夕暮塔...夕暮

 

 

木犀の闇 - 2003年10月15日(水)

神去りて花の下闇は真靜かに香るまま深く天を仰げり



木犀の闇に立ち天を仰ぎ見れば 神去りしのちの夜も真靜か





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子供の頃、神送りと神迎えという行事があったのをこの時期になると思い出す。瞑目したまま神様をおぶって夜道を走る役目の子がいたりとか、今思うとかなりシャーマニズムっぽい怖い行事だった気がするけれど、あの地域の子どもたちは今もやっているんだろうか。

夜八時、木犀の大木の影はいっそう濃密な香りに満ちて、空を覆い尽くしそうな銀杏の枝ごしに見える空は不思議と明るい。私からは見えないけれど、どこかに月があるのだろう。神様がいてもいなくても、夜の底はこうやってひたむきに静まっている。


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海風 - 2003年10月13日(月)

清らかな風は疲れたこの頬を過ぎて陸へと流れ波打つ




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夢を表象した絵の一枚みたいに艶やかで美しい夕雲が通り過ぎて、海風の揺さぶる中を重い夜がやって来る。

「ウェルニッケはここだよね、だからあれは○かと」
同僚が側頭部を両掌で押さえて言うので、私は焦る。
「……そうか、しまった、間違ったかも」
「目のやつは?」
「視覚情報は右目左目の区別じゃなくて、刺激を受けたのが眼球の右半分か左半分かでどっちの脳に入るか決まるんです。だからあれは×で」
「あーー……」

もうお互いわけがわからなくなってきている。話す度に互いのミスを確認しては疲労する、もうやめようと思うのに止まらない。
へこんでいるところに友人からメールが届く、論文試験で落ちてしまった、先生にあわせる顔がないと書いてあるのを見て、なんて凄いタイミングなんだろうと思って半ば感心してしまう。




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連休、らしい - 2003年10月11日(土)

私にはあまり関係ないのだけれど、世の中は三連休らしい。起きてから眠るまで、夕食を摂る時以外はずっとデスクの前にいるので、ふと気付くといろんなことから解離している。少しずつ記憶に知識が重なっていくのは楽しい、不健康だと充分にわかっているのにこういう生活が嫌いではないのだから手に負えない、これが終わったら連絡を取らないといけない人がいるし、いつまでもふわふわしていたら良くないとは一応わかっているつもりなのだけど。それでもいつか私の生活からこういう時間が消える時が来るのだろうかと思うと、途方も無いものを見遥かすような気持ちになる。まるで厄介な魔法にかかったみたいだ。…魔法というより呪いかもしれない、困った、なんで、いつのまにこんなことに。


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潤むばかりの - 2003年10月10日(金)

七色に潤むばかりの夕雲と連れ立ってゆるく坂を下りぬ





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十四夜の交差点 - 2003年10月09日(木)

夜が降りて、くっきり浮かび上がる月と水ぎわの波に似た雲を眺めながら信号を待つ。「ゆうべ十三夜だったから今日が十四夜、あしたは満月よ」 こざっぱりと身形の整った初老の女の人が、隣にぴったり寄り添って歩く小さな女の子に優しく話しかける。涼やかでよく通る、きれいな声。子どもはもつれそうなくらいその女性にくっついて手を絡ませたまま、遠い屋根の向こうの月を見上げた。あたりに満ちた眩しい闇が、祖母であろう女性の白髪混じりの髪をきらきらと輝かせている。



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終焉 - 2003年10月08日(水)

この人との付き合いもそろそろ終盤に近いのだろうか、と電話の声を聞きながら考える。少なくとも私にとっては必要な人だったと思う、本当に、この人がいなかったら今の私が社会的基盤にしている色んなものは手許にないだろう。
帰りの車の中でこまごまとお説教されたのは金曜のこと、もとより批判精神の強い性質なのは承知していたけれど、それが今までにないくらい強くこちらに向けられているのを感じたので(そして私はうまくそれに対処できなかったので)、私もそろそろグレーゾーンに変わったのかなと思って淋しくなった。
考えてみたらかなり最初から、こんな風にこじれてもおかしくないとは思っていた。だって私はあなたに大事にされるにはあまりにも呑気で怠惰だ。案外保ったと言うべきなのか、それとも私が自爆したと思うのが適当か、それは尋ねてみないとわからないけれど、実際難しいバランスだったと思う。だけど心から感謝している、本で天井まで埋め尽くされた古めかしい読書室で始まって急速に仲良くなった、あなたとのことがなかったら今頃私がどうしていたか、本当に想像もつかない。ありがとう、ありがとう、同じ道を歩けなくてごめんね。あんな大切なことをきっぱり決めて返答するには私はまだ幼かった、曖昧な返答しかできなかったのは自分なりの誠実さのつもりだったけれど、それに苛立ったり呆れることもあっただろうに何度も諦めずに繰り返してくれた。本当に嬉しかった。自分が現実よりはるかに価値ある人間なんじゃないかと勘違いしそうな時さえあった。完全に袂を分かつにはまだあまりに共通項が多すぎるけれど、いつかはそういう煩雑なものが、互いの為に少しずつ淘汰されていくことを願う。


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忘れることも - 2003年10月07日(火)

憎むのも忘れることも難しいひとがいていまも慕わしきまま




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漏水のあと - 2003年10月04日(土)

午後1時、ハウスクリーニング業者の人は予想に反してたった1人でやってきて、私の重たいベッドマットレスを縦に抱えてよろよろとエレベータに乗り込んだ。
木曜の深夜に上の階から漏水があって、それがちょうど私の寝室のベッドの真上だったので、天井は勿論、水を吸い込んだマットレスにもわりと大きなシミができてしまった。マンションの管理会社に連絡して後のことを任せていたら、そこの設備部門の人が2度来訪した後、最後は上階で前日水道工事をしていたという業者の人がやってきて「すみません」 を数十回連発しながら天井のクロスの張り替えとマットレスのクリーニングを約束して帰って行った。怒っていないからそんなに腰を低くしなくていいのになあとか暢気に構えていたら、その後はもうあっという間に色んなことが決まってしまって、その手早さにはちょっと驚いた。私のマットレスは遠く隣県の倉庫まで運ばれて、徹底的に洗われるらしい。一番丁寧に手をかけてくれる業者を探したと水道会社の人は言っていたけれど、それにしてもクリーニングに2〜3週間もかかるなんて、どういう工程なんだろう。よほどぴかぴかになって帰ってくるのかな。少し楽しみなような。
明日はリフォーム業者の人がやってくるから、その前にベッドをどうにか横によけておかないと。




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おひるねの - 2003年10月02日(木)

わからないことばかりまるでおひるねのあいだに知らないひとにかわった




わからないことばかりいくら皮膚一枚近づけてみてもまだ知らぬひと





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木犀の - 2003年10月01日(水)

神無月 眠るどの窓もやわらかに木犀のかおり満ちて鎮まる



木犀の香に満ちて眠るどの窓も やわらかな金の静けさの中




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駅ですれ違う若い女性の足は膝まである革のロングブーツできっちり覆われている。もうそんな時期になったのだろうか。まだまだ暖かいけど、被服の季節感は少し早いくらいがおしゃれらしいから多少暑苦しくても我慢するものなのかもしれない。…それとも、冷え性の女性だったらファッションじゃなくて実用として履いているのか。どうかな、よくわからない、冷え性とか腹痛とかの女性特有の悩みとは縁遠いのでちょっと難しい。

午後3時、晴天の中を歩けば空気全体をゆったりと揺らすような風が吹いて、木犀の香りが一帯に満ちる。見えない金色の粒子、どこもかしこも隅々まで芳香が撫ぜるように行き渡る感覚。知らぬ間にてっぺんまで満開になっていた橙色の花が光を受けてきらきら光っているのを見上げたら、ああ秋が来たのだと自然に納得した。


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