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しかし人の判断力って本当にいい加減なものだな。
金婚式か。
すごいなあ。
そういえば、あのお夫婦も、以前金婚式だということでしたが、あれはいつのことだったでしょうか。私はダイヤモンド婚式まであげて欲しいなんて あの娘に言ってしまったけれど。
ところで、うちは、何年目なのかしら。銀を目指すというところかな。 さて、どうやって数えたらわかるかしら。
舅の喜寿のお祝いもしていないです。
あの人があんな風になってしまったのも、仕方がないのかな。
私に掃き集めた落ち葉で焼き芋を焼いて見せてくれたのは、あの人だけなのに。
肉じゃがの材料があるなと思って肉じゃがのレシピを検索したら、お袋の味の一位は肉じゃが、なんていうニュースが出る。なんだかうんざり。
せっかく剥いた玉葱も洗ったジャガイモも、触りたくなくなる。
夢って何だろう?
私は何を悲しんでいるんだろう?
この世で理解しあうのは不可能なのか?
今日は街に出ました。
付き合ってくださる方があったので、割合安心して元気にいって帰ってこられました。
私的には、有意義な一日だったんじゃないかな。
住宅地の中を歩いていて、自分はどんな造りの家が好きだろうかと考えた。
子供の頃住んでいた家は父がすっかり違った建物に変えてしまった。新しく建てられた建物には、母がいない。父もいないから、もう私の家のようには感じられない。
思えば夫の子供の頃住んでいた家も今はなく、その後建てられた家も流されたが、私は彼が子供の頃に住んでいた家をおぼろげながら憶えている。
夫は私の父が建て替えた家で私と初めて会ったから、私の子供の頃の瓦葺きの家も、私の母も知らない。母が亡くなってもう四半世紀過ぎた。
で、なんだ。今どんな造りの家に惹かれるかというと、父方の祖母や伯母が住んでいた瓦葺きの家と、それを母がリフォームしたもの。母のリフォームは第一期と第二期とあって、最初にリフォームしたのは裏側だっただろうか。
それで、地味な瓦葺きの家を見ると、子供の頃の家が思い出されるのだが、過去を追ってはいけないだろうか。
リフォームの間、銭湯に通ったのは、子供にとっては楽しいものだった。 しかし母は銭湯で色々神経を使った。
書ききれないさまざまなことが思い出される。
思えば祖母が倒れた時、あの家には、女性ばかり住んでいた。伯母と従姉妹姉妹と。ほかにも。
伯母は木が鬱蒼と茂ってしまった奥で、木の箱に花柄などの彫刻に丁寧に色を塗ったりして暮らしていた。猫と共に。
祖父は長兄が生まれた時にはまだこの世の人だったようだが。
嬉しかったことなどを書きたいと思っていた。
でも、診断は、お悩み日記をかいてみたらどうかというもの。
既に書いていたかな。
今朝はそれでも体調がいい方。
いろいろ感心しないところは相変わらずあるのだけれど。
まだ道は遠いのだけれど。
ましになっているところもあるんですけどね〜
だめかな。。
コスモス。百日紅。
夜欠伸が出るのはいいことかな。おやすみなさい。
あんなに頑張ったんだから、眠り病になったって別に罰は当たらない。 夢は実現するものとかという励ましがあるけれども、ただ、ただ、眠って夢を見たい。
私がパソコン通信を始めたのはいつの頃だっただろう。
大学の卒論はタイプライターで打っていたし、兄たちが、娘の父親も、 パソコンを使っていても、私はあまり関心を持っていなかった。
彼が、時々口にしたことで、はぁ??と私が理解できなかった決め付けを、今は、少し理解できるかな、と思う。 今朝は6時に目が覚めたが。
娘がお腹にいる時、毎朝6時にお経をあげていませんでしたっけ。お茶の用意をしましたっけ。お経をあげながら、こっくりこっくり居眠りしたこともあったような。
それにしても欠伸が出ます。
私はやっぱり変人かな。眠い。
美濃部さんや鈴木さん好きだったなあ。
いもとあやこさん、大好きだけど、体に気をつけてがんばってほしい。。 女の子だもの。いや、男の子は気をつけなくていいというわけじゃないけど。
消防士になろうというようなきとくなひとが酷い目に遭うのもまったく納得がいかない。
今日は点滴の日。今晩は眠れなかったな。これから朝だというのにこれから眠くなるか?
治療したらかなり回復してきたかも。
私ももっといい緊張感を持って生活したい。
もう10月か。
衣類の整理をせねば。
***
ためいき。
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