたとのこと。これでリハビリ再開後もっと曲がりそうでうれしい。ありがとう、T先生。
その後雑誌を読んだりしてうだうだしていると、お昼ご飯が運ばれてきた。今日のメニューはハヤシライス。これは要注意メニューなのだ。以前、お肉だと思って塊を口に入れたらルーの塊でボヘーとなった苦い記憶が蘇る。慎重にかきまわすと大丈夫なようだ。安心してはむはむと食べる。満腹になって食後のコーヒーを飲んでいるとにわかに外が晴れてきた。
そうだ、洗濯をしようと思いたった。病院の3件隣にコインランドリーがあるのだ。大きな洗濯機だからパジャマからGパンまでいっぱい洗った。30分で洗濯終了、乾燥は20分。Gパンは縮むと嫌なので部屋のカーテンレールに細引きでつるして自然乾燥を待つ。
こうして洗濯物の下がった窓辺を眺めていると持ち物の所帯くささもあいまって、海外のユースホステルで沈没していたことを思い出す。モントリオール、ケベックシティのような都会はどうも居場所がなく、街に出るのも億劫で部屋の窓から行き交う人々や鳩を眺めたり、ぼんやりと過ごした記憶がある。
考えてみると、私の入院生活は安宿に沈没しているようなものだ。好きなように寝て起きて、ベッドの上で食事をし、同室の人達とあたりさわりのない会話をし、気が向いたらサンダルをつっかけて飲物や雑誌を買いに行く。ひとつ何かをすれば「仕事をした。」気分になってしまうところは特に。(今日の場合は洗濯。) One day, one thing. の精神だ。
そう考えると入院生活もお気楽に思えてくる。さぁ明日は何の仕事をしよう。おやすみでもいいか。
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