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Сегодня суббота.
Дорогой дневник,
Этим утром наш сын приходит в наш дом со своего поста.
Масато Ибу немного странно играть в Намихей.
Дорогой дневник,
Дорогой дневник, Чтобы улучшить ваше изучение русского языка, Была учительница по имени Ирина, которая хорошо пишет дневник на русском языке, и я решил написать свой дневник на этом языке со вчерашнего дня.
Сегодня 30 августа? Тридцать дней Год 2019. В чем разница между юлианским и григорианским календарями?
Две тысячи девятнадцать
Лондон в сентябре? Я хочу пойти, но разве это невозможно для меня? Разве это невозможно для меня сейчас?
Так когда я могу пойти? На что я могу пойти?
Если честно, отныне я бы хотел сделать так, чтобы не переусердствовать.
Сегодня пятница.
| 2019年08月29日(木) |
Дневник японки |
Дорогой дневник,
Сегодня четверг.
Я 58-летняя японка, которая с 13 лет начала изучать английский язык в общеобразовательной средней школе Токио, специализировалась на английской и американской литературе, но также заинтересовалась изучением русского языка.
Я не помню, когда я начал изучать русский язык.
Есть место, куда я хочу пойти.
Есть человек, который сказал мне прийти.
Я хочу пойти.. Я хочу пойти туда.
Пятьдесят восемь-это 58.
Это невозможно для меня?
Я был рад видеть человека, которого я искал сегодня в Интернете.
人には何か、意地のようなものがあるらしい。 というか、感情というものがあるのだ。 犬にもあるようだ。
我が家の犬が、おーい、なんだよー、ずるいじゃないか、というように、吠える時がある。
基本ドッグフードといわれるものをやっている。お腹が空いた時はそれを食べる。
しかし、匂うではないか、美味そうなもの食っているではないか、という目で見たり ウォンウォン言ったり
実は今日も、かぼちゃの煮物をひとかけふたかけやってしまった。
おーい、俺を置いて一体どこへ行っていたんだよー、と吠える事もある。
彼の父親が誰だったかは今となってはわからないのだが、母親とは九年同居していた。 犬の学校に連れて行ってやれなかったので、彼は母親に盛って気の毒な事をした。 母犬にも可哀想な事をした。野生の狼だったら紙オムツなんて糞食らえだ。 だけど、去勢はしたくなかった。
私の父は、母が亡くなるまで、自分が電車の中から広島の原爆の光を見たなんて、 一度も言った事は無かった。母が亡くなったのは、私に娘が産まれてからだ。私は末っ子だ。父も末っ子だった。父は祖父母にとっては唯一の男子で、私は父と母の唯一の娘だから、きっと、父と私は、ダサさが似ている。祖父母が年いってからの子だから、 おそらくどうも若い頃の子供よりも弱い。母も祖父が年いってからの娘だから、思えば強く無かった。そうはいうものの、人生は思いがけないものだ。どんな因縁があるかはわからない。長生きすると疑わなかった母の方が父より先に逝った。父はひ弱な男で、 母の方がピチピチ健康そうだった。
最近、被曝しても、それを言わずに生きてきた人があったという記事があって、父も、 子供たちに子供ができるまでは、言う気にならなかったのではないかと思う。もし父がお見合いの時に母に被曝しているかもと言ったら、母方の祖父母は心配しなかったろうか?しかし、教育勅語を暗記して、欲しがりません勝つまではと思わされた人たちだから、多分、親や軍国主義が権威を失っても、自分たちは大概の事は精神力で乗り越えていく覚悟だったのだと思う。幸せな家庭を作りたいという思いと、社会、特に日本の農家の助けになりたいという思いは強かったようだけれども、若い頃まだ三十代だったか、父はモヤシでひ弱に見えたので、母はよく、父に、ジューサーで作った人参りんごジュースなどを飲ませていた。しかしそのモヤシパパの方が、健康優良児と言われた母よりも長生きだったではないか。
ただ、今、私、二階から一階までの階段を、一段ずつ、一段ずつ、よいしょよいしょと 呟きながらでないと降りられないんですよね。 犬も階段を降りるのはちょっと転がり落ちるのではないかと心配です。 うちの犬は、今、人間にしたら、まだ七十歳にはなっていないはずなんですがね。
しかし先生というのも大変だろうなぁ。 私は目指せなかったんですが、やはり教わるばかりでなく、大切な事を教えられるようであれかしと願う。
娘は中学高校の頃、価値観がわからないと私に語った。
確かに私たちは生きていくための支えが必要だ。
それは何なのか?
親や保護者に言われた事、家庭の中、学校、集団の中で感じた事、宗教書、諺、武器?日毎の糧、習慣
皇族の女性は、嫁する時、品位を保てるだけの持参金を持たされるそうだ。 もし私もそれだけの持参金を持たされたら、生涯品位を保てただろうか?と考えさせる事もあります。
私は若い時は、愛があれば年の差なんて関係ない、家柄の違いって何?という感じでした。
結婚というのは、病める時も健やかなる時も敬愛し助け合うという誓いですよね。 結婚生活におけるどんな困難も愛があれば乗り越えられると信じられなければ普通結婚に踏み切る事は無いのでしょうが、それとはまた別に、周りの期待というのもありますね。適齢期というような言葉があり、三十前くらいに何となく身を固める事を期待されたようです。 私は適齢期には早かったかも知れませんが、親や兄は体力的諸般の事情で差し迫って早く私に片付いて欲しかったかもしれない。それが結局私の幸せだと。そして、私自身 自分だけの思惑で進んだ事では無かったとしても、今となっては、私にとってはこれが 最善だったのだろうという気がします。あの頃あまり人と比べないたちだったのでわからなかったが、知らなかったからこそ飛べたところもあったのだろう。 もし最初から全て知っていたら、飛べなかったか?しかし、問題がないと思っていたわけでもない。それでも関わったのだから、やはりご縁があったのだろう。 私に与えられた宿命によって、与えられてきた道だったのだろう。
Duo-lingoというところで、英語でロシア語を習っていましたら、
あなたが捕まったのは私のせいでは無い、
というような意味の文がありまして、英語では、
It's not my fault that you got arrested.
だと思うのですが、
faultというのが、ロシア語では、винаワインとなっている。
つまり、ロシア語では、酒のせいで、間違いを犯してしまう、という暗黙の前提があるのかしら?
勿論、ロシアだけではなく、日本でも、酒気帯び運転は罪なのが常識ですよね。 飲むなら乗るな、乗るなら飲むな、と言われる。
モーゼの十戒には酒を飲んではならないという戒はないけれども、在家仏教徒の五戒には、不飲酒というのがある。 これも、酒は気をつけないとトラブルの元だというところがある。
で、問題のロシア語は、どんなんでしたっけ?
Не вина, что вы ??? Не моя вина, что ты ???
やはりまだ一人ではロシアには行けないかな?
Это не моя вина. Не моя вина.が、 私のせいではない、というのは、わかった。
自己保身の言葉だけではなくて、 それはあなたのせいではない、というような事も、言ってみたい。
Это не твоя вина.でいける?
例えば、ロミオとジュリエットの悲恋が、二人の間だけに留まらず、両家の間に歴史的確執があったように。
例えば、話せば長い話なんだ。。というような、事。
お釈迦様が言われるところの、怨みは怨む事によっては止まない、怨むのを止める事によって、止む、という言葉がある。あなたに私の気持ちがわかるものか、と言いたくなるようなクールな言葉だ。
そういうトラブルは昔からよくある話なんでしょうけどね。他人事なら、忘れた方がいいんだよ、と言ったりする。でも自分の事だと忘れられない。
何度許せば良いのですか?7回までですか?否、77回まで。イエス様はそう仰った?
宿命は変えられないけれど、変えられない宿命を受け入れれば、運命は自分で切り開いていけると。
さて、今は、8月26日の月曜日なのですけれど、 google translate で、宿命と運命を英訳すると、どちらも、fateなのですが、宿命と運命は違うという人があったわけなんですよね。日本人なんだろうかな。
それから、やっとまた見つけた。
Не моя вина, что тебя арестовали.
あなたが捕まったのは、私のせいではない、という表現。
すると、私が捕まったのは、あなたのせいではない、という表現は、
Не ваша вина, что меня арестовали?????? どうかなー。 меня の場合は? グーグルさんの翻訳ではこれで通じそうに書かれていますが、しかし、Duolingoさんの 日本語講座を拝見すると、時々、あら、これはネイティブの日本人が作った講座ではなさそう、という気がする事もあるので、この辺は、通じるかどうか、試してみないと。
変えられない事を悔やまない。
今の私に出来る事をする。
今日は2019年8月28日なのだけれども、この8月14日水曜日のスペースが空いているので、ここに日記を書かなかったこの日のスペースに、何か頭に浮かんだ事を書いてみたい。 友達なんだから何でも言って、聞いて、と仰って下さる方もあって、有り難い事だけれど。 まあしかし、昨年の今頃は、今頃どこで何をしているのか見当も付かなかったのだから、おかげさまで、当面滞在する場所が決まったのは、本当に有り難い事です。
二十代の頃、あれは夏でしたが、私はアウトドアライフは苦手なのかもしれない。 お米の自動精米機のボックスのなかで横になって眠ろうとしても、ちゃんとは眠れませんでした。 そういうわけで、屋根があって夜露が凌げる、このように便利について考えられた家屋で眠る事ができるのは、ゆめのようですね。
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