speak like a...child

 

 

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Yesterday Once More - 2003年01月29日(水)

前にも言ったと思うけど僕は欲しいCDをHMVのサイトで
チェックしてショッピングカートに入れている。
新譜ならば発売日が近づいたことに気付くし、
旧譜なら品番を携帯にメールで転送して店で注文。
買ったらリストから削除。という具合に利用している。

コイツはPCのcookieさえ消えなければずっと有効なので便利である。
タワレコでも同様のショッピング・バッグがあるがそれは好みで。
(HMVは最近のリニューアルで見づらくなったんだけどね。)

好んで聴くのはレンタル屋さんに置いてる類のものではないから
とにかく買うしかない。注文してしばらく待って店から電話が来て、
「レーベルに問い合わせたら廃盤でした。」なんてこともよくある。

聴きたいCDはとにかく増えていく。
暇さえあれば時代をさかのぼったり、新しいジャンルを開拓したりするからだ。
その一方で新譜も増えるものだからついつい後回しになってしまう。
初回限定や初回予約限定、枚数限定などが天敵である。

そんなわけで長いことリストに登録されていて昨日ようやく購入に至ったCDがある。
初回限定DVD付きという特典のせいでついに日の目を見たわけだ。

この曲は中学のときMr.Yamadaの英語の授業で一番最初に歌った曲。
つまりは僕が最初に覚えた洋楽なのだろう。おそらく14KSを聴く前だ。
あのころは単語が読めなくていちいち読み仮名を振って歌ったものだった。
それだけに愛着も強く、難なく読みとれるようになった今、
改めて歌詞を見るとこの瞬間を暗示するかのように感じられる。

It was songs of love that
I would sing to then
And I'd memorize each word
Those old melodies
Still sound so good to me
As they melt the years away


“Sorry I'm late, Richard.
 Long time no see, Karen.”



BGM : 『青春の輝き 〜Best of Carpenters Special Edition〜』 / CARPENTERS


ルフラン - 2003年01月28日(火)

後悔するくらいなら手放すんじゃなかったと責めてみても
あのままじゃ無理してばかりで終わりが見えていたから後悔はしていない。
否、悔やまれるのは終わったことじゃなく終わらせてしまったことか。

どこか矛盾してる。
このごろ無性に泣きたくなる。

細かいことを気にしてるのは自分ばかりで、
わずかな気遣いも何気ない無神経さも全てが揃って突き刺さる。
病的なほどに過敏な自分は矮小で嫌悪せずにはいられない。



BGM : 『REALIVE TOUR 2002 〜おどらにゃそんそん〜 in TOKYO』 / PE'Z


Rainy Day and Monday... - 2003年01月27日(月)

長いこと両目のまぶたの痙攣がおさまらなくて、
そりゃ眼精疲労じゃないかというのでブルーベリーの食品を買ってみる。
そういえばこのメガネも右目があまり見えなくなってきた。
これ以上右の視力落ちるとたまったもんじゃない。

深夜1時過ぎにテレビをつけたらFLEAが暴れているではないか。
慌てて玄関に新聞を取りに行ったら「レッチリ」と書いている。
しまった。なんで今日に限って新聞を見なかったんだろう。
アンソニーかっけぇなぁ。ジョンのギターもサスガ。
“by the way”のPVのせいでチャドを見ると笑ってしまう。

でも何と言ってもレッチリはFLEA。彼のパフォーマンスを見てると
やっぱあのときMODULUS FLEA BASSを買っておけば良かったなぁと思い出す。
だって16万だぜ? バルトリーニのNTBT実装で破格だよ。
とにかく次はACTIVEのベースが欲しい。

先日、久々に訪れた楽器屋さんでHartkeが半額だった。
う〜む、ここにもオレを惑わすものがあったか。
Fender bassman60も捨てがたいんだよな。
とにかくkickbackに憧れる。


つい出来心で裸体(一部)をさらしてみた。
人気サイトの威光ってのはスゴイなと改めて痛感。
リンクからのアクセスがMYのアクセスの倍を超えた。
ダブルスコアってヤツか?
年末もこれくらいだったんだろうなぁ。

“Grotta Azzurra”
イタリアに行ったらカプリ島の“青の洞窟”に行ってみたい。


Sleeping Beauty Says So... - 2003年01月26日(日)

過ぎた月日は1年半を超えていた。
知ることは怖かった。
何もできなかった。

いたづらに時が経つのを眺めていたと言えばそうかもしれない。
薄情だと罵られることも甘んじて受け入れよう。



リビングで驚いた表情をする貴方に僕らはもっと驚かされた。

「やばいよ、やばいよ。」

明るい声のトーンは変わらない。

「いいよ、いいよ。」
「良かよ、良かとよ。」

ピザを2pcs、みかんを2,3個たいらげる貴方の姿から目が離せなかった。
時折目が合うと満面の笑みをくれる。手を伸ばして握りあう。
これもどうぞ♪と勧める仕草があどけない。

「今日は来てくれてありがとう。」

必死に紡ぎだそうとする言葉に泣きそうになった。
こんなにも想いのつめこまれた言葉を僕は知らない。



貴方は生きている。
失った記憶を、場所を、時間を取り戻そうと必死で生きている。
握りしめたその手は温かく、愛らしい笑顔も昔のままに。

生の輝きはあまりに眩しくて、
魂の荒んだ僕は全身を射抜かれる思いだった。

こんなにも頑張って生きているのに、僕は何を怖がっていたのだろう。
浅ましくも記憶の彼方にしまいこもうとしていたのだろうか。

もう逃げはしない。
隣に座る、貴方の愛した人の名を呼ぶまで、僕も生きようと思う。


Na na na... - 2003年01月25日(土)

夜。
ゴロゴロしていたら電話が鳴って、

「行くゾ。」

「え? どこへ?」

「行くゾ。」

「ん、ああ、何分くらい?」

「10分かな。」

「あいよー。」

という有無を言わせない会話のもとに拉致された。
予想では6割がカラオケ、3割がボウリング、1割がファンキー(※)だったが、
10分で迎えに来たimprezaを見た瞬間にR286でカラオケだなと。

仙台でカラオケは久々。
毎度のことながらコイツラと来ると自分の下手さ加減を思い知らされる。
邦楽を知らないわけではないが気に入った男性アーティストが少ないので
相変わらず洋楽ばっか歌っていたら、

「これ知ってる?」

と指した先にはGUNS'N'ROSES。
知らんわけがないと“Welcome to the Jungle”を歌ってみたものの
やっぱオレの声じゃ無理。アクセルとアクセル嫁(志望)、ゴメンよ。
さらに無謀にもロバート・プラントに挑戦したオレはバカ。

あ、JOY SOUNDにオネガイ。頼むから小島麻由美の曲を増やしてくれ。


※ファンキー・・・1000円で4時間もビリヤード&卓球ができる漫画喫茶。ただし漫画は少ない。


雪の街を撮る。 - 2003年01月24日(金)

昨日撮った写真が仕上がりました。
前回と違う写真を公開してみます。

Downstairs
交差点に降りる階段の上から撮ったもの。
ガス灯(もどき)の灯りが温かいですね。

Upstairs
同じ階段を下から見上げて撮ったもの。
照明が点いてる時間帯に行って良かったです。

From the Window
信号待ちしていたときに車の窓から即興で撮ったものです。
上記の2枚もほぼ同じ天候(雪が降りっぱなし)で撮ったのですが、
白色灯が青みがかって映り、雪の粒が強調されています。
フラッシュをたくとここまで差が出るんですね。納得。
仙台在住の方ならどこの写真か分かりますか?

次に降ったときは定禅寺か西公園あたりに出没しましょう。( ̄ε ̄♪)


雪の降りすぎる街 - 2003年01月23日(木)

ひどい雪だった。
記録的な大雪。10年ぶりだとかなんとか。
朝から降り始めて午後7時には20cmも積もった。
道路は雪で覆われて全く見えない。

・・・ん?

それって秋田じゃいつものことじゃん。
主要な坂道くらい融雪道路にしろよ、仙台市。
雪が降るたびに交通マヒしてたんじゃたまらんわ。

そんなわけで今日は犬が喜び庭駆け回るが如く雪道を運転しに行ったが、
大学への登り道のあまりの混雑っぷりに扇坂で迂回。瑞鳳殿でも迂回。
ゲンを乗せて飯食いに行ったった。

夜は例によって雪景色の写真を撮りに行ってみたが、
今日は湿った雪だったうえに風が強かったためうまいこと樹氷にならず。
それでも前回より早めに行ったのでガス灯(もどき)が点灯したままだった。

帰りはまたもや山に取り残されたジュンを拾い北環の山頭火で夜食。
昨日は博多ラーメン食ったし、おとといも山頭火だったような気がする。
どうなってんだ、この一週間。まあ、いい。仙台のうまいラーメン求ム。

とにかく一日渋滞を運転して疲れた。しかも雪道だから常時2nd発進。
失敗して何度もエンストしちゃったヨ。うわー、恥ずかしい。情けねー。
ちょっとスピード上げるとハンドル取られるし。ちと危険だった?
少し雨っぽくなってたので夜中に凍るかもね。
明日はこたつで丸くなってようか。
あ、うちにこたつないじゃん。

【連絡】隣区(お気に入りEnpitu集)を追加。



BGM : 『aja』 / Steely Dan

最近CD買わない(我慢してる)もんだから昔のヤツ引っ張りだして聴いてんだけど、
やっぱ珠玉の名作ってのはいつ聴いてもいいもんです。


原稿依頼 - 2003年01月22日(水)

「あのさー、お願いがあるんだけど。」

「ん、なに?」

「nuts君さぁ、文章書くのウマイでしょ?
 だからちょっと原稿書いてもらいたくて。」

「どんな原稿?」

「新聞の投稿欄に載るんだけど。」

あん?
新聞てアレすか?
毎朝配られるヤツ?
たまに勧誘が鬱陶しいヤツ?
お尻拭くと黒く(略)

そういや編集者だか記者だったか縁があるって言ってたっけ。
要はアナタも依頼されたんすね。つーか、オレの文章って
あんま見せたことないんだけどね。こんな語彙力に乏しくて、
いつも同じようなことしか書いてないヤツでいいんすかね。
まあ、いっか。お世辞もらったし。(単純)

それにしても扱いづらい題材で、そのうえ200字前後とは。
短すぎ。語彙力も何もあったもんじゃない。けっこう苦労したよー。
実は【スピ】のネタを焼き直しただけなんですけどね。ぷはー。(・。・;)



BGM : 『PUNCH THE MONKEY!2』 / Various Artists

「教えてあげてもいいけれど、私の仕事の邪魔しない♪」


火事になる直前。 - 2003年01月21日(火)

お湯を沸かすときはたいがいヤカンではなくミルクパンを使うのだが、
先日同乗してた男性3人はミルクパンと言っても理解してくれなかった。
むう。

そんなわけでこのミルクパン。
氷を作るためのお湯(湯冷まししてから使う)を沸かしていたのだが、
火にかけていたのをすっかり忘れていて、ガタンガタン!と音がする台所を
見に行ってみると水はすっかり蒸発してしまい、金属製のパンの底部が
赤くなるほど強熱されていた。赤いふたはえんじ色に焦げてる始末。
うぉぅ、あぶねぇ。火事にならんで良かった。(--;)


そういや貸してたCDがようやく返ってきた。
スピッツの『一期一会』とあずままどかとFoo Fightersの3rdアルバム。
F.F.は3rdと引き替えに4thを貸した。どちらかと言えば3rdの方が好き。
あと問題は一年以上も返ってこないSTINGとBANDITSだな。
次に聴かせたい人がいるのに。アイツめ、どうしてくれよう。



BGM : 「AUTUMN LEAVES」 / BILL EVANS


就職活動っぽい。 - 2003年01月20日(月)

大学の生協主催の就職フォーラムなるものに行ってきた。
対象は16年3月卒業の3年とM1(修士1年)なのだが、
ちょっと見ておきたい企業があったのだ。
俗にこれを冷やかしと言う。
(注・・・nutsは17年3月卒業予定)

朝起きたときはスーツで行く気満々だったが、
WEBで「服装自由!」とあったので一気に気が抜けた。
そんなわけで私服でGO。

「あれ? なにしてんの?」

会場で会った同期は口を揃えてこう言った。
珍しく中学や高校の同期にも会ったし、
東海村に詰めっぱなしだと思っていたモチの顔も久々に見た。
みんなM1になっているからそろそろ活発化してきたようだ。

目当てにしてた企業のうちの一つは地元の銀行でいわゆる地銀。
とにかく堅実で健全な経営をしているので手堅いが、強いかどうかは知らん。
トレーダーに就いて積極果敢な資産運用を試みたいと思うが、
こんなギャンブラーを雇ってくれそうもない気がする。

一通り説明を受けているうちにパンフレットからにらみつける眼差しを感じ、
ハッと思って確認してみると高校の剣道部の先輩だった。先輩と言っても
一回りくらい年上で高校時代は総体前によく稽古をつけてもらったものである。
係長だったんスカ。お疲れさまッス。

もう一つは関東の半導体メーカー。有機ELとかの話を聞いたが、
むしろ特許事務の方に興味があって、有意義な話を聞けたと思う。
咳き込みながら「また来年来て下さいネ♪」と言われた。
にこやかに冷やかしでスミマセンでしたネ♪っと。

そう、来年。
来年の今頃は自分もリクルート・スーツを着て歩き回らなければいけないのである。
何処に行って何をしようか。
何を為すために何処へ行こうか。

・・・分からん。まだもうちょい。


夕食は出先から学食に戻って摂った。
荒んだときは贅沢をしようと思っていろいろ取ったら1000円を超えた。

「オマエ、また食い過ぎだって!」

ユースケの笑い声が聞こえてきそうだった。


Don't be... - 2003年01月19日(日)

何もしない一日もたまにはいいもんだと思う。
何もしない一日が積み重なるといつしか
何もしない人生になってしまうのだろうか。
それは少し嫌だなと思う。

ふとした拍子に気分がとてつもなく荒む。
生きてることが億劫になるのだけれど、
もう少しだけしがみついていたいから、
かりそめの入れ物の中で我慢する。

意識だけはやけにはっきりしていて、
そのくせ切り刻む者の存在は認め得ない。

男性にも生理はあるのだよと嘯いたら
目を輝かせて噛みついてきた。
その大きな瞳が懐かしい。


She said, “Do you love me?” - 2003年01月18日(土)


「アタシのこと好き?」

ことあるごとにそう尋ねる女が嫌いだった。

臆病になって何も聞こうとしない女も嫌いだった。

何も言わなかった自分が今も一番嫌いだ。

僕はいったい誰が好きなんだろう。


鳴らない電話 - 2003年01月17日(金)

電話が鳴る。
夜中の3時だろうが明け方の5時だろうが、
人が寝ていようとお構いなしに電話が鳴る。
それでいて他愛もない話題であることが多い。
だからといって怒る由もない。慣れたと言えばそれまでだが、
むしろそんな時間帯に必要とされることが少し喜ばしくもある。
消え入りそうな意識の最中、休憩中だった思考を総動員して相手をする。

キミは僕の心の安息を願うが故に真夜中でも電話をかける。
僕はキミの体の休息を気遣うが故に電話をかけられない。

その差はどこから生まれるのだろう。

たまにはこちらから叩き起こしてやるかと思い、電話を手に取る。

「お客様のおかけになった電話は、お客様の都合により・・・」

・・・オイ、コラッ!


センター試験の記憶〜がんばれ受験生!! - 2003年01月16日(木)

写真を撮りためたアルバムはとっくに10冊を超えていて、
1冊あたり約300枚の写真が収められているわけだから
枚数にして3000枚、フィルム120本は下らないようだが、
アルバムの最後のページは写真ではなくその間に行った
コンサートやスポーツ観戦のチケットが収められていることが多い。

ただし、高校時代はライブにあまり行かなかったので、
初期のアルバムには別なものが収められている。
センター試験の受験票と社会科における得点調整の新聞記事である。

今週末はいよいよセンター試験。

自分のときのことはよく覚えている。まだそう遠くない過去だ。

【センター試験の記憶;1998年1月】

まず初日。
あまりに緊張していて家を出る前に友人と恩師に電話をしたのだった。
いつも支えてくれた人々である。朝早くにもかかわらず快く激励してくれた。

例年は秋大(しゅうだい;秋田大学)が会場だったのだが、
収容人数の都合上、この年から一部は高校で受験することになった。
そんなわけで会場は自分の高校だった。

センター試験は不思議なもので全員を50音順に並べる。
僕の一つ前の人は同じ苗字の人、というか中学の同期だった。懐かしかった。
友人のアイザワは今まで出席番号が必ず1番だったのに、
今回ばかりは22番目だったらしくかなり憤慨していた。
1番が誰だったのかいまだに気になっている。

試験の内容は良くも悪くも終了し2日目へ。

やっぱり朝早く起きてしまい新聞に前日の解答が載っているものだから
日本史だけ採点をしてみた。全科目の中で日本史が一番苦手である。
なぜ日本史だけかというと、もしとんでもなく点数が悪かった場合、
2日目の現代社会・倫理・政経を受験して点数が高い方に代替するという
裏技が使えるからだ。現代社会は特に勉強の必要がなく、普段から新聞を
読んで社会情勢さえ掴めていれば教養だけで解けるという代物である。

採点の結果は76点。
許容範囲内だった。

その他の科目は採点しなかった。
どうせ気が重くなるだけだから。

2日目の科目も難なく終了。
最初の休み時間は同じクラスの女子と会話していて、
“日本史が難しかったから得点調整があるらしい”という話題に安心を求めた。

休み時間を一緒に過ごしていたjoeは2日間通して熱に浮かされたように
顔が紅潮していて、僕が何を行っても上の空だったことをよく覚えている。
かく言う自分も慣れすぎた学校のためか気が抜けてしまうことがあって、
集中力を持続させるのに大変だった。

とにかく精神的に疲れた。
帰り道、鬱積を晴らすべくわだちの上を駆け抜けようとしたが、
足がもつれて派手に転んで砂を噛んだ。


【がんばれ受験生!!】

受験は情報戦という要素を含んでいると思う。
それは情報をただ闇雲に集めればいいというのではなくて、
取捨選択して自分に有益な結果をもたらすよう操作することである。

例えば、僕のときは前年(97年)の試験があまりにも平易だったため、
来年(98年)は平均点が下がるだろうというのが大方の予想で、
これは信じるに値する情報だった。難しい方が得点分布がばらけて
自分に有利だということも知っていたから歓迎すべきことである。
事実、校内平均で20点、全国平均においては50点ほど前年から減少した。

先ほど触れた得点調整であるが、これも予想通り実際に行われた。
3科目の中で日本史が一番平均点が低く、次いで世界史B、地理Bの順だった。
地理Bの標準偏差に合わせて得点調整されることになり、日本史Bの76点は81点になった。
世界史Bもいくつか上昇し、地理Bはそのままであった。
この場合、最も点数が上がったのは日本史であったが、
最も得をしたのは誰かというと世界史の受験者である。
だからといって地理の受験者が損をしたわけではない。
そこらへんの見極めができないと情報に踊らされてしまうわけだ。

例えその情報が真実であっても自分のモチベーションを下げるようなものだったら
有益とは言えない。それは迷わず遮断するべきである。知らぬが仏なのだ。
いかに自分を操作して良い状態でこれからの時期を乗り切るか。
僕は準備期間が短い“付け焼き刃型”だったので不利益な話に耳を貸さず、
都合のいいことばかり考えて自分を調整した。つまり自分を盲信するのだ。
このときばかりはペシミスト返上である。

今まで自分が準備してきたものに自信がある人は自分を信じてただ突き進め。
準備が足りず不安に思っている人は自分を盲信して突き進め。
それで救われることもあるのだから。

土日のセンター試験で良い結果が出たら一喜しても良いが、
結果が思わしくなかったからといって憂うべきではない。
問題はその先の2次試験なのであって、
喜んでいる人も一歩間違えば転落する可能性だってある。

前期試験、後期試験と長期間、精神的に緊張を強いられることになるので
もしこれを読んだ受験生はうまく自分をコントロールして頑張って欲しい。



BGM : 『星影のステラ』 / Kieth Jarrett Trio


地球は廻る よかった - 2003年01月15日(水)

左目の痙攣がおさまらないどころか
右目にも伝染ったらしい。ピクピク。

昨日久々に理学部に行ったら「あら。」と驚かれてしまった。
オレはもはやレアキャラらしい。
そりゃ掲示くらい見に行きますってば。
まだ一応籍置いてんだし。

そのあと工学部に行ったらジュンに会った。
ようやく修士論文が終わりそうだと言う。
4月からオレはようやくMASTERだと言うのに彼はDOCTOR。
確か高校の同期だったはずなのに。まあそれはいいとして。
今度はオレがうまい酒をご馳走する番。

例の夜間講義に出るといつも思うのだが、
この教授は自分の研究室の学生のみならず
専攻の学生全員の顔と名前を把握しているらしい。
講義中も例題に学生の名前を使ったりよく話しかけたりする。
前所属学科の体質からすれば考えられないことだ。
ということはあれだ。居眠りしてられないってことか。
4月から気をつけよっと。

【連絡】12、13、14日分を追加。



BGM : 『愛のポルターガイスト』 / 小島麻由美

うわ〜い♪
NEWアルバムだよ〜♪
だばだばだ、うっ♪


志波姫町 - 2003年01月14日(火)

宮城県に「志波姫町」ってあるんです。
いつも高速道路から見かけるんですが、
これ読めます?

ニュースのアナウンサーの発音から
てっきり“しばひめ”だと思ってたんですが、
案内版のローマ字表記を見たら“siwahime”でした。
5年も住んでて初めて気付きましたわ。
だってやっぱ芝姫つば(強制終了)


Having a FIT - 2003年01月13日(月)

「nutsも早く彼女連れてこいよー。」
「うるせーよ。」

「24か。」
「ああ。」

「あれから3年か。」
「ああ。」

3年前に迎えた成人式。
苦い記憶を反芻する。

誰しも後悔はしたくないものだが、
時として立ちはだかる障壁は如何ともし難く、
行く手を遮られ、人生を揺さぶられる。

あのとき、僕は無力だった。
愚かしいほどに無力だった。
それだけが今も変わらない。


田沢湖 - 2003年01月12日(日)

宿に着くころにはすっかり暗くなっていた。
遠くに見える灯りだけが微かに雪に反射して
深遠なる闇の世界を彩る。
辺りは完全な静寂に覆われて、
雪を踏みしめる音すら騒がしい。


同行した友人夫妻は大変仲睦まじく、
傍から眺めていると顔が綻んでしまう。
幸せが溢れすぎていて周りをも幸せにしてしまうのだ。

夫婦というものはよく分からない。
恋人の延長なのか。
それとも別の次元のものなのか。


田沢湖は相変わらずの曇りだった。
たまに太陽が顔を出したと思っても
すぐに引っ込んで吹雪にしてしまう。
本当に山の天気は気まぐれだ。

時折晴れ間が差したときに見える田沢湖は雄大だった。

肝心のボードはひたすら練習をしつつも
安比ほどの斜度はないので多少物足りない。
それよりも視界の悪さに閉口した。


早々に切り上げて向かった温泉は
近頃秘湯と称されえらく人気のあるところで、
乳白色のお湯が湧く露天風呂を堪能した。
晴れながらも舞い散る雪は温泉の白に吸い込まれてゆく。
底から湧く温泉の気泡がとてもくすぐったかった。


温泉を後にする頃、
太陽はだいぶ傾き、
田沢湖を黄金色に染めていた。
心を奪われんばかりの美しさだった。
思いがけない贈り物にしばし酔いしれる。


ありがとう。
いってらっしゃい。


田沢湖行ってきます。 - 2003年01月11日(土)

昨年3月に安比で3日間。
昨年12月に田沢湖で1日。
これが僕のボード歴です。

小6で膝を壊して以来、
スキーは諦めていましたが、
ボードなら何とかできるようです。

昨年末は頭から一回転して二分の一ひねりも加えて吹っ飛びました。
その後数日間首が痛かったことは忘れません。

ですが、一緒に行った友人は肩を脱臼しました。
そいつは「慣れてるから。」と言って自分ではめました。
そして医務室へ行ってテーピングで固定して再び滑りました。
慣れって怖いな、と思いました。

今日の高速バスで秋田に戻って、
日曜に田沢湖行ってきます。

ケガしなきゃいいんですけどね。


LJUNGBERG - 2003年01月10日(金)

朝から左目まぶたの痙攣著しいnutsです。
視力のほとんどを左目でまかなっている身としては
かなりつらいものがあります。寝たら治るかな。

いつの間にかNIKEのCMが新しくなってますね。(前作はBRIGHT SIDE参照)

今回のテーマは『決闘』でサブウェイが舞台です。
フェイエノールト(オランダリーグ)のオノシンジに対するは
アーセナル(プレミアリーグ)のフレデリック・リュングベリ。

リュングベリは僕がとても好きな選手でして、スウェーデン代表として来日した
2002年のFIFA WORLD CUPではケガであまり活躍できませんでしたが
所属するアーセナルでは攻撃的MFとして素晴らしい活躍をおさめています。
小柄な中盤の選手ながらも、その得点能力の高さに惚れ惚れします。

余談ですが、PS2のWE6でも序盤で必ず獲得する選手で、
本来のSH・OHの他にもCF・WG・CHなどほとんどの攻撃的ポジションで
結果を残してくれるので、困ったときはとにかくリュングベリに頼ってます。
基本的にはトップ下で起用してます。もちろんEDITで髪を赤くしてます。

もう一つ余談ですが、彼は僕と同じ4月16日生まれなのです。
あとユヴェントスのイゴール・トゥドルなんかも一緒です。

なんかどんどん話が逸れてますが
あまりサッカー選手を知らないというヒトで
気が向いたらリュングベリをチェックしてみてくださいな。


厄祓い - 2003年01月09日(木)

県庁にパスポートの申請に行ってきました。
住民票は隣の区役所ですぐ発行できるからいいんですが、
戸籍抄本の取得がこの上なく面倒でした。
親父が本籍を田舎から移してないせいなんですけどね。
祖父母が亡くなった今となっては籍を移すのも忍びないわけで、
親はそのままでいいから自分の戸籍だけ作成したいもんです。

あとは証明写真が必要だったんですが、これは以前に
ネガ撮りしたのがあったので写真屋さんですぐプリントしてくれました。
例の口が半開きになってる人相の悪い写真です。
四月からの学生証もこれです。

「コレハ 全然似テナイケレド 私ノパスポートデス。」
(ラーメンズ“にっぽん語”より)


そういや満年齢を書く欄がありましたっけ。
満年齢は23歳なのですが4月には24歳になります。
今年24歳を迎える男性は数え25歳の厄年なんですってね。
僕も新年早々に地元の神社で祓われてきました。
特別信心深いたちではないのですが、我が家では確か母親の厄年のときに
事が起こってるので用心に越したことはないという親に逆らう理由もありません。
あとで悔やむ材料になってはたまりませんから。
何事もなく平穏無事が一番なんですけどね。

と言いつつも、敢えて治安の悪い地域へ行ってみようかな。

もし災厄が降りかかるとしたら、
今は女難の相が出てるんじゃないかって気がします。
年明けからやたらと身辺騒がしいです。
ネガティヴな話じゃないだけ救われるんですが、
・・・やっぱりそんなんじゃ救われないですね。


昨日書いた球型製氷器についてですが、
たくさんの情報をお寄せくださいましてありがとうございました。
SUNTORYの和イスキー「膳」のおまけでついてくるようなので
試しに一度飲んでみることにします。
あと、無印良品でも買えるそうです。
うわ〜い。



BGM : 『Stereo Future episode 2002』 / soundtrack


殴るぞ - 2003年01月08日(水)

久々に吉田戦車が読みたくなって駅の本屋をふらついたら
表題の通りの本を2冊見つけた。迷わず買ってしまった。
連載を意識しているためか少々くどい。キレがない。
やはり「伝染るんです。」のころが一番いい。
と思っていたらかわう・・・じゃなくて和歌子がいる。
ああ、和歌子。山崎先生とか斉藤さんとか八田先生とか
ミチコさんとかかえる君とか下の人とかは息災かいな?

今日はコンビニで売ってるテニスボールサイズの氷が作れる
製氷器を探して街をさまよった。もちろんロックのため。
どこにもなかった。数多の諜報員からの報告を待つ。



BGM : 『Singles 2000』 / 中島みゆき

年末の紅白での彼女にあてられてしまい、
ダビング後に実家に贈るつもりで購入。
ブックレットに英訳詩が入ってて驚いた。


Enpitu初め - 2003年01月07日(火)

ようやく仙台に戻ってきました。
とっくに明けましたのでおめでたさも何も残ってない気がしますが、
【speak like a child】は今日から始動します。

実家から持ってきたカレンダーをめくったらいきなり2月になりました。
仕方ないのでセロテープで貼りましたとさ。

これから撮りためたフィルムの現像を取りに行って、そのまま講義に行ってきます。
掲示も見ないといけないので。書きたいことは山ほどあるのですが、
みなさんの日記も読みたいのでしばらく滞るかもしれません。

そんなこんなで今年もヨロシク。



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