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2004年01月15日(木) ・・・・・泣かなかったよ。

今日、やすくんは一人でうちに帰る。


一人で。


実は、実家に帰ってきてから毎晩
二人きりになるとこの瞬間を思って涙していた私。
やすくんはいつも
「だいじょうぶだから」って
何度もつぶやきながら、大きな手で私の頭を撫でて慰めてくれていた。
私が眠りにつくまで、ずっと。



朝がきた。
いつも以上に早く目が覚めた。
隣で静かに眠っているやすくんの顔をじっと見る。
目を。口を。鼻を。髪を。

一つずつ、じっと。

そんなに簡単に忘れちゃうわけがないのに、一生懸命頭に焼き付けた。





「途中で雪が降ると大変だから、少し早く出ようと思うんです」

母さんと3人での朝食で、やすくんが突然いった。
母さんも、「そうだね、まだまだ雪が心配だから」と頷いた。
やすくんはいつもと変わらない笑顔で母さんに頷き返して
そして、私を見た。

いつもと変わらない笑顔で。
私は、一生懸命笑顔を作ろうとしたけど

ダメだった。

隣に母さんが座っているから、悲しい顔はできない。
引きつる顔で、トーストをかじった。


荷物をまとめるのは私。
やすくんは「自分でやる」といったけど、こっちで洗った洗濯物と
昨日着ていた服をわけたり
忘れないで持って帰って欲しかったいくつかのものをカバンに詰めた。




いつもと変わらない笑顔でそんな私を見ているやすくん。

でも。

いつもだったら、もっと色々話し掛けてくるはずのやすくんが
いつもだったら、もっと近くにいてくれるやすくんが
いつもだったら、もっとゆっくりと過ごしてくれるやすくんが


今日は違った。


くだらない冗談は、いつも以上に空回りしていたし
私をギュッと抱きしめてくれる腕は、なんだか私を避けるようだったし
なんだかいつも以上に他人行儀だった。




途中の珈琲屋さんまで、母さんと見送ることになった。
珈琲屋さんまでは、2人きり。









何を話したか、覚えていない。






美味しい珈琲とちょっとしたケーキを食べて
他愛のない話をして、
私たちは店を出た。


車に乗り込むやすくん。
車の外で見送る私。

こんなの、初めてだ。




「じゃあ、すいません。よろしくお願いします」

母さんにいつもと同じ笑顔でそう言って

私をちらりと見ながら、でも視線を合わそうとせず
「じゃあ、がんばって」
とやすくんは言った。




その瞬間、やすくんの気持ちがわかったような気がして
そして、その気持ちは私と同じなんだとわかった。


淋しいのは、わたしだけじゃない。


胸の奥をギュッとつかまれたようだった。


涙が湧き出しそうになってきたけど
必死でこらえた。


泣いたら、またやすくんを心配させる。
余計に淋しさが募ってくる。

そう思ったから。

涙がこぼれそうになるのをぐっとこらえて
私は笑って、やすくんを見送った。

車が出て行く直前、
やすくんとはじめて目が合った。

やすくんは私が泣かないで送り出してる姿を見て
少しほっとしたような表情をして
今度はちゃんと目を見ながら
「がんばれよ」
と、

ちょっと淋しそうな顔で笑った。







これから、しばらく離ればなれ。







次に会えるのは

二人が「親」になったとき。










2004年01月14日(水) 一緒に。

妹と母と私達で、大雪の中買い物に出かけた。

買い物、といっても車で2時間以上もかかるところまで(苦笑)

田舎だから仕方がない、という理由もあるのだけど
なんとなく、懐かしい街を色々みたかったってのもある。


でも、そんなセンチメンタルな気分に浸っていられないほどの大雪(苦笑)
やすくんはそんな大雪をスキーに行く時以外見たことがなかったらしく、
おまけに運転手が女性(妹)だということに驚いたらしく
きょろきょろとあたりを見渡しながら、「すごいねえ」を連発してた。


ようやく到着したモールにはほとんど雪がなくてびっくり。
それでも所々凍ってる場所もあった。
いつものように車を降り、すたすたとモールの中に向かっていく母と妹。
いつも以上に「大丈夫?」「ほら、腕につかまって」と気を使うやすくん。
なんだか、あまりにも対照的な姿に思わず吹き出してしまう。

一番の目的は、生まれてくる子どもの色々を買うこと。
でも、私はまず最初に紳士物の靴を探した。

私がいない間に、やすくんの妹、つまり私の義妹が結婚する。
そのときに履いてもらう靴を探すため。
安い靴なら何時でも買えるし、どこでも手に入るけど
せっかくだったら一生使えそうな上等な靴を一緒に選びたかった。

「ほら、試しに履いてみて」

そういう私に、

「今日はいいよ。俺、今度一人で買いに行くから」

と、ちょっと戸惑い気味のやすくん。

「いいからいいから」と次々に試し履きをしてもらう。

一番高い靴ではなかったけど、一番やすくんの足にピッタリしてて
長く履けそうな靴を選んだ。




チャイルドシートを探すために何件かのお店をまわる。
どれがいいのか、最終的に決めたのはやすくん。
そのメーカーが一番安く売られていたのは最初のお店だったので
母と妹に買ってきてもらう。車での移動をしなくちゃいけなかったし。

その間に、二人でベビー用品売り場で買い物。
洋服とか、そういうのはとりあえず必要最低限そろえているので
こまごました物を二人で相談しながら籠に入れていく。


「なあ」

やすくんが立ち止まり声をかけてきた。

「これ、買いたいんだけど」

そう言って見せてくれたのは、あかちゃんの手形を残せるキット。

「それ、欲しいの?」
思わず、聞き返す。

「うん。・・・だめかな?」
恥ずかしそうに笑いながら、こっちをみるやすくん。

私が思っている以上にこのお腹の命のことを想い、待っててくれてるんだと
嬉しくなる。

「ほら、最初の子ばっかり色々してあげると、2番目、3番目の子がジェラシー感じちゃったりするだろ?
 だからさ、何人生まれてきてもみんなにしてあげられることを、何か記念に残るものを
 作りたくて」

私が何も言わずニコニコ笑ってるから、慌ててやすくんがそう言った。


ふふふ。
私もまだまだ「母」にはなりきれないけど、
やすくんは、ちょっとずつ「父」担ってるんだなあとおもった。

笑いながら私は
黙ってそのキットを籠に入れた。


生まれてくる子のための記念のもの。
それはきっと

私達が親になった最初の記念のものになるはずだもの。


2004年01月13日(火) ドライブ

思いもかけない雪。

高速を走ってる途中からの雪は、積もってはいないけど吹雪。
まさにホワイトアウト。
視界が真っ白になって前に車が走ってるのか、道がどっちに曲がっているかも
わからないほど。

「ねえ、運転変わるよ」

雪道は多少慣れてる私。やすくんに声をかける。


「だめ。ききは運転しないほうがいいの」


顔の表情に余裕がないまま、やすくんがそう答える。
スピードを落として、ゆっくりと西へ向かう。
最後の、2人きりのドライブ。


+++++++++++++++

「今日は、サービスエリアごとに休憩していくからね」

出発の時のやすくんの一言。
「妊婦さんってさ、車に乗ってるだけでも意外と疲れるんだって。
 だいたい1時間に1回くらいずつ休めばいいんだけど、それだとわかんなくなるから
 サービスエリアごとね」
なんだか、嬉しくなる。

「でもさ」
嬉しい気持ちを知ってか知らずか、やすくんが続けた意外な一言。
「気をつけないと、きき太るぞ」
「・・・・・・・・・へ?なんで?」

「毎回大きなサービスエリアで『何食べる?』っていうんだもん。
 毎回毎回何か食ってたら、確実に太る」

・・・はい。ごめんなさい。
なんとなく、「御当地名産」「地域限定」に弱いんです。
ソフトクリームとかにも、弱いんです。
つい、食べたくなっちゃうんです。

笑顔のやすくんに「出来るだけ『食べたい』って言わないようにする」と約束をしての出発。

最初に「あれ食べよっか?」っていったのは、やすくんだったけど(笑)










休憩を取るたびに「大丈夫か?」「横になる?」と優しく声をかけてくれるやすくん。
いつも以上に、私を、私の体のことを気遣って、そっと寄り添ってくれるやすくん。

すごく嬉しかった。

でも、
それがしばらくのお別れのドライブだからだとおもうと

そんな優しさが、ちょっぴり淋しかったりもした。


こんな風に二人だけで
こんな風に笑いあって
こんな風に思い合える

そんな幸せをもう少し味わっていたかったな。

なんて思う私は
まだまだ「母」にはなりきれないようです。



+++++++++++++++++++++++
日記の中で「超私信」(笑)を書いてくださったあなたへ。

優しい気持ちをどうもありがとう。
色々な意味で「良い」子を産みたいと思います。




2004年01月12日(月) 上には上が。

今日のは、1/10分からの続き(**コチラ** )です。

どうぞそちらから。




++++++++++++++++++++++++++++

母さんまで巻き込んで強行突破だ!
どうあがいたって、私は一人で帰るんだから




なあんて、思っていた私がどうやら甘かったようです。




上には上がいたようで。






私の知らない間に
「臨時休業のお知らせ」なんていうのを出して
お休みを1日延ばしにして、つまり今日から5日間のお休みにして
おまけに
手伝いに来てくれてる人たちには
「今日の午後から出発するんで」なんて、ちゃんと根回ししていた
やすくん。


それに気づいたのが、昨日の夜。



で。

今朝。





「午前中は店の片付けをして、午後からききの荷造りと部屋の掃除をして
 それから出かけよう」


と満面の笑みで私にそう提案したやすくん。

「でもまだ部屋にはダンボールの箱が・・・」
  (まだ引越しの荷物がそのままだったりする)
「私、会計がまだ終わってないし・・・」
「っていうか、うちの母さんにも連絡してないし・・・」

最後の抵抗を試みたけど

「ききがいない間に、俺がやるから大丈夫。
 それに、ききの実家にはさっき電話した。そういうことならよろしくってさ」

と、
ここまでいわれてしまったらもうお手上げ。

作戦失敗の悔しさと
やすくんに対する申し訳なさと
そして、ちょっぴりの嬉しさが入り混じった複雑な思いが込み上げる。


「確かに俺、今ちょっと疲れてると思う。
 とんぼ返りでこっちに戻ってきたら、多分身体ももたないと思う。
 だけどさ、こっちでゆっくり過ごしても休んだ気がしないんだよね。
 環境を変えたいっていうか。
 それに、ちゃんとききの家族によろしくお願いします、って言いたいし。

 だから、な?一緒に帰ろうよ」


やすくんの声が心地よく心に染みて
やすくんの気持ちが嬉しくて

もう、頷くことしか出来なくなってる。






と、いうわけで。

バタバタしましたが

二人一緒に里帰りです。







最後の、二人っきりの旅。

そう書くと、ちょっとセンチメンタルなきぶん。なんてね。


2004年01月11日(日) 強硬手段。

今日のは、昨日からの続き(**コチラ** )です。

どうぞそちらから。




++++++++++++++++++++++++++++

もし。
2人一緒で帰省して、2人一緒に帰ってくるのだったら
そして、私がこんな状態でなければ
私はきっと、やすくんの意見に賛成してただろう。

疲れたとしても、それはそれできっと楽しいと思うし。




もし。
自分ひとりのことだけを、自分の都合だけを考えたんだったら
やっぱり、私はやすくんの意見に賛成していただろう。

これからしばらく会えなくなるから
少しでも長く一緒にいたいもの。




でも。

これから先の現実に目をむけたら
私は、やすくんの意見に賛成するわけには行かない。

私にとっては、しばらく他所事のようになる店の色々は
やすくんにとっては、現実的な話だから。
私がのんびり実家で暮らしている間も
やすくんは、店を開け、お客さんと向かい合わなくちゃいけない。

それを思うと、少しでもゆっくり休める時間を確保したくなる。
まずは、寝る時間。
これ以上眠れない!というほど眠らせてあげたい。

それに、やすくんの好きなことをする時間も。
今まで随分色々なことを我慢してきたわけだし。


で。


やすくんとの話し合いがまだ平行線だったのにもかかわらず
実家の母と電話で話して
具体的な計画を立てた。


休みの日に帰るとなったら、やすくんは必ず「送る」というだろうから
休みあけの最初の営業の日に帰ることにした。

その日のお店の準備をしてね。

その日は東京の叔父の家まで行って、
そこで母と落ち合って、1泊。
次の日に、実家に帰るというわけ。

母には普段、やすくんの様子や、お店のことなんかを話していたから
私の考えを伝えると、わりとすぐ納得してくれた。




やすくんに、その計画を話す。

「もう、母さんと決めたから。やすくんとゆっくり休んでから
 私は帰るよ」

やすくんは、「でも・・・」と何か続けようとしたけど
もう決定したんだから。









それにさ。




見送ってもらえるほうが、見送るより

全然辛くないから。





私は、実家でやすくんを見送りたくないんだ。


寂しさがあふれて
どうしようもなくなることがもうわかってるから。






どうやら、私の強行作戦は
成功しそうデス。


くくく。


2004年01月10日(土) 思いやるココロ。

「一緒に行く」
        「だめ」

「一緒に行くってば」 
            「だーめ」

「だって、きき一人じゃ心配だよ」
            「だって、やすくん一人じゃ心配なんだもん」





何の話かって?


まもなくの、私の里帰りの手段についての話。
やすくんは、私と一緒に車で送っていくと言ってる。
私は、一人で東京まで出て、その後母と一緒に電車で帰ると主張してる。

・・・普通に考えれば、やすくんの言ってるほうが良いに決まってるんだけど。
途中で辛くなったら休憩できるし。
何より、安心できるし。

でも。
でもね。
心配なんです。

やすくんを、返って疲れさせてしまうのが。


雪で道路事情が悪くなってしまってるだろうから
どんなに早く着いても、ここから10時間はかかる私の実家。
今までは交代で運転してたからまだ良かったけど、
さすがに今回は、今までみたくやすくんを寝かせて車を走らせる自信がない。

しかも、
12月から、まともな休みがほとんど取れなかったから
たまりにたまった疲れを、もう隠す余裕さえなくなってるやすくん。
そんな状態で運転してもらうのが、申し訳なくて怖い。
帰りは1人なわけだし。

おまけに。
当初2人で考えていた休みのプランは
義両親にあっさり却下され。
その後のお店のこととか考えると
やすくんが私の実家にいられるのはわずか2日。
10時間運転した次の日に、今度は1人きりでまた10時間なんて
おまけに更に次の日から仕事だなんて。







私を心配するやすくん。

やすくんを心配する私。






これって、夫婦の思いやりってことになるのかな。


2004年01月09日(金) 一番大切な「私」

寝不足、疲れ、情緒不安定な状態で
それでも続くあわただしい日々。
パソコンに向かう時間は当然、なかった。


珍しくポッカリ空いた時間。
久々にメールをチェックした。
膨大なDMのなかにポツンポツンとまぎれている
友人達からのメール。
随分前からチェックしてなかったせいで、
話題が時期はずれになってしまったのものや
切羽詰った相談メールなんかもあったりして
すぐに返信できなかったことで
なんだか申し訳ない気持ちになる。


その中の一通。

エンピツを介して知り合った人からのメール。
ここ最近、ここでずっと暗く重い心を吐き出し続けてる私を案じてくださったみたい。

色々とココロに染み渡る言葉が残っていたけど
その中でも

「お子さんが産まれれば「良き母」を要求されます。
 女、妻、母、嫁
 この4つが自分の身に同時進行で要求されるコトになります。」

と言う言葉からはじまるくだりに、はっとさせられた。
そして、その人は

「なにより愛する旦那さんの
 よき「女」そして「妻」になることですよ。」

と、アドバイスしてくれた。


知らないうちに自分のココロに刺さっていた棘を見つけて
そして、その痛みすら感じなくなってしまっていた自分に気づかされたようだった。

お店のこと、お義母さんとのこと
そして、これから生まれてくる新しい命のこと。
それを全部完璧に、しかも一人でこなそうとして
どんどん追い込まれていった自分。

ちがうな。追い込まれたんじゃない。
追い込んでいったのも、自分自身。






夜。




寝る間際に、やすくんにたずねた。
「女と奥さんとお母さんとお嫁さん。
 やすくんからみて、今の私はどれを一番にしてると思う?」

突然の難しい質問に、やすくんはちょっと戸惑ったようだったけど
しばらく考えて、そして答えた。

「今、どれを優先してるか、ということより
 今、ききは『自分』を一番大切にしなくちゃいけないのに
 それを一番最後にして、全部を一度に進めようとしていると思うよ。
 母親になるにしても、俺の奥さんとしても
 まず、ききがききらしくいてくれなかったら何にもならないだろ?」

また、涙があふれてきた。

でも、これは毎晩流してきた涙とは違う。
やすくんの言葉が私の心の中の一番頑なな部分を溶かしてくれてるみたい。








ありがとう。








2004年01月08日(木) 迷走。

過去日記を随時更新中。
というか、この日記もその作業の一環なんだけど(苦笑)。

1/1分 ++あけまして おめでとう。 今年も よろしく。++も更新しました。



******************************


そう、この日記も過去を振り返って更新している。
今になって思えば、どうしてそうなったのか
どうして、そんな風に考えてしまったのか、
その理由さえもわからないけれど。

とにかく、

私は
私の心は
迷走していた。

どこに向かって走ったらいいのか
何を目指していきたいのか
自分でコントロールができない。
まるで、
糸の切れた凧のように。



毎朝目がさめると
私はやすくんの布団の中にいて
やすくんの布団と、やすくんの腕にくるまれていた。
そして、やすくんは布団の隅で眠っていた。いつも。

疲れているのに、ゆっくり眠りたいだろうに
私を抱えるようにして眠っているやすくん。
申し訳ない気持ちで一杯になって、
朝のほんのわずかな時間だけど私は自分の布団に戻り
やすくんをゆったり眠れる体勢にする。










夜になると。









なんともいえない不安がまた自分を襲ってくる。
すべてのうまくいかない事柄が
自分のせいのような気がして
そして、一番大切なやすくんに
一番迷惑をかけているのが自分だと思えてきて
涙が流れる。

「涙が流れる」なんて綺麗な言葉であらわせないほどの状態。
涙か鼻水かなんだかわからないくらいで
自分が今何を思い、何を話しているのかもわからないくらい混乱してた。




やすくんは、そのたびに
「もういいから、とにかく眠りな」と
混乱状態の私を無理やり布団に寝かせ、ギュッと強く抱く。

そんな毎日。


ここにいると迷惑がかかると思いつつ
しばらくすると、実家に帰らなくてはいけないことで
また迷惑をかけてしまうと思ってしまう私。

やすくんは。

疲れてるだろうに
そんな私に、ただ「大丈夫だから」って
何度も繰り返しながら、私を寝かしつけてくれていた。

そんな毎日。





********************************


今思えば。


その強い腕の強さが
「大丈夫だから」の言葉が
迷走する私の心の
たった一つの道しるべだったのにね。



2004年01月07日(水) 頑ななココロ。

前回の日記(++コチラ++)を書いたのにはワケがあるわけで。

実家の母との電話での、何気ない会話。
仕事に追われる毎日と、疲れの抜けないからだと、
それに
お腹に宿る新しい命を思う時間がほとんど取れない苛立ちが
最高潮に達している時。

「こっち(実家)に帰ってる間は、子どもの事は私(母)と○○(妹)の好きなように
 させてもらうから。
 今日もね、2人で相談しながら色々買い物してきたんだよ」

このままの生活がずっと続いたら、
きっと子どもが生まれてきても私が世話をする時間なんてないんだろう

そんな不安がいつも胸をよぎっていたから尚更。
母の言葉がとても心無いもののように思えた。
実際、私とやすくんで買い揃えたものなんてほとんどない。
そんな暇さえ、なかった。

「二人はいいね。そんな風にのんきに色んなことできて。
 一体誰の子だと思ってるのっ!」

胸の中のいろいろな思いが一気に噴出して
母の呑気な言葉に噛み付いた。

私だって、子どもを迎える準備がしたいのに
私だって、子どもの事を思いたいのに
私だって、私だって・・・・

そんな私の気持ちを知ってか知らずか、母からメールがきた。
「もう、○○(妹)はあなたとあなたの子ののために走り回るのをやめると泣いてます。
 誰のために、休みの日を削ってまで色々な店を回ってると思うの?
 わがままもいいかげんにしなさい」



わがままだって言うの?
誰が、休みの日に店を回れって頼んだの?
私に何も相談もしないで、楽しく買い物をしたことが「私のため」なの??



ただでさえササクレ立ったココロが、
メールの一文字一文字が目に入るたびに、傷ついていく。

電話を終えて、携帯を覗き込んだまま動かない私を見て
変だと思ったのだろう。
やすくんが「どうした?」と声をかけてきた。
「家族喧嘩した」ということを知られたくなくて、わざと明るく振舞う。
やすくんは、私以上に疲れているのに
表情には出そうとせず、ニコニコいつもみたいに笑ってる。
ううん。笑おうとしている。
そして、私のことを気遣ってくれてた。




・・・そして、あの日記。





*****************************


少しの睡眠じゃ、疲れた体とささくれ立ったココロは回復することもなく
眠い目をこすりながらお店の掃除をしつつ
昨日のメールの言葉達が、ぐるぐる頭の中を回る。


お店がオープンして、いつもどおり慌しく動き回ってる時は忘れられたのに
お店が終わって、二人きりで遅い晩御飯を食べてるうちにまたぐるぐる回りだして。
お風呂に入って、布団にもぐりこむ頃には自分じゃどうにも出来なくなってた。




私は

いろんな人に
いろんな迷惑をかけ続けてしまってるんだ。
わがままと、屁理屈と
そして、人の話に耳を傾けようとしない頑ななココロで。




私なんて、いないほうがいいのかも。



そう思ったら、涙があふれてきて
どうにもならなくなった。

「いないほうがいい」ということが、イコール命を途絶えさせるということではないのだけど

でも、そんなことを考えてる自分や、そうして泣いてることで
またやすくんに迷惑をかけてることも嫌になった。





やすくんは「なんだよ」と笑いながら頭にポンと手を乗せてくれたけど
それすら私には辛くて
隣の部屋に布団を運んで、泣きながら丸くなった。
「そんなところで寝たら、風邪ひくぞ」
やすくんの言葉が余計に胸に突き刺さって、涙がこぼれる。


「ほっといて」


やすくんが布団を強引に剥ぎ取って、私の身体を起こす。

「いいからほっといて」

泣きながらそういう私を無理やりやすくんの布団に入れて
「こんなに身体を冷やして・・・風邪ひいたらどうするの」
と、きつく身体を締め付ける。







そう、抱きしめるとか、そういうレベルじゃなく。
暴発している私の気持ちを抑えようと言う感じだった。

そして、多分、どうしてそうなってるのか、やすくんはわかっていない。
そして、私にも。



涙は止まらなかった。
でもやすくんの力強い腕の中で、「大丈夫だから」という声を聞きながら
私はいつのまにか眠っていた。











2004年01月05日(月) ハジメテノ ヒト

私が

どうしてやすくんのことが好きかというと


私のことを好きでいてくれるからです。


言葉にすると
なんだか当たり前のことのようにも
ちょっと自己中心的なようにも思えるのだけど
それが正直な気持ちだから
しかたありません。



私にとってやすくんは
きっと唯一

他の誰とも、ほかのどんな物とも比較しないで
ただ、「私」を「好き」でいてくれる存在なのです。

無理に自分を作らなくても。

たとえば

お姉さんらしくとか、
大人らしくちゃんとしてなくても

無理に悪びれなくても

いつも元気なふりしてなくても

ききわけのいいふりしなくても。


私はこれまで
ずっと誰かと比べられてきたから

子供のころからずっとそうだったから


だから余計、そんなやすくんが
大切に思えるのかもしれません。


2004年01月03日(土) 同級生。

やすくんの同級生がやってきた。

みんなでお祝いしてくれた。



私は、ほとんどの人を知らないけど

おまけに、地元の言葉で話されると何がなんだかさっぱりわからなくなるけど

やすくんの嬉しそうな顔をみてると

なんだかこっちまで幸せな気分になる。



やすくんは、

いつもと変わらずニコニコしていて

いつもと変わらず、優しい人だったけど

でも

明らかに「いつものやすくん」ではなかった。

私の知ってるやすくんとは、また違う顔。


いつもは

そんな表情を見ることがちょっと淋しかったり、怖かったりするのに

今日の私は

新しい素敵な一面を見つけられたような気分で

とても嬉しかった。








素敵な友達がいっぱいいたんだなあって


改めて、やすくんのことが素敵だと思いました。


2004年01月01日(木) あけまして おめでとう。 今年も よろしく。

新しい1年が始まる十数分前
やすくんに急かされながら、着替えをする。

厚手のコートにマフラーに帽子に、手袋。それにソックスの重ね履き(笑)


「俺も、新年早々の初詣は久しぶりだしさ。一緒に行こうよ」


初めて一緒に新年を迎える今回。
子供のころによく行ったと言う、近所の神社に2人で初詣に出かけようと言うのだ。

「ききは体冷やすと大変だから、暖かくして行きなよ」
自分のニット帽とマフラーまで私に着させようとするやすくん。
それは丁重にお断りして、二人で家を出る。

「ききの実家のほうじゃあ、お参りするまでは
 誰にも『おめでとう』って言っちゃダメなんだったよね」

ずいぶん昔、そんな話をしたことをやすくんが覚えていてくれたことが嬉しい。
黙ったまま、歩いて数分の小さな神社に向かう。


ついたのは、日付が変わるほんの少し前。
境内にはもうたくさんの人がいて、
すでにあちらこちらで新年の挨拶を交わしてる人たちもいる。
顔見知りの人たちが何人か、私達にも挨拶をしてくれたけど
やすくんは、にっこり笑ってそれでも言葉を一言も口にしなかった。


新年になったことを告げる、太鼓の音。
神社の境内もいっそう賑わいをましてきた。


初めてのお正月の風景に
私は言葉もなく、ただ周りを見回すだけになる。


「・・・きき?」

やすくんの声ではっとして、思わず振り返る。

やすくんはいつもと変わらない笑顔で私を見ていたけど
なんだか、初めて出会ったあの日みたいに照れくさい。


「あけましておめでとう。」
そう言って、にこっと笑うやすくん。
なんだか、改まった挨拶が気恥ずかしかったけど
私も、やすくんに
「おめでとう。ことしもよろしくね」
と笑った。






初めてのお正月。
二人で過ごす、1年最初の日。






おめでとう。

おめでとう。


きき MAIL

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