2001年12月01日(土) |
ジョージハリスンの死 |
昨日の朝(日本時間)にジョージが亡くなった。 以前からガンに侵されているというのは聞いていましたが ついにといった感じです。 今年は僕の廻りで想い出の人が次々亡くなっています。
ビートルズでは最年少であまり表には出してもらえなかったが その後期には才能を開花させていきました。
"Something"の歌メロや間奏のギターフレーズなどは その集大成といえるものでしょう。
ジョージの作る曲というのは独特のコード進行があり すぐにわかります。
インド音楽をはじめいろいろな音楽を貪欲に 吸収していった成果でしょう。 歌詞の面においても独特の宗教感を持ったものがあります。
彼のスライドギターはメロディアスな素晴らしいものですが エリッククラプトンも「スライドギターのメロディアスな アプローチはジョージから影響を受けている」と 語っていました。
"Give Me Love"の間奏なんかはスライドギターのフレーズ、 トーンなど素晴らしいと思います。 ビートルズの"Free As A Bird"でも披露していました。 僅か5小節ですが心に残るフレーズを演奏していました。
1991年にはクラプトンと共に来日もしました。
何年か前にテレビでやったクラプトンとジョージの インタビュー番組で語っていましたが、 この公演は1974年のアメリカツアーの失敗にこりて あまりライブ活動をしなくなったジョージに クラプトンが勧めたものらしいです。
これでジョージはまたライブ活動をする自信がついた、と 語っていました。
今もレコーディング中でした。何ヶ月か前のインタビューで ジョージは、「僕はもう長くは生きられないけれども このレコーディングだけは済ませたいんだ。」 と語っていましたが、叶いませんでした。
本人も残念だったことでしょう。
ご冥福をお祈りします。
|