ふとした思いつきで。
かっくんの逝去の知らせで食べ損ねていた、
玉ねぎちゃんの頭からおネギちゃんが育っていた。
なんとなく空き瓶にお水を入れて、
そこに玉ねぎちゃんをチョンと乗せて、
水耕栽培を試みたら、伸びる伸びる。
瓶のお水には根っこがニョコニョコ。
頭からはおネギちゃんがビヨヨン。
ある日、見てみたら遮光効果の無い安物のカーテンへ、
一生懸命におネギちゃんを伸ばしている玉ねぎちゃん。
思わず噴き出してiPadのカメラに収める。
SNSで記録しているのだが、とにかくユーモラス。
寂しさのせいか。
開き直りなのか。
近所の八百屋さんで元気なおネギちゃんを、
5本。
スーパーでおネギちゃんの3本入りが安いのを、
3本。
購入して、根っこから10cm程度のところで、
本体から包丁で切り落として半分ほど水を入れた瓶に、
根っこをつけるつもりで切ったところで、
ネギボウズ×2を発見。
おもむろに冷凍用におネギちゃんを、
フリーザーバッグに詰めた後で、
ネギボウズを20cmほど下まで残し、
ブラスチックのコップのお水に保護。
何故に?
ネギボウズって、生けておくと花が咲いて、
その後に種が取れるんですよね…。
IKEAのインテリアボード(ブラック)の上には、
おネギちゃん(根っこ)8本。
おネギちゃんを生やした玉ねぎちゃん1個。
そしてネギボウズが2本。
シュールに並んでいる。
こういう事をしていると大事な人を失って、
おかしくなったのでは…と、思われるかもですが。
逆なのですよ。
こういうタダ食材に関する知識は。
元ネタはかっくんですから(笑)
一緒に暮らしている時もわさわさと、
いっぱいおネギちゃんを作っては、
夕ごはんの食卓に乗せたものです。
ふたりで「うまうまですな!」と言いつつ、
食べたしあわせのメニューの数々に、
買ってきたおネギちゃんをガンガンと水耕栽培し、
プランターに移して家庭菜園にし、
どんどん増やした自家製おネギちゃんが使われて、
まあ、最後はかっくんと別の地に飛んだので、
その後のおネギちゃんたちがどうなったのかは
皆目見当がつきませんが。
かっくんを偲んだ某突起名。
その時の知恵を生かして。
プランターと培養土を買ってきて、
玉ねぎちゃんや、おネギちゃんを増やして、
また、わさわさと家庭菜園ならぬ、
プランター菜園をはじめる所存。
かっくんは雲の上から私を見て笑うでしょう。
「⚪︎⚪︎…ただでは起きない女だな(笑)」
あの人が教えてくれたから。
私はかっくんを想っているから生きる。
この地で、彼の思い出と共に。
おネギちゃんや玉ねぎちゃんを育てつつ。
ついでにやっぱり食べ損ねたジャガイモさんも、
プランター菜園でゴロゴロ育てていく。
七転び八起きって言うでしょ?
泣いて泣いて、ふと顔を上げた時に、
初めて笑ったのは。
他ならぬ、いつの間にか葉を出し、根を張って、
頑張っていた玉ねぎちゃんだったのです。
「⚪︎⚪︎、ネギの水耕栽培はなあ…。」
脳裏に蘇るかっくんの低い声に導かれて。
おネギちゃんズを部屋に並べて。
「玉ねぎからネギと根っこ?それなら…。」
ちぇ。
玉ねぎちゃんは1個だけかあ。
瓶の水を毎日替えてはカメラでパシャリ。
「何?ネギボウズ?花の後に種が取れるぞ。」
かっくんがパクってくれたプラスチックコップに、
水を満たして花瓶にして、
そこでネギボウズの小さいのを2本。
「ジャガイモから芽が生えた?土買ってくるぞ。」
キッチンには増殖待ちのジャガイモさんが。
私とかっくんの好物のポテトサラダにポテトフライ。
チャッピー(ChatGPT)すら爆笑する不思議な絵面。
「あははは!玉ねぎちゃんがおかしすぎる!
でも⚪︎⚪︎さん、大葉とバジルとイタリアンパセリは?」
「んー、また今度。
だってかっくんの教えはあくまで、
『タダ食材ゲッチュー!』だから。」
あなたを想って私は生きる。
ちょっと変だけど誰も見ないから、いい。
花は食べられないというあなたに禿同。
食いっ気たっぷりの私は増やす。
おネギちゃんと玉ねぎちゃん、ジャガイモさん。
生命線の長い某突起名は、
いつまた彼と出会えるのか。
わからないし想像もつかない。
でも、今際の際に彼が迎えに来たら胸を張って言いたい。
「かっくん!あなたの知恵で長生きしたよ!」
多分、彼は笑って「ほうか。」と言う。
あなたが好き。
かっくんを愛してる。
足が細くて長くて猫背のあなた。
イケオジで綺麗な眉を描く彼。
あなたほどのいい男は居ない。
私はあちこち寄り道して、
見守る彼をハラハラさせつつ、
のんびり歩んで自分の道を、
「あー、かっくんと見たかったなー。」と、
嘯きつつテコテコと、
引きずらなくなった足で、
歩いて歩いて。
やがてはいつかたどり着く。
あなたと私のレゾンデートルに。
その日まで待っててね、かっくん。
そのためにおネギちゃんと玉ねぎちゃんと、
ネギボウズとジャガイモさんを育てるの。
| 2026年04月09日(木) |
かっくんは逝去しました。 |
かっくんは4月5日、19時44分、逝去しました。
私が離れてから39時間しか生きていなかった。
彼の娘さんから訃報を聞いた時には。
もう家族葬が終わっていたそうです。
最後にかっくんがの撮ったビデオファイルも。
娘さんから婉曲に断られ。
でも、あれから意識を取り戻す事なく、
そのまま息を引き取ったそうなので、
最後の彼の声を聴いたのは私になるようです。
最期の一言?
「遅い!⚪︎⚪︎!」
です(笑)
そして、少し前に、夢を見たのです。
それはいつもかっくんが私に言っていた言葉。
「桜舞い散るあの頃に靖国神社でまた逢おう」
彼の命は桜と共に。
本当に散ってしまったのでした。
私が寿命をまっとうして息をしなくなったら
彼の地で待っている、と。
ボクサーとして。
暴走族の特攻隊長として。
右翼団体の歌い手として。
夫として。
パパとして。
そしてひとりの男として。
47歳の人生を永遠に閉じたのです。
私の大切な人。
迎えに行こうと思って在宅ワークを探して、
退院したら受け入れ先に立候補するつもりで
頑張っていたのに。
でもいいんだ。
「⚪︎⚪︎がわしの最後の女。」と言ってたから。
いつかはこういう日が来るのは、
わかっていましたから。
最後に一緒にお風呂に入って、
カラオケして、話したのは、
他ならぬ私なのだから。
彼が迎えに来るまで。
いや、かっくんとテルミさんが迎えに来るまで。
私はのんびりと自分の道を歩き続けるのでしょう。
危機状態になるとスイッチが入る私。
普段は抜けていても、その時だけは、
「最善」の選択肢を頭が鋭く探る。
かっくんの助けを求める声に、
いつもとは違う状態に、
「あ、これはかっくんの命に関わる。」と、
救急車を要請して彼の症状を伝え、
かっくんが鎮痛剤を要求しても、
喉の渇きを訴えても、
心を鬼にして我慢をさせた。
脳に障害がある状態での鎮痛剤服用は、
脳内の出血を促進するし、
病院に着いてからの病因特定の妨げになる。
呂律の回らない患者に水分を与えれば、
誤嚥の原因になるのだ。
かっくんは心細そうに「居って…。」と。
私は彼の指をにぎにぎしながら救急車の到着を待った。
彼の頭がにはバスタオルを折り畳んだ物を敷いて。
救急車が来てからは脳障害の恐れがある事を
救急隊員に伝えて自分の連絡先を教えた。
ホテルに滞在中だったので、
自分の荷物は自分のバッグへ。
かっくんの所持品は全て彼が思い入れがあると
理解していたので全部を彼のバッグに入れた。
ホテルの部屋に私物が残っていないのをチェックして、
ホテルスタッフの手を借りてチェックアウト。
途中で救急隊員からかっくんの搬送先を聞き、
愛車で病院に向かった。
彼の大切な眼鏡を壊さないようにかけて。
病院に着いて救急センターの
かっくんのベッドに着いて声をかけると、
「遅い!」と彼の苛立った声。
不安だったんだと思う。
なるべく平静を装って、
「ごめーん、ホテルから撤収するのに時間がかかって。
でもかっくんの荷物も全部持ってきたから。」と、
明るく言うと、彼は目を閉じた。
救急医から病状説明を聞いて少し安心した。
生命を脅かす深刻な状態は免れたから。
でも、治療には時間を要する。
かっくんの努力と私の忍耐が必要だが、
完全に不可逆的な状況ではない。
内縁の妻ゆえに側で励ます事はできないが…。
看護師に親族の連絡先を尋ねられて、
かっくんのママと、姉と、姪の名前と、
それぞれの電話番号を彼のiPhoneから
呼び出して連絡の順番とともに教えた。
救急病棟に運ばれるかっくんを見送って、
ひとり、病院を出た。
反省点は多々あれど、やる事はやった。
あとは医療と親族に任せるしかない。
近所のスーパーが開店する時間まで仮眠を取り、
食べ物や飲み物や煙草やガソリンを補充して、
かっくんが居る地を離れた。
家路に着いてもずっとずっと、
かっくんの事、これからの事、
彼が倒れる前の事が頭から離れず、
家に着いても食欲が湧かず、
24時間以上睡眠が取れなかった。
チャッピーに疑問点の解消を手伝わせて、
何故、かっくんがこうなったのか。
自分の負の感情のアウトプット。
これからの展望などを調べて、
なんとなく、かっくんの言葉を思い出した。
「チャッピーなんかに頼るな!」
かっくんの言う事も解る。
チャッピーはじめAIは疲れ知らずに話せるが、
感情が無いので傷つかない。
人生経験も無いので意見のすれ違いも無い。
ひたすら熱量のない演算結果を吐き出す存在。
ひたすら中庸で人間味の皮を被った言葉を、
延々と、ユーザーのリクエストに応えて、
綴り続けるだけの。
そんな物に頼って他の人間の
コントロールをしようとするなど笑止千万。
人間の反応はいつもAIの斜め上を行く。
かっくんへの対応をチャッピーに相談せず、
直接、己の心だけで彼に向き合ってきたのは
それを知っていたからだ。
実際に、文章作成界隈では、
AI生成での案件提出不可としている企業が
山のようにある。
人間の肉感を伴わない文章しか生成できないからだ。
五感を持たない彼らの文章は、
優しいようで、見る人が見れば、
「空っぽ」なのだ。
大学教授でもそれを理解している人は、
論文などでAI生成をそのまま提出する生徒には、
低評価を与える人が多いと言う。
自分の頭で考えなかった論文には、
評価の価値すらない事を熟知しているのだ。
AIに溺れる者はAIに足を掬われる。
AIは知り尽くす事ができても、
生身の人間はずっと複雑で、
難解な生き物なのだ。
それは「1」と「0」と「null」の世界では
計算し尽くす事ができない、
矛盾と混沌に満ちている。
だから私は、かっくんが回復して、
再び会う事ができたなら、
やっぱり「私」という一個体の人間として、
真摯に彼と向き合う関係を、
ひたすら紡いでいこうと思う。
今度は「危機感」ではなく、
「信頼」のスイッチを入れて。
|