『人生、一度きりよ』

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七倉 薫 /MAIL


2003年08月27日(水) (やっぱ中休み)

健康診断が終わってから、すこし本屋をウロウロしていたら、不意に泣きたくなってきた。
泣いてもいいような気もしたけど、見た人が怖がると思い、やめといた。
あーなんでしょう、この情緒不安定な感じは。

まあ、いいや。

洋書バーゲンでドカ買いして帰ってきた。
今月30冊も買ってしまったが、まだ1冊も読み終わってないのよん。


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2003年08月26日(火) (またもや中休み)

あー、旅行の記録をちゃんと残しておきたいんだけど、
書き始めると長くなるから、明日にします(たぶん)。

で、どんどん忘れてっちゃうんだよ、きっと。

明日は健康診断です。
今日の夜になって、受診セットを初めて開いてみたら、大変だ!
検便キットが2つも!
2日分の便を採取すること!ナンテ書いてあるー。
だっ、だめです、つかムリです。

すでに敗北宣言。

あー家人のウ××入れていっちゃおうかなー。
犬並みに排便力旺盛なので。


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2003年08月20日(水) (中休み)またもや悪夢の話

おととい見た夢が、久々に非常にいやーんな感じの悪夢だったのですよ!

私は朽ち果てたマンションに、何かを探すために入った(何かは分からない)。
もう廃墟と化していたので、住民は誰もいなかった。

とても古いマンションで、とても奇妙な構造をしていた。部屋はすべて六畳ほどの正方形で窓はない。壁はモルタルであつく塗り込められていた。廊下はなく、部屋についている梯子で上下階と行き来をするようになっていた。

部屋はすべて四人部屋らしく、どの部屋も布団が4組敷かれていた。廃墟になって久しいため、どの部屋のどの布団もすえたような臭いが漂っていた。
そして4組の布団の上にはそれぞれ個別の電灯がついていた。よく和室にあるような、丸い蛍光灯のついた電灯が、ひとつの部屋に、4つ。

梯子はその電灯の場所にそれぞれ設置されていた。六畳の部屋に梯子が、4つ。
その梯子は薄いベニヤでできていて、年月にさらされ劣化していた。
私が何部屋か移動するうちに、ある部屋の梯子を踏み抜いてしまった。
どうしよう。梯子がないとこの部屋から出られない。
電灯に飛びついてみようか、とも思ったが、そのコードが切れたら本当に終わりだ。
背筋が寒くなった。
するとどこからか「アーメン、アーメン」という囁き声が。

驚いて飛び起きると、それは家人の寝息だった。
たまたまそう聞こえただけだったのだが、あまりのタイミングに恐ろしくなった。


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2003年08月17日(日) イタリア旅日記その4

ちなみに食事中は毎日新庄から「エロ」イタリア語講座を受けていた我々です。
「いちじく」とか「すずめ」とか、なんかいろいろヤバイ言葉みたいです。

8/5(火)
昨夜は早めに就寝したので、この日は目覚め爽快。朝食の時間までまだ間があったので、柿助と宿の周辺を散歩しました。
早速宿の主人に遭遇。「ベーネ?」と訊かれたので、意味はわからないけど「ベーネ!」と笑顔を返しておきました。すると主人は満足そうにうなずいて去っていきました。ヨカッタ。
枯れ草にカタツムリが群がっていたり、サボテンがにょきにょき伸びているのを眺めながら、宿の塀沿いに歩いているといちじくの木を発見!
柿助と含み笑いを浮かべつつ「いちじくだ」「いちじくだね」とうなずいていると、急に柿助が
「そういえば、私たち新庄からロクなイタリア語を教わってないよね。基本的なベーネも知らないんだから」と発言。
「そうだよね、いちじくなんて人前で使えない単語なんてどうでもいいのにね」と私も新庄を糾弾。
つか、不勉強な俺たちが悪いのですが、ハイ。
朝食の時間が近づいたので、部屋で一休み。で、新庄たちの部屋をノックしてみると、どうやら新庄はまだ寝ていた様子。とりあえずロッキーと我々3人で朝食へ向かう。
遅れること10分、新庄到着。また寝坊した彼女は、しきりと反省していた。そうだよ、そういえば昨夜、今日は早めにレッチェに向かうって決めてたんだよ!
朝食後、準備してすぐに出発。一路レッチェへ。
レッチェは古い教会や建物が並ぶプーリア州の観光スポットです。道行く人に「チェントロ・ヒストリコ」(直訳すると「歴史的な中心地」)はどこですかー、と新庄が訊きまくってくれました。
そこでぷらぷら歩きながらジェラートを食べ、ベネトン(向こうだと「ユニクロ」的な扱いなんだとか)で安いTシャツなどを購入し、教会を見学していると、ほぼ見終わったあたりで係員の男性に
「もう終わりの時間だから」と言われて退場。えー、なんでだろう? 時計を見るとまだ午後1時なのに???
と扉を見ると営業時間が書かれており、ナント午後1時〜午後5時まで昼休みだったのでした!
昼休みが4時間! これには在ミラノ2年以上の新庄たちも唖然。「南部は違うなあ」とつぶやいていました。ちなみにミラノに代表されるイタリア北部では、ショップの昼休みは2時間半程度で、オフィスは日本と同じく1時間のところも多い、ということでした。
さて、じゃあ昼食でも食べようか、とエノテカで買い物がてら美味しいリストランテを教えてもらい、またもやめちゃくちゃ食べました。海に近い町なので、生の魚介類が楽しめました。もちろんワインも飲んだよー。
しかしとにかく暑い!実は8月上旬のヨーロッパは熱波の影響でめちゃめちゃ暑かったのです。
でも私たちは南に来たせいかなー、とのんきに思ってました。
このまま散歩していても死にそうだ。かといってこのまま帰るわけに行かない。なんせ、さっき町歩きの途中で、昼休みが終了したらバーゲン中のホーガンにサンダルとバッグを買いに戻ろう、と女子3人で算段していたから。
とりあえず車に戻ると、駐禁切られてました・・・。うう、とうめきながら車を移動してから、たった1軒だけ開いていた近くのバールへ。そこでまたもやオレンジジュース。
ここで新庄のエロイタリア語トークが炸裂!
柿助と私もノリノリで話を盛り上げるなか、ひとり清純派のロッキーだけが沈黙を守る、という構図で1時間半が経過。レッチェまで来てなにしてんだ俺たち。
午後5時になったので、まずはコインというダイエーみたいなお店で涼みつつ食器など見て過ごし、ホーガンの開店を待ち、それから1時間くらいホーガンで買い物をしました。
ロッキー:サンダル1点
新庄  :サンダル1点、バッグ1点
柿助  :サンダル1点、スニーカー1点
トラ子 :バッグ1点
みんなお買い得でした。全員ホーガンのでっかい紙袋を持ってニコニコしながら車に戻ると、またもや駐禁のピンクの紙が・・・(泣く)。
帰りは海沿いの道をドライブ。途中、夕暮れの海岸で水遊び。何枚か写真を撮ったけど、帰国して現像してみると「青春!」という感じで、すごく良いできばえだった。
ようやく宿に帰り着き、今日は魚介類かなーわくわく、なんつってたら、またもや肉料理ですよ。うーん、こんなに海が近いのになぜ?
またもやエロ話で盛り上がっていると、宿の親父が写真を撮ってくれるという。われわれ4人の写真家と思いきや、親父ファミリーやその他の客も入ってきて、たちまち10人以上になった。
どうやら彼は私たちと一緒の写真が欲しかったようだ。
しかも、そのまま椅子を持ってきて歓談モードに突入した。親父曰く「日本人の客は初めてなんだよ」とのこと。どうやら物珍しかったらしい。話し込むこと1時間、仕事、年収などにも話は及んだ。
「そういえば、どうして海が近いのに食事に魚介類が出てこないの?」と新庄が訊くと、「だってうち、農家だから。うちで採れたものを食べて欲しいからね」との答え。ごもっともです、スイマセン。
もうこの宿とも今夜でお別れ、明日は海岸沿いのリゾートホテルに向かうんだなあ。

つづく


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2003年08月14日(木) イタリア旅日記その3

えっと、ミラノでは新庄の家に泊めてもらっていたのですが、我々が寝ていた部屋はもともと女中部屋だったそうです。
かならず台所経由でないとどこにも行けないように作られていたけど、後から誰かが壁を抜いてドアを付けたらしい。
でもそのドアはやたらに狭いので、体重80キロ以上の人はカニ歩き必至!

8/4(月)
朝9時頃に起きて、またもやロッキー&新庄をたたき起こし、またもやクロワッサンとヨーグルトで手早く朝食。
きょうは午前中はミラノのドゥオーモへ。ロッキーは家でお留守番、女子3人でのお出かけ。
地下鉄に乗って10分くらいだったような気が(すでに記憶がアイマイになってきた)。イタリアは地下鉄といえども冷房がない。ちょっとはあるらしいけど新庄は乗ったことが無いという。
だから人々の熱気がむんむんで、夕方になるとおのおのがたの体臭で気分が悪くなるらしいデス。
ドゥオーモの正面は改修中でした。とりあえず中に入る。
入り口には警備員が数人立っていて、キャミソールや短パンの観光客の入場を断っていた。わーお、まるでバリのお寺みたいです。
内部はすこし薄暗くひんやりしていた。広かった。ステンドグラスが壮麗だった。
その後外へ出て、屋根へ上った。いくばくか支払う(たぶん3ユーロちょっと)。階段でその値段。エレベータを使うと更に数ユーロかかる。
上からはミラノの町が一望できて楽しかった。変なレリーフの写真を撮った。ラブラブカップルがお互いの顔だけを見つめ合っているのを観察した。
あまりの暑さに近くのガレリアの中のファーストフード店(ピザの!)で、生絞りオレンジジュースを飲んだ。バッティングマシンのようなオレンジ投入口からごろごろとオレンジを3〜4個入れると、下から魔法のようにジュースだけが出てくる優れもの。イタリアではどこにいってもこの機械があった。その後いろんな町で発見するたびに飲んだ。2ユーロくらいだったかなあ。
しばらくそこで過ごした後、路面電車で戻ろうとしたけどなかなか来ないので、しかたなく地下鉄に乗る。やっぱ冷房車ではなかった。
スーパーに寄り道しておみやげ用の食材を買い込む。
パスタソース、バルサミコ酢、スタッフドオリーブ等ビン多数。それから塩、乾麺、リゾットの素など、つまり重いものばかり。
旅の最初からこんなものを買ってどうするつもりなのでしょうか、俺。
買い物終了と同時に新庄の携帯にロッキーからの「早く戻れ」コールが。
そう、これから我らは飛行機でブリンディシ空港(プーリア州ってつまりはかかとの部分ね)に向かうのであった。
スーパーのビニール袋が伸びるほどの荷物を抱え、新庄宅へ。
すぐさま購入品をパッキングし、タクシーに乗ってミラノの国内線の空港へ。
本屋でエロ雑誌を立ち読みしてバールでパサパサなパニーニを食べ、いざ飛行機に。1時間半ほどのフライトでブリンディシに到着。時刻は午後4時半だった。
空港でサッカー選手に出会ったが、誰だかわからなかった。周りの人がサインを求めていた。
予約していたレンタカー(日産のワゴン)に乗り、今夜の宿へ。
ちょっと道に迷い、6時頃に小さな町の教会の前で我々がミサをのぞき見している間に、新庄が近くの住民に道を聞き、30分後にようやく到着!
アグリ・ツーリズモといういわゆる農家が経営する民宿なのです。
宿主の赤ら顔のおっちゃんが出迎えてくれました。案内してもらったのは、白と水色のベッドカバーのかわゆいお部屋でした。
夕飯はプーリア州特産品のオレキエッテ(耳という意味のパスタ)やシシカバブのようなものなど全5皿くらい。もう食べられませーん状態まで食べました。もちろんワインもしこたま飲んださ。
とにかく疲れていたし眠かったので、今夜は早めに就寝。
明日はどこに行くんだっけ?

ちなみに私が毎晩ベッドでのびてる間に、柿助は持ってきた森博嗣の本を順調に読み進めていたようです。

つづく


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2003年08月12日(火) イタリア旅日記その2

あーリモンチェッロってのはレモン(イタリア語だとリモーネ)のリキュールです。
ウォッカみたいに冷凍庫に入れてとろっとさせて飲むとウマさ倍増です。

んで2日目

8/3(日)
柿助と私は10時半ごろ目覚めるもロッキーと新庄はまったく起きる気配ナシ。
たしか午後には出かけたいと言ってたよな。
30分ほど2人でTVを見ていたが、このまま夕方まで目覚めないんじゃないかと心配になり、たたき起こすことに。
クロワッサン、スムージー、ヨーグルト、フルーツの朝ご飯。イタリアのひとびとは朝はあんまり食べないんだとか。
身支度をして午後1時コモ湖に向けて車で出発。ロッキーと新庄のどちらが車を運転するかでしばし口論になる。まあまあ落ち着けよ新庄、どうでもいいけど「腹ただしい」じゃなくて「腹立たしい」だぞ。
新庄が運転することでなんとか決着。
到着。死ぬほど暑い!
すぐに発見したジェラート屋でアイスを購入。桃とピスタチオ。溶けだす前に急いで食す。
ロッキーは土産物屋でミニカー購入。我々はバールで水を購入。
湖まで歩いてからまた車まで戻る。
そのあとはぐねぐね道をロッキーが運転して×××というという場所へ向かう(地名を忘れた)。
そこのエノテカ(酒屋)で、食材を買ったり土産物屋でへんなオーナメントの写真を撮ったりした。現像したらピントボケボケだったけどさ。
ディナータイムまで間があったので、湖沿いのバールでグレープフルーツジュースを飲む。ロッキーは辛抱たまらずハムとチーズが挟まったトーストを注文。
唐突に新庄が「四文字熟語を2つ言え!」と言う。なんか心理テストらしいです。
なに言ったかな私。巧言令色だ! もういっこは何だっけ? 一網打尽は言ってないか。ぼんやりと女子3人で基礎化粧品について語る。イタリアは乾燥している!
ようやく店が開き、階段の途中のトラットリアでポルチーニ茸のパスタ等を食す。もちろんワインを飲んださ。リモンチェッロもね。でも前日飲み過ぎたのでちょっと控えめに。
帰りもまたぐねぐね道を通って帰る。酔いましたよ車に。
で、今日も午前様。午後1時に到着。
昨夜と同様に交代でお風呂に入る。バスタブはあるけど洗い場は狭い。洗い場って言うより、洗濯機置き場だろ、コレ。あー日本の風呂が恋しい。

明日は一路ブリンディシに飛びます。

つづく


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2003年08月10日(日) 旅行から帰ってきました(イタリア旅日記その1)

イタリアは暑かった!
えー、7泊9日のイタリア旅行は以下のような行程でした。

と、そのまえに今回いっしょに旅行した人物を紹介しておこう。
名前はすべてこの旅行中にお互いの親睦を深めるためにつけたアダ名です。

新庄  :私の大学時代の友人(女)。野球の新庄のような天然キャラ。在ミラノ2年。
ロッキー:新庄の夫。ロッキーの転勤がきっかけで2人はミラノに住むことになった。
柿助  :カキスケ。私の友人(女)。去年はパプアに住んでいた。新庄夫妻とはこの旅行が初対面。
トラ子 :私だ! 図らずもトラブルメイカーとなってしまった日があったから。  

8/2(土) 
柿助と二人で午後成田発。機内では各座席に個人用ゲームができるモニタがついていたので、
マリオなどやりまくる。もちろん一睡もせず。
イタリア時間の夕刻(日本時間の深夜)ミラノ着。新庄&ロッキー夫婦が車で空港まで迎えに来てくれた。
とにかく暑い。ミラノは緯度が高いせいか午後9時頃まで明るいので、時間の感覚がおかしくなりそう。
初対面同士が多いので、まだみんなよそよそしい。
唯一全員を知っている私も、ロッキーとは5年ぶりくらいに会ったので、
まずはお互い間合いを取りながら接する。
ミラノコレクションの会場を車窓から眺めつつ、ロッキーのアパートへ。
手みやげの納豆・しょうゆなどを渡し、落ち着いたところでミラノ市内のちょいオシャレなリストランテへ。
そこでロッキーの友人(在イタリア20年の男性・マルちゃん)と合流。
イタリアにまつわるバカ話に耳を傾けつつアンティパスト5皿、プリモ(パスタ)3皿、
セコンド(メイン)2皿、ドルチェ、エスプレッソなど食す。
ちなみにお酒は5人でワイン3本とリモンチェッロというアルコール度数35度の食後酒を飲みました。
消化を助けてくれるのだとか。
甘くてさわやかなんだけど、けっこうキツイ。
しかしそれ以降は毎食後に飲むことになるとは、このときは思ってなかった。
運河沿いのバールで更に1杯。
深夜3時ミラノのロッキー宅着。4時就寝。

次回へつづく。


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2003年08月01日(金) 旅行に行ってきます

ひさしぶりに楽しみな旅行です。
普段はじつは旅行嫌いなので、けっこう淡々としてるのですが、
今回はイタリア在住の友人といっしょにレンタカーで南イタリアを巡る旅なので、
とってもわくわくしています。
あー、こんなに楽しそうなのに、家人はひとりお留守番で残念です。
ひひひ。

ちゅうわけで、しばらく日記の更新はありません。

チャオ!


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七倉 薫 /MAIL

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