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朴槿恵さんは健康的な女性だと思う。毎日豪華なお食事を三度三度取っておられるんだな。拘置所に入っても今までより質素な食事とはいえ、人が彼女のために健康食を用意してくれる。規則的に生活もできる。
日記は思ったことを書いていいのだ。人のことなんて気にしないで思ったことを書いていいのだ。 確かに私は完璧ではない。予知能力もない。 しかしああすれば良かったなあなとど無駄な後悔をしてもいいと思う。
例えば二十歳過ぎたといっても成人式に出ようという気にはならなかった。 そんなに元気ではなかったのだ。 母も成人式に着物やスーツを用意したりはしなかった。 小学校入りたての頃に誕生日会を開いてくれたことがある。ただ二度としなかった。 何か難しさを感じたのだ。私は母が年取ってからの子供だから。疲れたのだろう。
人それぞれですから。 金子みすずさんも語っている、みんな違ってみんないい。 なのに、どうして自分を殺したの?
戦前にだってデモクラシーはあったのに。
きっと父にもコンプレックスがあったんだろうな。 父や母の、祖父母の、あるいは先人の暮らしに想いを馳せても構わないと思う。 自分がすごい偉いと思う先人には及ばないように思われるところもあるが。 なら私は何かと言えば。
渡辺和子さんも最愛のお父様亡くされてから修道女になられた。
全てを許して人々のために尽くしてきたのは朴槿恵さんも一緒だと思うけど。
私が四つの時に脳血栓で倒れて話ができなくなった父方の祖母と、もっと話をしたかったなあと思う。 今さら変えようのないことを悔やむのは後向きと言われるかもしれないけれど、では、 人はなぜもう亡くなってからだいぶ経つ歴史上の人物について調べたり考えたり親しみを感じたり再評価したりするのか。そうすることに意味があるからだろう。
師範学校を出て教師になるって、出世払いで頑張ったおばあちゃんは、努力次第で未来を切り開いていけたひとだったのではないかと思う。明治大正の時代、母方の祖母も ハイカラさん、女学生の制服とブーツでスキーをしたりしたんじゃない。 戦前の日本でも、地方の山奥の女性でも、やる気があれば道は開けたのだ。 母や従姉妹姉妹の介護で、病床の祖母しか見ていないのだが、もし私が両親の最初の子供だったら、生前の祖父の言葉を聞けたり、祖母のおしゃべりが聞けたんじゃないかな、今のようにもっとリハビリなどの医学が進んでいれば、話ができなくても、パソコンで意思疎通もできたのではないか。 きっと奨学金で進学した祖母には、女性でも貧しいものにも努力次第でみちが開けるべきだという理想や、あの、フェミニスムもしっかり心に生きていただろう。
認知症や介護はあまりに大変だったので、私が子供の頃は教職課程を取って教師になりたいとは思えなかった。むしろ先生にだけはなりたくないという気持ちの方が勝っていたが、しかし、祖母の涙や怒りの記憶から、あの人の人生に親しみを感じている。 私の人生とはかなり違う優等生の道だったのだろうけど、それでも老いは訪れた。 彼女やお祖父さんが元気だった頃、最初に生まれた人たちにとってはただ自分に良い子で前向きに頑張ることを期待する煙たい存在だったのだろうか? 体がいうことをきかなくなつてからも色々な想いに苛まれただろう。 おばあちゃんの愚痴を私がもっと聞きたかったな。子供の頃の思い出とか聞きたかったな。 まあ、私と祖母とはだいぶ違う。 息子曰く、時代が違うよ、ということは言うまでもないが、だいたい祖母は若い頃から バリバリのキャリアウーマンで、子供がいようと産もうとヘルパーさんを頼んで仕事を続けたのだから、私と勢いが違う。 彼女は母のように次女タイプだったのかな? 私は自分の回復を待つことにしました。 自分は本当に何を必要としているのか。 ナマケモノは侮れない、あんなにぼーっとのんびりしているようでいて、ちゃんと子供ができてしまうようなこともしているに違いないところがすごいなあと思う。絶滅しないで存続している。だから人も焦る必要はないんじゃないか。
日本の道徳や倫理社会の教科書を読んでもわけわからない。
在家仏教の五戒は、 殺してはならない、盗んではならない、偽証してはならない、飲酒の諌めと何でしたっけ?
芥川龍之介の『偸盗』を読むとお腹が痛くなるという方があるので、それでは読みたくならない。何を好き好んでお腹痛くなるようなことをしたいか。 偸盗はちゅうとうと読むのだと知らなかった。
アラジンと40人の盗賊も読んでみたいとは思えない。 どんな話なら読んでみたいのか?
いじめはいけないというが、どうするといじめになるのか。 だいたい思うのは、神様が智恵の実をことさらに食べるなと禁じなければ、アダムとイブは食べようとは気付かずに恥を知らずに純真に暮らしていられただろうということ。 これだけは食べたらいかん死ぬぞなんて、教えないで、その木を二人のいかない場所に 神様が隠しといて下さればよかったのにと思う。そうすれば蛇にだまされることもなかったしね。 しかしそれでは子供は生まれないしね。間違いなければ。だまされなければ。
幼稚園の時、先生は部屋で大人しく待っていなさいよ、とおっしゃったのかしれないが、先生がおられなくなった。それでみんなはどうしたのかのぞいてみると、先生たちは記念撮影中だった。 それを見に行った友達の流れにぼやっとついて行ったら、叱られて園庭3周走らされ転んで泣いた。何とも情けない頼りないやつだ。しかし結局先生たちの都合。罰として走らされたのではランニングは好きにならない。 でも手を貸して起こしてくれた女の子があったから、私はラッキーだったかな。走らされたのは全員だったし。
たとえば五戒を守っていれば災難に遭わないのか? そんなこともない。 何があるかわからないですよね。 マイウェイを歌わないでくれと言われた。 思い通りにはいかない。
十戒は何でしたっけ?
仏教の沙弥の十戒というのも考えさせられる。 音楽鑑賞もいけないらしい。 1日2食と決まっている。しかも菜食でしょうね。 即身成仏を願って死んでも腐らない身体にするには誠にもって長きに渡ってそれなりの生活ということだが、一人ではなく、墓に篭ってから鈴を鳴らして外の人に生きていることを伝えながら生き絶えるというではないか。野生動物が木の皮を剥いで食べたりするかもしれないが。 しかし誰にも気付かれずに何年もたってから見つかるかもしれないより、仲間に見守られていくのもいいのかな。 全く人生はわからない。今の所1日何も食べないことはなく、一二食は食べている。 以前犬の餌は夕飯後の味噌汁ご飯だったが、この頃私はドッグフードをかじってみることがある。もし薄味が健康食ならばドッグフードは悪くないではないか。クッキーより 素朴な味だ。
偽証してはならないというのはモーゼの十戒か。
昔の教科書で、戦前貧困のために口減らしというのがあったって書かれていたけど、 あまり変わってないんだな。現代日本にも餓死する母娘がある。 東京大空襲三月十日調べたら、母の実家のあたりもやられてる。 勤めていた職場から家までみな焼けて家が一軒もなかったと言っていた。 祖母と叔父たちは疎開していたが、私の母は祖父と共に東京に居たらしい。 遺体の山も沢山見たか。銃弾が貫通した義兄のヘルメットも。 私が小学生の頃よく母と私のところへにこやかなものみの塔の布教の人がよく訪ねてこられた。そういうこともそんなに変わってないな。あの頃父は単身赴任。
聖徳太子とマホメットって同じ時代に生きた人なんだな。聖徳太子には4人の女性と子女がある。 イエスはそれよりも前だから、ナザレのイエスのように馬小屋に生まれた厩戸皇子は 博識だったろうから厩で生まれたことが誇りだったろうな。
母は娘時代B29が珍しく撃ち落とされると大喜びしたというのに、私が英米文学なんて 心配するしかなかったか。
母はフランス人の奥さんとは昼間招かれて一緒にお茶を飲んだりしたようだ。 日本の華道を習っている人だったから、それが日本的でなくても憎めなかったろう。 だから娘さんたちも私と遊んでくれたんだ。 私が彼女たちのようにもっと元気で生き生きした少女だったらもっと友情も発展したと思うのだか、何故私は彼女たちを家に呼ぶことを思いつかなかったのだろう? 私にも姉や妹がいたり、あるいは母がもっと茶の間に彼女たちのお母様を気軽に引き入れていれば、私ももっと親しくなれたのではと思う。フランス革命を舞台にした漫画に夢中になったりしたのだから。
正直私は山本五十六はタイプではない。しかし、なかなか自分の限界を越えるのは容易でない。鼠が猫に噛みついても勝てないよ。
きが強くなるのは無理かなー
きっと私はここから出られないんだろうな。
プールか。 子供が小さい頃行ったことあったな。
距離というのは物理的な距離もありますが、心の距離も、近づいたり遠くなったりする。 それはそれぞれの意志だけでなく、色々な理由があるような気がします。
週に5日出た。
知らないうちに刻まれた思い込みから解放されるのは難しい。 先入観や偏見は持ちたくないのに。
自信?
だめなものはだめなんだ。
もう終わってるんだ。
思い出した。にいむられいこさんだ。ど忘れ。
過去日記の誤字を直したいのだが。
ふう、何とか。
ひとつは。
シチューをご飯にかけるかわけるか調べている人があったが、私はかける時もあるし わける時もある。
今日土曜日か。 可燃ごみ出すの忘れた。
人生の皮肉かな
脳卒中にはなりたいわけでもないのに
なんでこうなるの、という感じ
私予知能力ないし
歎異抄を思い出した。
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