2006年09月18日(月) |
Factory65(樺地・跡部) |
困ったことがある。
跡部さんの天をつく髪はごわごわと硬い。毎朝きちんと上を向かせるために、ワックスだのなんだので塗り固めているからだ。
「髪が柔らかいからな」
そのせいで朝も遅くなった。迎えに行くとよく待たされる。
「だってこうでもしないと」
空に向かって伸びる髪を指でつつきながら跡部さんが言う。
「あたりまえになっちまうだろう」
あたりまえってなんですか、と聞くと、その辺の奴と同じような髪型になっちまうからと答える。
「宍戸とか短いし」
同じじゃないですよ、と言ったが、納得しない。
「なんで、お前、嫌なのか?」
頭を撫でる時ごわっとする、乱れると跡部さんは怒る、不便ですから、と言えば、だったら頭なんか撫でなきゃいーじゃんと言う。
「他のとこにすれば?」
と、言われたのでシャツの上から跡部さんの脇腹を撫で下ろすと、掌の下でぶるっと身体が震えた。
「お前なぁ、外じゃ、そういうことやめろよな」
跡部さんは頬をふくらます。他にも不便なことがあると俺は言う。
「なんだよ」
髪の間にキスをする時に髪の毛が目にささりそうで怖いし、なんかいろいろ頭につけてるのが身体に悪そうだと言った。そんなことしなきゃいーじゃんと返ってくる。
「だったら他のところにすれば?」
頬にキスすると、跡部さんはまたむすっと唇を曲げ、そこじゃねーだろうそこじゃ、と言った。硬く結ばれた唇をゆっくり口づけして解く。
「それも、外じゃ、だめ」
唇の脇に微笑をきざんでいるのに、跡部さんはきつい口調で言う。
早くこの髪が伸びればいいのにと天に向かう毛の先をつつくと、ふざけるなとものすごく怒られた。
困ったことだ。
メモ。まさにメモ。
2006年09月01日(金) |
Factory64(樺地・跡部/パラレル) |
「フローズンビーチ」
砂粒の一つ一つが白く反射し眩ゆく目を打つ。
人っ子一人いない砂浜に、黒いゴーグルを景吾は落した。
重苦しい黒い頭巾、足元まですっぽり覆うコートを脱ぎ捨てる。肌をひりひりさせる陽光が心地良い。
「おい」
砂に落とした衣類を拾い上げていた男が身を起こす。
「向こうに行ってていいぞ」
浜に建つ東屋を顎で指し示す。彼には美しいこの光もあいつらには毒だ。
「遠くには行かないから」
行けるわけがない。この真昼間に遮光着を身につけず歩いている者など一人もいない。それにやつらの鋭い嗅覚は、生温かい血と柔らかい肉の跡をたやすく辿るに違いない。
6つの誕生日、初めて外に出た時のことを思い出す。重苦しい遮光着は、彼は知らなかったが人の肉の臭いを消す装置まで組み込まれていたのに、はしゃぎすぎた彼が転び、血を流したことで無駄になった。
ちだ いきたちのにおいじゃないか ちのにおいがするぞ
白茶けた道を行き交う黒衣の人々が足を止め、獣のように鼻をならし、匂いの源を求めて叫びだす。呆然とする彼を力強い手が抱き上げた。
「大丈夫です」
男が厚い手袋をはめた手で彼の頭を撫でる。
ぼくなにかしたの、と聞いた気がする。
その頃はまだ何も知らなかったが、それでもこの騒ぎは自分のせいだとなんとなく分かった。男は首を振り、彼のずれたゴーグルを直すと、あやすように背中を軽く叩いた。
「このまま、しっかり掴まっていてください」
彼は男の黒衣を小さな手で握り締める。
「かばじも、はなさないでね」
自分を抱く腕にぎゅっと力がこもり、彼は安堵した。
あぁ、あの頃から口数が少なかったな、あいつは。
景吾は靴を脱ぎ、ジーンズの裾を捲り上げると、ひたひたと寄せる波間に足を進める。
泳ぐ事は許されなかった。
「なぜだ」
安全のため、と男が答える。
「海の中にもお前らのお仲間がいるのか」
嘲るように言っても男は顔色一つ変えない。
「俺が溺れ死ぬとでも思ってるのか、お前らは」
椅子を蹴るようにして彼は立ち上がる。
「馬鹿にするな。そんな無様な死に方を俺がするものか」
彼はシャツのボタンを外し、首筋をさらけだす。
「そんなに俺を死なせたくなかったら、噛み付けばいいだろう」
男は首を振り、彼から目を逸らす。
お前ら、いつまで俺を生かしておくつもりだ
景吾は心の内で叫ぶ。
たったひとりで
あいつらが本当は何を恐れているのか、景吾には分かっていた。
彼が死を選ぶこと。
世界に残された、最後の人間の子供が失われることだ。
男が彼に近づき、乱した襟元を整え、小さく震える肩に手を添えた。
「樺地」
彼は伸び上がり、唇を近づける。男はそれを避けなかった。ひんやりと冷たいキスに受け止められた。
砂浜に腰を下ろし、船影一つないきらきら光る海を景吾はぼんやり眺める。
風は凪ぎ、波の音以外、世界は凍りついたように静かで、ひしひしと孤独が押し寄せる。
今は「夏」らしい。夏になると人間は水辺に集まり、泳いだり、日を浴びたり、遊びを楽しんだらしい。でももうそんな存在は一人もいない。
「おまえらも、そういうことするの」
景吾は後ろを向く。大きな傘のようなものを手に持つ男が、首を傾ける。
「海で泳いだりするのか?」
浜辺にひらいた傘をつきさした男は頷き、陽が落ちてから、と呟く。
「お前も海に遊びに来た事がある?」
昔、と男が答える。
「小さな頃?」
男が頷く。それがどれほど前のことなのか検討もつかない。あいつらは景吾よりも成長するのがずっと遅い。小さな頃見上げるほど大きく見えた男に、身長こそ追いつかなかったが、見た目はそれほど変わらなくなった。
「一人だと面白くない。混じれないものかな、お前らと」
冗談めかして言う。
「彼らはあなたを嗅ぎ分けます」
分かりきったことだ。だから彼は外出もままならず、外に出る許可がおりても、昼の世界に限られる。
「こちらへ」
男が景吾を、傘でできた日陰に差し招く。
「俺はお前らと違って平気だ」
「あまり長く日光を浴びるのは、人間にも良くないことです」
景吾は傘の下に入り、立ち去ろうとする男を呼び止める。
「樺地、ここにいろ」
でも・・・と男が口ごもる。
「誰もいないよりマシだろ」
男は彼の隣に座り、すっぽり身体を覆うマントからハンカチを取り出すと、彼の額ににじむ汗をぬぐい取る。子供扱いするな、と思ったが、景吾は黙って任せた。お前も暑いだろ、と言いかけて、あぁこいつらはそれを感じないんだと思い出す。
砂浜に腰を下ろし、船影一つないきらきら光る海を眺める。隣の男のごわごわしたマントがむきだしの腕にあたる。風は凪ぎ、波の音以外凍りついたように静かな世界を、景吾の他に、もう一人見つめる者がいる
「眠い」
ふわっとあくびをする景吾に、お休みになってください、と男が声をかける。
「陽が落ちる前に起こします」
夜が来る前に。夜は彼のいる世界ではないから。
「そんなに長く寝ない。少しだけ」
景吾はもう一度あくびをしてごろりと横になる。
「樺地」
男の腕を引っ張り、甘えるように唇を開く。小さなため息が聞こえたようなきがしたが、男は彼に顔を近づけた。ざらざらした布ごしに、弾力のある柔らかさを感じる。舌でその輪郭をなぞりあげるまで、男が自分の上から離れるのを景吾は許さなかった。
「おやすみ」
景吾は言い、広がる男の黒衣の裾をぎゅっと握り締める。
おれをはなすなよ
確かに口にはしていないのに、まるでその言葉に応える様に、手袋をはめた手が愛しげに彼の頭を撫でるのを眠りに落ちる瞬間まで感じていた。
★★★★★
吸血鬼もの・・・なんだな・・・。
世界中がヴァンパイアになったら、人間こそマイノリティになります。もっと少なくなったらトキ(鳥のね)扱い・・・。
最後に残された人間の子供景吾と、小さな頃から世話してる樺地の話です。そのうち連作で書こうと思います。
ちゅうかこのタイトル他でつかってる・・・はず・・・気にせずに・・・。