speak like a...child

 

 

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The EGG and U - 2002年10月31日(木)

弦を張り替えてしばらく興じていたら寝たのは4時過ぎで、
当然のように寝坊した。起きたのは11時だったろうか。
日中の予定を後回しにしてとりあえず押入から冬物を出してきた。
コート類をハンガーに掛けて床にホットカーペットを敷いた。
今日は天気がいい。窓を開けて作業できるなんて久々だ。

膨大な量の書類は依然として片付かず、机、テーブル、至る所に山積している。
明日こそは出歩きたかったがあいにくの雨だと言うし、
これらの整理に充てようかと思う。

シーズン始めなのでカーペットを最大にしたまま学校に行ってきた。
12月発売のCDを3枚予約して、4限上がりの友人を捕まえて一服。

「元気ないね。」

不意に言われて驚いた。

端から見るとそう見えるのだろうか。
確かに悩み事はいくつか抱えているとは言っても、
自分としては普段通りのつもりだっただけに動揺もまた大きい。

だいたい、人から心配されるということに慣れていない。
どちらかというと世話焼きな質だし、
自分のことはたいがい自分で解決してしまうからだ。

−貴方のそれがすごく寂しい。−

そう言われたこともあった。
あのころの自分とはだいぶ変わったし
今じゃ親しい相手になら弱さを晒すことも厭わない。

しかし、口をついて出る言葉はときに裏腹で、
反射行動には昔の名残が色濃く現れてしまう。

「そう? なんともないよ。こんなもんだよ。」

言葉の多さが欺瞞と動揺を象徴する。
おそらく君は気付いている。




BGM : 『至上の愛』 / John Coltrane


痩身計画。 - 2002年10月30日(水)

久々にギターを引っぱり出して来てJJFを弾いてたらパツン!と鳴った。
2弦が切れた。
しばらくベースばかり弾いてるからコイツにはBLUE STEEL(ちょい高め)を
張りっぱなしにしていたのだが結局あまり弾かないままダメにしてしまった。
ストックを漁ったらERNIE BALLのSUPER SLINKY(ピンクのヤツね)が2つあった。
なんだかんだで耐久性を考えなければこっちの方がお気に入りなのだ。
これを書き終わったら張り直そうと思う。

さて。
表題の通り痩せる算段を練ろう。
生のヒロトがあまりに細くてかっこよかったのと、現在の体重が高校の
全盛時より10kg増という事実がだんだん笑えなくなってきたのが主な動機。

そういえば昔は友人のとこに体重掲示板ってのがあった。
各々の基準値を決めてそれに対して「プラス1.2」とか「まいなす0.5」とかを
普段の書き込みの中に織り交ぜるというもの。
今見に行ってきたら3月の時点でプラス3だったらしい。
現在はというとプラス6.0。もちろん最高記録更新中。

とりあえずプラス1.0以内に抑えたい。つまりは5kg減量か。
高校時代の部活を再現すれば5kgなんて一週間であっさり落とせるのだが
その環境にないし、おそらくは体が保たない。歳から来る衰えを侮る勿れ。
仕方ないので今ある運動量に少し筋力トレーニングを追加しよう。
問題は腹なのでまず腹筋。腰痛対策として背筋とセットにする。
あとは継続して稽古の質を上げれば少しは代謝が活性化するだろうし。

目標は年内。
できなかったときのために何か罰ゲームを課し・・・イヤ、滅多なことは言わないでおこう。



BGM : 『花鳥風月』 / spitz

これを聴くといらんことばかり思い出すのだがCDに罪はないんだと思う。


like a speaking child - 2002年10月29日(火)

一番町のHMVに行ってきた。
U2とThe Whoを買うつもりだったのにJAZZのコーナーに足を踏み入れたが最期、
いろいろ手に取ったら棚に戻すことができなくなってしまい、結局全部で5枚も買った。
ポイントカードがあと一列でいっぱいになろうとしている。

これじゃ今月の生活もままならないのでイカンなぁと思いつつ帰宅して、
整理もつかずに溢れ返るラックを見て再びため息をつくが、
スピーカーから湧き出す珠玉の旋律はそんな憂鬱すらも払拭する。

“no music no life”とはよく言ったものだ。

確かCDラック3号機を追加したのは今年の3月だったと思う。
もはやどの階も満席といった状態で、新しい収納領域が求められるのは時間の問題。
できれば年内は避けたいところだ。

CDはようやく300枚を超えた。
あえてジャンル分けをするならば洋楽170、邦楽70、
JAZZ/BLUES/FUSION/CLASSICAL/etc...が合わせて50、
映画などのサントラが30といったところだろう。
そう言えば前にもこんなこと書いたなと思って昔のを探したらあった。
7月15日か。3ヶ月にしてはけっこう増えたな。
ここで“その他”としか書かれていない集団が明らかに勢力を拡大している。

そう、最近は洋楽ROCKに加えてJAZZに傾倒している。



お気付きのように最近ここでその日聴いたCDを紹介するようになった。
アルバムならば『・・・』で、シングルなどの単曲ならば「・・・」で表記しようと思うが
なにぶんアルバム至上主義なのでシングルを取り上げる機会は滅多にないだろう。

そんな中で今日は満を持して登場するこの一枚。

BGM : 『speak like a child』 / Herbie Hancock


DECADE - 2002年10月28日(月)

一人でレストランに入って「会計は別々で。」って言ってみたい。
もちろんカワイイ店員限定で。
それはさておき。

珍しくエリからメールが来た。

「チコがさ、トシ君と連絡取りたいんだって。
 本人に了承得た上で教えてくれんかな?」

おー、おー。マジか。

チコさんとトシ君はいわゆる隠れ両想いってヤツで、せっかく同じクラス、
同じ塾だったのに、二人とも奥手なもんだから全然進展もないまま、
ある日突然チコさんが転校してしまって、というお話。

あれから10年になる。

トシと飲むと昔の話になるたびに「チコさんなぁ・・・」と彼女の話題になる。
それなら何でその後連絡とらんかったのかというと、やっぱ勇気がなかったんだろうな。
手紙送ったら悪いかなみたいな遠慮があったのかもしれん。そういうヤツだから。

一方でチコさんもたまにトシの話をエリにしてたらしい。

エリとチコさん、オレとトシの連絡は切れることがないし、
オレとエリの間だってかなり堅いものである。
つまり連絡を取ろうと思えばいつでも取れる状態にあったんだけど、
勇気がなかったかその気がなかったかで今に至った。

トシからは二つ返事でOKが来て、すぐさまエリに送る。

10年という時間は相当なものだと思うけど、二人はどんな話をするんだろうな。
人の縁とは全く以て奇異なものね。


つーかさ。
オレんとこに連絡先聞きに来たのってこれで何件目だ?
誰かオレのこと10年くらい想っててくれる人はいねぇのか?
それともあれか、誰かがオレの連絡先を教えてないのか。
どっかで流れが堰き止められてるんだろうな。チッ。



BGM : 『夏ぬ子』 / りんけんバンド


鰰の叫ぶ声 - 2002年10月27日(日)

今回の帰省は全てこのために。

ARABAKI ROCK CIRCUIT 2002

最前列で6時間、立ちっぱなしの勃ちっぱなし。
終演後、精魂尽き果てて足が言うことを聞かなくなり、
スピーカーの真ん前にいたせいで耳があまり聞こえなくなる。


1,HIGH-LOWS
まさかトップがハイロウズだとは思わなかった。
動いてるヒロトとマーシーを見るのは初めてで、視界に二人だけが映るたびに
何でブルーハーツじゃないのかと考えてしまい泣きそうになった。
あと、“5人目のブルハ”の白井さんが全然見えなくて残念だった。

2,小島麻由美
実はこれが一番のお目当てだったりする。
歌詞と歌声からしてスレたお姉さんが歌ってるのかと思いきや、
とっぽい姉ちゃんが出てきてビックリした。すげーかわいかった。
小島麻由美の世界とアップライトの響きが素晴らしかった。

3,THEATRE BROOK
恍惚とした笑顔で弾くギターが無茶苦茶うまくてDELAYの多用にも参った。
一方で淡々と弾いてるベースがかっこよかった。

4,NEATBEATS
出てきた瞬間に吹き出しそうになったスーツにオールバックの4人。
魅せ方がうまくて楽しかった。最前列は揉まれて大変だったが、
チャック・ベリーのダック・ウォークもやろうとしたので許す。
ベースはアコベでまあまあ。

5,LOSALIOS
完全にノーマークだったバンド。
サックスが武田信治だったりベースがTOKIEだったりで驚いた。
ドラムは良かったがその他の噛み合いがイマイチ。

6,GRAPEVINE
トリのせいか何か一番演奏がショボかった気がする。
アンコール無しはかわいそうだったけれども。


マーシー、マーシー。 - 2002年10月26日(土)

だいたい実家の鍵を忘れるなんて前代未聞である。
初めて忘れたのが親が不在のときだなんて運が悪いとしか言いようがない。
荷物一式抱えたまま夕飯を食ってサガの家に世話になった。

サガの部屋でHIGH-LOWSを聴きながら飲んでいたが、物足りなくなって
BLUE HEARTSをかけてしまい怒られる。切なくなるダロと。ごもっとも。

起きたのは昼過ぎで。
親が帰ってくるまで時間潰すのももったいないから髪でも切ろうかと思って、
サガに手形まで送ってもらったが、6時まで予約で一杯と言われて諦める。
仕方ないので駅前に出てCDや楽器を眺めることにする。

アップライト。
アルトサックス。
どっちにしようか。
まだまだ悩んでる。

う〜ん。

楽器屋は切ないのでタワレコに行く。
CDを見ようとしたら後ろから来た兄ちゃんのオーラを感じる。
振り向いて一瞬で分かった。

(オイ、マーシー、何してんだよ、こんなとこで!)

真島昌利、その人である。
帽子かぶっててもバレバレである。

実は前にもHIGH-LOWSの4人と町中で出くわしたことがあって、
あのときは学校帰りでミズイと一緒にサインをねだったのだった。
あれから6年、またこうして出会うとは。

一人興奮してたらさすがに店員も気付いて挨拶に来る。
なんか騒ぎ立てても迷惑なので「明日行くよー。」って言ったら、
「あ、どーも。」って言われた。ヤターヤター!!(^m^)


いいこともあるもんだ。


忘れ物 - 2002年10月25日(金)

仙台で一人暮らしをするようになって5年目である。
この間、幾度となく帰省を繰り返してきたが、
こればっかりはいつになっても落ち着かないものだ。
何かしら忘れ物があるような気がしてならないから、
と言うより、毎回必ず何かを忘れるのだ。
コンタクトだったり、書類だったり、通帳だったり。
結構クリティカルな忘れ物をするからタチが悪い。

一度家を出ても錠をかったか気になって引き返すのは毎度のことだ。
戻ってみて鍵が開いてたなんてことはいまだかつてないのだが、
とにかく気持ち悪いことこの上ないから引き返す暇を厭わない。

余談だが、
うちの秋田弁では“鍵をかける”ことを“鍵(もしくは錠)をかる”と言う。

そんで、今回。
案の定、一度家を出てから肝心なライブのチケットを忘れていることに気付く。
これを忘れてはサガに半殺しにされるとこだった。あぶねぇあぶねぇ。

秋田駅に着く。
いつもなら東口に親に迎えに来てもらっているところだが、
今回は九州を長期旅行中のため家に誰もいない。
なので久々に路線バスで家へ向かう。
そして、大松沢を過ぎたあたりで重大な忘れ物に気付く。

( ̄□ ̄;)!!

実家の鍵、忘れた・・・。


暮れ泥む魂 - 2002年10月24日(木)

やうやく2つ目の実習も終わりました。
無事にとは言い難く、かなり落ち込む内容でしたが、
これにて2002年度の私は無罪放免と相成るわけです。

院試のあと、休養のためと言って気を緩めすぎたと
思います。おかげで生活に全く張りがありません。
新たな目標を設定して残った時間を遣わないと
本当に腐ってしまいそうで少し怖くなります。

そういえば帰り際にマイキーに会って話をしました。
閉塞してる、鬱積してるとだけ伝えても何のことか
掴みづらかったことでしょうね。そのうちゆっくり。

秋田に戻るのでしばらくの間留守にします。
週末は雨続きらしくてちょっと残念ですが、
必ずや暇を見つけてに会いに行きましょう。



BGM : 『IN THE COURT OF THE CRIMSON KING』 / KING CRIMSON


思考不全 - 2002年10月23日(水)

数学科から離れた途端に数学の専門書が気になって立ち読みなどしてみると、
意外と読めてしまうことに気付く。なんとも現金なものだ。そこが人間臭くていい。
4年で専攻してたはずの“dynamical system”に関する和訳本があったので
つい欲しくなってしまう。学部のときにこれがあれば苦労しなかったろうに。
しかし、趣味と見栄だけで買うには一万円は高すぎる。いずれ買おう。いずれ。

卒論のためにと友人に依頼された証明は依然として解けない。もう一週間になる。
一見すると初等幾何の問題なのだが、厳密な証明には微分幾何学が必要らしく、
幾何学概論をことごとく回避したものだから、当然のように壁にブチ当たってしまった。
積分を応用して何とか解けないものかとあがいてみるが、力及ばずして頓挫。
こういうときだけいい格好を見せようとしても積み重ねが足りないからダメなのだ。
さて、謝るか。卒業できなかったらゴメンよ。


昔のことばかり語っていてもちっとも前に進まないので、たまには最近のことを語ろう、
と打ったらフリーズの直後に“ので”が4つも繰り返されたゼ。ワオ。毎度のことだけど。

最近。

戸惑いが一つ、二つある。
肉体の内側を走り、感情の外殻に巡らされる物差しがそれを認める。
自らの平衡感覚を失わないためには、実に高性能な尺度に成り得るが、
たまにはそれを取り払ってしまった方が具合がいい。

至極単純なこと。肝心なのは体裁や建て前じゃなくて、
自分が誰を一番見つめていたいか、それだけなんだろう。

絶対に振り向いてくれないから諦めるとか、彼氏がいるから気が引けるとか、
そんなことでは気持ちの正体は疑わしい。始めから存在したかすら怪しい。

ただの白昼夢に魅せられていただけか。
遠ざかる幻影に追いすがっていただけか。

結局僕は囚われているのかもしれない。





BGM : 『一期一会』 / スピッツ・トリビュート

いろんなアーティストの新たな解釈が楽しめます。特にベースラインに興味津々。
POLYSICSは初めて聴くのですが、彼らの「チェリー」はクリムゾンを彷彿させます。
ブックレットの解説を見たら“DEVOに憧れて・・・”ともあり、少し懐かしくなります。
プログレなスピッツ、おもしろいじゃないですか。
あと、小島麻由美バンザイ。次の日曜は彼女に会いに秋田まで行ってきます。楽しみ♪


Ain't I a misfit? - 2002年10月22日(火)

This is the place where all the junkies go
With time gets fast but everything is slow

Can I get some vaseline
Step into a modern scene
Take a chance on that which seems to be the making of a dream
I don't wanna do it like my daddy did
I don't wanna give it to my baby's kid

This is my calling
I said my darling
Shocking appalling
All I can do to you
Hammers are falling
I said my darling
Shocking appalling
All I can do to you


This is the place where all the devils plead
Their case to take from you what they need

Can I isolate your gene
Can I kiss your dopamine
In a way I wonder if she's living in a magazine
I don't wanna say it if it isn't so
I don't wanna weigh it but I gotta know

This is my calling...


I saw you out there yesterday
What did you wanna say
A perfect piece of DNA
Caught in a flashing ray
I caught you out there in the fray
What did you wanna say
A masterpiece of DNA
Caught in a flashing ray

Can I smell your gasoline
Can I pet your wolverine
On the day my best friend died I could not get my copper clean
I don't wanna take it up with little Joe
I don't wanna fake it but I gotta know

This is my calling...

I am a misfit
I'm born with all of it
The fucking ultimate of love inside the atom split
I'm in a flash ray
A mash of DNA
Another poppin' Jay who thinks he's got something to say


・・・
「this is the place」
red hot chili peppers



spare the rod? - 2002年10月21日(月)

「優しくする」ことと「甘やかす」ことを履き違えていた時期がある。
それに気付かずにいるといつの間にか堕ちて行く。

驚くことに堕ちて行くのは自分なのだ。そしてその様を眺めるのも自分。
一片の曇りもないあの日の自分が、もがき苦しむ自分を見下ろしている。
手を差し伸べるわけでもなく糸を垂らすわけでもない。ただ見下ろしている。

一言だけ噛みしめるように、諭すように、彼は言う。
甘やかしてダメになるのは相手以上に自分なのだと。

女性にスポイルされるというのはこういうことなのかもしれないと思った。
男をダメにする女が悪いのか、それともそういう女にした男が悪いのか。
いくら考えても答えは出ない。
自分さえしっかりしていれば未然に防げたことだとしても、
その時点では大局的に見通した判断がつかなかったり、
そうせざるを得ない状況に追い込まれたりということがある。

できるならあのとき、冷たく突き放せば良かったのだろう。
しかし、相手を知るほどに執着心は強くなり、失うことを何より恐れた。
優しく突き放すこともできず、突き放す優しさすら持ち合わせていなかった。

堕ちた先で迎えた終焉は、穏やかな大惨事。
もう二度とあの場所に還ることはない。
戻らない時間を憂うこともない。

ただ、同じ過ちは繰り返さない、それだけを刻まれた傷跡に誓う。
そしていつか、上で見下ろしてたアイツをぶん殴ってやる。




Thank U for hearing me.
Today, a child is gently speaking, inspired by his diary on Oct 18th.

BGM : 『ありがとう』 / あずままどか


rock on the rocks - 2002年10月20日(日)

やけに冷えると思ったらあいにくの雨で、例によって膝が痛む。
バスで街へ出て楽器屋を3軒ほど巡った。
他の予定は全て後回し。CDは明日買おう。

友人が出演するというのでライブハウスへ。
1drinkがついてたので始めはチンザノレモネードを頼んだが、
その先にウィスキーの文字が見えたので慌てて撤回する。

「ハーパー、ロックで。」

ウィスキーをロックで飲むなんていつぶりだろう。
一度胃を壊してからというもの強い酒は極力控えていたから
ウィスキーを飲むにしてもたいがい水割りだった。
5月のROOSTERでも飲まなかったというのに
今日は何故か飲まなきゃいけない気がした。

嗚呼、旨い。

ウィスキー片手に聴くならjazzかbluesと相場は決まっているんだが、
今日はROCK&POPな日だった。それは仕方ないにしてもバンドから
みなさん立ってくださいなんて言われた日にゃ気分が悪い。
よく臆面もなく言えると思う。揃いも揃ってアマチュアか?
プロを目指すなら演奏で唸らせてみろってんだ。
そんで、少しペース落とすから座れとか言ってみろってんだ。
今回も大したベース弾きには巡り会えず。
収穫はアリ。この人に出会えただけで十分。

あ、ハーパーおかわり。


トトロサーモン - 2002年10月19日(土)

今季二度目の芋煮。
この集団の中では古株なのでおとなしく食うのに専念しようかと思ったが、
どうにも落ち着かない性分なので、弦に炭火を熾してもらって一仕事した。
天気が悪くて肌寒かったので河に沈められるのが今日でなくてホッとした。

夜は4人で回転寿司。
隣の小学生が吃って「トトロサーモン二殺!」と注文している。
二枚と二つを混同したのだろうか。それにしてもトトロとは。


ニュースの見出しで『やっぱりアレ使っていた』と書かれてるのが不思議。
アレとは当然覚醒剤や麻薬のことなんだけど。
今、世の中に「やっぱり」と修飾される人は何万人転がっているというのだろう。
オレも実は使っているとか告白したら「やっぱり」と言われるのだろうな。

最近、ピッチからメールを送るときタイトルに
“Messeage from NutsMail”みたいに打つのがお気に入り。
適当な件名が思いつかないときはだいたいこれ。

いつもと同じアドレスなのに、しょうもない小ネタに
「あれ? J-PHONEにしたの?」
と、ツッコミ入れてくれたのはマッシュが最初。
単に素で携帯だと思い込んでたっていう話もなくはないけど、
そこはそれ、マッシュだからね。

そういや昔から些細ないたずらが好きで、
中学のころ放歌になって清掃に入る前に掃除ロッカーの中に潜んで
最初に開けた人をビックリさせるってこともやったっけ。
2回やって2回とも同じ子が引っかかったのは運命か偶然か。
真似したヤツが入るときに見つかって入り口を壁向きにされたのは必然。


child in time - 2002年10月18日(金)

“speak like a child”にちなんで“voodoo child”とどっちにしようか悩んだが、
三語の韻の良さと曲の雰囲気でこれに決めた。ちゃいるど・いん・たいむ。



“気になる”だろうが“好み”だろうが“好き”だろうが、
いずれにしても口に出してしまうと囚われるような気がするのだ。
前にも書いたように。若かりしころの自分はそれがイヤで
そういう内情を滅多に友人に打ち明けられなかったのだろう。
その代わり端から見てると行動でバレバレだったらしいが。

今の時点では口にするのはかなり躊躇われる。
なんの自信も根拠もないからだ。未来にも過去にも。
一過性の流行り病にやられてるだけなんじゃないかとも思う。
ただ、今の感情の揺れ方を誰かに見定めて欲しくて思わずそんな話をする。
いつでもまっすぐ歩けていると思ってても、相対的に座標軸ごとずれていれば
ふらついてることに気付かないから“湖にドボンかもしれないゼ”なのだ。

「君は相手に彼氏がいるとダメなのかい?」
「なんで彼氏おるとダメなそ?」

空腹なのに立ちっぱなしで飲んでたら、ビール2杯でフラフラになった。
帰ってきて無性に切なくなって電話した相手は口を揃えてそう言った。

なるほど。

その選択肢が欠落してる要因は明らかに守勢と逃避。
自分以外に誰も傷つかない、と錯覚する位置。
誰にも傷つけられない代わりに自分の刃が突き刺さる。
それに耐えきれなくなっていきなり飛び出すものだからいつも玉砕する。
そんな最悪の結末を記憶しているのに脳内諮問機関は何の喚起も促さない。
あれか。懐かしき傀儡政権か。それともエンドルフィンでイっちゃってるか。
誰か革命を起こせ。もしくは“coup d'etat”?


考えろ。
今しばらく考えろ。


Nightmare - 2002年10月17日(木)

寝相が悪いのは今に始まった話ではない。
殴る、叫ぶ、蹴る、蹴る、蹴る。
被害者になった人は数知れない。

実家にいたころの話である。
朝起きると親父がやけに落胆していたことがあった。
なにやら夜中に布団をかけに来た親父に罵声を浴びせながら
力一杯蹴飛ばしたらしく、それがひどくショックだったようだ。
たまたま夢を見てたんだよ、暴れるのは毎度のことでしょ、
タイミングが悪かったんだよと母と共に慰めてみるものの、
実は本当に親父の夢を見てて喧嘩していたなどとは
口が裂けても言えない。夢で加減は利かないものだ。

先日も夢を見ていた。誰かと喧嘩している夢だ。
フザケンナ、コノヤロウとか一通り雑言を吐いて
相手の頭を鷲掴みにし、引きずり落として来て膝でかち上げる。
普段は羊の平穏を装っているが、本性はこういうとこにある。

激痛で目が覚めた。
見るとテーブルが1mほど吹っ飛んで、右膝が赤く腫れ上がっている。
どうやら鷲掴みにした頭はテーブルの脚だったらしい。
ただでさえガラスの膝なので、あまりの痛みに泣きそうになる。

以前も敬愛するブルース・リーの夢を見てて、
テーブルの上のコップをソバットで蹴ったことがあった。
起きたらフローリングの床に破片が散らばっていて綺麗だった。

いい加減にテーブルのそばの寝るのはやめたいのだが、
1Kの一人暮らしでどうかできるはずもなく諦めるのだ。
いちいち寄せて寝るというのはメンドイので却下。

それにしてもこのところの寝覚めの悪さと言ったら。


十七回忌。 - 2002年10月16日(水)

共に過ごした三年半。徐々に霞みゆく記憶。
人間は忘れることのできる生き物であるという。
ならば、全てを忘却の彼方に葬り去った暁には
この小さな掌に一体何が残るというのだろう。
失ったものは何物にも替えることなどできない。

げに浅ましきこの身を呪い、
猶も流れ行くこの時を憂う。

この日ばかりは我が時間の止まらんことを願う。
暫し記憶の波に身を任す、束の間の休息を与えよ。


市場の原理。 - 2002年10月15日(火)

なんでいつも、
気に入った女性はみんな彼氏持ちなのかって考えたら、
かわいく見えるのは幸せを全身に受け止めているからで、
その幸せは往々にして恋人がもたらすものなんだなぁと、
今さらながら気付いてみた。

僕は付き合った人を幸せにはできなかったから、
既に幸せな人を連れてきてもすぐしおれてしまうだろう。

そこでしか咲けない花がある。
水も空気も、その土地のもの。


休養 - 2002年10月14日(月)

いつも腰が痛いと言ってるけど痛みには何種類かあって、
普段慢性的に抱えてるのはおそらく腸骨付近の筋肉の炎症。
これは腹筋と背筋のバランスの悪さによるストレスが原因。
一方、突発的に発生する痛みは椎間板ヘルニアだろう。
こればっかりはどうしようもない。あまりの激痛で卒倒しそうになる。
あともう一種類くらいあると思うんだけど、医学に明るくないので分からず。
とにかくオレの腰は使い物にならない。使い道もない。

土曜日の稽古で珍しく倒し甲斐のある相手を見つけた。
久々にスロットルを上げたが膝をかばいながらやったために
腰に負担が来たらしく今じゃ寝そべるだけでもすごく痛い。

天気が良かったので部屋を掃除して布団を干して洗濯をした。
午後からはフィルムを現像してきた。
珍しいことに自分が5枚くらい映っている。
いつもは友人や風景を撮ってばかりなので、
たまに自分が映っていると不思議な気分になる。
アビが相変わらずいい顔で映ってるのでオレなんかに
割くくらいだったらコイツを撮っておけば良かったなんて思う。


気持ちが変化している。
そう気付いて少し悲しくなる。

自分に逃げ道を作っておくのは悪い癖だと思う。
体の衰えなどよりも、守りに入っている自分に気付いたとき、老いを痛感する。

今日は結局メールを一通も書けずに終わった。

CTRL+Nを連射すると一人ブラクラ気分を味わえます。
復旧はCTRL+Wで。(^m^)


霹靂。 - 2002年10月13日(日)

毎年恒例の牛越橋で芋煮だった。
しかも2件。かけもちというのは大変というか、双方に申し訳ない気がした。
どっちか断ったとしても結局現地で顔を合わせることになるので如何ともし難かったが。

とりあえず広瀬川に沈められた。
というか自ら沈んだ。
ノリなので仕方ない。
河は浅くて痛かった。
好天に恵まれて助かった。
彼の赤い褌には脱帽した。

とりあえず前日の場所取りからだったので相応に疲れた。


いいこともあった。
ミズイからメールが来た。

『なぜか受かってしまった。』

喜ばしいことである一方で
明らかな動揺が見てとれる。

すぐに電話をした。

仙台に来るにも岡山に残るにも理由がある。
学術的な問題、プライベートの問題、その他様々な問題を解決しないことには
進路を決定することなどできないが、選択肢がたくさんあるというのは良い。

「オマエが仙台に来たらオレは嬉しい。」

それだけ伝えた。
あとは自分で決めたらいい。

努力が報われたことについては心から最大級の祝福と賛辞を贈る。

『おめでとう。』


Sweetest Thing - 2002年10月12日(土)

久々に気になる女性が現れてようやく名前を聞けたと思ったら、
付き合っている人がいるということも同時に判明して意気消沈。

仕方ない、深みにはまる前で良かったと慰めてはみるものの、
よく考えたらもう深みにはまってんじゃないかって気がしないでもない。

む・・・。

冷静に分析してみると彼女の第一印象は昔憧れたあの御方に少し似ている。
そう言えば、以前付き合っていた女性にもそういう点が見受けられたのだった。
普段は好みのタイプはないなんて答えながらも、ここにはっきりと現れている。
ただ答えようがないだけなのだ。既に人として存在してしまっているのだから。

結局僕は過去の幻影に囚われているだけなのかもしれないと考えると、
なんとも自分が恐ろしく、悲しく、虚しく、また浅ましく感じられてならない。
人には絶対的評価云々と説いておきながら自らがこの体たらく。
まったくもって自分に甘い生き物なんだと思う。


『あなたは一目惚れというのを信じますか?』

信じるという表現は適切でない気がするけれど、敢えてこう尋ねよう。

以前の僕は否定派だった。だいたい高校生か19歳くらいまでの自分。
現在、頭では肯定するつもりはないが、一方では既存の概念を根底から覆すだけの
前科を記憶しているので、経験則に拠れば肯定せざるを得ないといったところか。

ここ数回の恋は電撃が全身を駆け巡るような感覚に襲われて、
スイッチが入る仕組みになっている気がする。
会った回数や一緒に過ごした時間には左右されるわけではないので
果たしてそれを“一目惚れ”と称するかは疑問である。

見えている部分に惚れ、見えない部分を勝手に補って盲信してしまうような恋ではない。
たった数回会って話すだけでも、相手の一端に触れて興味を抱き、
さらにその先にあるものを望む、いつからかそんな出会いを経験するようになった。

相手の心の底に流れる大河の水を汲み上げ、その美しさと透明度に惚れ、
如何なる労力を支払ってでも、はるか彼方の上流まで辿り着きたい、
そこに輝ける物を見つけて、直に触れてみたい、例えるならそういうことであろうか。

特定の相手だけにしか発現しない現象であるが、
それにしても昔に比べて幾分感受性が研ぎ澄まされたのだと思う。
これについては友人たちに感謝しよう。
全ての出会いを糧として僕は生きている。


今日の本題はどこにあるのかよく分からない。
分からないついでに言っておくと自分についてもよく分からない。
感情をそう簡単に出したり引っ込めたりできるものなのか。
複数の人間を同時に愛することができる生き物なのか。

全てはこの季節のせいだと言っておけば当面は問題ないだろう。


prize - 2002年10月10日(木)

僕はとにかく読書感想文の類が大嫌いな小学生時代を過ごしておりましたが、
小学校2年のときにノーベルの伝記を読んでなんとか書いた記憶があります。

なにやら田中氏のノーベル賞受賞に湧いてるうちの学校ですが、
43歳という若さと民間所属であるという2点が他の研究者の
活性剤になってくれることを願います。

しかしながら、電気電子を卒業して化学賞を受賞するのですから
研究というのはどこでどうつながっているか分からないものですね。
僕は学部も来年の院も共に実験系ではないので研究者とは
一線を画す分野にいますが、学部を転向した自分にも
まだまだ可能性は広がってるのだと勝手に再認識するわけです。

なにはともあれ、おめでとうございます♪

そういや、インタビューで「僕もノーベル賞目指してがんばります。」なんて言った学生は
まさかあれが全国ネットで駆けめぐるとは思ってなかったでしょうな。
もうちょっといいこと言っておけば良かったと後悔してるんでしょか。
我が友人Tylor氏も学校で実験中のところを記者に捕獲されて興奮気味に話されたそうで、
コメントが実名付きで新聞とネットのニュースで全国に流れました。
ええ、大爆笑させてもらいましたよ。(^m^)

大学で数学をやっていると言うと、「目指すはノーベル賞?」などと言われてましたが、
ノーベル賞の表彰は物理学・化学・医学・生理学・文学・経済学・平和の6分野で、
数学はその対象にありません。
その代わり、数学にはフィールズ賞というのがありまして、
4年に一度の表彰、さらに受賞資格は40歳未満という厳しいものです。
日本人では過去に小平邦彦氏(1954)、広中平祐氏(1970)、森重文氏(1990)の
3人が受賞されております。
賞金総額が1億円に昇るノーベル賞(複数名受賞の場合は分割)に比べて、
フィールズ賞は140万円ほどの賞金ですが、得られる栄誉にしてみたら
賞金なんてどうでもいいのかもしれません。

クレイ研究所が数学の未解決問題のうちの7つにそれぞれ100万ドルの賞金を懸けました。
7つとも解けたら7億円ですので興味がある方はドーゾ。(^m^)


博ク愛スベシ。生涯学ブベシ。 - 2002年10月09日(水)

おばあちゃんとシメオネには相通ずるものがあると思いますが、
キリさんというおばあちゃんがいらっしゃいまして、
どうにかして下にゴンザレスと書いてみたいなと思ったり思わなかったり。

うちの祖父母はだいたい大正後半か昭和初期の生まれなので、
こんなにも多くの明治生まれのご老人に接する機会は初めてです。
戦争という過酷な時代を耐え抜き、現代の礎を築いた方々、
仕事や家事を勤め上げ、次代を担う子供を育てて世に送り出し、
そしてなにより自分の何倍もの時間を生きてきた事実に敬意を表します。

昔の傲慢で世間知らずな自分ではそんなことは思わなかったでしょう。
大学に来て一人暮らしになって初めて、生きていくことの難しさを知りました。

礼を以て老者に仕えるとはそういうことなのではないだろうかと考えてみました。


6六 or 2六? - 2002年10月08日(火)

世間はどこもかしこもリバイバルブームのようで、
復活したNSPのライブに行ってみようとか思ってないし、
フォークルにはしだのりひこがいなくてガッカリもしていません。
だいたい『夕暮れどきは寂しそう』しか知らないし、
あっちは坂崎幸之助でも何とかなるとは思いますが、
でもそれは何とかなるだけであって、やっぱりはしだのりひこの
イムジン河が聴きたいなあとか・・・結局思ってんじゃんかよ、コラ。

こんばんは。
2ヶ月も借りっぱなしのprinceを聴きながらこれ書いてます、nuts(23)です。
23ってとこを敢えて強調しときます。1979年で干支は未ですってば。マジ。

そういえばこのところ検索で引っかかるようになりました。
また一歩、一人前のサイトに近づいたわけです。
お赤飯の準備にはまだ早い。
そんなわけで検索ワードの紹介。

【EMINヨM】
言わずと知れた「F#$% YOU DEBBIE!」のエミネムさんですが、
“ヨ”の表記で検索してくるあたりがニクイじゃないですか。

【タンタン / 執事】
ワタクシにはよく分からない検索ワードでございます。
タンタンってあのうさぎのタンタンですか? 千秋?

【夢でもし会えたら素敵なことね】
これはラッツ&スターの曲ですね。一言使っただけですが。
そういや田代は何してんダロ。
ミュージシャンは麻薬はやってもいいけど、のぞきはダメなんですね。
いや、麻薬もダメですが。サイケはサイケで魅力なんですよね。

【プーチンとマーチン】
これで検索してきたアナタとお友達になりたかったですわ。
そして「切な〜い、人間っ!」って唱和したかったですのに。
シクシク。そろそろ嬲りたい年頃です。


あ、はい。ご覧の通り手抜きです。
今週はどんなに怠惰でも見逃してくれると、もれなく明日のアナタに
至極些細な幸運が訪れると欺いたら鵜呑みにしてくださいますか?

素直な子が大好きです。


実習中。 - 2002年10月07日(月)

とってもとってもしんどいのです。
早起きして朝のラッシュを片道15km爆走して行くのです。
思った以上に重労働で持病の腰痛が悪化してるのです。
初日からこれでは先が思いやられるのです。
疲れた日はこれでも見て肩の力を抜くのです。
メールの返事はちょっと待ってくれると嬉しいのです。
とりあえずレスだけして寝るのです。グワシ。(違)


stop crying your heart out - 2002年10月06日(日)

昨日の話をば。

仙台市体育館でoasis。
今回のシートは北スタンド。要するに2階席なんだけど、
下手にアリーナで後ろにいるよりは2階席の方がずっと見やすい。
グランディもそうだった。機材とかのチェックもできるし。
しっかし、スタンドのステージ寄りのシートは完全に見切り席だったようで。
ぽっかり空いたスペースがおもしろかった。

Introは“Fuckin' In The Bushes”。
オイオイ、前回公演(2000年3月 グランディ21)と同じかよ・・・。
あの曲は好きだから仕方ないけど、こういう使い方にしか向かないんだよな。
映画『snatch』で使われたときはすごくはまってたっけ。

んで、1曲目の“Hello”で始まり、新旧の曲を織り交ぜる構成。
相変わらず中腰で反り返りながら歌うリアムはすげぇ。

ノエルが奥さんと離婚したため「“Wonderwall”はもう演らねぇ!」って宣ってたが
アコースティックでノエル独演。そういうことか、もう5人では演らねぇ、ってことか。
いいよ、あれ。いいアレンジだったよ。

“Don't Look Back In Anger”も演った。
この曲はオレがベースを始めて一ヶ月でライブを演るとなったとき、
メンバーがオレに合わせて選んでくれた曲で、最初に弾けた曲ってことになる。
ユースケの思い出とか込み上げてきて固まってしまった。

途中で“Morning Glory”や“Some Might Say”、
同シングルB面の“Aquiesce”までも演ったし、
2ndの栄光はいつまで経ってもぬぐえないんだなぁと思った。

肝心の新譜の方からはアクセントかメドレーで“Songbird”を演ると思ってたのにちと意外。
リアムの書いた曲だからかな。その他はなんだか無難な曲ばっか揃えたなぁって感じ。

2000年の福岡公演では喉の調子が悪いからと言って4曲目の途中でやめてしまい、
今回の福岡公演でもステージ上で兄弟喧嘩を繰り広げて結局独演になったそうな。
福岡が鬼門なのか単に日本をなめてるのか知らないが、その噂を聞いてたものだから、
序盤でリアムがスタッフに「もうダメ。」みたいなジェスチャーを送ったときはゾッとしたし、
袖に引っ込む度にもう帰ってこないんじゃねぇかなんて不安になった。

結局最後まで演り通したけどMCはほとんどナシ。
「これで最後だ。see you!」とか「もう1曲演るゼ。」とかそんなもん。
前回の「F#$k you!」ばっかりもどうかと思ったが、
しゃべり出すとまた兄弟喧嘩になるから自粛してるんだろうか。

本編は1時間と15分くらいで終わって、encoreで4曲。見え見えの手。
正味1時間半ってとこで普通のアーティストにしちゃ少ないが
コイツらは“oasis”だから最後まで演ってくれただけマシなのか。

昔に比べてノエルのステージ上での自己主張が強くなったし、
もはやイニシアチヴを完全に掌握してるのは誰の目にも明らかだった。
途中にソロを持ってきて、encoreも4曲中2曲がリアム抜きだったし、
跳ねても最後までステージに残って挨拶をして帰っていった。
その他の方面でも精力的にプロモーション活動を行ってるらしい。
なんだろ、そろそろ危機感が芽生えてきたってのかな。

そういやOutroは“Champagne Supernova”でこれも2nd。
ああいう場面ではVocal-less Versionとかの方が嬉しい。
なんつーか、今まで生で聴いてたのに陳腐になってしまう。
そんで尚かつ会場全員で大合唱できたら素晴らしいんだろうな。

いろいろ書いたけど、ライブは十分楽しめた。
隣の席が3つも空いてて広々としてて飛び跳ねるには十分だったし、
様々な不安も杞憂に終わって良かった。
一度そういう場面に出くわしてみたい気もするけどね。




退場後は会場の前でグッズ売場を眺めながらしばし3人で余韻に浸る。
そのあと水時計に移動して飲み会に合流。すっかり疲れ果ててあんまり飲まず。
帰り際、騒々しい人だかりを横目に地下駐輪場に降りようとしたら
階段におびただしい鮮血を見る。上に戻ると数人の警官と泣きじゃくる女性。
喧噪を奏でる若者たち。取り抑える側と抑えられる側。


美酒に酔うは一瞬、旋律に酔うは一生
極上の音楽のみが永遠の感動を与えてくれる
アナタも音楽で幸せになりませんか
だからもう、泣くのはやめて
胸も張り裂けんばかりに泣くのはやめて


FarAwayEyes - 2002年10月05日(土)

石井浩郎(9月2日参照)の引退試合だと言うのにTV中継がなかったので怒り心頭。
凡退だったとかそんなことはどうでもいい。
漢の最後の勇姿を見たいだけというのはそんなにわがままなのか。

このところ寝酒を呷るようになった。たぶん悪い習慣なんだろう。
案の定、灯りを消して寝床に入ったら切なくなったので戯れにメールを送る。
ただふざけてるだけと思われるかもしれないが、こういうときに限って本音が出る。
自分が一番無防備な瞬間だと思う。
遠のく意識の中で3,4回返事をしていつの間にか深い眠りに落ちる。
い〜だっ。(><)

今朝は自然な目覚め。
ここのところの天気は自分の気持ちと反比例するようでイヤだ。
窓際で木造りの子ぶたが5匹、転がっている。

そういえば夢を見た。
中学校の体育館でベースを弾いていたのだが、どうしたわけかみんな捌けてしまう。
前日にノエルとリアムの喧嘩の話を聞いたせいかもしれない。
裏で編集してるから場つなぎしろと言われて流れた曲はsatisfaction。
Mick Jaggerのように縦横無尽に駆け回り歌う。
おこがましくて“one time! two time!!”まではやらない。
記憶している断片はそんなとこ。

今晩は仙台市体育館でOASIS。悪い予感が脳裏をよぎる。

その後はサークルの飲み会に合流するのだろうか。
あんまそんな気分じゃないのだけれど。


エンピツに思うこと。 - 2002年10月04日(金)

ずいぶん前なんだけどジャンルが一新されたらしくて、
当“speak like a child”はどこに行ったらいいのか思案するわけで。
最近は学校に思うこともあるし、学生なんだから[学校]に行ったらいいのかな。
[音楽]や[スポーツ]に行ってもいろいろ書けそうだな。
[ダイエット]と[片思い]は自虐的になるからやめとこ。

だいたい[日常]と[静かな日常]を区別する意味が分からないし、
不倫だとか官能だとかで強制的に移動させるのは納得がいかない。
[チャレンジ]にしたって多かれ少なかれ何かを志してない人は
呼吸をしてないわけで。結局何に主眼を置くかなんだろうけどさ。
相変わらずナンセンスが蔓延っている気がする。まあ、いいや。
とりあえず一度成人ジャンルに引きずり込まれたら帰ってこれないらしいので気を付けよう。

そんで、どうすっか。
前にも書いたけど[脳内麻薬]とか[幻覚症状]みたいなジャンルがあれば
真っ先にそこに行くんだけどね。行って壊れっぷりを発揮するんだけどね。

結局はこのままで落ち着くことに決定。
現実も夢も虚構も、全てがオレという考える葦の日常。すぴーく、らいく、あ、ちゃいるど。


エンピツに希望があるとすれば
MY登録のリストをフォルダかテーブルに振り分けたい。
とにかく増えすぎて困ってるから。

あとは書き手の年代別に分類されてたらいいな。
こればっかりは弊害が生じるから無理なんだろうけど。
何で年代別かっていうと1979年度生まれの人に会いたい。
いわゆる同期。ただそれだけのため。

今のとこMY登録で1979年度生まれのエンピツ屋さんは一人なのかな。(未確認)
この方はオレが見つけたんじゃなくて、向こうが先に登録してくれたんだけど、
日常における程良い刺激や切ない共感を得られるという素晴らしい出会いをくれた。

とあるエンピツ屋さんの言葉を借りるならば、
魂の琴線を触発する人に出会いたい。
幾人かそういうエンピツ屋さんに出会ったけど、
同期っていうのはまた違った存在なわけで。
1979年エンピツRINGとかないのかな。

『1979年という年に生まれ、
 ほぼ同じだけの時間を生きてきたアナタは
 遠き土地で何を見て、流るる風から何を感じ、
 かけがえのない日々から何を得てきましたか?』

そう思うわけで。
本当は五七五打とうと思ったけどオチがつかないので諦めました。
御粗末です。(^m^)


押し入れで6時間寝た。 - 2002年10月03日(木)

朝飯を食ったら急激に腹痛がして
次いで重くのしかかるような眩暈に襲われた。

なんだ、これは。
血が欲しいのか。
もはやあれほどの犠牲でも足りないというのか。


困ったことに金がない。
ライブのチケット絡みでみんなオレが立て替えてるせいだ。
総じて2万強。以前ならどうってことない額だが、
買いすぎたCDのせいでそんな余裕もないほどに困窮していたか。

今週末はOASIS。オウェイシス。2度目。
今作の感想はあまりよろしくないんだが、
ライブでは手抜きじゃないことを祈る。

今月末にはハタハタロック。
正確にはARABAKI ROCK CIRCUIT 2002 『鰰の叫ぶ声』っての。
GREAPEVINE、THEATRE BROOK、THE↑HIGH-LOWS↓とか来る。
ハイロウズには一度街で会ったことがある。高校時代。
でもBLUE HEARTSじゃないからあんま興味は湧かない。
それより小島麻由美に会えるのが楽しみ。ウフフフフ。

あと11月の柴田淳。
学祭のライブに行くのは1年のときの高木ブー以来か。
CD聴いてると細かいビブラートがスゴイ。
つーか、チケット9枚て・・・。(汗)

ライブにも行き始めてようやく自分の日常になったかと思ったら、
最近サッカー観に行ってないことに気付いた。
1stはHOMEの試合が多かったから行ってたんだけど、
ワールドカップ明けからは忙しくて無理だったし。

む、ジュビロの試合があるな。
エセ仙台市民ながらベガルタファンで、それ以外だとジュビロが好き。
その名も服部。
君の取り柄♪足の長さ♪・・・そりゃ服部違いだ。
代表の左SBは服部じゃダメですかね。
攻撃力も買ってるんですけど。

なんだかんだ言いながらジュビロとの試合は仙台スタジアムじゃなくて
利府町の宮城スタジアムだから行く気がしない。
トルコ戦やこけら落としのキリンカップでも行ったけど好きになれない。
でも敢えてAWAY側に行って中山コールをしてみたい。
ひぃぃぃ、ベガルタごめんよー。

あ、森が市原の練習に参加?
マジで? 悲しいなぁ。


午後から街をうろついて買い物をしてみた。
中華まんの季節ですなぁ。(^m^)


強制カミングアウト - 2002年10月02日(水)

どこか自棄的になってしまう瞬間があって、
死にたいという言葉が脳裏を駆けめぐる。
街から帰ってきてすぐにWIREDをかけたが聴きたかったのは
BLOW BY BLOWの方だった。探すのが面倒になって諦めた。

たまにこういうことを書くからあまり人には知られたくなかったんだけど、
思えばモモちゃんと大腸菌がつながっていると気付いた時点で
何らかの策を講じておくべきだったのだ。
それを怠ったオレにはむしろ公開する意欲があったのかもしれない。
そして知り得たのは3人か。
現在、どれくらいの弊害が生じるか算出している途中だから
今はそれくらいで留めておきたい。

その3人目は昔オレが同じにおいを感じると言ったことがあった。
それはあっさり否定された。
本質的な部分においての比較対照だから一概に違うとは言えないが、
検証するには難しく、なによりいたづらに本質を暴かんとするは愚行。
ん、多くは語るまい。綴ってもさして意味を為さないことだ。

最近、文系書籍がお気に入りだ。
違う分野に触れることは楽しい。
半年あるから何冊か読もうと思う。

君は嘘をついているわけではないと思う。
でも心のどこかでつながっていたいと考えているのだろう。
だからあっさり看破される愚策を巡らす。
その気持ちがよく解るから僕は君を責めることなどできない。
けれども、いつかまた同じ過ちを繰り返す。必ず繰り返す。
そのときが来るまで、僕はただ眺めているしかないのだろうか。


我在故我思 - 2002年10月01日(火)

ひどい雨だったので原チャで学校に行くのがとても億劫だったが
後回しにして何らかのアクシデントに見舞われたらたまったもんじゃないので
渋々ペコを着て山へ向かう。(ペコ・・・雨具代わりの黒いヤツ。背中にpeko。)

扇坂を過ぎたあたりでトキに会う。
一年以上会ってなかったんじゃないだろうか。
夏の同期会にも来なかったし。相変わらず素っ気ない。
でも連絡を取りたかったので頑張って出てきて良かった。

エイジさんは指導教官の所見を快く書いてくれた。
こんな学生だったら良かったんだろうね。
ゴメンよ、エイジ。

迂闊にも自宅から成績証明書を持ってくるのを忘れたが、
学部に依頼してた分が2通あったことに気付き、取りに戻らなくて済んだ。
(fetchっていう単語をド忘れして調べること約3分。)

これで面倒な書類の手続きは全て終了。
明日からは実習の準備でもしよう。


うちの学校の施設にNICHeっていうのがある。
来年度の進学先と少し関わりがあるところなんだけど、
なんで無理矢理最後に“e”を付けたのか分からん。
頭文字だけならNICHでいいやんってジュンに言ったら
「ニッチやニッハじゃ格好悪いじゃん。」ってさ。確かに。

eを付加したNICHeは“ニッチェ”と読む。
人によっては“ニーチェ”が通称になってることもある。

「ニヒリズムだよね?」
「そそ。“神は死んだ”とかね。」

高校時代は倫理の授業が好きだった。
クラスの大半は寝てばっかりだったが、
オレは駄洒落のきつい先生の話に耳を傾け、
その傍らで教科書と資料集を読み通した。

大学進学にあたって何故数学科を選んだかというと、
純粋数学を学ぶ、数学教師になるという目標の他に“哲学”という動機があった。
哲学をどうしたかったのかは分からない。
学びたかったのか触れたかったのか近づきたかったのか。
研究したかったのなら文学部に行くべきだったろう。
しかし自分にはただ漠然と“哲学”というキーワードがそこにあっただけだった。

“cogito ergo sum” − Descartes

英訳すると“I think therefore I am”だと中学のころ教わった。
しばらくの間は好きな言葉と言えばこれだった。

西洋では数学者と哲学者の境界線は限りなく曖昧である。
ピタゴラス、デカルト、ガリレオのように数学や物理学、天文学などの
自然科学において業績を残した学者は哲学者としての側面を持っている。
当時は宗教活動と学問に密接な関係があったからかもしれないが
そんな学者に単純に憧れた。

自分も数学を学べば哲学者になれるかもしれない、淡い期待を抱いていた。
それなのに在学中は何もしなかった。
哲学書を読むわけでもないし、数学の勉強を進めるわけでもなかった。
性は怠惰。罪深いほどに。

還らない時間は仕方ない。
これからどうするかだな。
引き続き拙い精神論やパラドクスでも綴ろうか。
すっかり日焼けしたキルケゴールでも読もうか。





ついでだから東洋思想にも少しだけ触れておく。
自然科学から派生する西洋思想に比べて、
徳や仁を重く説く東洋思想は人文科学的かつ政治的要素が強い気がする。
孔子の言うことはいちいち夢見がちな気がして、
世間から隠れ住んだ老荘思想の方が性に合ってるんだけど、
孔子の克己復禮は確かに理想だと思うし、
老子の言う小国寡民はオレの造りたいものの基幹である。
あと、孔子の衛霊公15-7には勝手に宿縁を感じる。



-▼-


 

 

 

 

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≪時逆    時順≫

滅入ル  【Aurum Forum】
  



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