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新聞のこと 2001年11月14日(水) 新聞で読んだ話。秋田の小学校で、自分たちで鶏を育て、それを殺して食べようという授業をしようとした先生がいたそうだ。実際は、食べる前に保護者から反対の声があがって育てるだけになったようだが。 この間ダ・ヴィンチで浅野忠信が、鶏を一羽自分で殺して料理してみるってことをしてみたい、と言っていたのを思い出した。 私たちは、目を背けて、耳を塞いで、口を噤んで生きている。多かれ少なかれ。 いろんなものを犠牲にして生きているし、いろんなものの犠牲になって生きている。 直視できて、それを受け止められるなら、それは強くあれるということなんだろうけど。 ---------- 生きていくことに明確な理由が必要ないように、死ぬことにだって、明確な理由や原因は必要なものだろうか? なにか原因があれば、世間はそれで八方丸く収まるんでしょう。 だいたい、生きることはスバラシイ、なんて誰が決めた。そんなの共同幻想だ。 …ただ、訳知り顔で人の心を解説しないで欲しいと思う。当事者にしか、わからないじゃない。ほんとのことなんて。ほんとの気持ちなんて。 壊れていくものを惜しむことができるのは、ほんとにそれを愛した人だけであって欲しい。 だから、私は語る言葉を持たないけれど。 |
君といたとき、いないとき/ジミー 2001年11月12日(月) 数日前に感想を書いた絵本の第二弾。ある日、地に落ちてきてしまった月。少年は月を拾って帰り、その出会いは互いのさみしかった心に優しい光をともした。 月のなくなった空に不安を感じた人々は、人工の小さな月をつくり街中を笑顔の月で埋めた。しかし、世界は次第に荒れ始め、月は昔のことを思い出す。月は少年の家に入ることができなくなる…。 なんだかせつない話。それでもたぶん、温かい話なんだろうと思う。 「ぼくには君が見えないけれど、ぬくもりを感じることができるから。」 |