てめえ(以下て)「じゃ、はじめよか。」
A「宜しくお願いします。喉の痛みと発熱を訴えて来られた方ですが…」
て「はい、いったんストップ。そんなプレゼンテーション教えた記憶はないで。何度も言うけど、症例提示するときはまずは年齢。次に性別。そして主訴。その後に現症。ええ加減覚えようね。これは世界共通やで。どの医学雑誌見ても、そうなってるんや。理想的にはNew England Journal of Medicineのプレゼンが理想的なので参考にしてね。はいやり直し。」
A「すみません…。患者さんは25歳女性、咽頭痛と発熱を主訴に来院されました」
て「うん、それでいいんやで。…で、ここでいったん止めようか。ここまでで何考える?」
B「答えていいですか? 発熱は何度か知りませんが、発熱と咽頭痛と言えば、まずは溶連菌ですよね。なので、Centor's criteriaに基づいて発熱の有無、咽頭所見、頚部リンパ節所見、咳があるのかどうかを知りたいですね」
て「うん、いいね。よく勉強してるね。Centor's criteriaは"FACT"で覚えると忘れないからいいよ。
F Fever(38.3℃以上) A Absence of cough(咳がない) C Cervical lymphadenopathy(頚部リンパ節腫脹) T Tonsillar exudate(咽頭の滲出物)
4つそろったら、検査は不要で溶連菌確定。2-3だったら溶連菌の検査。1以下だったら溶連菌はまずないので経過観察だったね。実際はどうだったの?」
A「発熱は39℃でした。咳はあったようです。頚部リンパ節の腫脹はありました。咽頭の滲出物は認めませんでした」
て「他の症状は?」
A「気道症状としては、咳は少量で痰も出ていませんでした。鼻水もなし。腹部症状はなく、下痢嘔吐も認めていません。悪寒はあり、全身の関節痛は認めませんでした。膀胱炎の症状も認めませんでした。」
て「オッケー。続けよか」
A「既往歴は特になし。入院や手術歴なしでした。内服中の薬もありません。喫煙もせず、アルコールは機会飲酒です」
て「診察の結果はどうだったやろ」
A「眼瞼結膜に貧血を認めず、眼球結膜に黄疸を認めませんでした。項部硬直はなく、咽頭は発赤しており頚部リンパ節の腫脹と圧痛を認めました。咽頭や扁桃に浸出物を認めませんでした。胸部所見ですが、心音は清、�飢撒擇哭恐擦論犠錣如↓群擦鉢顕擦惑Г瓩泙擦鵑任靴拭�心雑音は認めませんでした。肺野は清で呼吸音に左右差はなく、肺雑音は認めませんでした。腹部ですが平坦軟で圧痛はなく、腹音は正常でした。Murphy徴候は陰性でした。CVAの叩打痛は認めませんでした。その他皮疹等も認めませんでした」
て「おっいいね! 良いプレゼンテーションやで。診察結果は体の上から下へと言うんだったね。ちゃんとできてるやん、今後もその調子でね。」
て「とすると、上記のcriteriaは二つ満たすのみやな。咽頭痛と発熱やったらまずは咽頭炎として考えて行きたいところやね。とすると次は溶連菌の検査やけど、どうしたの?」
A「溶連菌の検査はしていません…」
て「あれ、なんで?」
A「ご本人がインフルエンザを心配しておられたので、インフルエンザの迅速検査をしました。」
て「…なるほど。でもそれ、医学的適応としてはどうやろ。その時点でインフルエンザを君はどれくらい疑ってたのか、という話や。インフルエンザで頚部リンパ節が腫れるのは一般的やろか?」
A「実は正直な話、溶連菌は全く考えていませんでした。まだ流行している時期やし、インフルエンザをまず考えました。頚部リンパ節の腫脹も、まああってもおかしくないかなあと。」
て「じゃあ、他の人の考えを聞いてみようか。Bさんは、溶連菌を考えていたのだよね」
B「まあ、あとだしじゃんけんですけどね。私もその場にいたらインフルエンザ調べてたかもですね」
て「まあそれはそうかも知れんけどね。他には何考える?」
B「溶連菌かどうかですが、あとはウィルス性の咽頭炎ですかね」
て「他の人は?」
C「…そうですね、私もまずは溶連菌ですが、あとは伝染性単核球症を考えたいですね。」
て「おっ、いい意見が出たね。まあウィルス性やけど、伝染性単核球症は考えないといかんよね。じゃあ、溶連菌か伝染性単核球症か、君ならどう診断するの?」
C「まずはよく話を聞きますね。そして、伝染性単核球症なら肝障害が多いので血液検査します」
て「よく話を聞くって、どういう話を聞くの? あと、肝障害は血液検査も必要やけど、そのまえにすることあるんとちゃうの?」
C「話は…聞きにくいけど性的接触ですね。初めてのキスでうつるんですよね? 血液検査の前にすることって…分かりません」
て「伝染性単核球症の原因はなんや? あと、肝障害がひどいと白い便が出るのやけど、そう言うことも聞かんといかんよな。ええか、患者さんの話をよく聞くことで9割の病気は診断できるのやで。話をよく聞かへんかったら検査費用は患者さん持ちやで。」
C「原因は…EBウィルスですよね。たまにサイトメガロウィルスと習いました」
て「そんだけか? 忘れたらいかんのがあるやろ」
C「…なんでしたっけ?」
て「HIVやんけ。ええか、伝染性単核球症疑ったら絶対にHIV調べろよ。そういう話もきけ。でも、性的な話は信頼関係がないとなかなか言ってくれないから、本人が絶対ない、って言っても、念のため調べましょうと説得して調べる。話を聞く時は、「異性と付き合い始めた時に伝染ってしまうことがあるのですが、最近お付き合いを始めた方はいますか?」って聞くとうまく聞けるかもしれんよ。」
C「なるほど…!」
て「身体診察としては肝障害と脾腫だよな。脾腫は体触ればわかるやろ。最近はろくに診察もしないですぐに検査に走るきらいがあるけど、そうなる前に患者の体は怪しいところはしっかり触る。「手当て」って言葉があるやろ? 医師が手をあてることで、患者は快癒するねんで。触りもしない医者はそもそも信頼されへんからな。かといって、変なところ触るなよ! で話戻るけどA君、脾腫はあったの?」
A「診てません…」
て「診ないとね。これは後から検証しようね。さて、話は元に戻ろうか。インフルエンザ調べてどうやった」
A「陰性でした」
て「だろうね。今までの話でインフルエンザらしい話ないもんな。正直無駄な検査やったかもな。で、どうしたの?」
A「その時は、インフルエンザは陰性なので様子見ましょうとお話しして解熱剤だけ出して帰宅させました」
て「溶連菌は調べなかったわけね。」
A「はい…。まずかったですかね」
て「まずいで。溶連菌やったらどうすんの。リウマチ熱、急性糸球体腎炎のような合併症あるで? あと、他の病気を考えなかったのはまずいんちゃうか? 自然治癒したらいいけどな。ほんで、どうなったの?」
A「翌日に、発熱も下がらない、喉の痛みも強くなるということで再度来院されました。」
て「だろうね。で? どうしたの?」
A「もう一回インフルエンザを調べました…」
て「あきさみよー!」
| 2014年02月24日(月) |
京都の公立高校受験。 |
高校を卒業してから、当たり前だが高校の受験制度なんて全く興味がなかった。のだが、今回てめえの娘が受験すると言うことでちょっとどうなっているのかを調べてみたらなんとも複雑怪奇な事になっていた。正直まともに理解できるまでかなりの時間を要したぞ。
ちなみにてめえの時は総合選抜だった。つまり、学校ではなく「公立高校」を受験する。定員の一部は希望が通るが、その一部の優秀な生徒以外は、学区全体で合格を決定した後適当に定員ごとに学区内の高校に振り分けられるのだ。つまり、どの高校に通うようになるのかは、合格発表の日まで分からない。
合格発表の日には、番号の後ろに高校名が書いてあった。ほぼ合格する試験だったので、どの高校に通うことになるのかが一番の興味であった。そんなわけで、行きたい高校に合格したら大喜びし、全く興味のない高校に合格したら、合格したにもかかわらず号泣する子もいた。
このやり方だと、高校自体に不合格になる生徒の数は圧倒的に少なくなるが、高校自体を選べない。
そんなわけで、公立高校の人気は年々降下の一途を辿り、優秀な子はみな私立学校に進学した。京都市内では特にその傾向が顕著だったようだが、てめえの育った田舎ではそもそもあまり選択肢はなかった。
これではまずいと思ったのだろう、その後公立高校はどんどん制度改革をすすめたようだ。まずは京都市立高校が差別化を図り、これが見事に成功した。てめえが高校生の頃は地元の子ばかりが通う普通の高校だった堀川高校は、今やとんでもない進学校になっている。
現在の制度を調べてみたが、もう正直わけがわからない。また今年から制度が大幅に変わったようだ。
細かいことは置いといて、簡単にまとめると、大きく普通科と商業科などの専門科に分かれる。
受験機会は3回で、前期・中期・後期に分かれる。
前期では、通常(これまた学校ごとに細かく違っているのがややこしい)は、普通科は定員の30%を選択する。専門科は100%なので、専門科はほぼ一発勝負と言えそうだ。普通科は、一校を選んで学校ごとに受験する。
中期では、普通科は定員の70%を選択。ここでは第一希望と第二希望が出せるようだ。
後期は、正直定員割れの学校の再募集となっているようだ。
ごく簡単にまとめると上記のようになる。予想通りと言うか、公立高校を志望する子はほぼみな前期に出願しており、結構とんでもない倍率になっている。ここで合格するのはかなり成績が良くないと難しそうだ。実際は第二希望まで出せる中期が本当の試験になると思われる。
そんなわけで、本日は前期の合格発表。不合格でもまあ本番は中期やで! と激励するつもりだったが、予想外に無事合格したらしい。おめでとうね。本番に強いところは父ちゃんに似たのかな。そうだとすると素直に嬉しいぜ。
あまりに嬉しくて、仕事の帰りにめったに買わない泡なぞ買ってしまった。実は今年から、夜の10時までは飲酒せずに勉強したり読書したり文章を書いたりすると言う誓いを密かに立てていたのだが、今日は誓いを忘れて今から飲んでやるぜ。やっほー。
そろそろオリンピックも終わりに近付いてしまった。始まるまでは全くとは言わないまでもそれなりに興味はないのだが、実際に始まってしまうとやはり釘付けになってしまうのですね。
今回最も興味深かったのは、スケボーの回転、及び大回転。大回転で竹内さんが銀メダルをとったのはもちろん素晴らしかったが、予選から見続けて、てめえはビックワイルドさんとその嫁さんに夢中になってしまった。
もともとアメリカで生まれ育ったワイルド氏。そんな彼は、ロシアの選手である嫁さんを愛してしまい、国籍を放棄してまで彼女に殉じた。
「地元ロシアのワイルド!」という実況が、とても空しく響く。彼はロシア人になって間もないと言うのに。
大回転では、彼は圧倒的な早さで金メダルを得た。決勝戦では、1回目で大きなミスをしたが、2回目で神がかった早さで逆転し、メダルを得た。女性の部では嫁さんも銅メダル。観てて涙が出たのは歳のせいでしょうね。
そして回転。彼は準決勝1回目で再度あり得ないミスをしてとんでもない差が出た。これは奇跡でも生じないと挽回は難しいのではないか、というてめえの素人な予想を嘲笑うかのように、彼はあっさりとその差を挽回し二つ目の金メダルを得た。
観ていて強く思った。アメリカでは何物でもなかった彼。ロシアでその実力が花開いたと言うのは簡単だと思うが、彼はおそらく妻の待つゴールに、誰よりも早く着きたかったのだ。愛する妻の待つ場所へ、一刻も早く着きたかった。
アメリカ国籍を放棄して、ロシア人の「ワイルド」としてまで参加したオリンピックで、彼は国のためでもなく名誉のためでもなく、愛する妻の待つゴールへ他の誰よりも早く着きたかったのだ。そう強く感じた。
どうでも良いが、てめえはスポーツ観戦が大好き。自分は大したことは出来ないのにもかかわらず。
小学生の時に、サッカーをしていたことがある。キック力もなくフィジカルも強くなかったてめえは、なぜかゴールキーパーをさせられることが多かった。こてはある意味天職で、楽しく練習していたのだが、練習はあまりにも過酷だった。当時は練習中に水も飲ませてもらえず、ミスをするとあり得ない罰ゲームが待っていた。てめえはそう言った理不尽な練習に耐えきれず途中でやめてしまった。
その少年サッカーからJリーガーも出たし、高校サッカーで活躍する選手もたくさん出たのだが、その時の選択は全く後悔していない。我慢できた奴はそれなりだったのだろうが、あれは未だに理解できないし、したくない。
野球もちょっとかじった、というか、日本の少年であれば普通は野球を齧ったことのない少年はいないはず。
てめえはなぜか投手をさせられた。速い球を投げることはできたのだが、残念なことにメンタルがだめだった。打たれると途端にストライクが入らなくなる。てめえの野球人生は短かった。
時は流れて高校生になった。てめえの通っていたクソ学校は体育系のコースもあったため、やたらと体育系の授業が充実していた。
例えば冬の体育であるが、連日の長距離走に加えて、週一回3kmのタイムトライアルがあり、その結果は学年ごとに20位まで、タイムとクラス、所属クラブを明記され学校の入口に張り出された。
そんなてめえは長距離走が実は得意であった。クラブ活動は全くしていなかったが、体力作りのためと言うわけではないが健康と美容のために毎日走り込みをしていたのだ。
そんなわけで、毎週のタイムトライアル。てめえは3kmは9分台で走れたので、学年でいつも10位以内に入っており、ために毎回入口に名前が張り出されていた。てめえは「帰宅部」だったので、てめえのところだけ所属クラブが空白であった。ちなみにてめえより上の連中の所属部は、多くがサッカー部で、稀にラグビー部。陸上部は一人もいなかった。
2年生の時に、陸上部からリクルートがあった。素直ではないてめえは「ええ! てめえより早い人がいないのに入部してなんかいいことがあるのか?」と入部を拒否した。帰宅部のくせに陸上部よりも早いことをかっこいいと思っていた節もある、そんな恥ずかしい若い日々。
今思うと、帰宅部をするよりも、陸上部で青春を燃やしても良かったような気がするが、全て後の祭りである。しかし陸上部も陸上部で、あっさりと説得を辞めたのはてめえに全くその気がないと思われたのだろう。ていうか本当は誘いたくなかったのだろうな。
3年冬のマラソン大会。てめえの学校はアホ校でスポーツ馬鹿の集う学校だったので、校内マラソン大会は25kmで争われた。もしかすると28kmだったかもしれない。どちらにしても校内マラソンの距離ではない。ちなみに女子は21kmであった。こんなことしているから志願者が減るのだと思うのはてめえだけだろうか。
そんなマラソン大会で、プラスティック工場で働くことになるてめえはまじめに走った結果、見事入賞してメダルを頂いた。20km地点くらいで、ばてばての陸上部やサッカー部をざくざくと抜いたのが気持ち良かったが、まあどうでよいわ。
驚いたのは、ゴール地点にヤンキー(死語)の女がたくさん待っていたこと。文化祭でブルーハーツを熱唱したのが悪かったのか。笑。黄色い歓声は君たちか。「おめでとー」「大丈夫?」とゴールと共に囲まれたが、てめえは余力を残してゴールしたので「全然大丈夫! ありがとう!」などとお茶を濁した。
運動会を見ているとそう言ったことを思い出す。てめえも全力で陸上に励んだ方が良かったのだろうか、などとも思うが、全力で取り組んでもものになっていなかっただろうなと思う。
映画「リンダリンダリンダ」を観た。いやあ、若いっていいね。高校生の頃なんて恥ずかしいだけだし戻りたいとは全く思わないけど、いつまでも懐かしい。若気の至りもすべて含めて。
てめえが高校三年生の時。てめえの学校はとびっきりのアホ学校だった(今はさらに磨きがかかっている)にもかかわらず、三年生は「受験に差し障るから」という極めて下らない理由で文化祭は不参加だった。
正直な話、文化祭なんて下らないと思っていたのだが、上記の理由で参加しないというのには全く納得できなかった。そもそも受験する人数がどれだけいるっちゅうねんアホ校。だいたい、アホな学校こそそう言った余計な事をしたがる嫌いがあると思う。いわゆる進学校は、そういう行事も全力で楽しむよ。そういうアホ校の必死さはちょっと残念だし、自分の子供には同じ思いをさせたくないのでアホ校に入ってほしくないのはこれ本音。
同様の理由で修学旅行は1年生で行われたが、こちらもアホらしくててめえは参加せず、積み立てていた旅費が帰って来た母は「まあ好きにしなさい」と言いつつ少し喜んだ。もちろん母を喜ばすために不参加したわけでは決してない。修学旅行に参加しなかったのは、それがスキー旅行だったからということも関係していたが、それはまた別の話。
そんなわけで、てめえは文化祭に個人参加することになった。てめえの友人も同様の理由で個人参加した。彼は何人か友人を集めて自分で脚本を書き、たいそう面白い演劇を演じた。そんな彼は、その後そのメンバーで劇団を立ち上げたりとかその他いろいろあって今は売れない映画監督をしている。
てめえは他の人を集める才覚もなく、一人で参加することにした。簡単なオーディションもあったような気もするが、容易に通ったところを見ると形だけだったのだろう。
文化祭の当日。てめえはこの日のため(と言うのは嘘で、実はたまたま別の賭けに敗れて頭を丸めた笑)にきれいに髪を剃り上げ、愛用のK.Yairiのギターを持って学校に向かった。
それまではどちらかと言うと長髪で、長い髪を頭のてっぺんで結んで「パイナップルヘッド!」などと若気の至りでは済まないくらいのアホな事をしていたてめえが頭をつるんつるんに剃ったのを見てクラスメートたちはみな等しく驚いていたが、そんなことはどうでも良い。
三年生は文化祭に不参加ではあるが、なぜか登校して教室での待機となっていた。アホ校なので当然勉強しているものなど居らず、みんな退屈そうにマンガを読んだりしていた。どう見ても人生の無駄遣いだった。
クラスで一人だけ個人参加を決めたてめえにクラスメートは冷たかった。まあそんなこともどうでも良い。
実は「クラスで文化祭に参加しようや、内容は何でもいいやん。受験のために不参加ってアホすぎるやろ」という声をささやかながら上げてはみたのだが、さすがアホ校。今思うと単なるうざい奴だったのだろう、クラス会で散々罵倒された揚句、賛成2・反対45の圧倒的大差で否決された。ちなみにてめえ以外の賛成票が誰だったのかは知らないし、今後も知ることはないだろうと思う。
時間になり、てめえはステージに上った。どうせ誰も来ねえだろう、それもパンクロックらしくていいや、なんて思っていたのだが、実際はあり得ないくらいの観客がステージ前に集まっており、てめえの登場と共に一斉に歓声を上がった。
ステージ前に入りきらなかった高校生は渡り廊下にも溢れ、てめえがステージに上がった瞬間にたちまち渡り廊下にウエーブが生まれ、てめえの下の名前を呼ぶ黄色い歓声が上がった。これは本当に本当の話。学校では個性的過ぎたのか全く孤立していてクソ面白くなかったてめえの高校生活の最後に奇跡が起きたのだ。ちなみにその後奇跡が持続しなかったのはこれまた別の話。
ステージを始める前にふと空を見上げた。澄み渡った秋の空は、どこまでも青かった。
てめえは一呼吸して「A」のコードを押さえ、一気にギターの弦を弾いた。
| 2014年02月20日(木) |
久しぶりに株日記とか。 |
20歳になるまでに、共産主義に夢を見ない人は愚かである。 20歳を過ぎても、共産主義に夢を見ている人は愚かである。
という、誰が言ったか知らない名言がある。とするとてめえの周りは愚か者ばかりですね。笑 そんなわけで日常生活では株の話など出来ず。こっそり空き時間にあいぽんで取引しているが、本当に便利な時代になったと思う。
株価は最近乱高下が続くが、てめえはただ静観するのみ。キヤノンが安くなったら買い増す。
キヤノン。いくらなんでも安すぎでしょう。今日も53円下げて3087円。一株当たりの配当が130円で、この会社は配当指向性が高いので、今の業績が続く限り130円以下の配当は考えられない。有利子負債もほとんどなく、むしろ利益剰余金がたんまりあるので仮に赤が出たとしても配当を削るとも考えられない。
しかも、キヤノンが赤を出すなんて考えられない。いくらスマホで写真が撮れると言っても、一眼レフを持っているような層はキヤノンやニコンなどのカメラを今までと変わらず買うだろう。
ちょっと計算してみる。今日の株価で計算すると、配当が130円として年利4.2%に相当する。4.2%ですよ奥さん。銀行にほぼゼロ金利で預けているくらいならキヤノン買ったらどうですか?
しかも昨日、キヤノンは自社株買いを発表した。つまり、てめえでてめえの株を買うということだ。これが材料視されて昨日は株価が上昇したが、今日は元に戻ってしまった。何でみんな買わないのか不思議だ。
てめえは先日、キヤノンが2900円近くまで下げた時に全力で買いに行ったが、ちょっとした手違いで買えなかった。今思っても残念だが、今後さらに相場が悪化してまた下げるようなら全力で買いに行くつもり。
相場が下がるとあたふたする人が多いが、基本的に「買って持っているだけ、あとは配当と株主優待を楽しむ」てめえは、むしろ下げたときの方がわくわくする。だって、安くで買えるのに。株価が下がったからと言って、それが相場に連動しているだけやったら配当は下がらんで。短期的な思惑で売り買いしている人の動きに惑わされたらあかんな。
森さん、失言と言うレベルではなくもうこの人、日本国の害でしかないと思う。さっさと引っこんでほしい。
今日は午後から学生の相手。この学生さんは彼が入学当時からの付き合いがあり、今までは飲みに行ったりしたことはあったがてめえが働いているところを見てもらうのは初めて。「アツいですね!」と言う有り難い感想を頂いたが、そうだろうか。単に遊んでいる時と仕事している時のギャップだと思うよ。しかし母校の話を聞かせてもらったのは面白かった。久しぶりにパワーを頂いたような気がするぜ。
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