taidanarunichijyou
見てみますか?

2010年08月30日(月) 7月8月そして

お昼と夕方の食事に間に合うように
「何か食べたい物は無いか」と、毎日聞く私たちに
おばあちゃんもその質問には飽き飽きといった様子。

段々、食事の量も増えて来て
私が通い出して2週間もした頃には
私の知ってるおばあちゃんの顔になり
一ヶ月経った頃には、リハビリ病院に移るまでに
なりました。

入院はいろんな人に秘密にしてあり
病気の事も本人に告知していたかどうかは
私は知りません。

このままよくなるんじゃないの?
本当にそう錯覚させるくらい
見た目は回復してきました。

そんな時、私に某チケット会社からの
面接のお知らせが届き東京へ戻る事に。
後ろ髪を引かれつつも
地元で誰にも会わず、病院と家の往復の生活に
少々あき始めていた私に、おばあちゃんは
「東京に帰りなさい」
そういわれ、7月頭帰京して、面接受けて、
無事に落ちて
自分の誕生日を迎え

8月のお盆の頃、おばあちゃんが一時帰宅するという
メールが来て、安心していました。

やはり東京での生活は楽しく、
看病は実家の家族に任せっきりにしていました。

8月の終わり頃、退院するかもとメールが来て
それじゃあ、家で色々介護しないといけないから
またうさぎを連れて帰ろうかな、とゆっくり支度をしていたら
台風が来たり何だで
結局9月の頭に、また福岡に帰る事になったのです。


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すみれ