日々是迷々之記
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朝起きるとだんご虫のようになって眠っていた。外は曇り空。殺人的な日差しはどこかへ行ってしまったようだ。あー、何を着ようかなと思い、アロハシャツはとりあえず止めておいた。悩むほど服があるわけでもなく、適当に着て、自転車をマンションの下に下ろした。
走り出すと、風のにおいが、勢いが違う。何かやわらかく乾いた感じ。優しくシャツの袖から入って抜けて行く。病院についても、いつものように、額から汗がダラダラということもない。秋が来たことを実感した。
お気に入りのショップに秋物が並んでも、スーパーにまったけがあっても、いまいち実感できなかったが、自転車に乗ると、すぐ分かる。季節は五感に訴えてくるから。自転車がすごいと思うのはこういう瞬間だ。
明日からは三連休を利用して、カヌー&キャンプ。行き先はまだ決まっていない。走り出してから決めるのだ。天気の良さそうな方角に。
カヌーで感じる秋はどんなんだろう。今から楽しみだ。
| 2001年09月20日(木) |
10年目のブルーハーツ |
CDを聞こうとして、"2 unlimited"のケースを開けたら、ブルーハーツの"stick out"が出てきた。少し考えてプレーヤーに乗せた。
ががががっとギターの音が溢れ出す。おおかた10年ぶりくらいだ。一時期、ブルーハーツ路線を外していた時期があった。ストレートすぎて向き合えなかったのだ。
「あれもしたい これもしたい もっとしたい もっともっとしたい」 - 「夢」より
…。確かにそうだ。でも出来ない。20才前後は迷いと苦悩の、しかし今考えると笑っちゃうような時期だった。そして、ストレートであることを気恥ずかしいと思うような気持ちが生まれていた。そういう精神状態にブルーハーツは体に悪い。むしられるような感じがしてしまっていた。
「豚の安心を買うより 狼の不安を背負う 世界の首根っこ押さえ ギターでぶん殴ってやる」 - 「俺は俺の死を死にたい」より
そういうメンタリティを持ち続けたい気持ちはあった。でも、豚の安心でも、「安心、安寧」は蠱惑的だった。何だか楽ができそうな気がしていたからだ。安心、安寧からは何も生み出さないことに気が付くまでは。
でも今は違う。10年経って回り道をして帰ってきた。
「ヒマラヤほどの消しゴムひとつ 楽しいことをたくさんしたい ミサイルほどのペンを片手に おもしろいことをたくさんしたい」 - 「1000のバイオリン」より
10年も前からそれが分かっていたブルーハーツはやっぱりすごい。 ブルーハーツを聴くことができるうちはまだ大丈夫だと思ってしまった。 意味のない自信。でも確信でもある。
よっしゃ、今度カラオケに行ったら「ブルーハーツ解禁」だぁ!
一日のうちで、何人の人と関わったのか考えてみた。妹からははがきが来て、近況報告。友達からは電話、メールで飲み会のお誘い。そして、ダンナさんは電話で、三連休の楽しい話をした。
その他、HPを見た友人が久しぶりにメールをくれたり、書き込みをしてくれたり、数えきれない人が私を気にかけてくれている。
普段は能天気でノホホンとしている私がこんなことを考えてしまったのには、理由がある。S先生から意外なことを聞いたのだ。
話は入院中にさかのぼる。かなり初期だ。私は車椅子に乗せられてレントゲン室へ。でも、自分で乗り降りはできず、誰かの介添えが必要であった。部屋では看護婦さんが乗せてくれたが、レントゲン室では技師の先生がいるだけだ。何か介添えの仕方が不安で、わたしは車椅子から立つことができなかった。そこでしびれを切らした技師の先生は、リハビリ室に応援を求めた。すると、S先生が飛んできたのだ。私は安心して、任せることができた。
「そんなこともありましたね。」と会話をするうちに、S先生は言った。
「あのときは、かなり腹が立ちましたね。nao-zoさんにではなくて。まわりに大の大人の、しかも医療者がいるのに、患者さんより先に泣き言をいうんかい!っていうのと、僕が行ったときに、何てあの人たちは言いました?僕の覚えている限りでは『動かすと痛い痛いと言って動かせない。何とかして』というニュアンスのことを覚えています。そして、車椅子に乗るやいなや、そそくさとその場を離れていったことを。患者さんの前で言うことか?することか?しかも、あほみたいにわらっとるし。ということで、本気で腹立ちました。」
私の心の中で、だいぶ片隅に追いやられていたようなことに、腹を立て、一年も心の中に置いていてくれたのだ。
自分の力でがんばって生きているような顔をしているけれど、こうやって見えない気持ちが力になって、助けてくれているのだ。
いとしいひとたちの為に私は何ができるのだろうか? 事故に遭い、失った物より、得た物の方がきっと大きいことに気づくのはこんな夜だ。
みんな、ありがとう。これからもよろしく。
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