自言自語
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2001年09月22日(土) 月が一番近づいた夜

その日 月が一番近づいた。

 ユウコはユウキと二人で七月の満月を見つめていた。
 その日の月は、やけに大きく見えた。
 ユウキが言った。
 「きれいだね。」
 ユウキはどこにでもいる子供のように、まさに子供のように笑ってみせた。

 どこにでもある当り前の風景。
 それなのにユウコは溢れる涙を堪えることができなかった。
 涙を隠すために見上げた空には、やけに大きな月が見えた。



その日 月が一番近づいた。

 ナミは生まれたときから耳が聞こえなかった。だから言葉も話せなかった。
 マサルは静かに笑う可愛い娘をその腕に抱きながら、やけに輪郭のはっきりとした大きな満月を見上げていた。
 周りがやけに静かだからか、遠くを走る車の音がはっきり聞こえた。
 「ここも結構都会だな。」
 マサルがそう誰に話し掛けるでもなく独り言を呟いた瞬間、音が消えた。
 この世の全ての音が止まった。マサルは自分の耳がおかしくなったのかと思ったほどだった。
 しかし、そんな考えもすぐに間違いだと分かった。
 声(おと)が聞こえたのだ。
 「しずかだね。」
 自分の腕の中の娘の口から。

空にはやけに大きな月が見えた。



元ネタ:シオン「月が一番近づいた夜」


2001年09月11日(火)

タンポポの種は宙を舞い
僕の造った小さな庭に降り立った
一年目は一本の草
二年目は十本の花
三年目は百本の春になる

世の中はなんだか騒がしいけど
ここはこんなにも平和だ
こんなにも黄色だ
こんなにも緑だ
誰も知らないだろうけど
僕の造った小さな庭は
こんなにもキレイだ

十年後にはこの街が
百年後にはこの国が
千年後にはこの星も
きっとキレイになるだろう

タンポポの種は宙を舞い
僕の造った小さな庭から飛び立った


2001年09月04日(火) 運将

いつもと変わらない朝だった。相変わらず雨は降り続いていたし、クーラーの無い部屋の中では扇風機が「ぶぅー」と小さな音を立てて回っていた。
しかしお前は何故かぐったりとして、人目を逃れるように部屋の隅で転がっていた。

ずっと調子がオカシイのは分かっていた。
ずいぶんと元気が無かったし、食事の量も減っていた。
普段は買わないような、ちょっと高目のゴハンをあげたり、じゃらし棒を買ってきたり、「元気出してよー。」と語りかけてみたり、無理やり歩かせてみたりした。
でも僕に一体君の何が解っていたというのだろう?
せっかく買ってきた高価なゴハンも食べないから、他の奴にあげちゃったよ。奴ら嬉しそうにがっつきやがって、俺はお前に食べて欲しかったのに・・・
最終的にはペースト状のベビーフードを買ってきて、直接お前の口に注射器で流し込んだ。お前はいやいやしながらもしかたなくそれを飲み込んでいた。
今日の朝はあまりにも元気が無く、自分の力で立つことも出来ず、ただ転がっているだけのお前に、「ゴハン食べなきゃ駄目だよ。」ってやってぱり注射器でお前の口へ運んでやったのに、お前それを飲み込もうともせず、苦しそうな顔で口を真一文字に結んで拒んだ。それを見て俺初めてお前の死を感じたよ。「ああ、お前死ぬんだ。」って。だからすぐ病院へ連れてった。病院のおじさんはさぁ、「体温が平常時より四度くらい低いね。」「非常に危険な状態です。」ってお前に点滴を付けて、保温器の中にぶち込んだ。お前やっぱり力なくぐったりとして、手足を伸ばして転がっていた。「早ければ2,3日で良くなるかも知れないし、悪ければ、2,3日中に・・・」医者は言葉を濁した。
一週間前にびっこ引いてることを見つけたとき、やっぱり病院へ連れて行った。医者は「別に骨には異常がないから、」って注射打って、薬をくれた。あの時、もっと慎重に検査するべきだった。あの医者、いい加減ぽっかったから、もっと大きな病院へ連れてってレントゲンでも撮ってもらうべきだったんだ。ごめんね。ごめんね。お前は「にゃあ」と鳴いたし、トイレだって自分でいけたし、食事だって少ない割にはちゃんと食べていたから、まあ「暫らくしたら元気になるかな」って思ってたんだ。
俺にお前の何が分かるっていうんだ。何が欲しかったの?何がやりたかったの?「にゃあ」って何が伝えたかったの?
保温器の中は温かかった?ごめん、最後までキチント見届けてやれなくて、学校なんてサボっちまえば良かったんだ。やっぱりお前を抱いて帰って、俺の腕の中で眠らせてやれば良かった。一人で、一人で逝かせてごめんね。

夜、もう一度お前を見に行って「朝、猫を預けた者ですが。」と言うと病院のおばさんは「あっ」という顔をして口に手を当てた。「今から連絡の電話を入れようと思っていたのですが・・・」と、「さっき死にました。」
見る。保温室の中に横たわるお前。朝と同じ姿勢で横たわる。
嘘。運将。

「保温器の中から出してもいいですか?」「もう一回撫でてやりたいんですけど。」ってお前をその人工的な温室から出してもらった。撫でる。もう冷たくなっていた。保温器の中寒かったのかな?
おばちゃん、真黒いゴミ袋の中にお前を入れて、それをまたダンボールに入れて、ガムテープで封をした。
僕は、火葬をお願いしてお金払って病院を出た。
涙が溢れてきた。でも我慢した。まだ今から家に帰らなきゃいかん。家に帰ってから泣こう。
家に帰って枕に顔を伏せて泣いた。たくさん泣いた。申し訳なくて泣いた。悲しくて泣いた。寂しくて泣いた。
それからお前の写っているフイルムを現像しに行った。
さよなら運将。


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