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もう二月も終わりか。
日本人の心ってどういうものだろう?やまとなでしこって?
もし私が習った小原流の生け花の心を会得しているなら、自信もあるだろうけれど、会得したとはとても思えない。
乗馬教室でも指導者なしで馬を乗りこなしたりできなかったぜ。
茶道の心を会得しているとも思えないな。和菓子を頂いたのを覚えているだけ。
着付け教室もしんどかった。それでちっとも一人で着物を着られるようにはなっていない。着物のたたみ方を復習した程度かな?
料理教室で会得したのは何?
パン教室では体調不良で遅刻してぼやっとしていて貪欲に作り方を追求できなかったし、そのくせ出来上がったパンは美味しく頂いたけど。でもブラバ!とかトレビアン!とか豊かなボディランゲージで感動を表現したりするのは苦手だ。
感情がないということはない。人の言葉が胸にきたりお腹にきたり子宮にきたりすることもあるし、言い訳したくても言えなかったりしたこともあるぜ。
娘のおばあさまに教えて頂いたのは、調味料は何グラムと計ったりしない。自分の舌で味を見るっていうこと。兄嫁のおかあさんの天ぷらもとっても美味しかったんだけれど、娘のおばあさまの天ぷらはまた違った意味ですごいと思った。ああ、たけのこ寿司。山椒の佃煮。蟹の味噌汁子供の頃食べたことなかったと思う。 私の茹でたほうれん草の搾り方は今ひとつだった。 今私は息子の雑巾の絞り方が甘く感じられる。 すき焼きの長ネギ、青いところもざくざくいれてしまって構わない。
息子に料理をどうしたらいいかと聞かれても、自分で研究しろと言ってしまう。料理人の弟子は優しい言葉で手取り足取り教えてもらえるかと。
マルコポーロは日本まではきていなかったんだな。知らなかった。 鎌倉幕府の頃モンゴルが日本に来ようとした時台風があったらしいけど。 今では朝青龍が日本の相撲の横綱ではないか。 マルコポーロの東方見聞録では日本は優雅な人々ということになっているのか?どこに黄金があるのかと思うが、イエメンの青年は日本の文化水準は 高いと言っていた。本当か?
府中の競馬場で食べたモツなべ。
ふるさと村の柔らかい村上牛の入った熱い味噌汁。晴天で雪が舞う日。
ミラノ風リゾットはサフラン入り?父がサフランで作ろうとしたのは ブイヤベースだった。
本居宣長はあかきこころとかおっしゃってました?
赤と白。
スタンダールの赤と黒が何かも知らないし。
緑と青の違いは?
私はナイフとフォークでかちゃかちゃ音立てると思う。
パスタを召し上がっていた時の先輩の巧みさをつい見入ってしまった。
どうしたって駄目なのにな。
何が駄目なんだろう?
昨日は夕方から今朝まで15時間くらい寝てしまって、ご飯でも何でも起きられなかった。 どう考えても元気とは思えない。でも不眠症とも言えない。もし毎日7、8時間夜睡眠を取りたいとすると、睡眠障害ではあるのかな。 今日はごみ出せなかったけど。又来週。 こんなんで行けるのだろうか。
中学卒業したら働いたっていいんだよね、と子供に言ったら、馬鹿、中卒で生きていけるわけないだろ、と旦那さんは真顔で言った。 中学は義務教育。それを卒業しても生きていけないんだろうか? 社会に出て、大卒とか学校でのお勉強なんて全然実践では役に立たないってことはよく聞くお話でしたよね。人生は一生勉強か修行みたいなもんだって。だって実際援助なしで自分で働きながら勉強なんてよっぽど偉くなければ無理。夢がなければ生活に疲れて勉強の方が挫折することもあるんじゃないかと思う。そして誘惑は沢山あるし。 松下幸之助さんは丁稚奉公だったじゃないですか。学歴では中学卒業くらいでしょう?まあ農家出身は貧しいとは言えないな。故郷に土地があるのは豊かだ。苦労人かもしれないけど、体が弱くても短命じゃなかった。中卒だから生きていけないっていうことはないと思うけど。 でもお父さんは別に中卒の人を馬鹿にしているわけではない。お父さん自身の大変さがほとばしり出た言葉だったんだと思う。もっと勉強しておけばよかったとか思うことがあるのかな? あるいは松下幸之助さんの偉さが際立ったということはそれだけ彼のようになることが奇跡的なことでもあるか。 ハングリー精神が人を大きくしたりするよね。 でも今先が見えなくても構わない。
小さなことに拘らないで。
いろいろな道があるんだから。
何が幸せか本当にわからない。母は私が文通とか始めた時怖がっていた。
母が兄嫁などを前にしてこの子は自殺するんじゃないか心配で仕方がないのと口にした時私は驚いた。そしてそんな心配をかけてはいけないんだと思った。私は日記にそんなことを書いていたのだ。あれは中学か高校の時だっただろうか。
何かに夢中になっているクラスメイトは輝いて見えた。好きな歌手の話をする人、男子バレー部のマネージャーになりたいんだけど恥ずかしくて言いに行けないという女の子について入部希望を言ったりした。バレーに頑張る男子に対する情熱を私はそのこほど持っていなかったけど。だからと言って 私が情熱を秘めていないわけではない。
でも私も頑張る人は嫌いじゃないのだ。娘のお父さんとだって兄の友達だったから結婚したわけじゃない。
人を信頼し好きになる場面がある。会えなくなってもその場面が思い出される。
いろいろな人の輝きが。
結構アナログ。
だけどどうして私は乗馬の練習に行けなくなったんだろうか。犬の出産のせい?違うね。ほっといたって子犬は生まれてきたんだ。 つかまるところが千切れて怖くなったから? 馬に嫌われたと思ったから?落馬が怖くなったから?落馬しても構わずに チャレンジしていた人見てたじゃない?たいしたものだなあと思ったな。 私も馬と呼吸を合わせていきたいと思った。
失敗を恐れないで。
日本語の先生になってと言われたりしたけれど、さて教えるということは 難しい。
丁稚奉公でも何か言われてその通りにするというよりは、師匠や先輩を見ていて、いろいろ叱られて、その中から自分に湧いてくるものを育てていく んだろうと想像するけど。
久しぶりに乗馬教室に通っていた頃のブログを見て、うひゃあ私こんなんだったのね、と思い出した。
こんなん、ってどんなんだったか自分を客観視できるものかわからないけど。
そういえば、旦那さんのお土産は、フランスの有名らしい競馬場のバッグだったのだ。
ま、まさか、私はギャンブルなんて一回しかしたことないわ、って嘘? 私は安全指向の人なの。
でも乗馬していた人たちもみんな優しくて安全第一の人たちだ。
私ってじゃじゃ馬?まさか〜こんなにおしとやかで大人しいのにぃ。。というつもりは自己認識に欠けていたかな。
思えば私の母は助手席に乗った父がはらはらするようなドライバーだったようだ。
しかし私はまだ助けてくれる人なしに馬に乗って駆け足ができない。ゴールドコーストのヒロイン(アーまたなんだって物騒な物語を思い出してしまった)は一人で馬に乗れる。馬でのびのびと草原を駆ける夢。馬上のイナバウアーは気持ちよかった。
あのお馬さんたちにまた会いに行こうかな。見学だけでも。ちゃんといけるだろうか?
ドラマやバラエティ番組を見ていても、同じものを見てもその時々で感じ方が違う。重い気分に囚われてまったく話を把握できない時と、キャラや筋をよく味わえる時と。
ところで、主人の実家に遊びに行った時に、私はこんこんと眠ってしまったりしたのだった。イタリアの友達の家で一週間どこにも出ずにごろごろ寝てばかりいたら、がっかりされるかしら?この辺の危惧も払拭したい。よく話しておこう。食事、この頃は、美味しそうと思ってもすぐお腹一杯で残して息子に食べてもらったりしてる。美味しくないのかとか悩まれると困るな。 まあ逆に考えれば、人が自分のうちでぼやっと仏頂面していても、それは別に自分に対する不満というわけではないのだ、ということも言えるかな。 行けば行ったで結構楽しいんだよ、と旦那さんは言うが。旦那さんの仏独旅行は、普段のように働かずにご馳走攻めなので参ったところもあったらしい。旅行ってそうね。でも、なかなかいい表情の人々の写真が残っている。 それにしてもこの頃日本語の達者な外国人が多いかな。私は違う国の人と 母国語同士ではなくて英語で話すのが一番好きだ。お互いに田舎ものっぽい 雰囲気になってお互いに母国語でないほうがフェアで朴訥としてスローになるところがほっとするのだ。でもやっぱりお互いの母国語も知りたいしとなると際限なくいつまでたっても知らないことばっかり。多少誤解があっても生きているうちはイメージを膨らませるのは楽しみだと思う。 思えば、卒業してから同窓会的に中学の同級生男女二人ずつでドライブした時に、体調が悪くて楽しそうにできなかったので、もう絶対さそわねえよ!と怒られちゃった失敗もあるんだけど。そう、うちの旦那さんも新婚旅行の時バスの中で他のカップルは盛り上がっているのに私はぐうぐう寝ていてつまらなかったと言ってたっけ。この辺の心配もちゃんと話しておかないと。
ちいさなちいさなわたしのこころ。視力も聴力も体力も判断力もあぶないなあと思いつつ。
夢もバランス感覚も飲み込まれてしまうのではないかと、身を固くするのは、でも私はかわいいもんだと思う。
なるようにしかならずできるようにしかできないけれど、だからといって卑下しないで上を向いていきたい。
ちょっとうっとうしいいけど、こんなふうにぺらぺらとモレ出てくる私のつたない自己防衛本能の内側にも、悪くないものはあると。
器用でないものにも、誰にでもそれなりの幸いを抱きしめられることを願う。
母はこんな時どうだったのだろうか、おばあちゃんたちは、と尋ねたくなる。確かに親孝行したい時に親はない、あるうちはすねをかじろうとすることしかできなかった。みんないろいろなことを乗り越えてきたに違いないけど、結局母の人生は母自身が背負うものを背負ってきたのであり、私はまた彼女とは違った自分の負うべきものを負って何かが引き継がれていくんじゃないかと思う。
今日一日が昨日になり。砂浜にかききえていくような足跡でも。
自分はこれだけのものなのだろうか。まだ使いようはでてこないだろうかと自問する。私が捨てようにも捨てざるを得ない他愛ないものからちょっぴりあくは出てきても、私が望むようなものではなくても、人がそれから必要なものを取っていってくれることを期待する。
何をいってるんだか。
人をがっくりさせるようなことはしたくないけどな。見せたくないことでも自分の中にあるものはにじみ出てしまうだろう。でも子供にはそれを消化していく力があると。
どうしようもない。誰でも通る道なんだろうな。ガードの甘くない人ってあるの?
そうだ。自分の気持ちについてでもいいけど。
今朝食べたもの。とかそういうことで。
もやしとにらとひき肉のあんかけごはん。んまい。
タンポポの種がふわふわどこに飛んでいくのかタンポポの種自身わからないだろう。風に吹かれて落ちたところで水や養分を吸って芽を出すのかな。
テレビや映画で役者さんが馬に乗っていたりするの当然のように疑問も持たずに見ていたけれど、あれってすごいなあと今更のように思う。
中学生の息子が寝物語に何年も前に買ってほとんど活用されていない幼児のためのお弁当のレシピの本を読んで欲しいと言うので読んでいる。うーん。従姉妹が息子さんのお弁当作りとパートといろいろ頑張っているのに引いていた。が、しかしレシピを音読して読むだけでもお経を唱えるくらいの功徳がある。
もう一つは英語学習のサイトのゲーム。雨だれがぽたんぽたんと落ちてきたのを選別するだけのことなのだが、私の脳味噌はこの刺激を喜んだ。
元気でやってる?機嫌ようしてはりますか?ごきげんよう。っていう挨拶もあったな。あら、元気よ。あなたは?っていつも笑顔で。お陰さまでなんとか。言葉を習う時、 快活にファインサンキューアンドユー?いいお天気ですね、といったかんじでいくことを夢見ている。初心。駄目で元々。
過去か。どんな過去?どの過去?後悔は先に立たず振り返らずにって言われるかと思ったら、過去捨てなくていいのね。忘れろというのではなくて っておっぴいさんは語った。兄は忘れた方がいいんだよって言ったことあるけど。だって捨てられない。手紙も写真も捨てられない。
I was born in Niigata.過去形。I live in Niigata.現在形。 新潟に来てからうちの人はみな太っってしまいました。いいことですよ。 羨ましい限りです。羨ましい?
そうだ。蓮の花。見に行ってないな。
ところで人に尽くすって。どういうこと?恩徳は身を粉にしても報ずべし。骨を砕きても謝すべし。わたしはどうするのが尽くすっていうこと? 尽くしてないの?ああもうひとまずねる。
普通って何だろう?息子に普通にしてよ普通に!って怒る時、私 は何が普通だと思っているのだろう。
らく 楽
ease; comfort; relief; 《興行の最後の日》the last day of a public performance. ・〜な 《容易な》easy ((task)); 《安楽な》comfortable ((chair)). ・〜に 《容易に》easily; with ease; without difficulty; 《安楽に》((travel)) comfortably. ・〜に暮らす live in comfort; be well off. ・〜になる 《気が》feel relieved [relief]; 《生計が》be better off. ・〜にする make oneself at home [comfortable]; relax. ・この薬をのむと〜になる This medicine will bring you relief [ease your pain].
・〜あれば苦あり Where there is joy, there is also sorrow. ・〜は苦の種,苦は楽の種 Sorrow follows joy, joy follows sorrow.
主人の祖母のお誕生日だなあと思いながら、主人にパスポートセンターに 連れていってもらった。これ一人でバスで行ったら大変な遠足なのですごく 助かる。
いいのかしら?と思いつつ。楽。
がん検診の結果は異常なしだった。何だか真空状態のように気が向いたことしかしないが、何もしないというわけでもない。皿洗ったり洗濯物干したりはする。子供にも無関心というわけではないが。
旦那さんはだいぶおなかがでてきてやばいやばいと言っている。 私もやばいと思っているが、旦那さんほどではないかな。
ん?人を箱に入れる?
それにしても。
過去と現在完了が曖昧。過去は過ぎたこと。人生はまだ終わっていない。今できることは何か。甥っ子に言われたように、投げやりになっちゃ駄目。いつどこで誰が何をどのようにどうしたのか。どうしたいのか。私の大事なものは何か。
そういえば、去年競馬場の乗馬教室に行こうとしていた時も、地図も作って万全と思っても、最初は目的地にたどり着かなかった。
昨日はデパートが休日なんて考え付かなかったし。
無理かな、と思っても、行こうとしてしまうのだが。
新潟に来なければオペラのDVDを買ったりはしなかったと思う。私の心臓はバッハのメヌエットだ。イタリア語で唸るようなオペラなんて体内エネルギー的についていけないさ、と思う。第九は歌ったことあるけど、ほとんど忘れてるさ。それなのに、ここで冬の間椿の花が咲いているのを眺めているうちに、買ってしまったんさ。椿姫を。ああ、わからない。 だが、そのイタリア語つきのオペラを聴こうとしても、パソコンにDVDが入れられない。何故だろう。DVDプレーヤーに入れてみても、それをテレビでどうやって聴けるのかわからないのだ。
第九もものすごく間違えて覚えているし。
Komponisten: Beethoven, Ludwig van: Texte: Ode "An die Freude"
Ode "An die Freude"
Finale der Symphonie No. 9, Text: Friedrich Schiller
Freunde, nicht dieser Töne! Sondern lasst uns angenehmere anstimmen, und freudenvollere!
Freude, Schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium, Wir betreten feuer-trunken, Himmlische, dein Heiligtum!
Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt; Alle Menschen werden Brüder, Wo dein sanfter Flügel weilt.
Wem der grosse Wurf gelungen, Eines Freundes Freund zu sein, Wer ein holdes Weib errungen, Mische seinen Jubel ein!
Ja, wer auch nur eine Seele Sein nennt auf dem Erdenrund! Und wer's nie gekonnt, der stehle Weinend sich aus diesem Bund!
Freude trinken alle Wesen An den Brüsten der Natur; Alle Guten, alle Bösen Folgen ihrer Rosenspur.
Küsse gab sie uns und Reben, Einen Freund, geprüft im Tod; Wollust ward dem Wurm gegeben, Und der Cherub steht vor Gott.
Froh, wie seine Sonnen fliegen Durch des Himmels Prächt'gen Plan, Laufet, Brüder, eure Bahn, Freudig, wie ein Held zum Siegen.
Freude, schöner Götterfunken, Tochter aus Elysium, Wir betreten feuer-trunken, Himmlische, dein Heiligtum!
Deine Zauber binden wieder, Was die Mode streng geteilt; Alle Menschen werden Brüder, Wo dein sanfter Flügel weilt.
Seid umschlungen, Millionen! Diesen Kuss der ganzen Welt! Brüder über'm Sternenzelt Muss ein lieber Vater wohnen.
Ihr stürzt nieder, Millionen? Ahnest du den Schöpfer, Welt? Such'ihn über'm Sternenzelt! Über Sternen muss er wohnen.
Komponisten: Beethoven, Ludwig van: Texte: Ode "An die Freude"
seine Zauberだと思っていたし。
((for an atmosphere to))become chilled; be chilled [spoiled]. ・座がしらけた A chill fell on the company. ・座を白けさせる人 a killjoy; a wet blanket 私って白けさせちゃう人かなあと思ったりもするが、白けさせちゃいけないっと努力していても無理が出てきたりするので、いいじゃないかしらけたって、ということでいこう。
鹿で評価せずに奈良で評価するか。
なら。
これなら大丈夫っていうものは?
あると思う。あなたなら大丈夫。
なんのこっちゃ。
ベーゴマってしたことないなあ。ゴムを飛んだり。だるまさんがころんだ。はないちもんめ。たかおに。かごめ。あれなんていうんだっけ。
それにしても毎月毎月どうしてこうも懲りもせず浮き沈む。
ところで、旦那さんが息子とのだめカンタービレをごっそりと買ってきた。
うーん、子供を生む機械発言等について
何だかこの頃何か書こうとしても慮って消してしまったりすることが多い。
私は10代の頃はねんねで結婚についても出産についてもほとんど深く考えたことがなかった。両親は結構時々激しく夫婦喧嘩もあったが、それでも私は、多分兄たちも、両親は年を経てもなお仲がよい方だと見なしていたし、 親の離婚等の心配をしたこともなかった。 友達と付き合う上で、結婚しなくても子供は生まれることがあるし、また親が離婚するという場合もあるということは知るようになったが、私自身は 今よりもずっとぬくぬくとした家庭の中にすっぽりと入ってのほほんとしていたし、本当に世間知らずだったのだ。ベルサイユのばらだとかそんな夢の世界で遊んでいた。 子供を生むことについては、実際結婚するまでほとんどわが事として想像したことはなかったが、兄たちに子供が生まれたりしたので、そんな風になっていくものだと漠然と他人事のように感じていた。 で、世襲制の家庭に嫁いだので、子供を生んでいいものだと思っていたし、その家庭の事情とかいろいろあったが、生まれた方がいいものだと思っていたし、オーケストラができるほど子供が欲しいなんておっしゃらないでというほど緊張はしていずに、祖父母のように沢山生みたいもんだと思っていた。 しかし、実際、出産は授かりものであって、思い通りにはいかない。自分自身の体力というものについてもよくわかっていなかったし、驚くことは山のようにあったのだ。だから期待されているカップルよりももう見捨てられたようなカップルの方が気が楽に励めるところもあったかと思うし、何かよんどころない事情みたいなものがそれぞれにあることを思うと、本当に一概に何も言えないような気がするが、つい口さがないことを言われてプレッシャーを感じるということも昔から枚挙に暇がなかった。乙女心嫁心を悩ませたこともあるし、今度は自分が口さがなくなりそうなこともよくあって困ったものだ。 昔は生めよ増やせよの時代だったから沢山生んで今悩みの種が尽きないと嘆く祖母もあるが、昔だってそんな人ばかりではなくて、欲しくても授からない場合もあったろうし、また欲しいと思ったわけでなくできてしまったこともあるだろうし、いろいろな事情があったことだろうと思うのだ。 とにかくなるようにしかならない、好きな人と一緒になるということもままならないこともよくあることだと思うので、私としては、もらってくれるというところ抵抗を感じなかったところにはありがたくいってできたらありがたく生ませてもらったというのがありていのところだが、さて、これから どうなることかと考えても一向にわからない。自分の場合はあまり考え込まないうちに飛び込めてラッキーだったかと思ったり、暗雲に閉ざされて結婚を承諾したのがいけなかっただろうかと思ったり、その時によって勝手に感じてしまうのだ。
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