日々是迷々之記
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最近ある人のパソコンサポートのようなことをしている。
その人はiMac DV Special を購入し、この度ネットに接続することにした。一人暮らしをはじめたばかりで家に電話が無いので回線を引くことから始まった。
そこで私はINSネットライト64で電話の権利を買わない代わりに、月々の基本料金が割高なプランと、プロバイダはZEROを勧めた。なぜなら、全く私と一緒の方がアドバイスがしやすいからだ。
しかし、「申し込みました。」というので詳細を聞いてみると、電話回線併用でないADSLを申し込んだそうな。何でもNTTのおばちゃんに勧められて、モデムのレンタルもコミコミでナンボや!という感じで攻め込まれたらしい。
それからは紆余曲折の連続だ。
パソコン側の設定がよく分からない、メールソフトの設定も?、しかも添付の光学式マウスまでが壊れた。そして、アダルトサイトからQ2接続ソフトを落としてしまい、設定は上書きされ、ドツボにはまっていた。
「水着のおねーさんをクリック、クリックってしていったらですね、〜ですとかいろいろ書いてあるウィンドウが出たところで、ポンポン進んでいったんですよ。で、次の日パソコンを起動してみたらheart.exeっていうファイルがデスクトップにあったんでびっくりしました。」とのことだ。
とりあえず、その傍若無人な行動に感動すら覚えてしまった。私の中ではネットの世界はとりあえず怪しいと位置づけられている。その中から欲しいモノ、知りたいことを選別するのが私の役目だ。そのために、怪しげなモノに予防線を張りつつ、ネットをうろついている。
しかし、彼の場合は、「水着のおねーちゃん」という原動力でそこまで暴走して、exeファイルまで落としてしまうのだ。いやはや、若いってすごいなぁ。(ちなみに20才ちょっと過ぎのヒトである)
今回の対処としては、ハードディスク内を検索し、その日に作成されたファイルを洗い出し、全部ゴミ箱へ。そして、接続の設定のやりなおし。 接続は戻ったが、IE、メールソフトのアントラージュに不具合続出である。 きっと、再インストールで戻るとは思うが…。
ここではじめて私がネットに接続したときのことを思い出してみた。その時は9年前でカナダに住んでいて、買ったパソコンはNECのDOS-V機!で486DX4である。地元系プロバイダに入ったはいいが、設定がどうしても分からずについにプロバイダに直接行って教えてもらった。向こうのヒトは唖然としつつも簡単な英語にかみ砕いて教えてくれた。そうしてやっと、ネットの世界に足を踏み入れることができたのだ。
こうやって先人に教えられ今があるかと思うと、今度はきっと私が教える側なんだと思う。ネットの世界も当時とは比べ物にならないくらい大きくなってしまっているから、どれだけ通用するかは分からないが。
とにかく、「あやしいサイトの歩き方」だけは身につけてもらおうと思う。(見るなってのはムリだろうし。)
昨日NHK教育で録画した、中島らも氏のインタビュー番組を見た。
らも氏の動くのを見たのは本当に久しぶりだったが、彼の話す姿、話の内容はとても衝撃的だった。かいつまんでは著書から知っていたが、実際に本人の口から聞くと、印象が違う。
いろいろな思いがあるが、いちばん心に残ったのは、天使についてのくだりだった。
「天使がね、毎日なにかしら現れるんですよ。キオスクのおばちゃんやったり、電車でとなりあわせたおっちゃんだったり、いろいろなんですがね。そこで何か救われるような気持ちになって、『また明日』って思うようになったんですわ。」
『また明日』は文脈から察すると『また明日も大丈夫や』って感じだと思う。そういう毎日の積み重ねが生きているのもいいなぁとらも氏に感じさせたのだろう。
私自身は誰かにとって天使であったことがあるのだろうか?そして、私にとっての天使はいたのか?前者の答えはわからないが、後者はYesだ。うちのだんなさんである。直接何かを助けたり励ましたりするようなキャラではないが、知り合う前の私と、今の私を比べれば、何となく天使の仕業が見えてくる。
天使の気配を感じて、マイナス思考はどこかに吹っ飛んでいってしまった。
いつか私も誰かの天使役を務めることができればすごいなぁと思う。
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とここまで書いてみて読み返すと何だかしんみり気味である。最近涼しいせいか、ど〜んとやるぜ!って感じになれなくなっている。その影響か?アウトドアで生きる人間は、秋に5月病になるのかもしれない。(秋に5月ってのもアレだけど。)
| 2001年09月04日(火) |
大阪湾岸ちょい走り記 |
朝起きると青空に白い雲。気温も30度ほどしか上がらないようだ。ということで、今日は自転車で走ることにした。
小型ザックに水筒に入れた水、バンダナ、そしてリンゴをひとつ。病院が終わると川沿いに海に向かう。国道と交差した地点を越えると車はぐんと少なくなり、走りやすくなった。ギヤをトップに入れ、びゅんびゅんとこぐと、お世辞にもきれいとは言えない川だけど、気持ちがいい。ちょうど堤防に上がるハシゴ状の登り口があったので自転車を止め、堤防に腰掛けた。 よく晴れているので六甲の山並み、そして海が見える。そこで水を飲み、リンゴをかじった。
そこからさらに川沿いに海へ向かう。途中で「ユニバーサルスタジオジャパン」の案内看板があった。そこで、今日のルートが思いついた。このまま海へ出て、海沿いを走り、USJを眺めて、そこからは渡し船で天保山に渡り、そこからは国道沿いを走って帰ることにした。思いつきなので、地図はなし。
海にむかって川沿いをぐんぐんこいで行く。交通量が少ないので自分のペースで飛ばせる。あっという間に海へ出て、そこにはヨットハーバーがあった。よく関西系バイク雑誌が撮影に使っているところではじめてきた。
白のヨットと、これまた白のボートハウス。とてもこれが大阪の重工業地帯の先っぽにあるとは思えない。ボートハウスのレストランの看板が、唯一大阪っぽくてナイスだ。
「アーバンモダンの店。南フランス創作料理。Hemingway」だそーな。
「南フランス料理もよう分からんのに、創作料理って何やねんな。で、フランスとヘミングウェイはどんな関係やねん…。」などと要らぬ事にアタマを使いながら、工業地帯を抜けてちょっと戻って行く。青空とコンビナートとの対比がバクダット・カフェのようだ。しかし、廃液がクサイ。
途中、道がわからなくなってしまった。といっても走ったことのない道を適当に走っているだけなので、「迷った」とはいいがたいが。とにかくUSJは見えているのだが、そっちへ行く道がないので、大きな道へ出て、コンビニへ入った。
地図を持たずにふらふらするときには、こうやってコンビニで地図を立ち読みすることにしている。しかし、ただ読みは申し訳ないので、役に立つ情報を得たときには、何か買うことにしている。今回もあっさりと道がわかったので、「よもぎ蒸しパン」70円を購入。そしてUSJ方面へ。
USJの横には船着き場ができており、ここから、関西空港や、神戸、大阪南港へ行けるようだ。対岸の天保山ゆきもある。400円也。「渡し船ならタダやのに」と思いつつ、ベンチで船を眺めながらさっきのよもぎ蒸しを食べた。
で、ここのトイレがいかにもお役所仕事丸出しで笑ってしまった。入り口の男性用か女性用か判別する板には、点字で「女性用」とか書いてあるんだけど、中に入ると、盲人用の誘導板(駅のホームとかにあるやつ)とかは一切ないので、入っても個室までたどり着けないだろう。あと、洗面台に手すりが付いているのはいいが、そこのトイレは狭くて車椅子が転回できるスペースは無い。それになんで両方とも和式トイレやねん。和式でできる人間が車椅子に乗ることはまずないと思う。思わぬ所で「心なき福祉」を見てしまった。これ企画したヤツ!大阪市に金返せ!(ぜぇぜぇ)
気をとりなおして、渡し船の渡船場へ。30分に一本しかないが、そこへ集まる人たちを見ていると飽きない。倉庫関係のオッチャン、USJで働く外国人のワカモノたち、ママチャリ満載に買い物をしたおばちゃんたち。あっという間に30人ほどが集まった。渡船が現役でがんばってるのが何だかおもしろいなぁと思ってしまった。
遠出はあまりできないけど、近場でもまだ行ったことがないところがあって、ワクワクしてしまった。大阪にいるうちに、全渡船制覇しようなぁと思い出した。あといくつくらいあるんだろう?
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