雑記

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2002年01月03日(木) 3日目

かみさんの実家だが昼頃起床。親戚に挨拶せねばならんらしいがどっちの家の集まりに行けばいいか判らなかったり、それでも強硬にうちの実家に連れて行ったり。なんかそういう行程のためにかみさん関係の人たちとは全く会わなかったり。
夜には暇になっているはずなのにどっか行こうとかあんまり思わないし、他の連中には連絡を取るのにためらったりする。たまには家にいとかなきゃいけないと思ったのかどうかはわからんが。金がなかったからだけなのかなぁ。少なくとも学生の時ならすぐにでも車のある奴に電話をかけて、とすぐに動いていたはずなのに。なんかよく判らないけど歳なんですかね。終日家でゆっくりテレビ。


2002年01月02日(水) ボーリングが好きな人たち

昨日とは集まりがあるので昼から出かける。友人宅で食い散らかし、少し飲んだら眠たくなって寝てしまう。
そういうもんらしく、夜はかみさんの家へ。食卓に座らせられるのも初めてだが、義理の父親というのと飲むのももちろん初めてで。僕の仕事を意識してかそういう話をしていたように思うが、正直20年前のオフコンの話で盛り上がるには限界があると思う。学校を出て以来、久しぶりに他人の家庭にいた気がする。特に食卓なんてのはそう言うもんだし。他への疎外感こそが家という単位の証、と言うか。いいタイミングの時に昼間のメンバで遊びに行こうと電話がかかってくる。かみさんとうまいこと抜け出す。んでまたボーリング。っても昨日も行ったのは僕だけだからしゃあないか。
・・・ボーリングは誰かに習ったわけでもないし、真っ直ぐ投げよう、と言うことくらいしか意識せずに投球するので、スコアがすげー良いかすげー悪いかどちらかになってしまう。とにかく年末からはシャレのつもりで球の速さで笑えるように投げていたつもりが、どうやったら真っ直ぐ転がってくれるのか判らない状態になっている。そういうわけでこの日もただただ30km/hオーバーだけを目指してぶん投げていた。それ以上となるとピンを倒しているようじゃ速度は伸びないが、それでも30キロでストライクを取るとかっちょいい。この日も燦々たる結果で。
随分な時間だったが、さらにファミレスで粘りそれっぽく昔の話などしたりする。帰ればやっぱり明け方。


2002年01月01日(火) 地元で思うこと

元旦。昨日は早く寝たつもりだったが目覚めたら昼前。ふらふらと1階の居間に降りてみるといきなりあほだのばかだの散々罵られる。新年の挨拶の席にいなかったことが原因らしいが、同じ家なんだから起こしてくれても良かったのに、とやっぱりまた寝床へ戻る。

古い友人と会う約束があったので出かける。よくよく考えれば何年かぶりのはずだが、何故かあまりそう言う気がしない。友人は小学生の頃住んでいた場所やいろいろを見て懐かしいと言うが、それに対しても僕はあまり実感がわかない。場所や居場所が変わってもただ漫然と生きてきたことの、なにか良くない弊害なんだろうか、と少し不安になったりする。
適当に呼び出し、僕の部屋でささやかな宴会なぞ始めてみるが、買出しのついでに近所の友人の家に寄ったところその後いろいろあってなんか20人くらいの人数になってしまった。んでもう夜なのに誰かが凧揚げしようとか焚き火をしようとか、なんかそういうノリになってしまったので車5台で出動になってしまう。かなり遊んで最後はボーリングで閉店時間を迎える程度に。44点は生涯のベストスコアなので書いておこう。
少なくとも、今日会った人間については安否とあとなんぼかの近況が確認できた。また今日会うつもりで会えなかった奴もいるが、生きてるのか死んでるのかわからないことよりも、この場合名前があがらなくなることの方がよっぽど不安だよなぁとか思った。なんだかんだ言って結局地元以外で一人でやってる奴のほうが多かったみたいだし。同窓会なんてのに顔を出すような歳でもないと思っているが、自分の存在をアピールする程度にみんなに会っとかんと。


2001年12月31日(月) 帰省(昨日の続き)

数時間の睡眠時間では確実に寝過ごす自信があったので明け方まで眠らずに過ごすことにする。知り合いもPowerBookとiPodのセットアップ他で起きているらしい。・・・が、やはり座ったまま小一時間眠ってしまっていた。気がつけば5時前だったのでちょうどいいやと立ち上がろうとした所・・・立ち上がれない。二日酔いとは違う、急激な吐き気に襲われトイレに駆け込むが、それから体がガタガタ震えだし止められない。かみさんと知り合いの二人は荷物をまとめ出かける用意はしているが、僕は布団に倒れ込んだまま動けなくなってしまった。いつもの貧血、と言うか朝の通勤電車の中で起きるアレの酷い版みたいな。結局二人をさらに待たせ、10時頃になってようやく立てるようになり、部屋を出る。新幹線は少し待てば座ることができた。

夕方頃かみさんと一緒に僕の実家に着く。家に入ると僕ら用の部屋があったりして、なんかそういうことになっているらしい。ってもかみさんの家も歩いて2、3分の場所にあるので妙な感じで。ここ何ヶ月かの、周囲の状況の急激な変化についていってないのは僕たちだけなのかもしれない。
年明けは地元の連中で近所の寺へ行く。これも恒例の行事だったが、いつもと違いその後の朝までカラオケや六甲山あたりで日の出見る、みたいなイベントは行われなかった。もう無理しようと言い出す奴がいるような歳じゃないってことなのかなぁ、と夜道を帰る。今年くらいは寝不足と二日酔いのフラフラじゃなく、年明けの家族の席にいないとな、とか。


2001年12月30日(日) ビッグサイト〜秋葉(いつもどおり)

冬コミ。一緒に行く約束をしていた知り合いとの待ちあわせの時間に十分遅れる程度の時間に目が覚める。今日は年に2回の、いつも最終日しか行けないイベントの日である。カタログは買ったもののろくに見てなかった僕はまた漫然と列に並ぶことになるが、知り合いやかみさんは積極的に(一般参加だが)目的を持って出かけるみたいで。つうか当然だな。コスプレの会場やら企業ブースやら、それらも大雑把に回って早めに出てくる。これはこれでいつも通り。
秋葉、万世。これも毎会恒例の流れ。まだ日の高い、中途半端な時間だったがまったりと全力で肉を食う。予想外だったのは、知り合いを冗談半分で(スマソ)その気にさせ、店を出てすぐに(しかもポイントがどうとかで錦糸町のヨドバシにまで行って)PowerBookG4とiPodを買わせたことか。まあこの場合ユーザーになった、と言うことが重要なはずなので良かったのかも。マジスマン。その後カラオケ。実はこの時点で僕はかなり飲み過ぎだったらしい。

翌日は3人で実家(みんな同じ地元)に帰る予定で、帰省の混雑を避けるため始発の新幹線に乗るべく、今日は都心に近い僕の部屋で泊まることにしていた。深夜頃出かけた健康ランドのサウナだか薬湯風呂だかに入った時点で翌日の失態が成立していたのだと思う。


2001年12月29日(土) 年の瀬

普通に起床。かみさんの会社は今日が最後らしい。僕はPCの前をしばらく動かないつもりでタバコとペットボトルの装備でPSOを始める。PC版は(というかこの時間がそもそもそういうものかも知れないが)オンラインにも人が少なめで、知り合いも当然いない。数時間レベルあげに勤しむ。
思い出したように外へ出る。もうそろそろ年末年始の休みに入る店も多いので早めに床屋に行っておきたかったんだ、と思い出す。空は厚い雲で風はないが空気は冷たい。床屋の看板を見つけては混んでそうなので次へ、と繰り返していたら駅についてしまう。休日に一人でうろうろするのも久しぶりだなぁ、と一度も交換をしたことのないホールへ。相変わらず空いている店内でサンダーV2を発見し10K程回してみるが何も起きず。「サンダーVモード」で遊んでみたが、予告音ハズレがむかついたので深追いはせず。赤7のデザインがイマイチ。
帰り道、結局自宅から一番近くにある床屋へ入る。今の部屋に引っ越してきてから2、3度しか利用したことのない店だったが、親父さんと奥さんは僕のことについてもいろいろと話をしてきてくれる。いつもいつも、いい店だなと思ってしまう。
部屋に帰る頃にはもう暗かった。


2001年12月28日(金) 仕事納め

今年は今日で仕事終わり。つまり仕事納め。すでに今週の早いときにもう今年は仕事しないぞ、と考えていたような気がするがそんなこととはあまり関係なく今日が終わり。机の周りの掃除をして、納会があって早めに解散。少し長めの冬休みに入る。
何かを渡す用事があったので秋葉へ行く。待ち合わせの間にビックパワフル(?)で2K投資5K回収。ワンパッキーだろうと粘る気が全くないのが素晴らしい。待ち合わせだし。・・・結果的に不満集会のメンバが集まり飲むことになる。先週と同じく、今週の週末もどこの店も混んでいるらしく空席を探すのに苦労する。昭和通り口の辺りならなんとかなるかなぁ、とか思ってたが昭和通り沿いの少し歩いた所でいい感じの店発見。
相変わらず代わり映えもしないが飽きない、そしてくだらない話で時間が過ぎる。そしてこれもまた惰性でカラオケへ。いつもいつもの事ながら、どの馬鹿がカラオケなんて言いだすんだろうと、少なくとも酔っていないときの僕はそう思っている。電車のあるうちに帰宅。


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