ぴょんきち活きる、生きる道
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日記、ご無沙汰です(^^;) 最近おサボりモード全開でまっこと申し訳ありましぇんでした。
「テレパシーかいな!??」と思った。
♪わたしーだけがぁ、わたしの恋をーー あーーみっかっくにんーーー♪♪ エスパー魔美ばりに。 昔はタカスギ君はビジュアル的にどうかなって 思ってたけど、今では許容範囲(^−^)/
って長い前振りはいいとして(^^;)
お風呂に入って、ツラツラいろんなことを 考えいた。 太もものたるみが気になるぅ・・・って違うって。
今週の土曜、約1年ちょいぶりに故郷秋田に帰省する。 その際にどうしても会いたいなぁって思う友達がいて、 連絡してみなくっちゃなーと思っていたら・・・
携帯がけたたましく鳴り、出てみたらなんとその友達だった。
「元気にしてらが〜?いつ帰ってくんの?」と彼女の声。 どうやら仕事の帰りに、ふと電話をかけてみたくなったらしい。
「今の今、おめ〜のこと考えてたとこだ〜。」 と、ちょっと興奮ぎみに久々の会話に夢中になってしまった。
友達って、とってもありがたい。
表面的な浅い人間関係の構築は、 私は不器用すぎて要領良く築けない。 でも時として、その必要性を感じざるを得ない中で、
私とまっすぐ向き合ってくれる友達の存在は、 とってもとても大きい。
私はいつも威勢ばっかりよくて、 気合がからまわりしていることばかりだけど、
ずっとずっと大切にしていきたい人達がいる。 「おまえはおまえだから」って、認め合える人達だ。
・・・そうこう日記を書き進めていたら、 また↑とは他の、秋田の親友から電話がかかってきた。 中学校野球部時代からの親友だ。
私が帰郷する期間は野球で遠征に行ってるので 会えないらしい。残念。
「た○く、お前とはずっと親友だからな」 ↑ (彼からのたっての希望で記載。)
日記で宣言しろって言うんだもん(^^;)
おう!これでいいべかのー?
集金が始まり、ドタバタと毎日を過ごしている。 8月も終わりに近づき、残暑はまだまだ厳しいけど、 暗くなる時間が早くなったなぁ〜などと、 夏の終わりを感じてしまう今日この頃である。 夏を振り返って、、、 今年は例年にも増して、心霊特集のテレビ番組が多かった ような気がする。それらを目にするたびに、 「うぅっ」っと低くうめいてしまう自分がいた。
私は、霊の存在は信じているけど、実際見たことはない。 奨学生になってから初めて、金縛りにあうようになった。 それはまぁ、疲れからだろうと思う。
今年の春先に、幽体離脱を経験した。
その日は、かなり疲れてた。 夕刊後拡張に出たりして、クタクタになって帰宅し、 玄関から布団までの道のりにジャージを脱ぎ捨て、 そのままバタンと寝に入った。 疲れすぎて寝つきが悪いのかなぁなどと、 まどろんでる中でぼんやり思っていると、 きゅうにふわっと何かから離れる感覚に襲われた。
暗闇の中で、でもはっきりと、 左腕を伸ばして、その上に頭をのせて横になってる 自分の姿を見てしまった。 「ななななな???」と驚愕していると、 フワフワしている自分はゆっくりとドアの方へ動きだし、 下には脱ぎ捨てたままのジャージが見えた。 玄関ポストの取っ手に手が届きそうになって、 急に激しく恐ろしくなって、「戻らなくちゃ!」と思い、 ユーターンしたら、自分の体に戻ることができた。 クターと疲労感いっぱいな感覚のままガバッと顔を上げ、 思わず声にならない悲鳴をあげてしまった。
友達に話しても、今のところ鼻で笑われている。 信じてもらえないのは仕方がない気がする。 高校時代、自分の姉が、 「なんか昨日幽体離脱しちゃったよ」と顔色悪く言っていたが、 「またまたまたまた〜」と全然信じてなかった自分がいたし。
でもその1件から、霊がいるかどうかも判断がつかないという 考えから、霊的なものはこの世に存在するんだろうなぁと 考えをあらためた。 やっぱ実感ってものは恐ろしい・・(><)ふい〜
しかし! おばけとか怖い話しとかが、大の大の大の苦手なので、 たまに朝刊中の暗がりの中でふと怖くなると、 「おじいちゃんおばあちゃんお守り下さい。」と 天国の祖父母に、声をあげて必死に手をあわせるのであった。
お客さんの横で、契約カードを作成していると、 ほとんど決まって言われることがある。
「あら〜、よく左で器用に書くわね〜」
そして、 「親御さんは、直したりしなかったの?」 「左利きって器用なのよね」 と続く。
私は、箸も、鉛筆も、包丁も、すべて「左」だ。
小学生の時、担任の先生から書き方鉛筆を渡され、 右利きに直すように指導された。 5年生の時の夏休みの宿題に、 あいうえおを右手で書きなぞるプリントを30枚も 出された。
よく親や先生に質問した。 「なんで右利きに直さないといけないの?」って。
「みんな右利きだからだよ」 そう言われても、ちっとも納得できなかった。
というわけで、 渡された書き方鉛筆をほっぽりなげ、 出された宿題は全く手をつけず、 ぴょんきち右利き矯正作戦は失敗に終わった。
左利きだからって得したなぁってこともないけど、 左利きだから不便だって思ったことも特にない。
でも、社会が、右利きに便利なように考えて作られてる ってことを、左利きゆえに気づきやすいこともある。
例えば・・・ 自動改札口も、自動販売機のお金を入れるところも 右についている。 センター試験の数学の問題は、左に問題が書いてあり、 右に計算スペースが空けてある。
私は普通に左手をクロスすることで、それらに対応している。
「左利きは器用」ってのは、私には当てはまらないと思う。 箸は左だけど、書くのは右に直された人がいるならば、 それは間違いなく器用だと思うが、私はすべて左だから、 器用な根拠がなかったりする(^^;) っていうか、てんで不器用。。
と、なんでツラツラ書いているのかというと・・ 右利きの人から見て、そんなに左利きは不思議なものなのかなぁと たまに???と思ってしまうからなのであった。
だって私には右利きの人がごく自然なんだもんさぁー。
でも、左利きで珍しくてお客さんに名前を覚えられたりするから、 お徳なのかもしれないなぁ〜。 ニヤリ(^へ^)
おうちのネット復活です(^−^)/ さぁてとぉ、日記を書くぞーと思ってサイトを開いたら、 またまたまたチャットにはまっちゃってました・・
というわけで、朝刊後の執筆です。 台風なんてどこ吹く風!! 0(^−^)0気合だわっしょい!しょいしょい!!
この間の24時間テレビが激熱だった。 「家族って何?」のテーマのもと、 森末慎二が息子のために片手大車輪を廻ってみせたり、 研ナオコが母親として85キロを完走したり・・ 涙腺緩みっぱなしで見ていた。
親の姿って、ものすごい影響力があると思う。
うちの母親は看護婦をやっている。 物心ついた頃から、母は夜勤で夜、家を空けることも しばしばだった。私は根っからのさびしがりやだったから、 それがとっても嫌だった。母がいない日は泣いてばかりだった。
小学校1年生の時のある日、お昼に教室で給食の準備をしていたら、 昇降口の方の廊下から、ものすごい泣き声が聞こえてきた。 野次馬根性で覗いてみると、なんと、まだ4歳の私の妹だった。 妹が昼寝をしている間に、母が仕事に出てしまい、 一人でものすごく怖かったんだろう、顔が真っ青だった。 4歳の足で、家から20分もかかる小学校までやってきたのだ。
私は未だその時の妹の顔を忘れられない。 子供ながらに、もっと強くならないと!って思った。 そして、こんなにも家族にさびしい思いをさせる職業には 将来絶対つかないぞ!と固く誓った。
しかし・・・ 看護婦である母の姿から、そう感じとったのは、 どうも姉妹の中で私だけだったらしい(^^;)
現在、姉は宮城の病院で作業療法士として働いている。 妹は、看護学校を今年度卒業予定で、来年からは看護婦さんだ。
私はというと・・・(^^;;) まぁ、一人くらいちがったやつがいてもいいっしょ。。
たまに、自分はものすごく暗い人間なんじゃないかって 思うことがある。
いつも、元気いっぱい生きていたい、前向きでいたい、 力強く日々を歩んでいきたい、そう願うけど、、 どうしようもないくらい暗く、落ち込んじゃう時があったりする。
自分は喜怒哀楽がものすごくハッキリしてると思えるのだけど、 そんなギャップの激しさゆえのことかな〜と感じる。
でも、自分の「明」の部分は、 もう一つの「暗」の部分によって形成されてきたような気がする。
誰かの陰口に傷ついたり、 誰かを、知らぬ間に傷つけいたんじゃないかって不安になったり、
育んできたものが突然壊され、許せない気持ちになったり、 それを「許せない」って思ってる自分に苛立ちを覚えたり、
ものすごくいろんな思いが、自分の中をぐるぐるまわるのだけど、 半端じゃなくへこんじゃったりするんだけど、
そこから得るものは、実は、大きい気がする。
自分が痛みを感じるってことは、 誰かの痛みも知るってことだと思うから。
足を踏んでばかりじゃ、 足を踏まれた方の痛みはずっと分からない。
「痛い!」と実感して初めて、得るものがある。
一日ばかりは打ちひしがれても、 明日からは、「痛み」を自分の「明」の部分に 取り入れて、また、元気に歩き出したいと思う。
立ち直りが早いのも、 喜怒哀楽が激しいと思うゆえんかな??
なぁんか、自己満足な日記になっちゃったけど、 今日のところはお許しを〜m(_ _)m
おっしゃーーー!! 気合を入れ直しましたぜい。
マンガ喫茶の元を取るために、 飲み放題のジュースをガブ飲み中。 せ、せこいかな?? ま、ありということで。
ぴょんきち
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