少し前の話だが、上司に「病状的に難しい患者さんがいるので、自分の代わりに診てほしいのだが」とお願いされた患者さんがいた。上司が長いこと診ていた人だったので、なぜてめえに投げたのかよくわからなかったし、今もわからない。上司の手に余ると判断したのか、てめえの手腕を試そうとしたのか。前者の訳がないので、おそらく後者だろうとは思う。
80歳くらいの女性で、腎機能は既に廃絶しており、週3回の透析が必要な方だった。人工透析も長いこと受けておられた。それだけではなく、肝機能も悪く常に腹水が貯まっていた。いわば難病をいくつも抱えている悲惨な人生だったが、ご本人はとてもポジティブな方で、透析をしていない日は積極的に人生を楽しまれていた。友人と遊びに行ったり料理教室もされたり、その他多趣味な方だった。
もちろんてめえが受け持った時はそんな多趣味であることなどは知らず、度重なる入院生活で話を聞く中で知ったことだった。患者生活も長い彼女は、若いてめえに最初こそ警戒心を隠さなかったが、治療計画などを説明するうちにどんどんと打ち解けて行った。
ご本人が最も悩まれているのは腹水だったので、まずはこれをどうするか相談した。お腹がぱんぱんで、遊びにも行けないの、と彼女はこぼした。80超えてたらもうええんちゃうの、とはてめえは言わない。こういう人にはとことん遊んでほしい。
まずは腹水の性状を確かめさせてほしい、とてめえは言った。さっそく彼女のお腹に太めの針を刺し、腹水を摂った。
その腹水を検査に出し、分析する。肝臓が原因の腹水なので悪性ではないことはわかっていたが、意外と栄養成分が多かった。
栄養成分がなければ、単純に貯まれば抜くという方針でいいのだが、栄養成分がリッチなのであれば、腹水を抜けば抜くほど痩せていく。
そんなわけで、治療方針は決まった。出来るだけ腹水を抜いて、純粋な水分だけを取り去って、栄養成分だけを点滴で彼女の体内に戻す。
いったん体外に出た成分を戻すのは、自分の一部だったとしてもそれなりの危険を伴うのだが、彼女はこの方針に賛成された。
月に1回入院して、1泊で腹水を抜いて栄養成分だけを戻すという治療を行うこととした。1泊するのは、副作用が出ないかどうか確認するためだ。そして副作用がないことを確認して、ついでに透析も受けて家に帰る。
そしてしばらくはこの治療は著効した。体内に栄養成分を戻すことで腹水も出来にくくなった。不安気味だった彼女が、笑顔を取り戻すのにさほど時間はかからなかった。
毎月ルーチンワークのように入院するというのに、彼女はいつも笑顔だった。 「入院して治療を受けると、いつも元気になるの。ありがとうね」 と彼女はいつも言った。
腹水治療のための入院中に彼女から色んな話を聞いた。てめえは治療と関係ない話が好きで、治療に関係ない話が多いほど、治療関係としては成功していると思っている。治療に関係ない話をしない医師も多いが、それだとてめえは仕事を続ける自信がない。
しかしあらかじめ予想していた通り、腹水は増えて行った。月一回では間に合わなくなり、彼女は月2回の治療を希望した。それはもちろん受け入れられる範囲だったのだが、この治療は保険上、月2回までしか出来ないのだ。
だから2回まではできるのでは、と思う医師と、2回以上必要になればどうしようか、と思う医師に分かれると思う。てめえは後者で、今後のために次の治療を考えませんか、とてめえは彼女に言った。
それまでの入院治療で副作用が全く生じず、回診のときにも医療と関係ない話題で盛り上がっていたてめえを、彼女はとても信頼してくれていた。
今まで通り、保険で出来る範囲の治療を続けるか、あるいはリスクはあるが別の治療法を試すか。どうしますか。
「私は今まであなたを信頼して治療を受けて、その結果にとても満足している。この数ヶ月、本当に充実した人生だった。だから、あなたの選んだ方針であれば、それを受け入れます。」
と、彼女は言った。
人の人生を受け入れるのは非常に困難である。今まで通りの治療を続ければ、緩やかに悪化はして行くが今まで通りの人生は難しい。別の治療法を選択すれば、リスクはあるが今まで通りの人生を続けられるかもしれない。
そして、てめえは後者を選択した。
後者の治療には手術が必要だった。内科医であるてめえは手術を出来ないので、最も信頼している医師に手術を依頼した。手術の段取りだけを決めて、彼女はいったん退院した。
ここからは娘さんに聞いた話。いつも遊びに行く時のように、彼女は手術のための入院日に「じゃあ、行ってきます」と軽快に歩いて家を出たそうだ。
そしててめえの勤務しない別の病院に入院し、手術は成功した。
手術は成功したが、術後に様々な合併症が出た。先方の病院も手を尽くしてくれたが、意識状態が戻らないままてめえの病院に転院となった。
転院されて来たとき、引き継いだてめえは彼女のあまりの変わりように驚いてしまった。難病をいくつも抱えていたにもかかわらず元気に過ごしていた彼女。しかし手術の合併症で、彼女は意思疎通も出来ず寝たきりになっていた。いわゆる、予想できた中では最低の結果。
最終決断をしたのはてめえなので、てめえは家族に心から詫びた。もちろん、そんな筋はないが、本当に申し訳ないと思ったのだ。家族はてめえを責めることはなく、治療の選択は母も納得していたので仕方がなかったと思っていると言われた。
なんとか病状が好転することはないだろうかと、てめえは出来る限りのことをしたが、日に日に病状は悪化する一方だった。
そんなある日、病棟で仕事をしていたてめえのPHSが鳴った。 「血管が破裂したんです、今すぐ来てください!」
呼ばれた病室は彼女の病室だった。血管が破裂? って良く意味が分からんが、と思いつつ、てめえは全速力で病室に向かった。
病室では看護師が必死に腕を圧迫していた。てめえは使い捨ての手袋を両手に嵌めると、看護師が押さえている部位をそっと外した。
たちまち血が噴き出した。上腕の動脈が何らかの原因で破裂したのだ。てめえは両手で動脈を圧迫した。吹き出す血は押さえられたが、彼女の顔色はどす黒くなっていた。普段は起きないことが起きるということ自体、もう終わりが近いということを示している。
とりあえず、そばにいた看護師に輸血の準備をするように指示した。「輸血はわかりますけど、この血管はどうするんですか?」と看護師は小声でてめえに囁いた。ふと周りを見上げると、たくさんの家族の方がいた。「とりあえず、圧迫するしかないやろ」と、てめえは言った。
先ほど一瞬だけ見た血管は完全に裂けており、縫合で何とかなるレベルではない。人工血管を置く? それはこの状態では無理だろう。とすると、止血するまで押さえ続けるしかない。しかし避けた動脈が止血するなんて、医学の常識としてはあり得ない。
そうでなくても彼女の生命は長くないだろう、とてめえは考えた。呼吸は今にも止まりそうで、これ以上侵襲を与えることなんて考えられない。
てめえは腹を据えた。息をのんでいた家族に状況を説明して、てめえは出血が止まるまで押さえ続けると言った。
そう話している最中に、病室に飛び込んできた人間がいた。てめえにこの患者さんを丸投げした上司であった。
彼は、居並ぶ家族を確認するとにっこり笑い「少し席を外してもらえますかな」と言った。
患者とてめえと上司の3人になった病室で、彼は先程の笑顔を消した。
「で、どうするつもりや?」 「血管は完全に裂けていてどうしようもありません。正直、時間の問題やと思うので、それまで私は止血を試みます」と、てめえは言った。
「なるほどそれも道理やけど、これが3日続いたらどうする? さっきオーダーした輸血が届いたらしばらくはもつ。君は3日間押さえ続けるつもりか」 「その覚悟でしたが」 「アホか! その間、お前の患者は誰が診るんや? 家にも帰らずひたすら血管を押さえ続けるのか。それは建設的じゃない」 「じゃあどうするのですか」 「俺に考えがある」
と、上司は看護師を呼んだ。
つづく。と思う。笑
2014年07月25日(金) |
コウノドリの5巻が配信されたわけさ。 |
コウノドリの5巻が今日kindleに配信された。4巻までそろえていたてめえは、密かに前から予約していたのだ。そんなわけで、発売日の今日の朝、てめえが起きたらすでにkindleに入ってた。まあ便利な時代になったものだ。
仕事が終わっていろいろやることを終えてから早速読んでみた。このマンガは結構リアリティがあるだけではなく、てめえが産婦人科研修をしていたときのこともリアルに思い出す。
てめえは2ヶ月だけ、なんちゃって産婦人科医をした。「何も知らない研修医」の身分を利用して色々勉強させてもらった。
産科領域に関しては、予測できないことも多くてほぼ毎日病院に泊まり込んだ。てめえのいた病院の方針は「できるだけ実践させる」というものだったので、数例正常出産を見た後は、ほぼ自分が赤ちゃんをとり上げた。
分娩介助をするためには、陣痛が始まったところからずっと妊婦に付き添わなくてはならない。もちろんその前にある程度の人間関係を作っておかないと、妊婦の側から分娩介助に入らせてもらえない。そりゃあそうで、自分の大切な子供は信頼できる人じゃないととり上げてほしくないのだ。てめえは幸いなことに、一例も拒否されなかった。
そんなわけで、正常分娩で約20人の赤ちゃんをこの手でとり上げた。この経験があるので、今でも多分、例えば道端で緊急の正常分娩に出会っても赤ちゃんをとり上げることは出来ると思う。
死産に出会ったことは以前に書いた。産婦人科研修では、それ以外にもう一人印象的な妊婦さんがいた。
奥さんが外国の人だった。ご主人は日本人で、どうやって出会ったのだろうかは全く知らない。妊婦検診の時から良く知っていた方だった。
奥さんは黒人で20代だったと思う。夫は40代の日本人だった。妊婦検診は順調だった。とうとう予定日近くになって、陣痛が起きて夫婦は病院に来院し、入院となった。
奥さんは初産だったので、なかなか子宮口が開かなかった。定期的にやってくる陣痛に、彼女は呻いた。ご主人はずっと付き添っておられたが、途中でリタイア。年のため? かどうか知らんが、最もしんどい妻を横目にさっさとリタイアってなんだろうか。人間はしんどいときに本領を発揮するとは良く言ったものだと思う。
まあ、医療側から見れば正直夫とはそんなものだ。ていうか男ってそんなもので、覚悟が出来ない子供なのだ。
そんなわけで、リタイアした夫の代わりに業務上てめえがその女性に付き添い、ずっと腰をさすり続けた。
陣痛が来るたびに、彼女は躊躇わず痛みに顔を歪め、てめえにさする腰の部位を指示した。俺はあんたの夫じゃないぜ、なんて言いませんよ。
それが何時間続いただろうか。てめえは腰をさすりながら、痛みが引いた時をみて内診をした。子宮口はそれでも開いていない。上級医にも見てもらったが同じ意見だった。これはまだまだ時間がかかりそうだ。
度重なる陣痛の痛みに堪え兼ねて、とうとう彼女は叫んだ。
“kill me! please!”
てめえは「あなたの子供は今この世に出ようとしていてがんばっているんだ、あんたががんばらないとどうするんだ! 生まれて来た子供になんて言うんだ? あなたは愛する子供に会いたくないのか?」と、精一杯の片言英語で言った。残念なことに、最も愛する人であるはずの夫はその場にいなかった。
その後、彼女は泣き言を言わなくなった。夫は気絶したままだった。
それから数時間後、無事彼女の子をとり上げた。元気な男の子だった。生まれた子供を抱きしめ頭を撫でながら、彼女は生まれたばかりの息子に”I love you"と言い続けた。
数ヶ月後、ベビーカーにその子を乗せて、一家は挨拶に来た。気絶していた夫もこの日は付き添っていた。
加賀棒茶があまりに旨かったので、再度手に入れようと考えたのだが、これがまた面倒くさかった。ので、近場で代用できないかと、てめえが愛してやまない一保堂で「くきほうじ茶」と購入して飲んでみた。
これはこれで旨かったのだが、似て非なるものだったのだ。そんなわけで、なんとかネットで購入した。ううむ、やっぱり旨い。今年の夏は加賀棒茶で乗り切るぜ。
日本の国歌は地味すぎることや、ドイツ人の作曲によるもの(別に日本人でなくても良いのだが、国歌の作曲はやはりその国の人の方がよくない?)などからあまり好きではなかったのだが、この歌声にはしびれたというか泣けた。今後世俗に塗れて神の声が失われないことを祈る。
国歌と言えば「ドイツ国歌」。今回ドイツがワールドカップを制してドイツ国歌を聴く機会があったと思うが、実は今歌われているのは3番だけらしい。
1番がまずいのは置いといて、2番が凄い。「ドイツの女性! ドイツのワイン!」て。笑 国歌の尊厳がまるでないし。ドイツの女性ってまず浮かんだのがメルケルやけど。てめえ的には「ドイツのビール!」があればもっとよかったぜ。
しかし歌詞は置いといて、ハイドンの作曲になる曲自体は素晴らしいね。えっ「ハイドンはオーストリア人では?」って?
2014年07月13日(日) |
タミフルとかワールドカップとか。 |
こんな論文を発見。
成人と小児のインフルエンザ患者を対象とした無作為化プラセボ対照試験43件の報告書と規制情報を基に、オセルタミビル(タミフル)の効果をシステマティックレビューで検討。症状緩和までの時間短縮は成人で16.8時間(P<0 .001)。喘息小児では効果はなく、健常児では平均29時間短縮(P=0.001)した。また、肺炎などの重篤な合併症の減少効果も確認できず、服用中または服用後の精神的異常行動、治療中の頭痛、腎機能異常、服用中の悪心のリスクが増加した。
文献:Tom J,et al.Oseltamivir for influenza in adults and children: systematic review of clinical study reports and summary of regulatory comments.BMJ 2014;348:g2545.
BMJという、医師であれば誰でも知っている世界的に有名な大雑誌に上記の記事が載っていた。まあてめえが書き続けてきたことからすると当然の帰結で、こういう記事を日本のマスコミはとり上げてほしいわ。
要は「熱は早く下げるが合併症は減らず、副作用のリスクはある」ということ。もっとぶっちゃけて言うと「クソみたいな薬」ということ。何度も書くが、自分は飲まないし家族にも処方しない。
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今朝も早起きしてサッカー観戦。寝不足の日々ももうすぐ終わると思うと、一抹の寂しさが残る。
ブラジルは、主将のチアゴ・シウヴァが戻って本来の力を発揮するかと思いきや、この3位決定戦も全くダメだった。こんなにダメダメなブラジル代表は見たことがない。3-0という点差以上に内容を圧倒されていた。
ということは、ネイマールの存在がそれほど大きかったということ。彼が負傷しなければ、と思うと残念でならない。
明日の決勝は、きっとアルゼンチンが勝つだろう。戦前の評価は圧倒的にドイツだが、アルゼンチンの万全の守備の前になす術もなく。そしてメッシが今度こそ決めるだろうと思う。そうすればメッシがMVPかな。
しかしアルゼンチン対オランダは凄いゲームだった。両チームともがっつり守って隙を見せない。あれほどの攻撃力を誇るオランダが0点だったんだぜ。結果だけを見ると0対0のPK戦という地味な結果だったが、内容はそれ以上だった。もしアルゼンチンが負けるとしたら、この激闘による疲労のせいとしか考えられない。
そしてオランダのロッベンのパフォーマンスは凄かった。まさに切れることのないスタミナを見せつけられたわけで、無敗(PK戦は、記録上は引き分け)で終わったオランダはアルゼンチンに勝っていれば優勝もあり得ただろうと思う。
ブラジル代表の柱だったネイマールと、アルゼンチン代表の柱であるメッシは良く知られているようにバルセロナという同じチームに属している。そんなこと言ったら、ブラジル代表のいぶし銀ダニエウ・アウヴェスも、アルゼンチン代表で、オランダ戦で攻撃に守備にと大活躍したマスチェラーノも皆バルセロナ所属。どれだけやりたい放題やってんねん、バルセロナ。
このバルセロナというチームについてはてめえも大好きなチームなので、いつか詳しく書きたいと思う。
そんなわけで、明日は決勝。
最近毎日Appleの公式サイトにアクセスするのが日課になっている。なんか面白そうなデバイスは出ていないだろうか、と。まるで恋に落ちた中学生が恋い焦がれる彼女のサイトにアクセスするかのように、毎日Appleのサイトにアクセスしている。
そしてある夜、思わずスピーカーを衝動買いしてしまった。前から存在は知っていたし、「今すぐに買わなくてもいいんじゃないか」と理性を働かせて堪えていたのだが、夜というのはどうやら悪魔が降りてくるようだ。気が付いたらぽちっとな。なんか最近こういうのが多いな。笑
そんなスピーカーは、何と二日後にてめえの家に届いた。さっそく試してみたが、これが素晴らしすぎた。もう時代が進みすぎてよくわからんレベル。
まずとても小さい。手のひらサイズ。しかし重みは結構あり、手のひらに載せると意外とずしっと来る。
そして音質が凄い。小さいくせにすげえパワーがある。低温域がしっかりのびている。しかもボリュームを上げても全く割れない。何よりも持ち運び可能で、bluetoothでiphoneたちと繋ぐことが出来る。
つまり、iPhoneに入っている音楽を、屋内屋外に関わらずいつでもどこでも最高の音質で再現できる、ということ。なんと言う時代になったのだろうと思う。
ウィンドウズとはWin95からの付き合いで、それなりに長い付き合いなのだが、今回初めてMacを購入してからその関わりが激変した。本当に、全くWindows機を使用しなくなってしまった。これまで20年近い付き合いだというのに正直もう触りたくもない。家にあるノートパソコンはOSも7だしまだまだ使えるが、使う機会を想像できない。ので、てめえの個人データをきれいに消して、ノートパソコンは弟にあげようと思う。
しかし、よく考えてみれば全く意外なことではなかった。もともと音楽データはiTunesで管理していたし、iPodも初期から愛用していた。そんなてめえがiPhoneやMacに興味を持たなかったのは、よくわからない不安感だったのだろうと今になって思う。未知なるものに対する不安感。そう、今まで通りの携帯電話に、windowsを搭載したパソコンを使っていれば、大きな変化はない。
そんなてめえの転機は言うまでもなくiPhoneであった。本当に興味がなかった。iPhoneに対してというより、スマホに対して興味がなかった。それは単に無知であったことの裏返しにすぎない。
たまたま携帯電話をiPhoneに代えて、正直人生が変わった。まあ、その利点をよく知らなかっただけなのだ。
しかし、このiPhoneの便利さとAppleの製品とは、また別だと考えていた。新しいもの好きではあるが、また一から違うOSでやり直すことを考えると正直うんざりした。
そんな折に、これまたなぜだったのかよく覚えていないがAppleTVを購入した。これがまた便利だったのだ。iPhoneの映像や音楽を、テレビモニターで見ることが出来るということが衝撃的に便利だった。
しかしまだ、この便利さとAppleの製品とは、全く別だと考えていた。
今回、仕事でパソコンに自炊データを入れて持ち運ぼうと思い至った。もちろんその前にタブレットに入れることを検討した結果、amazonのkindlefireを購入したのだが、これがまた思ったより不便であった。この不便さは、マウス操作やキーボード入力の不便さを反映しているだけなのだろうと思ったてめえは、kindleは仕事に使わずに、専ら軽い読書に使うようになったし、その意味では今でも便利に使用している。
さて持ち運ぶパソコンの話。持ち運ぶには軽い方が良いし、バッテリーが良く持った方が良い。そんなわけで、いろんなパソコンを検討した。もちろんはじめはwindows機で検討したのだが、途中でふと気が付いた。appleのありなんじゃないの?
そんなわけで、早速Appleの公式サイトへと飛んだ。持ち運ぶだけなのでDVDなどの再生機能はいらない。そんなわけで、はじめからMacBook Air狙いだったのだが、なんと重さも1.35kg! バッテリー駆動も12時間で、なんとフラッシュストレージ! なんだそれは?
いったん充電すると、12時間使いっぱなしに出来るということは、充電器を持ち歩く必要はないということ。しかも電源をつけっぱなしにしていることはないので、数日は持つ計算になる。なんとiPhoneよりも持ちがいいやん。笑
そんなわけで、感動のあまり衝動買いしてしまった。その感動は以前に書いた通り。
今日は長いがまだ書くぞ。笑 いつもiPhoneと繋げてネットに接続しているが、その間ずっとiPhoneを充電してくれるので、使っているとあっという間に減って行くiPhoneのバッテリーを気にすることがなくなった。これは意外な副産物で、とても助かっている。と言うのは、今まで仕事でもiPhoneを使うことが多かったのだが、バッテリーが半日も持たず。充電器を常に持ち歩く必要があったからだ。
そんなわけで、今後はMac中心で生きて行くわ。もうwindowsには戻れないわほんまに。弟に差し上げるために、今まで愛用していたノートパソコンの整理をしているが、立ち上がりやレスポンスの遅さなどなどに本当にイラっとする。使っている時はわからなかったのだが、一度Macの便利さを知ってしまうと本当に戻れないな。
例えば。
windowsの場合は、不要なプログラムを消去するためには「コントロールパネル」から「プログラムのアンインストール」を選んで、その中のプログラムを選びアンインストールしていた。これが当たり前だと思っていたのだが、Macだと「ゴミ箱」にポイで終了。何だこの便利さは。
ワープロソフトも勝手にバックアップしてくれるので、windowsのように途中でパソコンが固まってしまって、保存していなかったデータが飛んでしまい泣くこともない。何だこの便利さは。
急に用事が入って、パソコンのカレンダーに予定を書き込むと、あっという間にiPhoneのカレンダーに反映される。しかも予定直前にはiPhone上で知らせてくれる。何だこの便利さは。
パソコンでiTunesで曲を購入したら、その瞬間にその曲が自動的にiPhoneに入っている。何だこの便利さは。
パソコンのSafariで開いていたウェブページの続きを、iPhoneで読むことが出来る。そう、iPhoneのSafariに反映される。何だこの便利さは。
まさか自分がMac使いになるなんて夢にも思っていなかったので、自分が一番驚いているぜ。やっほー。
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