日々想事ひびおもうこと...紫能神巳

 

 

10年ぶりくらいに家に居たよ。 - 2001年12月31日(月)

…と、感慨深い大晦日。
毎年毎年毎年毎年、友達と初詣に出て行ってた大晦日〜正月ですがホントに10年ぶりくらいに家で年越しを致しました。
そういえば毎年一緒なのは友達なのは何故なんだろう…と思ってみたり。
彼氏が居るときも彼氏と一緒だったことって無いなあ…友達優先させる女だから(笑)無論今年は私は具合が悪く(最悪)、彼氏は人込みに出かけるのが嫌いという致命的な理由のため初詣は満場一致(って二人だろ)で「2日に」と事前に決まっていたのでお互いお家で大晦日。

しかしレコード大賞と紅白と、オイシイトコだけ両方見ましたが…。
つーか、ダウンタウンとドリフが見たかったので見れて満足です。
良いモン見せて頂きました…後は、大量に買い込んだ本を読むべく精進します(別に精進しなくてもクセのように読むんですが)。

さてゆく年来る年って事でなんかそれっぽい事書こうかと思いましたが毎日人生省みてるので今日くらいはイイや(笑)
それより、絶対2002.1.1の日付で本公開してやろうと思ってたBOY×BOYサイト用の小説(コレが書けたら本公開なんですよ)が仕上がらなかったのがとても哀しい…。
どんどんややこしい小説に…(涙)
ゲームのように、明るく健全な(笑)雰囲気にしたかったのに…ハマったキャラが松岡誠史郎だったのが問題だったのか…。
まるでB−T小説(ウチの本読んでくださってる方はそれを想像してください…間違ってもこのサイトのバカ小説ではなく…笑)書いてるかのようにややこしいメンタルな内容になってしまって、サラっと書けるような状態ではなくなってきて大変(涙)
でも…どうしてもアップするんだ――――!
と思うものの、もう今日しかないんだよ、私…と思ったり。
だって新年からは用事いっぱい入ってて忙しいんだ(涙)
ばくちく小説は間に合って良かった…と夕方書き上がって胸を撫で下ろし。
さあ頑張るぞ!!!ってどうして大晦日に頑張って小説書いてるんでしょう、私…謎。


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徹夜でござった…。 - 2001年12月30日(日)

原稿でもないのになぜ徹夜してるのだ私。
しかし私、本日昼の三時くらいまで起きておりました。
家の用事がいろいろ早くからあり、午前5時頃には『…どーせ後一時間で出なきゃならないんだから起きておこう』と起きておりました…。
その前の早く寝ようと何度も思ったのに寝れなかったのよ…。

そんなわけで、午前中は家の用事でひっぱり回され、午後になってから帰宅するもすぐには寝付けず。『生徒諸君!』(知ってる?)とか懐かしくなって読んでてうっとりしなおしたり…。うっとり。そうです私は沖田成利の大ファンで…。どうして死んでしまったの沖田くん(涙)とまたさめざめしてみたり。
その合間に冬コミで忙しいはずの人にメルったら「忙しい〜!」と返って来て一人笑ったり(ゴメン)。皆さんお疲れ!(笑)
そんなことをやってたら午後2時半?だったかな?
昨日来た友人Nさんからメールが。
「今日5時からキャプテン翼あるよ!」
………断っておきますが彼女、同人関係ではございません。えェ一切。
しかしどうしてこんな奇妙キテレツなメルが入るのかと言いますと(笑)、昨日の会話に遡ります。
丁度昨日、『子供の頃に見てた懐かしいアニメ』の話をしておりまして、まあ私タチの年代以外の人を綺麗に無視した会話になりますが(笑…Nさんは私の一つ上、もう一人の人は私の二つ上なのでほぼ同年代)、『おはよう!スパンク』から始まり、『さすがの猿飛』とか、『ギャバン』(アニメじゃないが)とか、その辺りの話からふと彼女が言い出したのです。
『キャプテン翼!…は、でも新しいかあ』
私たちが小学校中学年くらいの話だったと記憶しているので、まあ『新しい』に分類されたんですが、ソレを出されて黙っていられるわけがなく、少々そちらで議題を進めてしまいました。したらば、彼女が現在日曜にやっているテレビ放映の話を出してきたのです。
『そういえば日向小次郎の声って変わったよ?』
何――――――――!!!!
うっかり声優さんの名前を出しそうになりつつも飲み込んで(笑)、努めて冷静に聞きなおしました。
『あの…結構渋くてカッコ良い声だったよね?昔…』と。渋くてカッコ良いどころかアンタ色気たっぷりでこんな小学生おるかってな!!!!と心の中では絶叫しつつ(笑)誘導尋問開始。したらば。
『そう、だったのに今、何か高くて可愛い声になっててびっくりした。こないだ偶然見たんだけど』
……何―――――――――――!!!!!!!!!
そりゃびっくりするわ!!!
何故!何故なの!?どういうことなの誰か教えて!!!!!
カツオ君の声が変わったなんて事より大事件よソレは!!!新聞は一面に載せるべきよそんな重大発表!!
と、取り乱していると、彼女はソレについては大した感慨も無いらしく、『誰だっけ、心臓の悪い子カッコ良かったよねェ』と言い出しました。
誰だっけじゃな――――いい!!!三杉くんよ三杉くん!!!!
と心中絶叫しつつちょっと考えるふりをしていたら、『武蔵野FCの…』と、よく覚えてるじゃん(笑)と私を感動させる独り言を呟きつつ、考えておりました(笑)で、『三杉くん』とさも今思い出したように言うと、『そう!三杉くんよ!』とご満悦。
『でも私岬くんのファンで』と彼女は補足。
……………うぬぅ、南葛ファンか貴様!!!!!!
と、一転して(笑)私の心中に怒りの炎が一瞬(笑)
『私は東邦ファンだから』と持って回る私。
東邦って言うか健小次だよ健小次(爆)
しかし一般人にそんな恐ろしい事を言えるはずもなく(って言うか言ってもきっと意味は解らん)、『日向くんと若島津くんが好きで』と、敢えて反町の名は外す私(笑)言っても覚えてないだろう一般人じゃ…(微笑)タケシは覚えてるだろうが別に愛してないし。
しかし日向さんを『日向くん』と発音したのは初めてだったわ…どきどき。
いつも心の中でも同人仲間の間でも『日向さん』としか呼んだことが無かったからなあ(笑)一般人に『さん』はないだろうと細やかな気を使う私(笑)
そして話題は適当にずれていって、『キン肉マン』とか『おぼっちゃまくん』とか………わしら男の子だったんかい(笑)女の子アニメの名が無いのは何故なんだ…と、今気付いた(笑)今度そう言って突っ込もう(笑)

で、まあそんなカンジで懐かしい話を昨日しばらくした後、『今日曜夕方にキャプテン翼やってるから見てみたら?』と言われました。
日向さんの声に拒絶反応起こしそうで怖い……と正直言って思いましたが(笑)、まあ適当に『そうねェ覚えてたら』、とか言ってたわけです。
そこが、今日のメルに繋がったのでございます。
新聞でも見てメルくれたんでしょう。しかしその時の私はもう寝る気満々で(笑)、『ありがとう、昨日から徹夜なので自信無いけど起きてたら見るね』とメル返しました……無論、起きていた訳がなかった。拒絶反応は来週に持ち越されたようです(笑)

それからしばらく寝て、起きたのが電話の音で。
同窓会の件で連絡が入ったのでした。皆さん奔走ありがとう。無事会場が決まったようでご連絡頂けました。

それからリビングに行って、妙にドリーマーな歴史検証番組を観てしまった…。『時空警察』とかいう…。
織田信長の暗殺は、戦国武将たちの策略によるものだった?とか、『ソレって私が中学のときに思ったことじゃん…』と思ってしまった言葉が耳に入り、つい見てしまったんですが…ソレからの議題は『ヒトラーは生きていた!?』で、まあいろいろ調べるというドラマ形式の検証が始まって、結論は『ヒトラー生存説はスターリンの流したデマ』という結論…………オイ!!!!!待たんかい!!じゃあ◎●とか××とか…!!と、まあいろいろ説明のつかない、私が自分で読んでいろいろ得た知識を頭の中で反芻していると次の議題は『義経はジンギスカンになった?!』というもので。
そしてまた検証ドラマが始まるんですが………『我々時空警察には時効はない。事実のみを徹底検証する!』とか言っておいて…『事実』をあくまで主張するなら絶対出してはいけない名前、『武蔵坊弁慶』の名が出てきてしまってますよお役人さま(笑)
『弁慶』の名を聞いたとき、『何だ……面白がってるだけのフィクションか』とようやく胸を撫で下ろしました。が、純真なお子様が信じたらどうするんだよ!(爆)とは思いましたが。
ご存知のこととは思いますが、そして私個人は源九郎判官義経の大ファンではございますが、『武蔵坊弁慶』……『五条大橋』から登場し、義経の忠臣として仕え、『勧進帳』とか『弁慶の立ち往生』とか、涙なしには読めない『お話』は多く存在しますが出典はすべて『義経記』という『お話』からであって、歴史上武蔵坊弁慶は存在しないわけです。『吾妻鏡』などの歴史書の中には武蔵坊弁慶の名前は無論存在しません。武蔵坊弁慶は架空の存在なの!(笑)浦島太郎や桃太郎と一緒なの!(笑)
……ソレを『事実』として言ってしまった番組の短慮さに脱力…。
いや、居てくれた方がお話として楽しいのは認めるし魅力的な存在ですよ弁慶って。でも『事実』として言ってはイカンでしょう(笑)
いやいや…驚いてしまいました。何が驚いたって、じゃあ『この番組は事実に基づいたフィクションです』って入れれば可愛いものを入れもしないんだもん(笑)
そんなんで『歴史公証』とか言うんじゃないよ…脱力。
歴史への冒涜だわ。
タイムマシンで捜査官がその時代へ行って事実を見てくる、という検証ドラマが全部に挿入されるんですが『見たんだから』とか言おうとしてないか?調査内容も偏りすぎで薄いじゃあフィクションです、って一言入れろよバカ野郎。と、かなり本気で思ってしまいました。
あー、気分悪いものを見てしまった…。
フィクションですと一言言えばこっちも楽しめるのに言わないからむかついちゃった…。『嘘だと解ってるから楽しめる』という人間の心理を知れプロデューサー。
むかむか…。
こんな小さな事に腹を立てられるのは本震が来たからね。
お腹痛いでーす。ぐすぐす。


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武道館今日なのよね…(涙)でも私は歳末大掃除。 - 2001年12月29日(土)

ハイ本日はBUCK−TICKさん武道館ライヴの日取りでございます…皆さんレポお待ちしてますからね!!!(強要)
でも『体が悪いから行けない』と取ってなかった私はとても賢かったと思ってしまいます…。申し込みの頃より更に悪くなってるもんな…。コレで取ってたら死んでも行ったかもしれないし、そしたら文字通り死んでたかも…ぶるぶる。
そんな訳で皆さんレポお待ちしてますから!!!(強要)

そして一人虚しく大掃除…なんてつもりは全然無かったが、急遽友人たちが遊びに来てくれると言うので大慌てで大掃除。
…この使い方間違ってるんでしょうな…。大掃除って言うか『すっごく汚かったから大変な掃除だった』って言うだけで…隅々、年内のヨゴレを祓い清めたわけではないっていうのが何とも私らしいですが、ともかく大掃除。
掃除に丸一日かかるほど部屋を汚せる私ってすごいわ…ある意味(笑)
でも、友人たちが遊びに来ると言ってくれなかったら、私はゴミための様な部屋の中で年越したんだろうなあと想像するとちょっと感謝(笑)少なくとも今はゴミためではない(笑)

で、まあハム小屋も久々に掃除して…だってオスメス二つの小屋があるんだもん、正直言ってしょっちゅうは面倒臭いのよ(笑…鬼?)。でも、『まあ歳末だし』と隅々、綺麗にしてあげました。
そんな最中に知らない番号から電話が…『誰?』と思いつつ取ってみると、中学の同級生の男の子からでした。
最初は名字を名乗られてもよく解らず、『…Sさん?』と鸚鵡返しに問い返してたんですが…『S・Tの弟の』と言われて初めて記憶と合致(笑)
私が個人的に親しかったのは兄と同級生だった彼のお姉さんの方だったので、フルネームで言われて『あァ…Tちゃんの弟、ウチの学年に居たなあ…』くらいの記憶しか残って無かったので…彼の事は(笑)
そんな訳でとにかく今度は誰だか解った(笑)電話がかかってきました。
用件は、1月4日に同窓会、という通達。
ああ…前回の同窓会で名前と電話番号書いてきて良かった…。
私、小・中過ごした土地ではない場所に引っ越して3年になるんですが、コレは結構寂しかった…。ホンマに。
前の土地は18年過ごしたし、友達も居ないし…(今度の土地は)。店も無いし不便だし何より市民から郡民になったのがとても辛かった…。何がって、商売柄(笑)、自分の住所氏名を書くことがとても多いわけですよ。少なくとも一般の方々よりはずっと。通販とか通販とか通販とかで(笑)。
で、前の住所はとても簡単でさらりと書けたんですが今の住所は長いし画数が多い…。とても苦痛でした、ホンマ。何件か書いた後。
そして私は決めたのです。ここに引っ越す事になったのを契機に、自分の住所印を作ろうと。だって長いんだもん(笑)。
丁度、ありがたくも通販のお申し込みが増えてきてた時期に引越しが重なったので、絶対に住所印作ってやると。でなきゃ耐えられん(笑)と思いましたええホントに。

………何の話でしたっけ…逸れたわ(笑)
そうそう、同窓会のお誘い、という話だったんだわ(笑)
で、まあ私はとりあえず先立って入ってる用事も無いし、その場でOKしました。
『他に誰か声かけられるヤツ居る?』と聞かれ、即答できたのは『…MとIかな…』2人。
………多いのか少ないのか(少ないだろ)解らん数ですが、とにかく電話をかけました心当たりの二人に(笑)
一人は前に日記でも書いた、私の20年来の親友(まあ二人とも親友だが)で、電話をかけると『………』と沈黙されたのでビビりつつ(笑)『どした?用事でもある?』と訊きました。
したらば。『私、1月3日に高校の同窓会で…』という回答が。連チャンかい(笑)
『そうか、連チャンか。きばれや』と言って、まあちょっと世間話をしてから切りました。そしてもう一人に電話をかけると…不通(笑)取れよ携帯なんだから!!(笑)
なので、『とりあえずMはOKで、Iは電話取らなかったから解らない。で、MがEさんとOさんとTさんに声かけるって言ってて…』と、事の次第をSくんに報告。
電話の向こうでは『OK?大丈夫?あと誰?何組だった?』とか言う会話が聞こえてきました。大修羅場になってるらしい…。
そして、『ごめん今立て込んでるんだけど…そういえばIさん(私だ)は何組だったっけ?』と訊かれ………答えられなかったのが【マヌケで賞】かな…。
だって覚えてますか中学のときのクラスなんて!!!!(逆ギレ)
『あ〜…D……いや違う、Eかな…E、多分……』
としか答えられない私…。中学では『DとE』にしかなったことはなかったのでどちらかのはずだが記憶がすごく曖昧(笑)結局、『……ゴメン、よく解らん…』としかいえなかった【マヌケで賞】。

しかし、今回の事で結構思い知りました…。
企画ってすごく大変な事だったのねと。しかも何人居たと思うよ!?ってカンジで…それみんな集めましょうだもんな…大変だよな……。店を決めるだけでもかなり。
今から空いてる店にネジ込むんだもんねェ……。
ご苦労様です企画の皆さん。前回も今回もおんぶに抱っこでゴメンね…。
と、ちょっと反省してしまいました。そして呼んでくれてありがとうなのだ。

そして補足。
『姉ちゃんがIさん(私だ)の電話番号知りたいって言うから教えといたけど良いよな?』とSくんに訊かれ、『電話お待ちしてますわ〜って伝えておいて』と言って電話を切りました。
Tちゃん(兄貴と同い年の人なんだがそう呼んでたのよ)……。
10年ぶりだわ、電話かかってきたら何話そう、と今からネタを仕込む決意の私でした(笑)

して、夕方友人たちがきて、先ほど帰りました。
彼女らに言われて気付いたが今年もあと2日なのか…。
去年はミレニアム、一昨年は1999ってことで2年連続、12月に入った途端に『歳末』のイメージがとても強くTVとかで流されてた記憶のせいで、今年はあまり『歳末』という気がしない…ホントに。
冬コミで本出してないせいかもしれませんが(笑…きっとそれだろ)。
でもあと残すは二日!!!
来年こそは良い年になると良いなあ…(ノд・。) えぐ。
神様頼むぜ(都合のいい信仰心)。


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俺の屍を越えてゆけ。 - 2001年12月28日(金)

…というPSゲームをやまげん太さんちでやってきました。再び。
あかん、めっちゃハマるわ…。

お話の概要というのが、そもそも昔、都の人々を困らせていた朱天童児(字合ってるか?)という鬼の総領が居て、まあそいつを討ちにある勇敢な夫婦が行くわけです。
しかし、行ってみると、夫は朱天にあっさり騙され、まあ騙まし討ちの形で絶命します。で、妻が憤慨するんですが、なんと朱天の手に掴まれているのは、可愛い我が子。
結局、一太刀も報いることなく、朱天に子供の命と引き換えに、と自らを差し出します。その時に朱天は、この子供にある呪いをかけました。
『短命』と『種族断絶』。
すぐに死に、子孫を残す事はできないという呪いです。
が、子供はその分早く成長し、自らの使命を悟りました。そこへ、神々と交われば子孫を残す事が出来る、協力するぞ、と神がやってきます。
子供はその誘いに乗り、短命である自らの意思を、ずっと子供たちが引き継いで行ってくれる様、名前を残します。その名前は、代々『当主』に引き継がれる事になりました。

……ってカンジでスタートです(解り難かったかな?)。
この名前をですね、私は解り易く(笑)『紫能神巳』にしまして、代々紫能家の当主が『神巳 』を引き継いで闘って行くという寸法です(笑)
だって、本名だとさ…男の子にも引き継がれるのにヘンだし(笑)そんな訳で敢えてPNですが。
で、まあ神々にもランクがあって、経験値をたくさん渡す事でよりランクの高い神と交配できるシステムなんですが…。
『ランクが高くても顔が好みじゃないわ…』と思う神もいっぱい…。ランクの高い神と交配した子こそが時代の『当主候補』なんですが…もう過去に二度ばかり(笑)「オマエが『神巳 』を名乗る事は許さん…」と思ってしまう不細工(失礼)な当主が…。だって、目一杯『不細工』は避けてるつもりだったのに時々バグで(?)不細工な人間が出来るんだも…(涙)
じゃあ当主にしなきゃいいじゃないかと思われる節もおありでしょうが、だって実力は文句なく『当主』のモノだってりするんだもんこれが(涙)
しかし6代目『紫能神巳』は完璧でした…。見た目も最高に美しく、そして鬼よりも強い…。うっとりしながら使ってしまうキャラでした(笑)
だからこそ別れが辛く…(涙)彼ら、最短では一年半、長くても一年八ヶ月程度しか生きないんですもの…。6代目が死ぬときはさすがに「死なないでエェっ」と叫んでしまいました…哀しかったんだもー。
でも、彼女(そうは見えなかったが女性だった)はモノスゴイ業績を残して逝ってくれました。朱天一歩手前のところ…っていうか単にタイムオーバーで朱天に会えなかっただけなんだけど、会えてたら確実に1ターンで息の根を止める実力の持ち主でした。風神雷神にも軽く勝ったしね…。
そんでその次に『神巳 』を継がせたのが目つきも態度も悪いモヒカンの男…(号泣)だって強かったんだもー…。すっごく。先代『神巳 』といい勝負できるだろうってくらい。
あァ、何とか好みの顔で強い子を産んで貰うことは出来ないのか!?
顔が好みじゃないと辛いよー(笑)
……しかしバカハマリしまして、今日11時(無論夜の)までずっとやまげん太さんとゲームやってました…。ウチらハマると誰か止めてくれないと時間があっという間に過ぎるんだよー(笑)
またやりに行くのでよろしくね―♪

しかし。
胃が痛い…(涙)
本日は何も食べられない痛さでした…。何も食べてないよホントに。
で、恐る恐る体重計乗ったら36キロジャスト…。
『痩せてるね』はある一定のラインを超えたら褒め言葉でも自慢話でもないことを、皆さん時々街で実感する事がおありでございましょう。
私のベスト体重は41キロで、そこから動かないでもう8年くらいだったのに…ここの所急に激痩せて哀しい…。
何とかご飯食べられるようにならないかなあ…はァ。


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支持球団。 - 2001年12月27日(木)

さて、ココで関西勢を敵に回してしまいますが(笑)私の支持球団(無論プロ野球)は読売巨人軍でございます。
過去、大阪在住時は、何度も甲子園球場に始発で足を運び、ほぼ丸一日(笑)チケット売り場に並び、野球観戦したものです…あァなつかしや。
そして乗るのは阪神電車。…オレンジ色の応援グッズ(メガホンとかそーいうものね)がちらりとでも人に見えないよう、タオルで包んだものを更に紙袋に入れて通ったものでございます。
『何を大げさな』とお思いの向きもおありでしょうが、一回大阪住んでみろ!と(笑)それで私の言葉の意味が解るはずです…えェそれだけで(笑)
私が好んで観に行くのがやはり巨人―阪神戦だったんですが、まあ相手球団はホントはどこでも良かったのよ。なぜなら私は、巨人が勝とうが負けようがホントはどうでもいいから。
ソレは何故かと言われますと、私巨人ファンとは言うものの、松井秀喜ファンだから。
松井くんがホームランさえ打ってくれれば、負けてもいいもん(笑)
私、松井くんには実は彼が高校球児だった時から目をつけてまして…そこからのファンだったから、彼が当初希望したように阪神入りしてたら、今頃は阪神ファンだったことでしょう(笑)
ただ、やたら運と愛想のいいオッサン(………と言うと結構大勢のオヤジ様方を敵に回すわね…)が、松井くんをドラフトで引き当てて巨人入りさせたから巨人ファンになっただけで、私はあのオッサン(だからオッサンて言うな)にはあまりどころか殆ど愛着がない。むしろ息子と中居君の対決の方が毎週楽しみだ(笑)
しかしウチの親父と兄貴は、あのオッサンの大ファンである。
特に父が猛烈なファンである。今季のあのオッサンの勇退セレモニービデオを見ては何度も何度も号泣している、徳光さんのような人間である。
私が幼いころ、縦横2メートルくらいの、あのオッサンのドアップでサイン入りのパネルが置いてあった。家に。私は子供心に、オッサンの顔のアップに恐怖を覚えていたものだった。
だって、今でも私より大きい、当時の私から言うとかなり大きいオッサンのドアップ…。怖いよ、誰だって。
そして母曰く、ウチの両親の新婚旅行は、気の毒に巨人軍の宮崎キャンプと日程を合わされ、旅行中ずっとキャンプを見ていたらしいのである。……付き合いの良い女よのぅ。
そして我が家にはいたるところにジャイアンツグッズがある。私の部屋にもオレンジのメガホンがある(笑)そして、去年やまげん太さんにお願いして買ってきてもらった超可愛いジャビットくん(巨人軍のマスコット人形)は、私の部屋に置くつもりだったのにまんまとリビングに取られてしまった…。
更に、ウチの親戚筋も『どうにかしろよ!』と思うほどのジャイアンツファンである。集まりの良い親戚筋が集合して、ウチの親父様秘蔵の限定発売版『長嶋茂雄』のビデオを観ていたところなんてもうアイタタである。
私は『ジャイアンツが』好きなわけではない。私の思い人はただ一人、日本の大スラッガー、松井秀喜もうその人ただ一人なのだ。
『…珍しいね』と失礼な事をよく言われるが、彼の完璧で流麗なフォームを見てもそのセリフが出てくるんであれば信じられない。もう私とは見てる世界が違うのだ。理解して頂かなくて結構。
しかし、『そうなの?』と思われた方は是非一度、彼のホームラン時の完璧なる筋肉の躍動を見て頂きたい。
彼は球界で一番、美しくしなやかな筋肉とフォームをもつ男なのである。
………と、少なくとも私は思っている(笑)
 
何でこんな事を言い出したかというと、今日TVで『スポーツえらい人』を見てたからである。
オッサンが真打ち扱いで、松井くんがまるで前座じゃないかあの扱いは…気に入らん!!過去ではなく未来に目を向けるべきよ!!!
しかし原新監督も気に入らんのだよ私は…。松井くんメジャーに行きたがってるという話もあるし…FA権獲得までもうすぐだしね…。
でも松井くんにお願いしたい…メジャーに行きたい気持ちはすごくすごく良く解るけど、できればどうぞこのまま日本球界の宝となってくださいまし…。メジャーに行ったらしょっちゅう試合見れないじゃんよう(涙)ナマで試合見れないじゃんよう(泣)お願いだからココに居て…(懇願)。そんで、お願いだから何とか引き止めてくれ読売ジャイアンツ…と思う今日この頃でした(笑)


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……相変わらず。 - 2001年12月26日(水)

今日も今日とて体調が悪い私。
男性諸氏にはまたもアレですが今日はまあ生理痛までダブルで…。
先々月から、信じられない事にそれまでは判で捺したように正確な30日周期でやってきていた私のお印の日は、完全なる『不順』になってくださいまして…。どうしたものやら。日付が解らなくなったってのは結構困りますね…ホントに『ある日突然』余震(生理前のあの痛みよ…。無い人も居るらしいが私はハッキリあるんです…)が来て、それから本震が来るという。とにかく痛いのさ。
前までなら、『まあ◎◎日辺りには来るから』と心の準備が出来てたから良かったが、先々月から突然心の準備が出来なくなってしまって…。
『心の準備』って結構大事だわ…。と、初めて思いました。今日いきなり激痛(でもまだ余震)に来られて…。
そして間の悪いのがウチの兄。
胃と下腹部と、種類の違う激痛に悩まされている私が、まあ不幸な事に痛みに耐性があるのでフツーの顔をして『痛い』とだけ呟いてるから『大した痛みではない』と判断したらしく、下らんお使いに行けと言い出したんでございます。自分はTVゲームが忙しいから。
さあ大変。私のように性格の悪い妹(しかしウチは兄弟仲が良いよホントに)の逆鱗に彼は触れたのでございます。
ただでさえ私は、彼に口を酸っぱくして『生理中の女には気を使え』と言い聞かせていたんでございますが、まあ妹の予定日など私でも把握できてないんだから彼が知るわけもありません。
「……酒なんか呑まなくても死なねえんだよ」と毒づいた私に(まあ、父親の酒を買いに行く、というのがお使いの内容だったので)彼は「腹が痛くても死なん」と言ってしまったんです。
あァ大失言。大湿原。大シツゲン。
イライラスイッチを的確に押された私はまくし立てます。
「男だったら死ぬらしいわよ痛みで発狂して!この痛みも知らんくせにそんな大口叩くわけ?一回体験してみる?発狂して死にたい?」
そこで彼は『生理痛だったのか…しまった』という顔をしながらも「でもただの腹痛で生理痛じゃないんだろ?」とまた余計な事を。
そして私は生理中は特に良心も容赦も無い人になるので「生理痛よ?だから何?悪い?」と我ながら訳解らん物言いで兄を苛めに入ります。
生理中の女に理論は通用しないのです。
「大体男と女じゃ痛みの概念が違うんだよ、風邪ひいたぐらいで死にそうに頭痛いとか喚きやがって見苦しいんだよ鬱陶しいんだよ!生理中なのに立って仕事してる女とは大違いなんだよ怪我したって血がチラっと出たくらいで男はガタガタ喚きやがって」とまあ半分以上多分彼には責任のない事を責め立てた容赦の無い私。
でも男は男に生まれたってだけで毎月の貧血も発熱も腰痛も腹痛も免れてるんだから、せめてストレス解消にくらいは役に立つべきよ(滅茶苦茶な理論)。
だってホントに他には何の役にも立たないのに痛みも無く男だってだけで家事もしなくて良く(コレは家庭によって差があると思いますが。ウチの男は家事しなくていい殿様育ちだ)、私は熱出してても兄貴のベントー作るために早起きしてたのかと思うとすっげえムカつくんだもん(笑)お前も何でも良いから私の役に立て、と思うじゃん(笑)
そしていつもはどんな内容であろうと兄貴の味方、の母がこの件に関してだけは私の気持ちが解るらしく、「まあ男は痛みにも血にも弱いからね…」と何となく私の味方…というより、本音としては「今は黙って従いなさい」と無言で兄に言っていたのかもしれませんが(笑)今の私には何言っても無駄だ(笑)
まあそんなわけで一瞬だけ私のストレス解消に役に立った彼は(笑)、やはり夕食の片付けをこの体の私がするものだと疑っても居ないようでそそくさと自室に戻り、私はやっぱり片付けによってちょっとだけ減ったストレスが再蓄積されるのを感じてるんでした。
まあこんなカンジで(笑)今日も体の具合は更に最悪で、胃と下腹部とがぎりぎり痛み続けているのでした…。
誰かキレイな首から下、私のと挿げ替えてください…しくしく。
内臓取り出してジャブジャブ洗いたい…。
神様私を女に生んでくれてありがとう…(怨)おかげさまで、後はもう『目を刳り抜かれる』とかいうような、「ありえない」痛みでなければ大抵の痛みには耐えられる自信があります…。裂傷も平気だしな…。
裂傷なんか生理痛や胃痛に比べれば少々面積広くても大したもんじゃないしな…。
あァ…痛いほどタフな自分がちょっと嫌。
そういえば昔から平気なほうだったんだよな各種痛み…。
だからどの程度で人様に『痛い』と言って良いのか解らない妙な人になってしまいました…。骨もヒビ入ってる程度じゃ何も言わなかったしな…。無論痛いんだけどね。アバラだったときは、ソレはもう呼吸の回数分だけ痛かったんだけども。まださわいじゃイカンかなと思うだけで。卵巣が腫れたときも、痛いな痛いなと思いつつ、テニスボール大に腫れるまで病院に行かなかった…。
いつも言われるんだよ病院で…「なんでもっと早く来なかったの!?これじゃ相当痛かったでしょう!」と。
そう、私的には一応『相当痛い』んだが、でもこの程度で病院って大騒ぎしすぎかな…といつも思ってしまう変なクセが。
でも最近はどうも私は要らんほど痛みにはタフなんだなということを自覚したので、適当に病院には行かなくてはと思い直してますが、まだなかなかクセが抜けない…。
そんな私に友人が名言をくれましたのでご紹介。
『アンタ絶対、病院に行ったときは既に末期の胃癌で、ってカンジで死ぬね』
……私もそう思うよ。
早期発見にこんなに貢献できない体のヤツも珍しいのかもしれない…。
私に限り、病巣の早期発見だけは絶対無理だねと断言できる。いつも多分結構適当のところまで我慢しちゃうから、見つけたときは末期だね、きっと…。
それも良いかもな…(痛みのせいで現在結構後ろ向き)。




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吐血。 - 2001年12月25日(火)

…というほど大層なものじゃないんですが…今朝ほど。
まだ早い時刻ですが(笑)、今日もうこれ以上のネタはあるまいと日記書きを断行(只今午後3時)。

昨夜、彼氏の家から戻っていつも通り薬を飲み、まあジャンキーだから(爆)睡眠薬も飲んで、『まあ寝られるかしら…』と思いきや。
胃が痛むのですしくしくと。ソレが、まあいつもの痛みとはちょっと様子が違い、マイエンジェルストロカインを4錠服用しても(良い子は真似しないように!)一向に納まる気配なし。
いつもの私の胃痛―――ソレは、まあ華道とかに使う剣山を想像してみて欲しい。あのトゲトゲのヤツだ。アレが、真ん丸いボールで、胃の中をごろごろ転げまわっている、ソレぐらいがいつもの痛みである。
ココで、男性諸氏には申し訳ないが比較対象として生理痛。アレもたいがい、頭痛、発熱、イライラと弊害が多いだけに痛みも倍増気分ですが(事実気を失う程度には痛い)、アレの方がマシなのよ。私。胃痛よりは。
だって生理痛では『気を失える』が、胃痛は『気を失うことすら出来ない』痛みなのだよ。こっちの方が断然ヤダね。
胃痛だって、発熱はしないが痛みのあまりうめく事すら出来ん。気分も良い訳がなく、最悪だ。世の中なんか滅んでしまえと手前勝手なことを結構本気で考える痛みだ。せいぜいいつもできるのは、ストロカインの無茶飲みと(だから真似しないように)脂汗を垂らしながら祈る事だけである。何を?そりゃ、薬が早く効いてくれることを(笑)。そりゃもう、実体も無い神なんかよりはお薬様の方がよっぽど即効性あるじゃないさ(笑)
まあそんなカンジが日常なんだが。
…余談だが、胃潰瘍持ちの友人は、剣山ゴロゴロの感覚の時点で救急車呼ぶそうだ…。そして緊急措置を取って貰うらしい。そうか…でも私は救急車乗るの恥ずかしいから絶対呼ばんが(笑)

で、本日の痛み。
口から胃を取り出してジャブジャブ洗いたい。
いっそ切り取ってしまいたい。
その程度はいつも思うが、痛みは剣山ゴロゴロではなく、丸くない剣山が胃壁びっしりにざっくり刺さってて、絶え間なくその剣山が何者かの手でぐりぐり刺激されているような、そういうカンジでいつもよりちょっとパワーアップしていた。
なんてったって、剣山ゴロゴロ程度なら寝かせてくれる魔法の麻酔薬ストロカインを、定量の3倍飲んでも(くどいようだが真似しないように)全く功を奏しないのだ。
コレはおかしい。
そう思った私は、一睡もできず夜を明かし、家人が起きた頃階下へ行き、水をがぶ飲みして嘔吐した。
『大抵の胃の痛みは吐けばやわらぐ』
コレは、胃の幽門が緩いという私の体のダメ特性にも拠るものだが、長年の胃病みである私の実績が物語るのだ。
そして忘れてはならないポイントが『水を飲む』。
胃液というのは粘っこく、強酸で、歯磨きくらいじゃとても取れません。大体、胃液を吐くのは本当に労力が要る。体力を使い果たしてしまうくらいだ。
なので、『吐きやすいように』水を飲む。コップ1・5杯くらいは飲んでおいた方が良いだろう。手っ取り早い胃洗浄だと思ってもらっても良い。
確実に胃の中には胃液しか無いと、長年の経験が語るからこそそうしてスタンバイを整え、いざ吐いてみたところ。
吐瀉物の中に、明らかに血液が混じっていたのだ。
これには胃病みのエキスパートの私も狼狽した。恐れていた胃潰瘍か?

以前、胃潰瘍ホントにぎりぎり寸前まで行ったことがある。ストレスに拠るものだった。
どのくらいぎりぎりかというと、内視鏡(胃カメラ)で自分の胃を見たとき、あまりに満遍なく真っ赤でまさにレバーのようだったので、『胃ってこういう色なのか…じゃあCMのあの肌色っぽい胃は嘘なのか』と信じかけたくらいである。
何故信じきらなかったかというと、ソレをそのまま感心しながら口に出した私に、お医者様が慌てて訂正なすったからである。
つまり、私の胃は、『胃』本体を胃液から守る『胃壁』が完全に溶解しており、ナマミが剥き出し状態だったのだ。だから、レバーのように赤かったのだ。
通常の胃潰瘍は、『胃壁』の一箇所が融け、『胃』にまで穴を空けた状態の事を言う。しかし私の胃液は、まず満遍なく胃壁を溶かす事に専念したらしい。そして遂に事は成された。完全に胃壁は無くなり、剥き出しの胃が痛いよ痛いよと言ってた訳だ。その頃の痛みも、もう尋常ではなかった。
さて、どこから穴を空けようか……そういう状態だったのである。
ソレが、胃潰瘍一歩手前。

そして3ヵ月前内視鏡検査(胃カメラ)をしたときは、今度は『さーてまた溶かすかあ』と言わんばかりの、一応再生していた胃壁に白い斑点が見られた。皮がふやけて剥げる前、というカンジだった。
それから…私なりに注意はしていたつもりだった…薬も至極真面目すぎるほどに飲んでいた…なのに…吐血!?
丁度薬が切れる日で、午後から病院に行く予定だったがさすがにマズイ。
もし勘違いだったら恥ずかしいと思い、一応『イヤかもしれないが』と前おいて母親に吐瀉物を見てもらった。母は青ざめた。やはり血か…。
仕方なく、即病院へ向かう。母が電話を入れてくれていたお陰で、待ち時間ナシで診察。採血の後、内視鏡検査。そして点滴。
薬を貰って帰って参りました………帰れて良かった……。
また入院かと怯えておりました…。
内視鏡検査の結果、まだ穴は空いてなかった。見たさこの目で!胃カメラも3回目になれば慣れたモンさね!(イヤだこんな慣れ!)2回目からは同時閲覧を希望する変人な私(笑)
だって、自分の体の中だよ!?見ようと思って見れるモンじゃないよ!?
こんなに苦しい思いしてカメラ飲んでるんだから見なきゃ損だ!!!とばかりに目をランランとさせて見ておりました。
十二指腸が健康そのもので良かった、とりあえず…。見てたらとっても綺麗でした…。良かった…。でも気になる点はありましたが…って言うか、先生が『ん?十二指腸に潰瘍が…ある…か?』とかってオドすんだもん!ビクってなったっちゅ―ねん!(怒)
でもありませんでした、潰瘍。胃にも腸にも。血液検査の結果、肝臓も無事だったし。
結局吐血は…まあ胃からだったんだけどさ…潰瘍じゃあなかったのよ。もうソレが解っただけで大安心。また例の如く『一歩手前』ちゃんでした。
そして、これも『ストレス』………。
誰か、ストレス軽減装置とかストレス除去装置とかストレス削除装置とかストレス忘却装置とか作ってください。お願いします。そしたら胃潰瘍にならなくて済むのよ、私…。辛い。ストレスから誘発されて一杯持病持ってるよ…。畜生ストレスの野郎!!!!!!(怒)
あたしから幾ら金巻き上げたら気が済むんだ〜〜〜!!!ギャオ〜〜〜!!!
しかし…吐血…。新鮮な体験だったわ…。←この女は…。


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ツケ。そしてセラ・スパ。 - 2001年12月23日(日)

飲みすぎ一歩手前だった昨日の名残で、とりあえず喉が渇いて渇いて目覚めました。そばにあった冬季限定QOOをがぶ飲みしつつ眠る。とにかく眠る。
そしたらば、例年まで帰省しないと言ってた、大阪に嫁に行った従姉がまた帰ってきてやんの…子供連れて。実家が遠いと面倒見てもらえませんからな…特に乳飲み子は。
その点帰ってくるとみんなで面倒見たがってくれるので嬉しいんでしょう。
そんで、また二人で酒を飲む…飲んでばっかですか私は??もしかして…。

で、まあワインを適当に空けてたんですが。お陰で…今日進めようと思ってた、秋羅さんに送って頂いた(ありがとございますです秋羅さんvv)セラ・スパ全く進められず…。どういう話なんだか全体像すら理解できてない私がここに。
根性で御神薙くん一人はオトしたけども…ねェあれってラヴラヴエンディングなの?アレで??謎だ…。なんかバッドエンディングに見えなくも無いんですが…。
そんで今度は私の好きなタイプがまた出たよ!(*≧▽≦*)ノ不破っち!(*≧▽≦*)ノ物言いの割にはイイ人なカンジが随所に現れてていいキャラです!
彼をモノにすべく頑張ってますが…話が解ら―――ん!!
何の話をしてらっしゃるの?皆さんで…と思ってしまうほどのストーリーの飛躍ぶり…。どういうことだ…。
謎を解明すべく頑張りたいが今日はもう眠いです僕(涙)
珍しく薬ナシで(アルコールは入ってるがまあ良かろう)寝れそうなので寝ます…。
明日こそは!!セラ・スパ!!(*≧▽≦*)ノ




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親孝行。 - 2001年12月22日(土)

何処まで【親孝行】の域に入るのかは知りませんが。
親と一緒に忘年会、適当に飲んでまいりました。
…ってゆーか。ベロベロです(笑)
人の金で呑む酒はやっぱ美味い!!(笑)そして、今日は兄貴に案内された場所ですが、【百年の孤独】という…九州の焼酎!!!どこ産かはともかくとして(笑)九州なのは間違いない!!!
誰か私にくれ――――!!!!(絶叫)
大好きなのよ…でも手に入らないの…。百年の孤独…。
以前飲んだときには、『…ブランデー?』と思ったあの芳醇な味わい…ふくよかな薫り…。百年の孤独…飲みた―――――い!!!
九州の人!!!誰でも良いから私に『百年の孤独』をください!!!お礼に何でもするから!!!(何も出来ないだろう)
百年の孤独…。品切れで飲めなかったので代わりにテキトーに(笑)いろいろ飲んで来ましたが。
大した話はしなかったけど、親は嬉しそうでした。そういうモンなんだよねきっと…親って。
みんな親と話せなあかんよ。ホンマに。
親が思うほど子は親のこと思ってへんというけども、子にできる最大の親孝行やで会話は。……と、あたしは思う。
会話するだけで嬉しいんやね…。
あたしもそういう『親』になるときが来るんやろか。
…って言うか来てくれな困るけど。
すんません、酔うと関西弁になるのよ私…。クセやね。


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今頃年賀状製作。 - 2001年12月21日(金)

なんか思いついたので今日年賀状製作。
今頃やってるとこが呑気であたしらしいですねえ。

とかやってると電話かかってきて長い中断…。今午前三時だけどそろそろ寝ないと(笑)
あァ…ここんとこ日記サボりがちだからなんか心苦しいわ(誰に)。
明日こそは!!!
って明日は忘年会で飲んで良い気分になる予定…。駄目じゃん。
その前に飲める胃にしないと!!!!(一日で出来るか)。
頑張りま―――――!


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ブラヴォSCHWEIN写真集。 - 2001年12月17日(月)

来ましたね―っても昨日のことですが(笑)
笑ってたり唄ってたりする櫻井さんが嬉しくてちょっと涙ぐんでしまいました…。えへ。私どうしてこうあっちゃん好きかなあ(笑)
すっごい好きっていうパワーがあって、それでいろいろ楽しみもあってあっちゃん好きじゃなければ出逢えなかった人たちもたくさん居て、『好き』に一杯付加価値がついちゃってそれが嬉しかったり、でもそのせいで見えなくなったりするものもあるなあ、などと。
あっちゃん好き―ってだけのトコから始まったものが、代えられない価値になったりして何だかすごい。何だかね。
あっちゃんの唄に出逢わなかった私は、今頃どこに居るんだろうと考えるともう、完全にパラレルだしね。世界が。ありえないでしょ、もう一個の地球の話か?と思うカンジで、夢想するように想う。
まーまず生きても居ないでしょ、で話終わったりもするんだけど(笑)一応終わらないと仮定すると(笑)、………やっぱりなんか想像つかないのはなんでなの(笑)
まず私の心の姉にも出逢えなかったよね…そこで話終わるんだ(笑)彼女に出逢えなかった私はきっと何処にも居ないだろうから。
でもまあかなりムリヤリ気味に(笑)そこもなんとか…とか考えるものの、そしたらあの人ともあの人ともあの人とも!!!と連鎖して私の愛する人物たちの名前が出てきて思考ストップ。ウチにコンテンツ作ったひでやん(あ、何か可愛いじゃんこの言い方)とも会ってないよなあ…。やっぱり想像つかん(笑)
やまげん太とは会ってるだろうけど、こうまで関わることはなかっただろうなあ私があっちゃん好きな人じゃなかったと仮定すると。なんだなんだ、付き合いの長い主要人物殆ど消えるじゃん(笑)さすがに20年になんなんとする付き合いしてるやつらは消えませんが(笑)でも今の私とは別人だね…あっちゃん好きじゃなかった場合。
20年の付き合いの連中にも、7〜8年前に言われたのさ。『◎◎子(私の本名だ)、何か丸くなったよねェ』と。そう。あっちゃんを好きになって、それでいろんな人に出逢えたから刺が取れたの。ソレは自分でもわかってます。
私は今でも性格悪いが、去る中学生当時などはソレはもう無意識な性格の悪さで、友人たちはよくこんな女に付き合ってくれたもんだと頭を下げたい気分ですホンマに(笑)。私だったらあんな刺々しいヤツ嫌だ(笑)
今では意識的に性格が悪いのだ。えっへん。(威張るな)
好きな人には何処までも甘く無防備だが嫌いな人間には刺々しいぞ。えっへん。
でも昔は、多分好きな人も信じられなくて刺々しかったので、かなり大分マシだ(笑)
その、私と最も付き合いの長い友人が、中学2年の秋、自転車置場で放課後に、私に言った言葉がとってもショッキングだったので今でも情景がありありと眼前に浮かびます。
それというのも、なんだか詳細はクラスが違ったのでよく知らないけれども、彼女のクラスで『親友の美点』について書けというけったいな宿題(?)が出たらしい。
そして彼女は私に、『私の親友はアンタだって書いて良いよな?』と確認してきました。私の時間はたっぷり10秒くらいは止まったね、確実に。だってびっくりしたんだもん(笑)
「そうか、私タチは『親友』だったのか」というとっても単純な思いに支配されつつ、何かすごい不思議だったのを憶えてます。もう10年前のことだけどソレはもう鮮明に(笑)
何で不思議だったかというと、当時は「…なんか不思議だ…」程度で、理論としては解らなかったけど、あの『不思議』がなんだったのか今では結構はっきり解る。
彼女と私は今でもそうだけど、約束も束縛もなく何となくずっと側に居た関係だったので。当時から。
私はそれまで友人に束縛され、束縛してきたことしかなかった。もう、ソレはもう恋に狂った男女のように(笑)…いや、全然それ以上の密度で、『あなたを独占したい』とはっきり口に出されたことも何人か、何度かあって、『親友』ってメンドクサイなあと実は思ってた頃で(笑)
彼女とはそれが全くなく、だから『…そうなの?』と思ってたんですが、そうだったんだよ当時の私!(笑)お前の周りが異常だったんだよとタイムスリップして教えてやりたい(笑)束縛したりするのは友人のすることじゃなくて擬似恋愛だ!(笑)
『親友』ってのはそれでいいの!(笑)
事実、彼女たちは私に対して擬似恋愛をしてきたんでしょう。
そんで、私が『そうかそれが友情か…そりゃあメンドクセ―な…』と信じてしまってただけで。
今もし、彼女に『アンタにあの時言われたこういうセリフが驚きでさ』と話すと、大笑いされますね確実に。事実、ちょっと前に一緒に飲んだとき、近況報告がてらいろんな話をすると。『アンタの周りは相変わらず妙に濃い〜んだな…昔からそうだよな…』と言われました。そうかい(笑)。気付いてたんなら教えろよ(笑)

しかし、まあ櫻井氏のお陰でホントに様々な出会いもハプニングも頂き、私は修行させて頂きましたのことよ(笑…何を)。
人生25越えたら落ち着くから…とは私の心の姉の言葉なので、あと一年か…と期待しながら(笑)待つこととしましょう。
しかしどうしてこう、話を横滑りさせるのが得意かなあ、私(笑)しゅばの話じゃなかったのか(笑)…良いのよ、私の日記なんだから(決めゼリフ)。



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桃鉄。そして占い。 - 2001年12月16日(日)

…の、10?を、兄が購入したので引っ張りこんでやらされてましたこんな時間まで。何時って…今午前2時半を回ったところです。
私、ゲームに負けるの大嫌いでねェ〜。だから桃鉄みたいに半ば反則臭いキャラによってそれまで築いたものブチ壊されるゲームってどうも積極的になれないのよ。
やるからには当然勝つけども(笑)
キングボンビーって絶対反則じゃない?キャラ的に。
ちなみに現在私の総資産は400億前後で一応トップ。私保険屋さんなので(笑)、ボンビー対策にありとあらゆるカードを持って歩くのよ(笑)
そしてコツコツ築くのよ…。コツコツ築いて400億。でもあと70年くらい残ってる…兄貴のアホゥ(笑)このまま勝ち逃げしたいのに〜〜〜!
ちなみに、10?(なのかXなのかは謎…)は、『九州編』というのがあってそっちをやってます。九州って…那覇は九州か!?おい!と突っ込みたいですがまあよしとしましょう。高い物件から買いまくる私。200億の物件は効いてます実際。
従来の全国版桃鉄では(今回もそうかもしれないけど全国版はまだ未体験)、岡山にある桃太郎ランドが最高額物件だったのよね…。いつも。
桃太郎ランド買ったこと無かったから今回は福岡の最高額物件を入手。くす。なんか仕返しできた気分(笑←何にだ)。
そんなわけで、きっと明日とかも桃鉄なんだろうなあ…。ふう。
桃鉄、という理由が情け無いけど(笑)、入り浸ってる某チャットには行けないのねきっと…くすん。早く夜勤になりやがれ兄貴(笑)しかし明日から一週間は日勤らしいので毎晩か…。ふう。
動く画面見てると酔いますね…TVゲームでも酔える私ってある意味すごい(笑)
でもでも…今年中には『続・サークル』とB×Bサイト用の小説書き上げるんだ…えぐ。2〜3日中には書くって大嘘かもしれないが…くすん。
今夜これから頑張ろうかな…どうしようかな…。
どうも同人屋のサガで『〆切』ってモンが無いと「まあどっちでもいいか」とか思ってしまうトコがアレですな。
サイト管理者失格?(最初から失格)
でも日記だけは…!(笑)日記を毎日楽しみに読みに来てくださってるとメルとかお手紙とかくださった方々、ありがとうございます〜〜〜〜m(_ _)m
…ってことでできるだけ日記だけは毎日書こうと思ってるんだけど思いつくまま書いてるから面白いのかどうか解らない…っていうか面白い日記って何だろう(笑)面白い出来事が身辺に少なすぎるから面白くならないわ、日記…。
波瀾万丈毎日よりは自分的には良い事ですが。疲れる日々はヤだよもう(笑)

そんなわけでそろそろ寝る前の薬飲もうかな…。目指せ、脱・薬漬け生活!!(笑)

そしてまた占い大好きな私はネットでいそいそ占い…。血液型占いで面白かったからご紹介。OとBだけ。なぜなら私はO型で、友人は異常にOとBばかりだから(笑)

O型
 かつて人類が原始時代に恐竜を相手に戦っていた頃の気質をいまだに保持しているO型は、基本的に弱肉強食。喰うか喰われるか。短期決戦に命を賭けます。最初からフルパワー、全力投球。そのため、長期戦になってパワー切れになると途端にへこんでしまいます。親分志向のO型は、とかく偉そうな口をたたきます。
一方、最初から子分で良いと思っているO型は、おっとりしていて何も考えていません。その姿はゴマあざらしのようにのどかで平和そうなので、他者からけっこう好かれます。一番ストレートに恋愛を楽しむのもO型の特徴。一気に燃え上がって一気に冷める。この繰り返し。情熱的なHをします。女性なら、愛する彼に顔中をべろべろ舐めまくってほしがります。 

B型
 他者の目を一番気にしないのがB型の特徴。だから、平気で世間の常識にはずれた行動を当たり前のようにやってしまいます。他者の発言を全然裏読みしません。だから、社交辞令でも誉められたら素直に喜びます。相手に嫌われてもへっちゃらなので、嫌いな人の前では平気で無愛想になります。逆に好きな人の前では満面の笑みをたたえます。とにかくマイペース。元気な人も、暗い人も、そのテンションがずっと維持されます。明るい性格のB型がいると酒宴が非常に盛り上がります。B型は人類のおもちゃだという説がありますが、まさにそのとおりです。B型は、人類がA型だけでは硬直して猜疑心が強くなり、O型ばかりだと単純で攻撃的な世界になってしまうことを防ぐために、神様がこの世に生み出した、まさに平和の使者なのです。

…と、いうことでした。私はゴマアザラシ希望だが実際は親分志向なんだろうなとちょっと残念(何がだ)。そして精神年齢は44歳らしい…。思ったより若くてよかったが20も年取ってんのか私と思い出し怒り(笑)。




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人と出会うこと。 - 2001年12月15日(土)

不思議でたまらないと思う人との出逢い。
私にあなたは絶対不可欠、と思う人が居る。そう思われればいいなあとも思う。
でも実は2000万円の生命保険入ってんだと聞かされると『私が死んだら穀潰しの娘が消えてなおかつ2000万円!?ウチの両親葬式出してもおつりが来るじゃん!』なんて事が結構本気で思えてしまうトコが私の怖いトコかもと思ったりする。
母曰く、『あんたは10月頃にいつも頭がおかしくなる』。失礼な。
たまたまショッキングな出来事が10月辺りに重なりやすいだけだよ(笑)
しかも、母が『頭がおかしい』と私を評する時期は、私にとっては妙に頭の冴えてる時期でもある。曇り無く冴えてるような勘違いすらしてしまう。
冴えすぎて、私の言うことは母には理解されない。
理解されないことは無いんだろうが、どうも『危険思想』に聞こえるらしい。だから、母は『おかしい』と言って私の言う事を一蹴する。
確かにその方が健全に生きる良い方向なんだろうという事は解るけれど、私は一回泥の中に落ちる方法しか知らないのだ。
自分に対する理解と愛着を深めるため、自分に対する誤解を無くすため、落ちるとこまで落ちて這い上がる方法しか知らない。だから、そうする。
ショッキングな事件があると、人間は何度でも生まれ変わると私は思っている。
荒療治だけど、一番良い方法なんだ、一回落ちるのが。
中途半端に落ちまいとして引っかかってると中途半端なまんまでしかいられない。少なくとも私は。
それまでの価値観を脱ぎ捨てて孵化するのがその頃。でも、孵化途中はもう『醜い』としか言いようが無い。そこを、母は『おかしい』という。
包まれて生きてたらそんな経験はしないで済むのかもしれないけど、できなかったんだから仕方ないだろう私のせいじゃないよ生い立ちまでは(笑)
泥の中にいるときはもう泥まみれで苦しくて堪らないけど、でも『前回大丈夫だった私がこんなトコで壊れる訳はない』という、自分に対する自信もある。ソレは自分で、自力で掴んだ自信だから何者にも侵されない。そんな自分をちょっと好きだと思えるんだからOKでしょう。
少なくとも、一度も汚れないで、落ちることが怖くて引っかかってた頃の私は自信もなくて、弱くて私が嫌いだった。
それに比べれば随分マシだと思う。落ちても良いんだよ、私は絶対上がるから(笑)
でも、一番苦しいとき、泥の中でもがいてる時には思い出せる言葉がある。
私が初めて『頭がおかし』くなって、苦しんでたとき、私に触れられなかった両親に対して、私の先生が言ってくださったという言葉(直接は聞いてないんだが)。
『あの子がもっとバカだったら、あの子はとっくに死ぬかグレるかしてます。ご両親はあの子に感謝すべきです。』
そうか私は賢かったのか(笑)少なくとも、先生の中では賢かったのだ。
だから私は先生のその期待を裏切ってはならないと思う。いつも思う。
そういう人と何故私は出逢えたんだろうと不思議になる。
他にも、どうして私はあなたと出逢えて、あなたの信頼を得られたのだろうと不思議になる、愛する友人が居る。
私にとってあなたたちは絶対不可欠だ、といつも思う。先生は亡くなられたけど私は生きてる。失ってないから生きてるんだ。私が先生を失うときは、先生が認めてくれた全てを私が放棄するときだけだ。
人とのつながりって不思議で濃い。不思議。ホントに。
運じゃないんだよ、とも思うけど。運良く拾って貰えるヤツなんか存在しないよ。自分の中に何かがなきゃ、誰にも振り向かれない。
じゃあ私の中には何があるだろう?と、結構他人事みたいに(笑)思う。それが美点で武器のはずなんだから磨かねばと思って(笑)
でも今の私は磨くどころか鈍ってるんだろうなあとも思ったり…天国の先生ごめんなさい。頑張るけど小休止なの(笑)
体悪くしたら考え方がただでさえ卑屈なのに(笑)ますます卑屈になってや〜ねェ〜と思う今日この頃。
どうして悪くした場所が胃と脊髄なんだろう…。生きるのが結構困難だぞ(笑)しかし何処を悪くしても困難なことに変わりはないわね…。
目指せ人生逆転満塁ホームラン!(笑)

……今日のコラムでした(笑)
だから何処にも行ってないし何もしてないから書くことがっ…書くことがっ…えぐ。(ノд・。) グスン





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赤穂義士300年祭。 - 2001年12月14日(金)

…に、行って参りました。今日。
ウチからあまり遠くないので、今朝『今日300年祭だって!』とTV見てソノ気になった母親に叩き起こされ、無論私の運転で…。

私、実を言うと忠臣蔵というものの史実に関しては全くと言って良いほど知識がありませんでした。
殺されたのが吉良コウヅケノスケ(どういう漢字書くんだか知らない)で、浅野タクミノカミ(知らない2)が義士たちの主君で、大石蔵ノスケ(中途半端な知識)が47人のリーダーだったというくらいで。
そんな私が行って果たしてどうなのと思いましたが…今日が、討ち入りの日だったそうですね。300年前。
ソレはやはりなんだかそれなりに感慨深く、でも吉良さんの命日なんだよねと思うと何かとっても複雑な気分でした。
吉良さんが何をしたか知らないのに言うのもなんですが、300年後も、自分の命日に祭りが行われてるなんて想像もしなかっただろうなあと。
しかも、吉良さんを讃える祭り(英雄系って命日に讃える祭りがあるよね)ではなく、吉良さんを『殺した』事に対する祭りな訳じゃないですか。
なんか、それってすっごいフクザツ…。
47人がかりで殺された挙句、300年後もそれを『偉業』として讃えられるなんてちょっと私だったら無念すぎるが…。
300年後にまで、自分が討ち取られた事を讃える祭りが行われなくてはならないほど吉良さんって何したの?と単純に思ってしまいました。
珍しい日本人の私は、年末年始に必ずやる『忠臣蔵』って観たことないんですが。だから勝手なこと言ってます。今日やってた『忠臣蔵』も見てません。
なんかちょっとどうもそのあたりが納得いかなすぎるので…。
しかも、なぜか(と、私は思うのよ)自分を殺した人間たちが【義】士として讃えられてる。300年も後の世でも。
【義】士…………って事はソレは【正義】で、じゃあ殺された吉良さんは当然の報いだと?47人がかりで?
しかも沙汰を下したのは当時の将軍な訳で、ちょっと怨む筋合いが違わない?と思えてならない…そりゃ直接の原因は吉良だったかもしれないけど、吉良家はお沙汰なし、浅野家は詰め腹切らされてお家断絶と決めたのは将軍でしょ?なら将軍を討てよ将軍を。………と、当時を知らない現代人の私は思いました。
当時とは感覚が違うんだろうから…前にも書きましたが、同じ社会通念が通用するのって100年が限度だそうで、じゃあもう3回も社会通念が生まれ変わった世に住む私が言うのは、彼らの社会通念では【おかしい】んでしょうが。
しかし不思議だ…。将軍は神、みたいな時代だったのかしら。それなら『討ちに行く』はあまりに現実的じゃないってのは何となく…何となく解りますが…謎。

でも今日、赤穂市中を歩き、まあ資料みたいなのを見て、47士の時勢の句があったんですね。それを見たときは、さすがに目頭が熱くなりました。
『君を』『君の』という言葉が多く見られましたもので…。
当時の『君』、武士にとっての『君』は『あなた』ではなく『主君』なんですよね。死のその瞬間までそこまで潔く居られるか、死という瞬間までも『君』を想うか、というその強さというか…そういうものですかね。
なんか、ちょっと泣けました。
自分が死ぬときまで公的で居られる高潔さ、それが必ずしも良いとかいうわけではないけど、人間で、きっとこの世にもっと私的に想うもの、目指すものがあったんだろうに、でも公的でいようとするその心掛けはホントに賞賛に値するなと。
今の人間(無論私を含め)私的なものの垂れ流しで、敬語さえロクに使えない、自分と他人の区別のつかない人間が多すぎる。特に敬宮愛子内親王のご生誕の折、若いキャスターの敬語間違いが耳障りで仕方なかった。尊敬語も謙譲語も丁寧語も区別のつかん人間が言語を商売にするなんておこがましすぎる!
………話が逸れましたね。
まあそんなわけで、なんだか微妙に感慨深い一日を送りました。
でも途中で雪が降ったのはびっくりしたよ…赤穂って寒いところだったのね…。今年初めて見た雪で、『初雪!』と思ってましたが帰ったら降ってませんでした…ええ全く。


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手紙。 - 2001年12月13日(木)

何処かにしまいこんだはずの紙を見つけようとして、やたらと多い引き出しを開けまくって大捜索。私の部屋に『紙の束が入ってる』引き出しは途方も無い数あるのでソレはソレは大捜索。
そんな中で、ふととても胸の痛いものを見つけてしまいました。
亡くなられた恩師に出そうと思ってしたため、途中止めにしたものと、その恩師の奥様に出そうとしてやめたもの。

前者の方は、まあ十代の終わりに書いたもので、私が大阪で一人暮らしをしていた頃、常に私の心の中の寄る辺として居て下さった先生に、近況報告がてらぶつぶつなにやら呟く目的で書いたもので。
『相談』というほど大層なものでも無い、今では何の苦もなく超えられることがその頃の私には重くて辛くて、その負荷に耐えかねて重い荷物を先生に分け持って貰おうと考えたものだと思われます。でもそれを出さなかったのは、『頼るべきじゃない』と思ったからだったことは記憶してます。不思議なもので。
そして忘れもしない、その手紙を出さないでおこう、と文面を変えて、ただ『先生私は元気です!頑張ります!私頑張るから私のこと忘れないでね!私が帰省したら先生に会いたい!』というような手紙を出した2週間ほど後、学校の講義中に携帯が鳴りました。
当時はまだ携帯電話もメジャーでなく、ポケットベル全盛期だったんですが猫に鈴つけるように当時の彼氏に持たされてました。まあそんなことはどうでもいい。とにかく、私にとっては『帰省したら先生に会いたい』がその手紙を出した主目的だったので、携帯の番号も書いたんですね。手紙に。自分の都合で振り回すのもナンなので、ヒマなときにご連絡頂けたら馳せ参じますと。
そんで、まあなぜかとあるとき携帯が講義中に鳴りまして。
なんだかヤな予感がするので廊下に出て取りましたら、先生の奥様だった訳です。電話の主が。
そして、先生がお倒れになったことを知りました。
あなたからの手紙を読んで、主人は泣いてましたと。それからすぐ倒れて、今度手術を致しますと。
頑張ってください、頑張ってくださいと、阿呆のように繰り返すこと以外には、私には何もできませんでした。もうすぐ学期が終わる、そうしたらきっと元気になった先生に会えると呪文のように繰り返す日々がしばらく続き、帰省して矢も盾もたまらず先生のお家に連絡しても家族以外は面会謝絶状態だと聞かされるだけで。
そしてまた、頑張ってください、とだけ繰り返して最後の学期が終わり、卒業して帰省。
まるでそれを待つように(待っててくださったんだと私は堅く信じているが)、先生は亡くなられてしまいました。お通夜、お葬式と参列させて頂きましたが、こんな残酷な事があっていいのか!?と、しばらく血を吐くように喚いてあがいて、落ち着くまで―――――もう先生は何処にも居ないのだと私が納得できるまでに、実に2年もかかりました。
そしてようやく、先生の墓前に花を添えたいと思い、奥様に連絡させて頂いたとき、あの素晴らしい方を亡くされた奥様は、私なんかよりずっと慟哭が深かったことを知らされることが起こりました。
それがショックで、私はそのことを記す奥様の手紙を見ながら、丸半日ほど泣き喚いて閉じこもってました。
あの方の愛された奥様が、と思うともう涙が止まらなくて、苦しくて。
そしてどうにもならなくなった私は、それはそれは夜中で非常識とは知りつつも、私の心の姉に電話をかけました。解決策が欲しかったとかそういうのではなく、もう無条件に私が帰属できる人なので、彼女の声を聞いて、頑張れと言って欲しかっただけで。
そして泣きながら、マトモに発音できないまま私が大体の事情を喋ると、彼女は言ってくれました。『そんな風に一番苦しいときに私を頼ってくれてありがとう』と。
その言葉で救われた私は、途中まで書きかけてた奥様への返事の手紙(それが今日見つけた後者の方ですが)を、出すのをやめようと誓いました。
今私が奥様に言えることは何も無いと、とても冷静に思う事ができたので。
彼女は、奥様の私に宛てた手紙の文面、それが私を酷く傷つけたことに本気で憤り、私のために泣いてくれました。私を傷つけたことが許せないと。
その言葉で私は充分救われたので、待つことにしました。私にはどうしても奥様を『許せない』と思う事ができなかったので。
可哀想なところに奥様はまだ居るだけなのだと。だから、少しだけでも言葉の届くところに浮上なさったら、私の言葉を聞いて貰おうと思って、待ちました。一年。
そして、奥様に宛てた手紙を書こうとした本当にその頃、奥様から『墓前に来てやってください。ご案内します』というご連絡を頂き、私は先生のお宅にお邪魔しました。
奥様とお話するうちに、『私は充分愛されなかったのに、これからだったのにあの人は死んでしまった』というようなニュアンスが嗅ぎ取れました。そう誤解なさってるんだろうということは何となく、お会いする前から解ったので私はどのタイミングでその誤解を解こうと、そればかり考えながらお話しました。
話の内容は、故人の事ばかり。当然ですが。
修行が足りない若造の私は、やはり先生を偲ぶだけでもう涙が止まらず、ボロボロ泣きながらですがどうしても伝えなくちゃいけない一言を、言うことができたんです。多分、これ以上ない最高のタイミングで。
自分が貰うはずだった愛情を、私や他の先生を慕った人たちに横取りされたような、そんな気分だった、そんな内容のことを奥様がおっしゃったときに、もう先生がこのときばかりは私の背後で『今だ!今言ってくれ!』と言ったとしか思えないんですが(笑)、私はずう――――っと思っていたことを言いました。
昔私がいろんなことに傷ついて、苦しんでるときに先生が言ってくださったことがあります。『恋愛をすればいいんだよ』と。
そう言われた時私は思いました。先生は、ホントに奥様のことを愛してらして、信頼してらっしゃるからこそ人にもそれを勧めるんだなと。本当の愛情に巡り会ったら人間は強いぞとおっしゃったんだな、ソレは体験談なんだなと。
それを口にしたときの奥様の顔は忘れられません。
大切な人を亡くした後の苦しみ、もう解きようの無いはずだった生まれてくる疑念、そういうものから少しだけ解放されたような。
先生に頂いたものを、ほんの少しでもお返しできたのかな、私は、と思ってます。今では。
でも私がそう言えたのは、私の心の姉のあの言葉があったからで。
愛情ってすごい力だなと思えてなりませんね。
先生が私に注いでくださった愛情、ソレは巡ってどこかで私が誰かに返してるのかもしれません(願わくは、ですが)。返していけたらいいなと思いますし。
憎悪のパワーは確かに瞬発力は認めるが持続力は無いし何も生まない。でも、愛情はいろんなものを生み出す。先生にソレを注いで貰えなかった私は、今でもきっと人をやたら観察し、侮蔑し、誰も信じてなくて自分を呪うことしか知らなかったと思います。
でも、先生と、私の心の姉と、二人がかりで全く偶然ながら同時期に、私にソレを注いで私を生み直してくれた。そして今度は、生み直してもらった私は、誰かのソレになれたら良いなと思う事ができてる。それって、すごいパワーだ。しかも連綿と持続するはずの。
愛は世界を救うことがホントにできるのかもしれない。この輪が続けば。
そんなことを、偶然にも繋がれた二つの『出せなかった手紙』で思い出しました。
前者も後者も、不思議な力で『出せなかった』。
ソレを神様と言うならそう呼んでもいいけど私はどっちかって言うと愛だと思ってる。神様=愛なら納得しても良いと思う今日この頃。
神様はやっぱり心の中にしか住めない、だからこそ侵されない諸刃の剣なのね。




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新選組屯所に行って参りました!!!!!(*≧▽≦*)ノ - 2001年12月12日(水)

ルミナリエを目的として出かけたんですが行き先がいきなり京都に。
無論行きましたよイルミネーション溢れる光の大洪水ルミナリエ神戸。今日が初日でした。
そんで…まあ朝方自宅を出発しまして。彼氏がいきなり『京都に行こう』と言い出したので私は言い張りました。
お願いだから壬生の新選組屯所には行かせて…と。
そして地図と睨めっこ…『壬生』が無い!(爆)
でもどうしても行きたかった私は土方ファンフレンズ(勝手に仲間にすんな私)中田さんに携帯メールで『壬生に行きたいんです〜新選組屯所跡って何処ですか〜』とメルりました。したらば。
『壬生です!』という素敵なご返事でしこたま爆笑させて頂きました朝っぱらから爆笑ネタありがとうございました中田さん(笑)
そして無論それだけでなく、ご親切に道筋を教えて頂いたので何とか付近までは辿り着いたものの、肝心の『屯所跡』が見当たらない!!!
何度も何度も、半ば脅迫的に運転させといて悪いけどどうしても行きたいの新選組屯所…とまたドライバー(笑)を脅しつけ、巡回すること5周目。『車を降りて歩こう』と決め、徒歩で狭い辻に入り、発見しました新選組屯所跡現八木邸!!!!!!!(興奮)
もう、あの!!!!写真やいろんな漫画家さんが描いてらっしゃるあのままの門構え、あのままの建物がソコに!!!!
着いた途端興奮で倒れそうになるも、何とか押さえて屯所内へ。
もう…土方さん、沖田くん、近藤さん、皆さんの息遣いが聞こえてくるような…何故ココに土方さんが居ないのかと喚きたくなるような佇まい…。
彼氏連れでなければ私感動で泣いてたよきっと。そんな感じの感動でした。
土方さんが触れた扉を、百余年の刻を超えて私が触れる…ああああああもうなんて感動!!!!!!なんて素晴らしいの!!!コレはもう多摩にも五稜郭にも行かねば!!!!(落ち着け)
そして、まあ知らなかったんですが…ガイドさんに付いてもらえなかった到着当時、何となくとある部屋の写真撮影をしてしまいましたスミマセン。ホントは駄目なんだと撮った後に知らされましたが『もう撮っちゃったよあなたは見てなかっただろうけど…』と心の中でガイドさんに呟きましたが(笑)
その部屋というのが、かの有名な芹沢鴨惨殺現場の部屋でございました。なんか写ってるかもね(笑…笑い事ではない)
そしてその後は、『とにかく断り無く撮ってはいけないらしい』と理解した私は、ガイドさんに庭を撮ってもいいかと質問。
ガイドさんは『ホントは駄目なんですけどどうぞ』と快諾してくださり、庭を撮らせて頂きました!!だってだって、沖田くんが八木為三郎さんたちと遊んだ庭かもしれないのよっていうかきっとそう!!!そんでもって、土方さんが怒鳴り声張り上げてた庭なのよ!?もうもう、撮らずに居られるか――――――!!!(大興奮)
そして、芹沢鴨が絶命前につけたとされている鴨居の刀傷もナマで拝めました…ああああああああ幸せ…(重ね重ねスマンな芹沢さん…)(*T▽T*)
しかし、芹沢さんが使ってた部屋を彼の死後局長室として使用したってのは初めて知ったよ近藤さん(笑)なんと剛毅な(笑)
そんなわけでもう幸せ一杯で新選組屯所跡を後にしました…。

その前には清水寺に行ってその後は二条城とか京都御苑とか『昔一度行ったコース』でしたが、やっぱり子供に京都の良さは解らんなと納得。
だって前行ったの、小学校の修学旅行だったんだもん(笑)京都の良さは大人にならないと解らないとホントに実感。怖さと、それ故の良さね。
もう、何度でも行きたい!!!って行くか今度もまた行くぞ!!!と誓いつつ私タチは大本の目的、ルミナリエの為に神戸まで引き返したのでした。
大人になったから、またゆっくり味わいに行きたいですな京都。
古都のゆかしさ、恐ろしさが混在してて魅力的だ――――!!!次回は寺巡りだ!!!!寺!!寺!!寺!!!(寺マニア)

ああ…綺麗でしたよルミナリエもホント!今日は出かけて良かったよホントに。楽しかった…とっても有意義な一日でした。心のお洗濯ってこういうこと言うんだわ。
しかしホントは…伊東甲子太郎が新選組から離脱した後に本拠を構えた高台寺にも行きたかったんですが………新選組の史実さえ曖昧にしか知らず、あまり興味のない彼氏を屯所に行く!という意地だけで散々疲れさせた後だっただけに…ソコまでわがままは言えなかったのでまた次回(笑)


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胃痛のモト菌。 - 2001年12月11日(火)

その名もヘリコバクター・ピロリ菌。
こいつに感染すると、100%の人間(すごい確率だよな100%って…)が急性胃腸炎になるらしい。100%よ100%!!(しつこい)
胃炎のエキスパート(そんなんヤだが仕方あるまい長い付き合いだ)、紫能さんでさえ今日初めて知った新事実。
別に、胃炎になる人がみんな保菌者というわけではありませんのでまずはお断り。
ただ確実なのは紫能さん保菌者っていうことらしいです。
胃カメラ飲んだのはもう3か月も前なのになんで今頃知らされとんねん!(笑)
いや、今日嫌々ながらも薬が無くなったので仕方なく病院に出向いたところ、こいつについてのことを知らされたので忘れないうちにココで吹聴(笑)
一年前胃カメラを飲んだときは、まだメジャーでなかったというほどの新しく発見された菌なんですね〜。

長い間、胃の中は強酸のため(pH1)、細菌なんかとても住めないと思われてたんですがソレは違いました。1982年(ホンマに最近やし…)、苛酷な環境の方が心地好いというマゾヒスティックな細菌を発見しました。人間にもマゾは居ますが細菌にもマゾは居たのね…。それがヘリコバクター・ピロリ菌!!胃潰瘍発生した人のこいつに感染した率は70〜90%、十二指腸潰瘍は90〜95%という恐ろしい業績を上げてくれてる迷惑な菌なんです。
そして、苛酷な環境に好んで住み着くだけあって、しつこい。本腰入れて除菌しないと一生体の中に住み続け、保菌者は胃潰瘍十二指腸潰瘍の恐怖と戦わなくてはならないわけです。でも除菌用の薬が高価な上、長期に渡って飲み続けないと駄目(だってテキはマゾだからね〜)なもんで、非常にムカつくわけです。
かく言う紫能さんは、除菌用薬は飲んでません。コレ以上ジャンキーになってたまるか!(怒)しかし納得しちゃったよ…なあんだあたしがストレスにヨワイんじゃなくてストレスに食いつく菌が居ただけなんじゃん(安心してどうする私よ)。
そう!こいつの何がムカつくって、ストレスに食いつくところよ!!!どういうメカニズムで生きてたら【ストレス】なんて形に無いモンがエサになるんだ!?えェピロリ!!(逆ギレ)
なので、感染者全員が胃潰瘍または十二指腸潰瘍になるわけではないトコがポイントです。ストレスという影響因子が増大しない限りは大丈夫。しかし、あるストレスメーター(その度合いはピロリンにしか判らない)を振り切ってしまうとガブっと食いついてエサにされてしまうわけです。
そんでまた笑わせてくれるのがピロリン感染率は先進国では低いことなのよ!!!(爆)じゃああたしが住んでたのは何処なんだ一体!拾い食いする癖は無くてよ!(笑)先進国では確実に低いが感染経路は『経口?』ってカンジでまだクエスチョンマークの取れない解明されてなさっぷり。でも空気感染はさすがにしないらしいのでご心配なく(何を)。

そんなわけで今日は相変わらず私の天使ストロカインと、今までは違う病院で処方して貰ってた睡眠薬を面倒なので一緒に貰ってきました。だって睡眠薬の病院(妙な名前で呼ぶな)遠いんだもん面倒臭い(笑)
そして、しっかり服用されて抜けがらとなった薬の残骸をお医者さんに渡して、『あの〜…これと同じモノ処方して貰いたいんですが良いですかね?』と訊くと驚かれてしまいました。
実はこっちの病院でも以前『不眠で…』ということで軽い安定剤を処方して貰ったんですが笑えるほど眠気は来ず。でもそのままにしてたんですが、まあカルテに書いてありますしね、『ああ、まだ眠れないの?前の安定剤効かなかった?』と言いつつ私の手元を見たお医者さんは驚いたようで固まっておられました一瞬。
なぜ固まるのか理解できずに首を傾げていた私にお医者さんはこう言いました。
『………こんなもの飲んでるの?コレは睡眠薬の中でも最も強い種類の一つだよ』と。そうだったのか。知らなかった。
もう、『薬の効き』の感覚がすっかりバカになってる私は『へー』とか何とか言ってましたがソコに更に『こいつわかっとらん!』ということがバレたのかお医者さんが追い討ち。
『もし僕がこれを1錠飲んだらあさっての朝まで起きれないだろうね』
それを言われた時刻は午前でした。
………そうだったのか!!!(初めて驚愕)
成人男子を昏々と丸二日も眠らせるような薬を私は毎日飲んで、しかもそれでさえ3時間程度しか熟睡できないのか!!!
どうなってんだ私の体―――――!?(今更初めて真剣に驚愕)
そして更に、『これには1ミリと2ミリとあるけど…キミのは2ミリだね…』
悪かったな―――!(爆)
その怖い睡眠薬の名はロプ●ノール。(いや、何となく伏字で…)
ロ●ヒノールなら寝られる!!と頑なに信じて名前まで覚えていた私でしたがどうなんだ実際それを常用してるってのは。
ああ…………神様、何も要らないから健康な体をください…(切実)。
毎日気持ちよく熟睡でき、美味しくご飯が食べられる体をください…。しくしく。

しかしお医者さんの話を聞いてて、じゃあロプヒ●ールの欠片をあの薬に耐性の無い私の彼氏に飲ませてみたらどうなるのだろうというシャレにならん悪戯を思いついてしまいました…。それだけはよせよ私、シャレにならんから!(笑)
でも、薬の名前なんか覚えてる自分がとてもイヤ…。( ̄_ ̄|||)

そんなわけで明日は神戸ルミナリエです♪
…いや、柔らかく終わろうかと思って(笑)





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コツ。 - 2001年12月10日(月)

私は理論がとても苦手だ。
理論というか公式というか。とても苦手。
何でもかんでも感覚で何となくやってしまうほうが得意。
だから、感覚を身につけるまでがまあ大変だけど一回身につけたら忘れない(事が多い。そりゃ忘れるさたまには)。不思議である。
だから、国語に確実に点数を上げる教え方が存在しないように、私の『やり方』は口では結構説明しづらい。こういう風にやってるの、という確固としたものが無いからだ。いや私の中にはあるんだが、人に伝える方法が無いのだ。だから私は、人に物を教えるのがとても苦手である。
私と近い感覚を持ってる人が訊いてくれるなら、私の『感覚』で話しても何となく理解してくれるようだが、この『感覚』がかけ離れてる人に訊かれたら、私の言うことは宇宙語に聞こえることだろうと思われる。
こういうとき、『公式』があったらいいなあと思ったりする。

さて現在私は別サイト作りで結構時間を使っている。何やってんだかと自分でも思う(笑)でもサイトを作ってて、一回目のサイト(つまりココですな)のときはほんのちょっとのことで全く訳が判らなくなり、なかなかサイト作りが進まなかったのだが、今回はサクサク進んでおります。ええ、こんなに簡単だったのかしらと思うほど。
やはりソレは、私的に『コツ』を掴んできたということかしらと作りながら思ってます。ファンシーな(TOP絵はそこはかとなくヤラシイがソレは置いといて)サイトでございます。中途半端にファンシーな(笑)しかしなかなかファンシーって難しいな…。やはりファンシーの才能無いのかしら…その前にサイトデザインの才能が無いのか(笑) 

さて今まで頑張ってましたが(ってちょっとだが…まさにカメの歩み)、明日は早いので寝よう。
本日の夜のお供はこの間古本屋で買った『精神科の待合室』斎藤茂太著、でございます。最近こんなんばっか読んでないか私…心なしか。



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久し振りの外出。 - 2001年12月09日(日)

…っても、釣り行っただけですが。非常に寒かった…。
そんでまた面白いくらい釣れないのよコレが!!!
彼氏の仕事が久々に休みだったので出たんですが…もっとあったかいトコが良いよぅ。しかし彼は最近すっかり釣りキチ三平なので、何かといえば釣りなのよ…。何故に。
して、極寒の中釣り糸垂らして4時間後、ようやく諦めてくれたので食事。…の後、私がちょっと本屋に寄ってくれと(だって出てないからまだニューズメーカー見てなかったんだもん)言ったところ、突然の胃痛で私がではなく彼がダウン。
非常に珍しいことです…大体、男性は割と胃腸が丈夫な人が多くて(無論例外もあるが)『胃が痛い』のがどういう状態なのか解らない、という人が多い。ぶっちゃけた話、胃と腸の差も解らずまとめて『腹が痛い』と至極曖昧な言い方をして周囲を困らせる人が多い。
ご多分に洩れず彼もそうであったようで、『胃?腸?』と私が訊いても解らないと言う。解らんわけあるか!と思った私は少々荒療治ながら、胃の部分をぎゅっと押してみた。ガチガチにひきつけておりました。軽い胃痙攣と思われます。
しかし。私のように胃の痛みと長いお付き合いの人なら『胃を揉みながら1時間も耐えてれば適当に治まる』と、痛みに対する耐性も覚悟もありますが初めての人にはさぞ痛かろう。
そこで私カバンを漁ってみましたところ、やっぱりちゃんと持ち歩いてました私のお守りストロカイン。コレがまあ、バファリンよりひと回り大きいくらいの薬なんですが、私はこれを2錠ずつ常用しております。ガスター20(無論薬局では買えません。お医者に見てもらって処方して貰わないと)なんかより全然よく効く。
ガスター20を4錠飲んでも治らない(真似しちゃいけません)しつこい胃の痛みを、スッキリ取ってくれる魔法の薬。最近は効かなくなって3〜4錠飲んだりしてます(しつこいようですが真似しないように)が、まあとにかくそのストロカインを持っておりました私。
薬嫌いで、『自分の体の治癒力を高めるため』とか何とか言いつつ風邪ひいても薬を飲まない彼が、このときばかりはホントーに痛かったんでしょう、素直に飲みました。ストロカイン2錠。
そして、飲んでから5分後。
場所は車の中(レストランの駐車場)なんですが…寝た!(笑)
哀しいほど薬への耐性がつきまくってる私は、多分少量の毒薬じゃ死なない体になってると思いますが(笑)、薬って効く人には効くのね〜、と驚いてしまいました。
私、ストロカイン飲んで眠くなったこと無かったから、まさか眠くなる薬だとは思わなかったんですがよく考えたらストロカインの正体は麻酔薬…………。
ガスターまでは『胃の補正』というのが目的ですが、私の胃はもう補正は補正で別の薬を摂取、更に強烈な痛みを取るために麻酔で眠らせてしまうのだ痛覚を!…という目論見でお医者さんに処方されたものだったのです。
麻酔薬…そりゃ寝るわ(笑)
つくづく薬に慣れてると迂闊に人に自分の薬のませられないわねと思いました…。
そして、私が一服盛った(笑)形になったため、私は仕方なく一人取り残された車内でボヤ〜〜〜〜〜と月を見ておりました…月出てなかったよ(笑)
いや、実に参ったわ…。でもまあ、痛まずに寝られるならそれが一番であることは私が誰よりもよく知っている…。
なので、まあ起きるまで待ち、それから本屋に行って早目に退散して参りましたとさ。食事したくらいで胃痙攣起こすような人は早く寝ないとね(人のことは言えません全く)。

さて次は、12日に神戸ルミナリエに行ってくるのだ―――♪
関東の方はルミナリエのパクリの何とか(憶えてない…)というイベントをオリジナルと思ってらっしゃるかもだが違う!違うぞ!神戸がオリジナルだ!一度観に来ることをお薦めする!!
まあウチから神戸まで車で…2時間かかるかかからないか…。私はドライヴ大好きなので(助手席乗ってるのが特に好き。運転もまあ好きだが)とても楽しみ♪
去年もキレイでした、今年はどうかしら♪
人の運転で行く長距離ドライヴはとっても楽しい♪





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妙な時間に眠くなる。 - 2001年12月07日(金)

…のは、どう考えてもネズミのせいですネズミの。…失礼、ハムスターのせい。
今日は早朝から用事があったのでどうしても!昨日夜12時くらいには寝ておかないと困る!!と思ってたのに…ハムスターが交代で走り回り、回し車のガタガタいう音がとってもやかましく、気がついたら1時を過ぎてました…。
それでも何とかうとうとしたものの、それからの3時と、早朝5時前くらいに再び回し車の音で起こされる私。5時に目覚めた時は電気を点けてやりました…。ヤツら夜行性だから、明るくなれば寝るかという浅知恵。………通じん………。そんなわけで殆ど寝ずに何しに行ったって会社の面接だ!でも行ってみて気が変わった…受からなきゃ良いなと結構本気で思ってる私がいたりする。っつーか受かっても断ろうかと…(贅沢モノ)だって…なんかヤな予感したのよ…。入社したらひと悶着起こしそうだなって予感というか…(笑)あたしこういうカンだけは異常に当たるからヤメといた方がきっと賢い…。
しかしめちゃめちゃ早い面接でした、なんと15分。会社の中ぐらい案内しろよ―!とちょっといきり立った私が居ましたが、帰るとハムどもがおとなしくなってくれてたので寝ることに決意。
しかし、私も明るいと寝られない体質なので、ブラインドを下げて電気も無論消す。折りしも今日は曇り空…。結構真っ暗に近い状態になった部屋の中で、ハムどもはひたすら暴れ続けてくれてやっぱりちっとも寝られやしねェ。
『リハビリで家に引き篭ってる私の慰めになれば…』とハムをプレゼントしてくれたのは彼氏。
ええ心遣いはとっても嬉しくてムネキュンでしたがしかし!(笑)こんなにうるさい生きモンだなんて聞いてねェ―――――!(絶叫)
彼も無論、こんなにうるさい生き物だとは思っても居ないのでしょう…ほろり。一晩預けたろかいな(笑)私の苦労を知るが良い!(笑)
そんなわけで眠いのに寝れません…地獄だ。他の部屋に置いておくというのも良いテですが、ウチは万年、全部屋に犬が二匹もうろうろしてる家なので、ネズミ…失礼、ハムスターなんかご飯になっちゃう(笑)
ああ…どうにか『うるさくなく』ハムスターを飼う方法って無いものでしょうか…。このままだと私ハム嫌いになっちゃいそう(笑)

そして気分転換に本日本を購入。気分転換にはやっぱ本に限るね!
桜井亜美『イノセントワールド』、町沢静夫『絶望がやがて癒されるまで』。町沢氏の精神分析物って私結構好きなんですよにゃ〜。何処がどうと言われても困るけど(笑)あと、河合隼雄(こんな字だっけ?)。卒論書くとき大分お役に立っていただきましたとも(笑)!桜井亜美のほうは先日いきなり興味が出て買ったので詳細は不明(笑)一冊も読んだことないし。『……ミスチルと何かご関係が?』と思ってたくらいで。面白いと良いにゃ〜。

そして。友人からメールが入った。
『11/21発売のバクチクのシングルのポスター入ったからあなたの名前で取ってるからね!』…友よ、ありがとう。しかし君の店で買わないが(もう買ってるので)いいのかねと聞くと『いいよー!私が勝手にした事だから!』と非常に嬉しいお答えが。友よ、ありがとう。
こうやって、何か自分のこと気にかけてくれる友達が居るのってすごい嬉しいですねえ。いや、ホンマに。何かにつけ思い出しては連絡くれる…友達っていいなあ(しみじみ)。
しかし友よ…私は以前あなたに貰ったシュヴァインのポスターも『ONE LIFE〜』のときのポスターも貼ってはおらんが…(笑)
彼女が今度来るときだけ、どれか剥がして貼って置こう(笑)そのくらいしか感謝を現す方法が無いわ…。そして宝塚のなんかの情報が入ったら(入らんが)友よあなたに一番に知らせよう!…って、私に手に入る程度の情報なら彼女の方が先に持ってるって(笑)

しかしついでにBOY×BOYのコミックス(どっちがついでだ)買いましたがどうするよ松岡!!!良いオトコ!!!(*≧▽≦*)ノ
カイは控えめに言って『別人』ってカンジでしたが…。松岡は良いオトコだわ〜♪松岡さえカッコ良ければそれで良いって言うか桐生も!桐生もカッコ良くってお気に入りキャラカッコ良くって嬉しかった(*≧▽≦*)ノ

さて、町沢静夫『絶望がやがて癒されるまで』読みながら養生しようかのう…。




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髪を切ったり企画考えたり。 - 2001年12月05日(水)

まあ適当に。シャギー入れて肩までの長さ。こんなもんでしょう。
ホントは8年ぶりにショートにしようかと企んだけど来年3月に友達の結婚式があることを思い出して思い止まり。だって、その結婚式用に買ったROPEのワンピース(っつ―かドレスっつ―か…)は、ショートだと絶望的に似合わないと思われ(笑)絶対最低でもセミロングでアップだと思われるので今回はショートは見送り…。仕方あるまい。
そして、鴨肉探してスーパーを放浪(笑)鴨売ってない―――!NO―――!本日の夕餉は鴨鍋雑炊だったので鴨いないと話にならず。頑張って買ってきました。

そんで。松岡2と結城くん(今気付いたわ…何故結城だけ『くん』付け?私…。)をフォトショで描いたりしてみたり。また画面酔い…(笑)
まあお楽しみ企画も進んでますが(笑)そろそろB−Tさん小説一ヶ月くらいアップしてないのね…と思ったり。
更新マニア(笑)の私としてはどうにかせねば!!!(しなくていいという声も)ということで、企画考えました企画。そう、所詮企画…(笑)でも書く労力は一緒ザんす(笑)
名づけて『年末年始企画』。2001.12.24〜2002.1.20までしかアップしないで破棄します(笑)しかもURL請求(笑)
我ながら鬼で〜す、きゃはっ☆
短期間しかアップしないのは検索かからないうちに棄てたいから(笑)
つまり多分かなりソレっぽい内容に…なるかしらねェ(笑)12/10までならリクも受け付けます(*≧▽≦*)ノ早い者勝ちリク!(笑)
さあ、どのくらいリク来るのか…って、日記読んでないと判らない隠し隠しなヤ〜なカンジの企画ですみません(笑)
リク来なかったらアップしないかもしれないししてるかもしれない…気分次第!(笑)さあどうなることでしょう(笑)



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画面酔い。 - 2001年12月04日(火)

いや〜久々に酔ってしまいました画面に…。
画面じーっと見てたら気持ち悪くならない?ならない?あっそう…。私カラー画面と長時間睨めっこすると酔う人なの。昔デザイン会社勤務だったときも、丸一日マック画面と睨めっこ、家に帰ったらテレビで吐いてました。
だって、色ついてて動く画面が気持ち悪くなるのよ途中から…。
ある程度色ついてない方が良いね、実際…。
でも本日酔うほど何をやったかと申しますと、色塗り。コレが最高酔うのよ…。かなりたまらんカンジで。
なんかふと思いついてBOY×BOYの天宮描きたくなって描いて、せっかくだから色もつけたらもう酔いまくりました。気持ち悪い…。
その上、BBSの色環境いじろういじろうと思いつつ放置だったので遂に今日いじったら、何か画面ぴかぴかになっちゃった気がする…。でもぴかぴかな色背景色で使いたかったんだもん(笑…迷惑)。良いのよ私のHPなんだから!(笑)飽きたら変える可能性もとても高いですがまあソレはヨシ(笑)
そしてついでにBBSの『HOME』っての繋ぎ間違えてて一気にインデックスまで戻るのね!ってことを今日初めて知って(笑)やり直し。そして更新履歴も少しいじり。
………塵も積もって山となってしまったようです(笑)
でも天宮楽しかったな〜っていうか、BOY×BOY絵って、晶、椎名、天宮、立花辺りは完全に私の手癖範疇外なので、『私が描いたらどんなになるのかしら?』という好奇心が押さえられませんでした…。そうか、私が描いたら完全に私の絵じゃなくなるのね、という答えが得られたからそれでヨシ(笑)
今度は結城君か愛する松岡辺りを描いてみようと思っている私。結城君は私のストライクゾーンな顔だよなと勝手に(笑)多分すっごい描き易いんだろうなあ…。今日、『結城君を描いてみようか?』という誘惑も私の中で生まれましたが、『描きやすいのが判りきってる』のでやめた…チャレンジャーの血が天宮を求めたらしい(笑)
でも、松岡まで行くと結構またチャレンジャーよねえ…。私に果たして松岡は描けるのか!?…その前にホントはヴィンセント描こうと思ったのよ、FF7月間だし。でも、長髪描くのが鬱陶しかった…。私、櫻井氏でも長髪に着色したことないし!(笑…TOP絵の着色は私じゃないし!)
長髪に着色すんのってホントーに根性要るね…。始める前の、『ヨシ!やるか!』みたいな気合とかね。気合が足りないので今日のトコは無理!(笑)
でも松岡は描こうかな〜って言うか描きたいな〜…長髪じゃないしね(笑)私のストライクゾーンから外れた人の顔を私が描いたらどうなるか!?第二弾(笑)
好みと『描ける絵』って、ホントに違うのね…すっごい哀しい|||(-_-;)||||||
自分の好みの絵、描けるようになったらすごい楽しいんでしょうなあ…。こればかりは精進しても無駄なのよね…泣ける。もって生まれた素質とでも言うべきものなんでしょうね。
大体自分の好み通りに自分が育つなら(変な言い方だがご勘弁)、私は字書きじゃなくて絵描きになってたっちゅ―ねん!(笑)ホントーは絵が描きたかった字書きの私…。字は誰にでも書けるからね(苦笑)
でも趣味なのだ楽しいのだ。って訳で私は酔いながら絵を描く!(笑)
次は松岡だ!(笑)
ばくちくさん絵は、綺麗でブラボーでハラショーでグラッチェな絵を頂いたので当分良いです(笑)カッコ良い櫻井あっちゃんを拝みたい方は【賜事】で目を潤わせてくださるようにお頼み存じます!(笑)



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一回ハマるとしつこいわ我ながら…。 - 2001年12月03日(月)

何がってもう聞き飽きたでしょうが言い飽きてないので言わせて頂くBOY×BOY!!こーゆーのをドツボってゆうのね、きっと…。
日々松岡が愛しくなっていく…。
頭脳明晰、成績優秀信頼厚い性格悪い生徒会長…解った!!解ったもう良いから!!!…ってなくらい、あたしの好きなネタばっかり揃えやがってこの野郎!!
愛しくて困ったわ……松岡誠史郎!!(だから愛してるから名前憶えました!)なんて……なんて理想の受なの…。つくづく。
相手は結城君でも良いけど櫻井先生が今私の心を捉えて離しません…うっとり。
現時点で、カイ・松岡、結城、桐生、櫻井、立花、天宮、椎名、妹とエンディング見ましたが(あと見れるのって更科だけ??なの??)松岡エンディングが最もダントツぶっちぎりに良いのよ私の中で!!(*≧▽≦*)ノ
松岡かあっこいい〜〜〜〜!!!
カッコ良い子には受やってもらわなね…どうしても。
『可愛い』子には食指が動かないのよどうしても…。カッコ良い子じゃなきゃいやん。征士も小次郎も三橋も(入るんかい私)間違っても『可愛』くはなかったはず…。カッコ良い子が好きなんですどうしても!!そしてカッコ良い子にはどうしても受を!!!(同人女の歪んだ愛)
そんなわけで松岡受決定!(*≧▽≦*)ノ
しかし超マイナーなんでしょうな…。ハマった途端暗雲立ち込めてますよ私…。
松岡受なんて探してもあるの!?と誰かに聞きたい…。サイト様ではちゃーんとあったがね…見つけたがね…ふふふ。( ̄ー ̄)ニヤリッ
とても楽しかったのよそこの松岡受が…。うっとりしてしまうほどに。
そして櫻井エンディング本日見まして…もうやるしかないでしょう!!(*≧▽≦*)ノ櫻井先生カッコ良い!!でも、『コスモス畑の話をキミにしたよね』…されてません!(爆)一体何の話だったんでしょう???とても気になる…。
『あの日、僕は最高の死に場所を探していたんだよ』…『これを言われたときさすがに私も叫びました。
こんなヤツばっかりかBOY×BOY!?(笑)
どうしてどいつもこいつも必ず暗〜〜〜いバックボーン持ってるの!?どんな学校だ私立光陵学園!(笑)そんなんばっか集めてやがんのか!?
なんかストーカー臭いくら―いヤツもおるし!(笑)ぎりぎり作りようがなかったのか(笑)、立花のバックボーン程度ならまあ一般的でしたが後はどうやねん!(笑)明るく楽しい学園モノ作る気は一切ないのか!っていうか、主人公のバックボーンが一番悲惨ですな私的に。なのに、『そんなこと話してくれるまで解らなかった』って全員口を揃えて言いやがる主人公の底抜けの明るさがもう不自然!(爆)
高校生…ソレは思春期の入り口のはず。それまで考えたこともなかったような疑問が渦巻くときのはず。なのに青春の入り口でいきなり悟りを開いてる主人公が私にはとてもじゃないが理解不能です。松岡程度イヂケてるくらいが普通だろ!(笑)
いやいや、笑わせて頂きました。笑ってる場合じゃないが。
そんなわけで松岡が可愛いのよ私…正直言ってエンディングの『やると思ってたけどやっぱりやった』眼鏡外した松岡の美貌にヤラレました…。くそ―!美人じゃないか松岡誠史郎!!(笑)美人だろうとは思ってたが美人じゃないか!!
…でも、カップリングには天宮を入れてくれとのやまげん太の要望により、天宮×晶(だってあのエンディング…どう見てもアマミー攻める気満々だったよ…)、結城(あるいは櫻井)×松岡ってことで!(笑)椎名は『会長〜♪会長〜♪』言ってるけど松岡の相手役としてはお子ちゃますぎて役不足なので却下(笑)!せいぜいパシリとして使われてくれってカンジね(笑)

…さあ、どんどんドツボってる私がいます…ふふふふ。
来月辺りにサイトオープンしてるかもね…(よせ笑えない冗談は)。






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寝てないビィーム。 - 2001年12月02日(日)

明け方6時過ぎ、ようやく眠りにつこうとした私。
しかし最近薬も飲みすぎなので、常用している(すんな)安定剤と睡眠薬ナシで寝ようという、ジャンキーにはいささか苦しい試み。
が、まあ成功して、少しうとうとした…午前10時半、彼氏からの電話で思考が半分起きる。無論半分以上寝ている。
もうよく覚えては居ないが、まだ寝たばかりという私の状態を知る由も無い彼は、おそらくなにをしていたのかという質問をしてきたのだと思われる。全く記憶に無い。それに私は、何かの固有名詞を挙げ、『電話に代わりに出てくれるの』と呟いた記憶がある。『は?何で?誰それ』と繰り返す彼に、『だから留守番してくれるの。代わりに』と返す私。どうも何かの夢の続きらしいが内容は覚えていない。
何かおかしいと悟った彼は質問を変えた。『寝ボケてんのか?』
寝ボケてなどいない、こんなにはっきり喋ってるじゃないかと思った私は、彼が聞き取りやすいよう、もっとはっきり『だから、代わりに留守番してくれるんだって』と返した。会話が成立していない。
『寝ボケてんのか?』『寝ボケてんのか?』何度も繰り返され、私は自信を失った。
もしかしたら、寝ボケてるのか?私…という疑惑が心を掠めた。
こんなにはっきり意味の通じることを言える私は、でももしかしたら寝ボケてるのか?
一気に不安になり、正直に打ち明けた。
『寝てたから、もしかしてそうかも…』
でも、意味の通じることを言ってるはずだったのに…一抹の不満を抱きつつ言うと、彼はあっさりと切り捨てた。
『解った。寝ボケてんだな』
でも、意味は解るでしょ?とまだ思っていたが、ソレは口に出さず、電話を切ってまた眠った。やはり、うとうとしただけなので、はっきり極彩色の夢を見る。
どこかの山小屋の中で、B−Tさんが勢揃いでいらっしゃる。ソコに私も居る。
なんだかよく解らないが、会話の主役は妙な刺繍で彩られたオーガンジーのシーツ(カーテン?テーブルクロス?)らしい。私は見ているだけの傍観者役である。会話に口を挟む権利は無いようだ。
そのオーガンジーを中心に、彼らの会話はだんだんヒートアップしてくる。
その布を一定角度で撮ると何かの効果のように見えるか否か、というのが趣旨らしい。無理派とできる派、二つに分かれて、超カッコ良い英彦さん(『超カッコ良い』は修飾語で無く今や彼のミドルネームなのでお間違いなく)が両立派、というか彼の意見で出来るか否かが決まるカンジになっている。
そして、困った超カッコ良い英彦さんは『やってみれば良いじゃないか』という、非常にマトモな意見を出した。そもそも、これだけ話し合ってて今まで出なかったのが不思議である。
それに賛成して、実際に超カッコ良い英彦さんはカメラの前にそれをかざし、撮ってみた。
『できる』派の思ったような映像は、どう頑張っても撮れなかったらしい。
できない、という結論を残して、オーガンジーはそこへ打ち棄てられた。憐れである。
そこへ、母が乱入してきて、退屈なのか、まだ調子の悪い私の布団に潜り込み、散々呟いた後にマジで寝ようとするので私は慌てて追い出した。
ココで、昼が来たらしいが、ホントにロクに寝てないのでまだ寝ようと決意。
それから、ガラスが風で割れる室内に閉じ込められたり、いろんなアドベンチャーを経て夕方がやってきた。
疲れたが、寝たような気もしなくもない。
そして、何かしようと思い立ち、今更だが『FF7月間』の準備に取り掛かった。もう12月に入っているのにソレで良いのか私。…まあ結構OKらしい。
ファイナルファンタジー7…もう生涯出逢えまいと思うほど、稀有なストーリー展開を見せてくれた割にはあまりに深く広く作りすぎたせいで補えなかったところがたくさん出て、おかげで同人女に突っ込みを入れさせるネタをたくさん提供してくれた、素晴らしきかなRPG。
私、自慢にならんが自力で最後まで解いたRPGってこれしかないですマジメな話。大抵、話に飽きてきてか、話が読めてか、放り出すクセがあります。
ファイナルファンタジー10も、ユウナレスカ前で放り出してます。なんか話が読めてきてもういいや…って言うかあまり興味がなくなってきて(笑)
肩凝ってまでやるほど魅力的な話ってなかなかないよなあ…。10はその点、このRPGには人一倍飽きっぽい私をラスボス手前まで引っ張ってきたんだから面白かったといえるだろうと思いますが。
7の時みたいな、睡眠時間も惜しくない勢いのハマり方ってもう無いだろうなあ…。7をやったときは私は確か大阪在住学生のときで、昼ガッコ行って夜働いて夜中に帰って明け方に起きてまたガッコ行ってエンドレス生活送ってましたが、僅かな『部屋に居る』時間を全部7に空け渡してプレイしていた記憶が。あの一週間、私は寝ませんでしたと言えるほど。寝てる時間は、神戸まで通う電車の中だけでした…。アホーです。でもあの勢いでハマれると楽しいね。
そして、確か初プレイが1月頃だったと記憶してますが、卒論の手直しもロクにせず、3月にはFF7で本出してましたね…。大バカです。でも卒論ちゃんと提出して、『秀』を頂いたので結果オーライ。
その想いを思い出そうとしつつ、その『ハマリたて♪』で書いた小説の手直しをしてみたり。ソレをアップする予定なので。
そして、画面に向かってカタカタやって数時間…ふと、朝の情景が私の頭の中を掠めたのです。
私完全寝ボケてたじゃん…。←オチ。


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ゲスト様コンテンツ増設!! - 2001年12月01日(土)

頂きましたので嬉しくて舞い上がって作りましたゲスト様コンテンツ!!
内親王ご誕生といえ、今日はいい日ですかなり!!祝福あれ!!(何に)
もう、ねだって得しました!!(狂喜)ありがとうございました中田さん!!
みんな少々図々しいくらいが幸せになれるコツよ!(笑)ってあんまり図々しいのも駄目ですが。ともかく私はとっても幸せ♪
だってもう…大好きなのよ中田さん…ホンマに(いい加減しつこいな私も)。
たとえ今日は目覚めた途端謎の眩暈と吐き気に襲われていようとも…。えぇもうなんだったのかしら忌々しい!!っていうかきっと風邪…。
みなさん健康には気をつけましょう…ホンマに。

さて、そんなわけで今日の私はゲームもできずに(笑)ただ寝てたわけですが…だから日記ネタ何も無いわけですが(って言うかいつも無い)何書こうかなといつものサガで思案している私がここに。
「日記長いよ」とやまげん太さんに言われましたがコレしかすることないんだからいいじゃないかよう(寂しいな私)。
っていうか、字を書くのは面倒だがただカタカタ打つだけならいくらでも出来るってことの見本かしら(笑)小説も『書け』と言われたら絶対遅筆だが打ってるだけだもんな…現実には。だからできる(笑)

しかし帰って来ませんポストペット…。相手はもう受信済みなのに、一体どこで道草食ってるんだ!(怒)おかげでメールが送れない…。
送ればいいだろポストマンで!とおっしゃる向きもおありでしょうがポスペがいいのできるだけ!長文メールは特に!!(笑)
ちなみに私が長文メール送る確率が一番高く、かつ長さもかなり長いお相手が中田さんです。来る度に気が重くなるほど長くてウンザリなさっていらっしゃることでしょう(笑)お相手して下さる方相手のメールはどんどん長くなります(笑)
そしてちなみに最短メール大賞はやまげん太さんです(笑)なぜなら。メルするくらいなら電話でさっさと喋るので(笑)そんで、電話中に『あ、こんなん見つけた』とかでサイトのアドレスだけ貼って送ったりすることが一番多い(笑)件名くらい書こうよ私タチってカンジです。
でも、遠距離の人とはすごくいいなあと思いますねメールって。いい時代になったものだ(笑)味気ないとか寂しいとかは思いますが…。ある程度ね。
その寂しさを補うためにポスペとかのオプション機能が発達したのか?と思ったり。ああいうのあると、まあ無機質なカンジが和らぐなあとは思います。可愛いと、正直言って思ったことはないけど(笑)寂しくないなとは思います。
人間、寂しさを紛らわすためならいろいろ思いつくんだねえ。
寂しくないよって思うと何でもやっちゃうねえ。
寂しいのは嫌いですねえ…(なんかダウナー入ってるらしい)。





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