日々是迷々之記
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| 2001年09月15日(土) |
雨の琵琶湖と援助交際ネコ |
3時間ほどしか眠らずに6時に起き、オニギリを12個作った。今日は琵琶湖でキャンプ&カヌー三昧だ。祝日なので通院もお休み。
現地の駅で待ち合わせてダンナさんにバイクで拾ってもらう。まずは買い出し。最近はだれているの調理は最小限だ。豆腐の田楽、しめさば、ゴボウサラダ、中華のお総菜セット、エリンギなどを購入。調理はエリンギの炙り焼きのみだ。お酒は、冷酒、ビール、チューハイをゲット。家から持ってきたバーボンがあるから足りるだろう。つまみは、塩えんどう、スモークチーズ、テング印のビーフジャーキー。準備は万端だ。
しかし、とんかつ屋でお昼を食べているとどど〜んと雨が。無言でとんかつを食べる。やっと止んだが、空はいかにも機嫌が悪そうだ。キャンプ地へ行っても状況は変わらず。方針変更して、テント内読書の日とする事にした。
ポツポツとテントに当たる雨音を聞きながら、わたしはカヌーの本、ダンナさんはパソコン誌を読む。Yahoo!BBを導入しようとか話しているうちに二人とも寝てしまい、気が付いたらもう6時半だ。宴会の始まり。
「おつかれさま〜」「何にもしてないけどね(^^;)」などと言いつつビールを空ける。昼間は蒸し暑かったのでのっけからアクセル全開だ。話のネタは来週はどこへ行くか、懸案のカヌーを米国から個人輸入する件、などなど、忌憚なくどかどかと意見を出し合う。
宴会も中盤にさしかかった当たりで雨足が強まってきた。そこで、ネコの鳴き声。可哀想に、雨ののらねこか…。などと思い、テントの裏口を開けるすると、痩せていて、かわいらしい若いネコが一匹。手を出すと警戒しつつも興味ありげに鼻を近づける。私はサラダを食べた後の入れ物を鼻先に近づけてみた。すると、小さな赤い舌でペロペロとなめている。お腹が空いているようだ。なめ終わると、足を一歩踏み込んで、「にゃー」と鳴いた。
そこで、ダンナさんが首の後ろをつかんで持ち上げる。「そんなんしたら嫌がるで。」と私は制止しようとしたが、ネコはされるがまま、くてっとダンナさんにぶら下げられている。可愛すぎる。私はささっと一眼レフを取り出し写真を撮った。
ネコを下ろすと今度は私の左脇腹にぴたっと張り付き、毛繕いをはじめた。 なでると、いやにフサフサしていて、きれいだ。「これ、飼い猫やで。めっちゃ慣れてるもん」ダンナさんが言った。確かに。フラッシュに警戒することもなくぶら下げられて、のほほんとしている、そして、愛嬌を振りまき、体を押しつけてくる。そこでダンナさんは「援助交際ネコ」と名付けた。まさにその通りで笑ってしまった。愛嬌たっぷりに近寄って、エサをもらう。これはまさしく援助交際なのだ。私たちは援助交際をしてもらい、雨足が弱まった頃、ネコさんにお引き取り願い、寝ることにした。
援助交際はマットの上に体毛とぬくもりを残しつつ、あっさりと終わって行った。(まるで三流エッチ小説ですな。)
キャンプ編は明日につづく。
メールチェックをしていたら、以前日記に書いたWEBの本屋からニュースレターが届いていた。そのメールは冒頭に店長氏の挨拶のようなものがある。それを読んで私はくらい気持ちになってしまった。ここにその部分を引用する。(著作権に抵触するリスクは私が背負う)
----------------------------------- 皆さま、こんばんは!「XXXX」店長のXXXXでふ。
・「ドカーン」ちょうど、私がテレビをつけた時、貿易センタービルに2機目の飛行機が、突っ込んだ瞬間でした。今週は、どこもかしこのテレビをつけてもこの話題で中心です。
「う〜ん」テロは怖い!! 早く、解決してほしいものです。
・食欲の秋〜!!「かき・カキ・柿」 おいしい季節の食べ物が出回ってますが、その中でも秋といえば柿ですね。 ------------------------------------
というトーンで米国の多発同時テロのことをトピックにしている。 何の思慮も感じられない。「悲惨なことが起きたから、とりあえず眉をひそめておこう、みんながそうしているから。」きっとそういう人が書いたのであろう。その軽薄さ、みんなと足並み揃えときゃいいや的思考に虫酸が走る。
特に米国からの友人のメールを見た直後だったので、余計にそう感じてしまった。彼の言葉はこう告げていた。
"We fear that it is not over." 「これには終わりがないのかもしれない。それが怖いんだ。」
私はこの声にうまく応える言葉を持たない。それは悲しいかな、前出の「う〜ん、テロは怖い!」で片づけてしまう人間と同じ国の人間だからかもしれない。
これから先、私に関わる大切な人たちを傷つけてしまうかもしれない。それは一番やりたくないことなのに。そのためには、心の盲目にならないでおこう。保身に走らないでいよう。
こういう晩はバーボンの減りが早い。
このことについてどう語るのか?昨日の晩から悩んでいた。例の米国多発同時テロのことだ。
とても複雑な気持ちである。事件そのものが大きすぎて、しかも映画のようでまったくリァリティがない。でも、命を失っている人たちがいる。
そして、その報道にまた複雑な気持ちになる。テレビのニュースでは現場にいたであろう邦人の消息についての情報ばかりだ。確かにそれも日本人として気になることだと思う。しかし、自分がその行方不明の人の家族であったとして、テレビが四六時中「消息が確認されてません。」の連発だったら悲しみが増幅されてしまう。もし、確認されれば外務省から直接連絡があるだろう。だから今の報道体制には意味がない。
「○○会社の○○さんの消息確認がとれません」家族にとって悲しみのだめ押しでしかない言葉が、芸能人の恋愛の進捗状況と同レベルに語られている。この国で本当の意味で被害者がいたわりを受ける日はくるのだろうか?
失望した私はテレビを消し、パソコンに向かう。 米国CNNのサイトで状況説明を追う。当然辞書はいるが、端的な文章、的確に推敲された見出しで、どんどん読み込んでゆくことができる。捜査状況、ハイジャックの軌跡、被害状況などを通して全体像が少しづつ見えてきた。
そして、出しあぐねていた米国に住む友人へのEメールにとりかかった。
" I promise to share the grief of the United States." (共に皆の悲しみを分け合いたいです。)
メールでしかやりとりのない間柄だが、遠く離れた土地でこういう思いを抱いている人間がいるということを知って欲しい。
それは私だけではないと思う。世界中にいるのだ。
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