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2024年03月31日(日)

離婚する前に、あなたの息子さんを一発殴らせろと娘のお祖父さんに言うべきだったな。

耳の悪かった私の耳をなおさら殴ったんだから、私も彼の耳が聞こえなくなるくらい殴ってやれば良かった。それでおあいこだ。

そうでなければ許せない。

言って言うことを聞かないならば畜生と同じだなんて、大間違いだ。
そんな間違いを我が子に教えて竹刀で叩くなんて、虐待以外の何物でもない。
何も言えない社会に対する不満を罪の無い我が子に向けたのではないか。
我が子可愛さに、その子の愛した女性の胎児を堕したら結婚を許すなんて約束するなんて本当に罪だ。
基礎医学で博士号を取ったって、そんな横暴は許されない。
自分が逸物の中を掻き回されてみろ。

親鸞さんが親御さんを亡くしたのか、九歳で得度して、年頃になって仏様が女性の姿になって自分と交わって下さるという夢を見たというのは罪とは思えない。健康さだ。

しかし我が子が可愛くて我が子を苦しめるなんて。
私が関わったのが間違いだったのか?私が安易に結婚を承諾しなければ、あの人も私の母もまだ元気だったかもしれない。そしたらあんな悲しいことは知らずに済んだのに。

墓まで持っていけるものなんてない。

私は何年も何年も、許しあいたいと主の祈りを祈ってきた。
でも傷は癒えない。許せないのは自然なんだ。

天照大神はあまちゃんだ。素戔嗚尊に甘すぎる。
イザナギのみことも信頼できない。

神が愛と慈悲の塊のようなものだなんて本当だろうか?
私は強くならなくてはいけない。そして私だけは自分の味方をしてやらなければならない。
苦しい時に責めてくる相手に対しては、やり返さなければならない。
竹内結子さんのように美しい面影を残して去るわけにはいかない。

何万回許すと違っても嘘にしかならない。
お釈迦さまもイエス様もアラーの神もこの世のものではない。

イエス様が聖霊によってマリア様の胎内で受胎されても、ユダヤ人の王でも、復活されても、私は教会に行く力はない。大昔の異国の人。私のことなどご存じない。
女性と結婚することなく、子を成して、イエス様をおわれる神父様も遠い。
らごらのお母さまを捨てたお釈迦様は私とは違う。お釈迦さまは冷たい方だ。

安易に信じたり期待したりしてはいけないんだ。
人とは距離を置かなければならない。不用意に心を許して不意に言葉に傷つけられないように気をつけよう。
武道を習う力は無いが、我が身心を守ってやらなければ。


2024年03月28日(木)

信頼関係、信用という事について、とても気になっている。

生まれた時には、一人では生きていけない。必ずしも女親に限らず、人の助けが要る。
 一人生まれて、死ぬ時も一人で死んでいく、という説もある。
 しかし、夫の腕の中で亡くなったという妻もある。

 私の母が亡くなる時は父がついていた。
 
 父が亡くなる時、呼吸器をされて、目があらぬ方を追っているような時、私は父の手を握っていたが。
それは、父の不安な気持ちを助けたかったからだ。

 なぜ死なないでと泣かなかったのかと思う事がある。

ある伯父の娘さんたちは、葬儀の時大泣きしていた。私はその伯父の人柄を疑っていない。

 私の父は、強い人ではなかった。それで信頼できないというわけではない。

 植物人間になっても、語りかけられた言葉に人は反応するという。

 シェイクスピアのオセロの悲劇は考えさせられる。

オセローはアフリカ出身の武人で、デズデモーナというやはり純真で美しい女性と恋をして結婚する。

シェイクスピアは、悪意ある諫言の恐ろしさについて、ナイーブな人間が簡単に騙されてしまう状況を描いているとおもわれるが。
 


2024年03月23日(土)

森村桂さんの文庫本を読んでいる。まだロシアがソビエト連邦だった頃の旅行記。

 昔、『ちがっているかしら』というエッセイを読んだ。

 ある時、亡くなられたということを知り、ショックだった。

 私が息子や夫と新潟へ行った頃に亡くなったんだな。息子が十一歳ということは、私は四十四か。新潟競馬場の乗馬センターまで自転車で往復していた頃。
 
 まあ森村さんは私の事などご存じ無いと思うが。
 
 時折、私のせいだろうかと考えてしまうところがある。しょってるかな。

 娘の叔父にあたる人も、まさか亡くなるとは思わなかった。

 なぜ自ら逝ってしまえるのか今のところ私にはわからない。

 私は美しくないものを多少は知っており、かっこ悪くて、それは私の喜びをかなり相殺するが、
それでも、今のところは、生きようとしてきた。教養に憧れはあるが、本能を卑しいものと捉えるのは私は好まない。

 私には森村さんの気持ちはわからないもしれないが、私にも本当にだめなんだ、というところはある。

 私は大事なことで大間違いをしがちなのだが、それで何かが生まれてしまうと、それを間違いとみなすのは非常に失礼となる。礼儀とは難しいものだ。だが、私こそ失礼な目に遭わされたのではないか、と自分をかばってやりたくなる。私は甘やかされたのではない。一人でこの世に放り出された。
だから赤毛のアンや足長おじさんやハイジにはまったのだ。
ま、そういう女性は結構多い。数の問題か?

 森村桂さんは享年六十四歳だったようですが、私は今六十三です。
 年を取ると子供に帰るといわれるけど、大人だったことってないか。

 鬱病とは何だろうか?鬱病といえば、北杜夫氏は松本市。
 
 桂さんは長野の病院。

 北杜夫氏にはお兄さんとお嬢さんがある。

 お二人とも腎臓病がある。


2024年03月20日(水)

夫のアドバイスを鵜呑みにすると痛い目に遭うことか多い。

子供は私の言う事聞いて痛い目に遭ったかもしれないが


2024年03月18日(月) ゼロ金利解除と投資について

時折、投資は100円からできますからとにかくやってご覧なさい、という人がある。

それで、100円を30年積み立てたらどうなるかなどと計算してみた。

100✖️12✖️30=?

ゼロ金利を解除したというので、金利って家人のローンにどう関係あるのかと思ったら、
金利についての計算枠は、預金残高が10万円以上ですって。
手持ちの現金も預金残高も、月2000円から5000円くらいの私は問題外だ。
身体障害があり(精神障害も?)医療費は年10万円を軽く越えているが、
私の医療費は十万ちょっとで、働きに出ている家人の医療費はとのくらいかわからないが、計算できなかったので、もし医療費控除があったとしたら、国か県かに寄付だ。
もし精神障害があったとしても、心療内科や精神科にかかりたくなっても、ちょっと無理。
食べてはいけます。生きていれは丸儲けと言われますよね。

ジェネリックにすれば今までよりも20円安くできます、などと、家人の入っている健康保険組合からメッセージを毎月頂きますが、薬局で可能なジェネリックはとっくにジェネリックにして下さっている。

私の預金残高はほとんどないし、手持ち月2000円から5000円あるかないかで100000円以上なんて持っていない私は、金利について計算するのは問題外だ。

今月は5000円もらったが、主張しなければ、家人が買い物をして、私がネットで買い物をすると、文句を言われる。2000円もらっても、なかなか使えないで財布の中。時折野菜の直売所で使えるのが発散だ。アメリカ人の人に日本語の先生になって欲しいと言われたが、英語を習って話していたのは、ストレス発散のためだったので、日本語を広めたいという欲が無い。
兄から祝い金見舞金をもらっても、いつかそれで女友達のお宅に泊まってしまったので、私はもらえない。
私は犬のように首輪はされていないし、家の鍵は持たされているが、自分の部屋の鍵は無い。
15分歩くと腰痛で地べたに腰を下ろしてしまう。
私がパートなどで働きたいと言っても迷惑をかけるだけだからやめとけと言われる。
私には失礼なところがあるそうです。でも、そういうその人にも私に対して失礼なところはあります。
私には飢餓のような孤独感がありました。確かに私は利口ではありません。さひしいときにさひしいと言うことがなかなかできません。悔しいからです。
親御さんがご健在な人が羨ましいです。何言ってるのと思うだろうな。大変ですよね?
思えば、両親が健在の時でも、赤毛のアンやあしながおじさんハイジなどを読んでいました。彼女たちは親が無くても明るく育つ。優しい両親があるのに明るくないのは罪かな?苦しい時は笑えないですよね?
兄弟が勧める人と何も知らずに結婚した女性ってありますか?馬鹿みたいですよね?上手にスルーして、自分の道を行くのが素敵だったかなと思ったりしますが、たられば。過去は変えられない。今過去に帰ったら私はどうしますか?母が勧めた高校に行かないと言うかな?その高校が悪いわけではないのですが。
嫌な親戚の子がありました。きっと悪気はなかったと思います。
私も悪気なく人を嫌な思いにしたことはあるに違いない。
知らない人を選んだのは自分ですよね?、
こういう専業主婦の方はありますか?
あったらお会いしたい。
年金が少なくて体力ないのに四苦八苦の方のお話は聞きます。
私が家庭の外に仕事を持つのは諦めた方が良いかな?

割り切れないものを割り切ろうとしても割り切れない。
だからそのままでいく。
最初に何か期待させて失敗したようなので、二度目はあなたの期待にはこたえられないと言っているが、
それでも勝手はできない。
今生では自立を知らないまま逝くのかな。
本当に自立して生きている人なんてありませんよね。

いいなあ。頑張ればスポーツ続けられる人って。


2024年03月14日(木)

 あれは、中学を卒業して、そうだ、T君が新車を持っていたわけだから、大学生くらいだろうか?
よく覚えていないのだが、ダブルデートのようだった。
T君と、あのぽっちゃりした彼のお顔はよく覚えているのに、お名前が出て来ない。
仮にA君として、私はA君を嫌いではなかった。
私は細い青年より肥り気味の方が安心感があった。
ところが、私は、全く何の前触れもなく、戻してしまったのだ、T君の新車に。
気持ち悪いという自覚があれば、吐きそうなのでビニール袋が欲しいとか言えたのだが、全く吐きそうになっていることに気が付かず、突然おえっときた。
あれには参って、謝罪の言葉も出て来なかった。
もう二度と誘わねえよ、とT君は言った。
 そういうわけだから、おそらく私は、かなりのコミュ障だろうと思う。
しかし、普通より気がつく面もある。
 しかし私は礼儀に欠けるところがあるらしい。
時折夫が、失礼な、と怒るが、私には理解できない。
どこがどう失礼なのかわからないのだ。


2024年03月13日(水)

神父さんに話をしても、救ってはくださらない。
私が許さなければならないとおっしゃる。私はずっと許しあいたいと思って、祈ってきたけれど、それは叶わない。
カトリックの神父さまはカトリック教徒が大事。当然ですよね。
他の人がカトリック教徒に家庭を壊されても、それは自業自得。
陰でお寺を嘲ったカトリック教徒が大事なのだ。神父さまはカトリック信者によって生かされておられるわけですものね。お金を出せない私のことまで手は回らない。


2024年03月12日(火)

逃げ場が無い。

今までは、外国語学習が楽しみだったが、お腹が痛くなるようなことが多いので、
言葉を覚えることに意味が感じられなくなりつつある。


2024年03月09日(土)

楽しいことって何かな?


2024年03月06日(水)

 今日は幼馴染みのお誕生日。
 どうして誕生日をこんなに覚えているのかな。


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