2006年03月31日(金) |
がぉさんこと「ななせかおりさん」の日記〈詩〉 |
癒しの森963
がぉさんの文に接すると詩に心が宿るということが良く分かる。そして読む人によっては、理解の内容が異なると思われるような、奥深い表現に脱帽する。とくに優しくふんわりした文はこの人にしか書けないと思う。私は西洋風の詩を書いたことがあるが、すべてある情景を直線的に表現したものである。
teruさんは「がぉさん」のことを次のように紹介していた。 「思い切って、思い切ってきって紹介します。♡ だって、誰にも教えたくないんだもん。そのくらい素晴らしい人です。 優しく温かい人柄は彼女が紡ぐ透明な詩にあらわれています。突き抜けた青空の日も、肌に暖かい雨の日もそっと私たちに語りかけてくれます。妖精の女王様じゃないかと思ったりしています」と。この人と何度かメッセージを交換したが、メッセージそのものが詩的な表現であった。
3月29日の日記「鼓動」 覚えてる 初めて 交わした 言葉。 響きあう 鼓動・・ ずっと
あの時の ままで いたいょ
響きあう 鼓動が 時を 刻んだ・・ あの時の ままで
2006年03月30日(木) |
癒しの森の執筆が続きそうだ |
癒しの森962
昨日は経営変革支援コンサルティングの宗 初末さんのことを書いた。マイミクシイの登録をいただいている素晴らしい方々から、多くを学ぶ機会があるので毎日の「癒しの森」の執筆を続けることが出来そうである。今日は登録いただいている主な方々を紹介させていただく。
・志村 正彦さん 会社役員 ミクシイ登録者947人 ・今津 章博さん 今津章博デザイン事務所代表 ミクシイ登録者616人 ・榎 不二男さん IT関係 ミクシイ登録者544人 ・宗 初末さん 経営支援コンサルティング ミクシイ登録者437人 ・坂木 理恵さん 夢工房ペガサス代表 ミクシイ登録者130人 ・関川 勇二さん 夢多き青年 ミクシイ登録者129人 ・内海 勝統さん コンサルタント ミクシイ登録者126人 ・足立 幸信さん 数学者 ミクシイ登録者108人 ・寿さん 詩人 ミクシイ登録者 91人 ・池田うららさん 言葉の表現者 夢追い人 ミクシイ登録者 90人 ・岸見 一郎さん 哲学者 ミクシイ登録者 88人
2006年03月29日(水) |
団塊親父が語る心に響く人生論 |
癒しの森961 2003年8月15日から書き始めた「癒しの森」は、昨日で960回となった。実はこれを書き始めた頃は最大の目標を700回としていた。ここを通過したのであるが、常に記述テーマに行き詰まりながらも何とか続いてきた。ミクシイで登録いただいている宗 初末さん(埼玉県川越市在住・経営変革支援コンサルティング)は、「団塊親父が語る心に響く人生論」と題する短文エッセイを書いている。3月28日で連続執筆678日を達成記念のコメントが書いてあった。 「みなさん、おはようございます。本日のテーマは「祝!連続執筆678日」です。2004年5月20日にこの楽天日記をスタートし、一日も休むことなく、678日書き続けました。奇跡です!よく続きました。これも一重にこのページに訪問いただいている皆様のお陰と心より感謝しております。ありがとうございます。千日連続執筆まであと322日となりました。みなさまのさらなるご声援、そしてご鞭撻をよろしくお願いします」 と感動の一文が載っていた。960日連続執筆してきた私は、宗 初末さんの「奇跡です!よく続きました」という言葉が良く理解できる。宗 初末さんにメールを送った。 「『1000日執筆めざす!団塊親父が語る心に響く人生論』執筆連続678日おめでとうございます。私は2003年8月15日にスタートした「癒しの森」が今日で連続記述960回となりました。毎日書くことがいかに大変かは骨身に染み込んでおります。記述テーマに困ったら、癒しの森の№1から目を通してください。人生論的な記述もありますのでヒントにしてください。引用での活用も結構です。私も絶えず記述テーマに行き詰まります。その時は「心に響く人生論」を開かせてもらいます」と。
2006年03月28日(火) |
「手」を動かすことは癒しに通じる |
癒しの森960
1998年12月31日「手の不思議」と題して、日々の映像を900枚書いての感想を記述した。その中の一部を引用したい。「手を動かすとは、肉体の一部を使うことである。どうもわれわれの脳は、身体の一部を使わないと記憶を預かる脳が作動しないようである。・・・情報・知識に触れても、手を動かす(書く)か、口を動かす(話す)行動がないとほとんど脳の記憶に残らない。『手は第2の頭脳である』という言葉があるが、西洋では『手は脳から飛び出した頭脳である』と表現する。手を使うことがいかに重要であるかを示唆している」(2003年11月18日の癒しの森にも引用)と書いて主に手の動きと脳の働きに視点を置いていた。
ミクシイで登録いただいた春香さんの3月22日の日記を読んでハッとした。 「土いじりからふっと思ったのは、陶芸!そういえば陶芸もやってみたいと思っていたのをすっかり忘れていました。手で何かを作ることで落ち着くことができ、”無”になれるような気がします。もっと『手』を使いたい。直感もおもむくままに」とあった。
この文は手を使うことは癒しにつながるとの視点なのだ。私が作るうどん(ヨーグルト菌で多少発酵させる)に人気があり時折15人分のうどんを作る。多少器具も使うが最後は手で捏ねて出来具合を確認する。意識することなく作って来たが、自分の手を使ってうどんを作る・・・これは私の癒しになっているのだと思った。
2006年03月27日(月) |
今津章博氏 生きる哲学を 伝えたい |
癒しの森959
日本初のアイデアコンサルタント今津章博(今津章博デザイン事務所主宰)のページをミクシイで知ることが出来た。膨大な記述量で私は入り口の少々の文章に接しただけであるが、今津章博氏の人間としての完成度はすぐに理解できた。私はアインシュタイン語録の信奉者の一人である。「人は自分以外のもののために生きられるようになって、初めて生のスタートを切る」とアインシュタインは言っている。この生き方が究極的なものと思っている。今津章博氏はまさにアインシュタインが言うように自分以外のもののために生きている。そのことは次の「自然と宇宙と 夢と出会いと 愛と平和と」の詩(ここでは詩の中ほどは割愛している)で明らかだ。
私は 人間として 生きたい 若く体力のあるうちは 汗を出して 年を重ねてからは 知恵を出して 褒められたいから 行くのではなく 自分のために 行くことが 誰かのためにもなっていてほしい ・・・・・・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 本音と真水と 感触とシナプスと あらゆることの 生きる哲学を 伝えたい 伝え続けていくことのできる ひとりの 人間として 生きて生きたい 存在するのは 自分と 大切な 旅の仲間 自然と宇宙と 夢と出会いと 愛と平和と 生きていることだけで 素晴らしいということを 信じて 私は 明日も生きていく
(ブログ/フェスティナレンテ!悠々として急げ! http://festinalente.cocolog-nifty.com/blog/ から引用)
2006年03月26日(日) |
snowsound 寿 さん願い事 |
癒しの森958
世の中には素敵な心を持つ人がいるものである。5日ほど前snow soundさんのミクシイを開く機会があった。素晴らしい短歌・五行詩・一般詩を書く人でマイミクシイの登録を・・・とメールを送ると次の返事が来る。
「こんばんは。マイミク申請ありがとうございます。 後ほどミクシイの方拝見させていただきます。短歌をはじめ 五行詩 一般詩 などを書き綴って おります。 ご縁があったことに感謝しつつ 。小さな輪がいつか重なり 大きな和になりますように。願いを込めて snow sound みんな『まあるくなあれ』」 であった。 その後 「どうしてこんなにすらすら詩が出てくるのですか。素敵ですね。五行詩は今まで接する機会がありませんでした」と書き込みをすると次の返事であった。 「ふたみさん どうしてでしょう。思うまま 願うまま 感じるままでいたいと、いつも在るがままに書き綴っています。 五行詩 どうぞ触れていってくださいね」であった。文章に感性が溢れている。ミクシイの自己紹介に書いてあった snow sound寿さんの願い事を本人の了解をえて引用させていただいた。癒しの森のテーマーにしたい言葉である。
・今宵もあなたにたくさんの笑顔が降り続きますように ・今宵もみんなにたくさん素敵な時間が流れますように ・優しき時が みんな みんなに流れますように。
2006年03月25日(土) |
いろいろな思いを吐き出す |
癒しの森957
ひげGこと田中 義継さんは、毎日日記のように詩を書いている。大変な心の発露で、人を思う心が豊かでなければ書けるものでない。3月22日の日記は 「風とともに」であった。〈一部省略させていただいた〉
思いつめると 心が辛くなるよな 考えすぎもね 心の中に溜まった いろいろな思い 吐き出そうよ
心に新たな風を 吹き込もうよ 暖かな風包まれて 穏やかな風をね ・・・・・・・ ・・・・・・・ 今日という風 明日という風 人は風とともに 生き抜いている 癒しの風をあなたに そして私に
「心の中に溜まったいろいろな思い 吐き出そうよ 」その通りだと思う。ただし、吐き出す相手が必要なのである。ここに人生の岐路があるような気がする。良き友、良き先輩、良き相談相手を持っていることが財産なのである。2003年の癒しの森に以下のエッセイを書いた。
2003年08月25日(月) 語りあう友
語り合える友がいるかどうか、人生にとっては重要なことである。自殺を決行するような人でも、語る友がいれば自殺はしないという。その理由は、話を聞いてやるだけで、その人の心の負担は半分になるのだ。 心が落ち込んでいると、話す友がいないような錯覚に陥るものだ。今は幸いメールという文明の利器がある。心が落ち込んでいる人がいたら、私にメールを送って下さい。お役に立つこともあるかもしれない。 ・喜びや 悲しみ共に 語り合う 友よ何処と 想う時あり
2006年03月24日(金) |
オーラーを発する人に近づく |
癒しの森956
今日は娘・孫たちと六日町温泉に来た。料理が多く満腹になってしまった。毎日書いている日々の映像と癒しの森の2日分を書こうとすると負担になるので、温泉にノート型パソコンを持ち込んで書こうとしている。昨日書いた「ケイ・キタムラ」の代表取締役の北村浩一氏の話の中に興味深い内容があった。平均的な人間の分類でおおよそ次の4つに分類できるという。
1、不平・不満を常に口にして、人の悪口をいう人、 27% 2、平凡な人・大勢に流される人 60% 3、自己中心・自己満足の人〈成功者に見られる傾向〉 10% 4、人のために行動する・人の喜ぶことをする人 3%
北村浩一氏の話から3の人と4の人を比較したい。3の人は自分のことだけで動いているので私事(しごと)をしている人だという。反面4の人は不動の志を持っているので志事(しごと)をしている人だと説明していた。ここで詳しくは記述できないが、2月からプライム営業本部長の宮瀬修氏・4つの企業を経営している石榑崇敏氏・元婦長の・行正賀津美氏・昨日の北村浩一氏のセミナーに参加して来た。この人達に共通していることは、確固不動の「志」があるのだ。昨日と同じ結びとなるが、3%に相当する志事(しごと)をしている優秀な人の話を聞くことによって「心が変わる」動機となることは間違いない。すなわち自分の運命を変えるのは、志を持ち発する光を持つ人に近づくしかないのだ。
・オーラーを 発する人に 近づくと 心の変化で 運命までも
2006年03月23日(木) |
心の持ち方で、人生を変えることができる |
癒しの森955
今日は「仕事を通して自分を磨いていく」という趣旨のセミナーに参加してきた。講師は「ケイ・キタムラ」の代表取締役の北村浩一氏であった。ここでは講演の詳細を記述できないがその話の骨格・背景はプラトンのいう「他人の幸せを願うことは、とりもなおさず自分の幸せを求めることである」であった。
昨日ミクシイで知り合った経営コンサルタントの宗 初末さん(埼玉県川越市)の好きな言葉は、ウイリアム・ジェームスの「我々の世代における最大の発見は、人が心構えを変えることで人生をも変え得ることである」であった。アメリカの心理学者ウイリアム・ジェームスの言葉は有名で詳しい語録は次の通りである。
心が変われば行動が変わる 行動が変われば習慣が変わる 習慣が変われば人格が変わる 人格が変われば運命が変わる
一番難しいのは心を変えることである。私は1ヵ月に2~3回セミナーに参加する。優秀な人の話を聞くことは「心が変わる」動機となることを強く意識しているためである。
2006年03月22日(水) |
人間はダイヤモンドの原石 |
癒しの森954
ミクシイのコミュニティ「ヒゲG風カウンセリング」でこんな詩が書いてあった。
心に癒しの風を吹き込もうよ。 あなたは愛され、認められる存在です。 自分の中に眠っている ダイヤモンドの原石を磨いていこうよ。 心の杖を突きつつ 一瞬一瞬の時を大切にしながら 力と勇気で一歩を踏み出そうよ。
2003年11月23日の癒しの森は「人間はダイヤモンドの原石」と題して書き、松下幸之助の人間観を引用した。「人間とは繁栄への能力を秘めたなんと素晴らしい存在であろう。あたかも磨けば光るダイヤモンドの原石のようなものだ」と。人間は繁栄への能力を秘めた素晴らしい存在と認識することが最も大切なことだと思う。人間は磨けば光る、努力すれば人は変わることが出来る・・そう考えるか、そう信じるか、これが人生を好ましい方向に変化させる根本ではないかと思う。この日は次の短歌で結んだ。
・人間の 内なる能力 厳然と 磨けば光る ダイヤの如し
2006年03月21日(火) |
王ジャパン世界一 10-6でキューバを降す |
癒しの森953
今日は野球を見たかったが、以前から出席を予定していた「新潟コミュニティ・バンク設立記念フォーラム」に出席する。ホォーラムの途中で、野球の経過の報告があったが優勝を決めた瞬間をじかに見たかった。
第1回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)は20日、決勝が行われ日本が10―6で五輪優勝3度のキューバを降して初代王者に輝いた。今日のテレビはこの喜びのニュースで溢れている。特にイチローと松坂投手の存在は大きく、まさに日本のヒーローである。ここでは3人の喜びのコメントを記録しておきたい。
・イチローのコメント 最高です。信じられない。最高です。信じられない。ありがとうございます。正直言ってこんなところに来れるとはイメージできなかった。本当にみんなすごい。最高でした。球場にも足を運んでくれているので、力をもらいました。たくさんの人に野球って素晴らしいんだと思ってもらえたらうれしい。
・松坂投手のコメント 日本の代表選手として大きな責任と誇りをもって戦いに来た。日本が一番だと証明しに来たので、この結果には満足している。数多くの国際試合を経験してきたので、その経験をフルに生かせたと思う。
・王監督のコメント 私は現役の監督なので、こういう形でWBCの監督を任せてもらえるとは全然思っていませんでした。日ごろから熱烈な応援をしてくれているおかげで、この素晴らしい感激を味わえることができた。この喜びをファンのみなさまと分かち合いたい。ありがとう。
2006年03月20日(月) |
コミュニケーションで一番大切なことは |
癒しの森952
コミュニケーションは人生の最も難しいテーマである。生涯青春の会の会報第4号ではコミュニケーション特集を組んだ。この時に掲載した私のエッセイは次の通りであった。コミュニケーションに関心のある方は一読していただき参考になれば幸いです。
わかれのメカニズム (1998年4月5日の日々の映像から) 妻からの三行半(みくだりはん) (2001年2月16日の日々の映像から) なぜコミュニケーションが保てない (1)(2003年12月4日) なぜコミュニケーションが保てない (2)(2003年12月5日) 社会の中で孤立しない (2004年9月18日) 林文子さんの人間像 (1) (2005年3月2日) 林文子さんの人間像 (2) (2005年3月3日) コミュニケーションは人間文化の基本 (2005年6月2日の癒しの森から) ミクシイで知り合った高等遊民こと志村 正彦さんの好きな言葉は、ピーター・ドラッガーの次の言葉であった。しっかりと思索して自分のものにしたいものである。
「コミュニケーションで、一番大切なことは、相手が口にしていない言葉を聞き分ける力である」
若い人達の中でピーター・ドラッガーを知らない人もあるかもしれないので、プロフィールの一部をメモしたい。 マネジメントの概念を発明したと言われる経営学者。目標管理、経営戦略、事業部制、民営化などは全て彼の発想から生まれた言葉である。ジェネラル・モータスやジェネラル・エレクトリック、IBMなどの一流企業の経営コンサルタントを勤めて数々の優れた著書を残している。GEの有名な経営者、ジャック・ウエルチはドラッガーに師事していたことは有名。
2006年03月19日(日) |
人は、人と人のつながりの中で生きていく |
癒しの森951 ミクシイで素晴らしい人達との交流が始まったので、何とか癒しの森を書き続けて行けそうである。私が16世紀のオランダの哲学者スピノザをはっきりと意識したのは、「アインシュタインの世界」(PHP研究所発行)を読んでのことである。スピノザは神を「世界から超越して存在するものでなく、自然の一切の現象の内在的原因」であるとした。これは「神はすなわち自然」ということであり自然そのものを神の現われとみなす主張なのである。アインシュタインは、「スピノザを深く敬愛しており、このスピノザの神=自然に、自らの神を重ね合わせていた」(アインシュタインの世界P-40)という。一歩具体的にいえば、「あらゆる現象は因果律に従って起きる」と信じていたのである。分かったようで分からない記述をした。
今日ここで書きたいのはスピノザの言葉である。ミクシイで知り合った高等遊民こと志村 正彦さんの好きな言葉は哲学者スピノザの次の言葉であるという。
「人は、人と人のつながりの中で生きていく生き物である」
まさにこの通りであると思う。今日は「人と人のつながりの中で生きていく」すなわち、人と人とのコミュニケーションの中で生きていくのである。
・素晴らしき 人と人との つながりで 生かされ生きて 今日の我あり
2006年03月18日(土) |
ミクシイで交流の輪が広がる |
癒しの森950 ミクシイの最大の特徴は、訪問者のページをすぐに開くことが出来ることである。訪問してきた人のページを開くと、実に感性の豊かな人がいる。うららさん(21歳)もその一人である。ミクシイの自己紹介分に次の文章が載っていた。
「誰かを思うだけで泣けてくる 誰かを守るだけで笑顔になれる 誰かを信じるだけで強くなれる 誰かを愛するだけで幸せになれる そんな人になりたいです 」
この文章はうららさんの了解を得てここに掲載させていただいた。「 誰かを愛するだけで幸せになれる」という概念は一般的であるが「誰かを信じるだけで強くなれる」という概念を実感として分かる人はそう多くないと思う。いわんや「誰かを思うだけで泣けてくる」という概念は、うららさんの豊かな感性から紡ぎだされた言葉のような気がする。2004年2月13日の癒しの森でアインシュタインが含蓄のある言葉引用した。「人は自分以外のもののために生きられるようになって、初めて生のスタートを切る」と。人が一流になれるかどうかの分かれ道は、「自分以外のもののために生きることが出来るか」でないかと思う。「誰かを守るだけで笑顔になれる」硬く表現すれば自分以外のもののために生きることである。うららさんは既に一流の人になる基礎が固まり、その仲間入りをしているといえよう。
2006年03月17日(金) |
ミクシイで良き友人が出来る |
癒しの森949
ひげGさんこと田中 義継 さんと交流するようになった。自己紹介を見ると癒しの詩を書く詩人、競馬予想師、コラムニスト・EQぴあカウンセラーとなっている。この人の詩が激励の内容を含んでいることが多いので、私が10年ほど前に書いた以下の詩を送ると、折り返すように詩が送られてきた。私の詩が静の激励であれば、ひげGさんの詩は、動の激励である。いうまでもなく格調の面からいけば、ひげGさんの詩が数段上である。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 行き詰まる企業戦士へ(友人の激励で書く) 俺たちは社会でさまざまな苦しみに遭遇する 男のかいしょうか俺たちは家では何も言わない それにしては君はだいぶ落ち込んでいる 人の裏切りで苦しんでいるのか そんなことは良くあることだ 古今の名だたる人物はほとんど裏切りにあっている 元気を出すのだ これくらいで負けるのではない そうか 人の心のはかなさで苦しんでいるのか 所詮人の心はうつろいやすい 時には 悲しいほどはかない物だ これを静かに受け止めるのが大人の風格だ そのほかにも落ち込む原因があるんだね 同僚との競争に敗れておちこんでいるのか 少々の競争に負けても良いではないか 真の競争は心の深さと豊かさだ 君はこれで勝利すればよい
ひげGさんの詩 ふたみさんへ。 友人に対しての、詩の書き込みありがとうございます。 ふたみさんの詩を参考にして、 ヒゲGも詩を書いてみました。 友人の思いや感情が、こころの動きが、分かりませんが、 ヒゲG風な詩をかきました。
時をつかめ これまで、色々な思いをしてきたんだ 同僚との競争 無念が心を駆け回る裏切り 心にゆとりが無くなるよな それでも よく耐えている自分を褒めようよ 自分のためにも 愛する家族のためにも
勝ちたいやつには 勝ちを預けてやろう ナンバー1よりも オンリー1だ
その為にも ここはじっくりと腰をすえて 自分の信念を貫こう うさぎとカメの競争の如く じっくりと錬り合わしたカメ勝つ
戦士は休暇も必要じゃないか ここ一番の時に頼れる人になろう 時は必ず来る 待とじゃないか、その時を
2006年03月16日(木) |
水谷語録の書き込み(4) |
癒しの森948
ミクシイに水谷先生に関する書き込みが多い。しかし、この書き込みも時間と共に消えていく。この素晴らしい感想文を本人の了解を得て、癒しの森に記録として残させていただくことにした。
・KAYOさんの書き込み 「はじめまして! 夜回り先生のことを思うだけで、胸が熱くなってしまいます。下の娘は明日、成人式を迎えます。うちの家族は、仲良く幸せに過ごしてくることができましたが、いろいろな事情で寂しい思いをしている子供達がいると思うと 「私にも何かできることが・・・」と思わずにいられません。皆様の仲間に入れて戴いて、勉強していこうと思っております。どうぞ、宜しくお願い致します」
・うららさんの書き込み 「はじめまして。 夜回り先生のことは特ダネで知りました。こんな大人もいるんだと涙が出るほど嬉しかった。中学生の時に先生に出会いていたらどんなに嬉しかったか。そう思い、本もすべて読みました。 先生の行動、言葉にはただただ尊敬してしまいます。私も先生のような大人になりたい。 先生にはなれないけど・・・自分なりに「生きてていいんだよ」と言える そんな大人を目指して頑張っています。 よろしくお願いします」
2006年03月15日(水) |
大人の塗り絵 脳の活性化と癒やし |
癒しの森947
スピーチの会で、最も印象に残っているスピーチは、和裁の先生のスピーチであった。この先生の70代なのであるが「私たちの先輩は誰一人として認知症になった人はいない」というものであった。和服を作るにはかなり頭を使いながら、指先を動かして行くのである。指先を使うことはすなわち脳を使うことなのである。
高齢者の「塗り絵」が、にわかに注目を集めている。書店に特設コーナーができるなど、デパートの文具売り場で色鉛筆の売れ行きも伸びている。子供向けと違い、名画や風景など高度なものもあって奥が深いのだ。指先や視覚を使うことが脳に刺激を与えるうえ、心の癒し効果も期待でき、50-60代を中心に幅広い年代で愛好者が拡大しているという。 きこ書房の本の下絵は、ゴッホのひまわりやダビンチのモナリザなど11作品の名画がそろっている。集中力やリラックスなど脳への効果を絵で分類して人気を呼び、「2万5000部を売り上げた」という。細密な下絵に丁寧に色を重ねていく作業は、高齢者施設の利用者らのレクリエーションとしても注目され、取り入れる施設も出てきている。かなりのブームになっていくのではないだろうか。
・ストレスと 癒し効果の 塗り絵かな 指先使って 脳が生き生き
2006年03月14日(火) |
37歳弘山晴美が初の頂点 |
癒しの森946
12月のアジア大会(カタール・ドーハ)代表最終選考会を兼ねて行われた名古屋国際女子マラソンは12日、名古屋市の瑞穂陸上競技場を発着点として行われ、弘山晴美(資生堂)が2時間23分26秒で優勝した。37歳の弘山が涙の初優勝で、10回目での初栄冠となった。「夫・勉コーチ(39)との壮絶な練習に耐え、ベテランがついに頂点に上り詰めた」<スポニチから)。ことになる。こころからおめでとうと記述しておきたい。
喜びの瞬間はスポニチの記事から引用したい「弘山は涙をこらえきれなかった。優勝の瞬間から3分がたっていた。沿道で伴走してくれた夫・勉コーチがようやく競技場に到着した。熱い抱擁。すぐに目頭が熱くなった。『すごくうれしいです。1回は優勝しなきゃいけないと思っていたから』。耳もとで夫がささやいた。『よかった。すごいよ、すごい』。その声に、また涙があふれた」
「1度でいいから優勝したい」。93年に資生堂で職場結婚した勉コーチは、常に倒れるまで妻を走らせたという。それが妻の希望だった。映画に行ったり、ショッピングをしたりという普通の夫婦生活はなかった。子供もいない。文字通り、すべてを42.195キロにささげてきた20年間であったのだ。目的に向かっての執念は想像を超えるものがある。
・目的に 向かう執念 凄まじく 夫婦で賭けた 42.195キロ
2006年03月13日(月) |
水谷語録の書き込み(3) |
癒しの森945
昨日と同じように水谷語録の書き込みを一つの意見として癒しの森に記録させていただくことにしました。
・なむちゃんの書き込み 水谷先生という存在はとても大きく、勉強させていただいています。 私は教師を目指しているので、私も真剣に人と向き合おうと努力しているところです。 少し、生意気な意見なのですが、こんな先生が増えればいい、こんな大人が増えればいい、環境が悪いというような意見は、第3者的な立場ではありませんか? 人任せというような気がしてしまいます。みんながみんな、水谷先生のように生きることはできないとしても、努力はできるはずです。自分に何ができるのか。自分がどう変われば回りも変わってくるか。そこを真剣に考えるべきではないでしょうか。 こういう私も世間知らずです。 えらそうな意見を言ってすいません。
・ほたて屋!アニィの書き込み はじめまして。 以前から、水谷先生の事はテレビ等で拝見して、感銘を受けておりました。実際の所、昨年、近くの町で講演があったんですが、仕事の都合で行けなかった事を今でも悔やんでおります。
・シャチさんの書き込み おっしゃる事はわかります。でも、3歳児の親として思うのは、やはり先生の言う「すべての子どもは『花の種』」という意見は正しいと思います。ただ、先生の言わんとする所は、あくまでも教師と生徒と言う関係にべったりになってはいけないと言う思いから来てるのではないかと。おいら自身は、たとえ感情的になってもなるべく「一度感情を押さえて」からじっくり話をする様にしています。もちろん、子供の方が感情的になってる場合などは簡単に行かない場合もありますし、全然理屈になってない場合もありますけど、それでもそうするようにしています。 これは単純に先生の影響と言う事でもないのですが、やはり“叱る”と言う事と“躾”は別物だと思うからです。 子供自身は、親の目から見てわがままだし言う事も効かないけど、幼稚園の先生からは割りと良い評価されてるようなので、まだ安心なのかなとは思ってますが。
2006年03月12日(日) |
水谷語録の書き込み(2) |
癒しの森944
昨日と同じように2の書き込みを貴重な意見として癒しの森に記録させていただくことにしました。
・うるとら3-5さんの書き込み 今の子供たちに多いのが、「甘える方法を知らない」ことかと思います。 いろいろな解釈はあるかと思いますが、甘えることを十分にできた子は、黙っていても自立はできるといいます。叱ること・・・叱り方の問題でしょう。子供に対してとは言え、むちゃくちゃな言葉で叱っていいわけがありません。子供たちも、そういう大人のいいかげんな姿勢は見抜くんです
・まっちゃんの書き込み 子どもが夜の世界を歩き出すのは、やっぱり親やその子を取り巻く環境が悪いから。子どもの居場所がなくなるために起こってしまう。子どもを産んで育てて行くのはやっぱり親だし…って考えると、生半可な気持ちで子どもを産めないなと私も考えてしまったり… 。私は偶然にも夜中、テレビをつけて「夜回り先生」の番組と出会いました(普段夜はテレビを絶対見ないのでその時たまたまつけた自分がいてよかったと思わざるを得なかった。すごい偶然だと思いビックリとともに、内容がすごすぎて見れて本当に嬉しかった。。なんか、すごい考えさせられました) そこから、すごいファンになり、このコミュを見つけてすぐさま参加してしまいました~★
・お茶々さんの書き込み はじめまして。金曜日に学校に水谷先生が講演に来ていただき、その聞き終えたときから感動し、僕もこのコミュを見つけ参加させていただきました。生徒のために命を賭ける・・・こんな先生が他に何人くらいいるのでしょうか?それとも水谷先生以外にはいないのでしょうか?同じような先生がもっと身近にいれば・・・・と思います。
2006年03月11日(土) |
水谷語録の書き込み(1) |
癒しの森943
3月9日の「夜回り先生こと『水谷修さん』の教育姿勢の根幹」と題して書いた。この短文エッセイをミクシイの「夜回り先生」というページに掲載した。2日間であるが9人の書き込みがあった。ここに2つの書き込みを貴重な意見として癒しの森に記録させていただくことにしました。
・ゆっこさんの書き込み ふたみさんへ その通りだと思います。それぞれの花の咲く時期を、急がず、急がせず、あせらず、あせらせず、愛情を注ぎながら根気よく待つ。急がせて育った早咲きの花は、どこかに歪みを抱えてしまうように思います。 ちょうど良い時期や季節に咲く花は美しく、そしてどこかたくましいものだと思います。水谷先生のような、子どもを信じて、子どもの底力を信じて、ただ愛情を注いで待つ。そんな子どもの愛し方こそが、本来の愛情なのでしょうね。
・シャチさんの書き込み 私も夜回り先生が大好きです。一度講演会に行って、握手までしてもらいました。やっぱり優しい雰囲気というか、オーラが出てましたね。 こういう先生が、そしてこういう大人が増えてくれればと、切に願っています。ただ、このトピに一つ疑問点があります。 果たして叱らないことがいいことなのでしょうか? 叱ることと怒ることは別だと、私は考えています。ほめることで子どもが伸びることもあれば、叱ることで子どもが伸びることもあるのではないでしょうか? 優しい、犯罪の起こらない社会=全ての人がほめる人 これは言い過ぎかもしれませんが、ほめることと叱ることをうまく使い分ける必要があるのだと思います。叱るにしても、子どもを愛する気持ちは必要だと思いますが。生意気なことを言ってすいません。
2006年03月10日(金) |
水谷語録「十叱って一もほめない |
癒しの森942 昨日「十叱って一もほめない」ありさまになっているという水谷語録を記述した。9日未明、東京・世田谷区でマンションの部屋が焼け、生後2か月の赤ちゃんが死亡、両親が重傷を負った火事で、警視庁は14歳の中学生の長男を放火の疑いで逮捕した。NHKニュースによれば「父親に『学校に行け』と厳しく叱られ、恨みを晴らそうと思っていた」と供述している。水谷先生の語録を踏まえれば、起こるべくして起こったといわざるを得ない。子どもをどう捉えるか・・・これが人としての文化の基本ではないかと思う。
この14歳の中学生は、かわいそうに叱られるだけの日々を送っていたのだろう。「未来に可能性がある少年」として扱われたことがなかったのだろう。2005年5月9日の癒しの森で「夜回り先生ベストセラー」と題して書いた。この日書いた中での水谷先生の言葉を引用したい。「みなさんにお願いがあります。私たちは、日本人である前に人間です。親である前に、子どもである前に、先生である前に、生徒である前に、人間です。一人の人間として、子どもたちと向き合いませんか」
・お願いが 全ての虚飾を 取り払い 一人の人間(ひと)で 子どもと向き合え
2006年03月09日(木) |
夜回り先生こと「水谷修さん」の教育姿勢の根幹 |
癒しの森941
夜回り先生こと「水谷修さん」の記録はほぼ読んできた。こんな先生が多くなれば、どれだけの子供たちが「夜の世界」から取り戻せるか知れない。ミクシイで水谷先生の講演に行ってきた感動が記述されていた。「夜回り先生こと水谷修さんの講演に行ってきました。ファンになってから、1年半。 ・・本物のあの熱い語り・・水谷ワールドに引き込まれました。・・大人としての自分、優しさ、愛・・・。今の社会、日本の人全員に水谷先生の話を聞いてもらいたいと強く思いました」とあった。 教師・親たちが水谷先生の子供たちを見る心・視線を理解すれば、子供達がおかしくなることはないのである。 今日手元に届いた月刊誌「潮」の4月号は「励ましの力」という特集であった。このトップを飾っているのが水谷先生の「こどもたちは温かい言葉を待っている」であった。ここに書かれている根幹の部分を引用したい。 「昔の日本には『子どもは十ほめて一叱れ』という素晴らしい言葉があった。10回ほめてあとで1回叱るぐらいでちょうどいい、というのだ。この短い言葉に、子育ての要諦が凝縮されていると思う。だが、いまの日本の子育ては、家庭も学校も『十ほめて一叱る』どころか『十叱って一もほめない』ありさまになってしまっている。私は、22年間の教師生活を通じて現在に至るまで、1度たりとも、子どもを叱ったことがない。そのことは、私の誇りである。 なぜ子どもを叱らないかといえば、すべての子どもは『花の種』だと考えているからだ。花を育てるためには、慈しみ、水をやり、咲くのを根気よく待たねばいけない。教育も同じことだ」
・大人たち すべての子どもに 可能性 信じて見守り 花さく時を
癒しの森940
風はまだ冷たいが暖かい日差しが窓から差し込んでくる日が多い。春はもうそこまで来ている。「冬来りなば、春遠からじ」というイギリスの詩人シェリーの有名な詩句がある。人生も冬の時期ばかりではない、いつか希望の春がやってくる、という意味が込められている。 いずれにしても、冬の次は春なのである。今日は人生の春を感じさせるようなさわやかで、しかも力強い講演を聞いた。心の春は、その人の心に内から湧き出すようだ。それには信じ切れる先輩・友人を持つことが最も大切のように感じた。 また、友人が「蕗のとう」を届けてくれた。妻が明石サロンで発芽玄米の炊き方講習をするというので、「蕗のとう」の天ぷらの用意をしてやった。春の山菜の中で最初に食卓に上るのが蕗のとうである。蕾(つぼみ)を作って、冬枯れの山野春をまつ姿はさわやかな感動を誘う。 「ほろ苦き恋の味なり蕗のとう」(久女)という句がある。独特の香気と苦みを恋の味に例えている。ともかく、蕗のとうは日本の春に欠かせない食材で、年間の生産は二万トンもあるという。まさに貝原益軒がいうように「春苦味 夏は酢の物 秋辛味・・・」である。
・蕗のとう 春を告げるか 恋の味 皆が微笑む 渋みと香りの
2006年03月07日(火) |
子育てと福祉の情報発信のコミュニティーを立ち上げる |
癒しの森939 坂井輪中学校区コミュニティー協議会の福祉部会長を引き受けている。この活動についてさまざまな思考錯誤をしてきたが、活動の一つとしてミクシイを活用して子育てと福祉の情報発信をするとのイメージを固める。ここ数年社会保障制度の諸改革はめまぐるしい勢いで進んでいます。公的年金制度改革や医療保険制度改革、介護保険制度改革などである。この改革の変化を完全に知っていくことは、専門の仕事をしている人でも大変なことなのである。
これらの情報をミクシイのコミュニティー(子育てと福祉の情報発信)を活用して発信(質問と回答)していくことにした。具体的には、下記の分野の方々から、質問に対するアドバイスを掲載して、福祉に関する最低限の情報の掲載を目指すことにした。ミクシイを活用していけばみんなで情報を共有出来るし、活発な意見交換も出来るコミュニティーになると思っている。最初は以下の分野に働いている方々の、登録をお願いいたします。市民の質問に対して、概略的な(このテーマは〇〇〇へ行きなさい)アドバイスを頂ければ幸いです。今日「子育てと福祉の情報発信」のコミュニティーを立ち上げたが、回答者の登録があるので、軌道に乗せるためには1年以上の準備期間が必要である。なお、コミュニティーに取り上げるテーマは、次の通りです。 子育て 児童手当 児童養護手当 特別児童養護手当 幼稚園 保育園 認可保育園 無認可保育園 障害者施設 障害者自立支援法
年金 国民年金 厚生年金保険 医療保険 介護保険 介護 生活保護 特別擁護老人ホーム 老人保健施設 老人病院 指定介護老人保健施設 指定介護老人福祉施設 グループホーム ショートステイ ディケア 在宅介護 ユニットケア
2006年03月06日(月) |
生涯青春の会のコミュニティを立ち上げる |
癒しの森938 今日はほぼ1日かけて、ミクシイで「生涯青春の会のコミュニティ」を立ち上げた。背景は長岡・富山で「生涯青春の会」を立ち上げようかとのイメージを持っている人がおり、基本的な情報を提供する必要が出てきたのである。今日は「生涯青春の会」会報8冊分(A-4約80ページ)をミクシイのコミュニティ「生涯青春の会」に掲載する。
2005年4月4日に「老人性痴呆は生活習慣病である」(会報1号を参照) と題して書いた。認知症に成るか成らないかの遠因は、20代・30代の「生き方」にあるのだ。ここで記述したいことは老人性痴呆が生活習慣病なので、早く気がつけば進行予防ができるという。3月31日に書いた金子満雄先生のリポートを再度熟読した。痴呆に関する基本的認識の一部を引用したい。 「老人性痴呆生活習慣病で、早く見つければ進行予防も脳機能改善も可能なのです。私が診療した痴呆患者さん2万7000人のうち、アルツハイマー病はわずか90人で、しかもすべて50歳以下の人たちでした。言い換えれば、90人を除くほとんどの人たちが、本来回復の見込みのある痴呆患者なのです」(ガッテン2004秋号から)痴呆になっても、早期であれば回復するのだから、痴呆老人にならない生き方をすれば痴呆老人にはならないのである。どのような生き方をすれば良いのか・・これが生涯青春の会のテーマである。 ・青春の 会の波動が 広まるか 全国ネットの 反応如何
2006年03月05日(日) |
スピーチの会の準備活動 |
癒しの森937
今日は今年のスピーチの会の準備活動で主な会員宅を妻と訪問する。訪問した先でいろんな話があったが、ここでは2つのことを書きたい。一軒は70代のご婦人Wさん宅での話である。ある講演会で85の女性講師が2時間座ることなく、お話を続けたことにWさんは心底から感激していた。話の内容より80代の女性講師が2時間の話を続けられるエネルギーに感動したのである。私はWさんに「主体者となって働きかけることがエネルギーを生み出す」という趣旨の話をした。そしてかねてから、相談してきた「癒しの森の懇談会」を近々発足させることにした。「主体者となって働きかける」という趣旨に沿って、参加者はWさんの知人・友人のみで懇談会を開くものである。当面の題材は癒しの森1~365とした。
2軒目は茶房「杜々」(アトリエ)を建設しているIさん宅であった。ほぼ完成でオープニングは4月15日であった。このオープニングに何かと協力をすることになっていたので、早速参加劵の作成・案内書の作成などの打ち合わせをしてくる。この茶房「杜々」からミニ文化の発信があるのだが、詳しくは後日に送ることにする。 ・環境に 働きかける 動により 波動の力が 生まれ行くかな
2006年03月04日(土) |
荒川静香のすごいところ |
癒しの森936
(以下はミクシイで知り合ったくーたんさんのエッセイをほぼそのまま引用させてもらうものです。短歌は私の作です。)
トリノオリンピックはとっくに終わったけど、女子フィギュア・荒川静香選手の金メダルはいまだに新鮮な感動を与えてくれる。 テレビ各局の荒川出演番組を何回も見ていたが、さきほどもニュースステーションで20分ほど出演して「生き方」「ものの考え方」を語っていて、その考え方にうなってしまった。マラソンの高橋尚子選手も、金メダルのあとのインタビューはしっかりした受け答えで、一流選手は人間の出来まで違う、と感心したが、荒川選手もやはり同じ一流選手だ。テレビでのやりとりを詳しく再現できないが、すごいと思わせることがいくつかあった。 第一に、あの最後の演技に入る前、ヘッドホンでトゥーランドットのメロディーを聴いていたらしいが、そばにあるテレビモニター画面も見ないようにしたそうだ。その理由が順位やメダルのこと、競争相手の演技に影響されないよう、見たい、聞きたい、という欲望と戦っていた、というのだ。集中力を高めるためにする努力には、驚嘆するしかない。 第二に、オリンピックへの心構え。メダルを意識するより、オリンピックを楽しみたい、自分の力を出し切りたい、と考えたこと。日本選手はみんなオリンピックを楽しみたい、と異口同音に話していたが、荒川選手の「楽しみたい」は、すべての準備をやりつくし、全力を出し切ったあとの「楽しみ」であり、浮ついた、気分だけの「楽しみ」ではないところが違う。 第三に両親への感謝の気持ちが素晴らしい。ご両親に会って今一番話したいこと、と聞かれて「まず何よりも両親にこの金メダルをかけてあげたい」という答えだった。トリノから帰ってもう一週間になるのに、まだご両親と会っていないそうだ。あの金メダルの直後も、会場に来ているはずの両親を探したのに見つけられなかった、このメダルは両親のおかげだから、と正直に、自信を持って言える荒川選手はすごい。
宮城県で5歳のころから天才少女と呼ばれながら、栄光と挫折を繰り返し、大学卒業や世界選手権優勝のたびに「もうスケートを引退しよう」と考えながら、やはり、「このままでは終われない。自分に納得できるスケートをやり遂げたい」という「意欲」「向上心」があり、ご両親の応援に加えて、自分を見つめる冷静な判断があった、ということなのだろう。 ・万全の 準備を重ねて やりつくし 感動与えた 極致の演技 ・終われない やり遂げたいとの 向上心 女神が微笑み 金のメダルを
2006年03月03日(金) |
ミクシイあって明日が楽しき |
癒しの森935
近所の友人の薦めでミクシイを始めた。まだはじめて2週間であるが、私のページの足跡を残す人が1日20人近くなっている。3~4人とは交信知るようになり、かなり楽しいページである。今日珍しく次男がやや興奮気味に家にやってきた。開口一番「ミクシイいつから」であった。どうして分かったかが面白く滑稽なのである。2日前ミクシイで「新潟県・30~60歳・趣味読書」と検索をしてのだ。そこに出てくる自己紹介を読んで、時折本文を開く(相手のページに私の足跡が残る)などをした。ところがこの中に次男の女友達がいたのだ。早速次男に連絡があったというわけである。 以前から知っていた「よーちゃん」という方がいた。この人はミクシイ仲間が3000人もいるのである。近々会うことになると思うが、どうしてここまでの広がりになったかを教えていただこうと思っている。ともかく人と多く触れ合うことは、人生に新たなドラマが生まれる。今日は富山県の人で「生涯青春の会」の価値を認め、富山で生涯青春の会を作れる人物に出会った。
・人生は 人との間に ドラマあり ミクシイあって 明日が楽しき
2006年03月02日(木) |
ダイヤパレスのうどんの会 |
癒しの森934 ここでの「うどんの会」はすっかり定着してしまった。多少合理化しているが12人分の「手づくりうどん」を作るとなるとかなりの手間がかかる。しかし、習慣になるとたいした負担感はない。自慢話しをするようだが、私の作るうどんの美味しさは、他に例を見ないのである。私がもし20歳若かったら、「一二三うどん」のチェーン店を作る動きをしたかもしれない。私の作るうどんが独特の美味しさ生む理由は、培養(発酵)の原理を応用しているからである。分かりやすく例をとれば、煮豆と納豆の違いに類似している。
副菜として前回はダイコンの酢づけであったが、今回は白菜づけであった。美味しい、美味しいといって、10人の婦人たちはかなりの漬物を平らげた。前回もこの作り方を説明したが、2.5%の塩で漬けてから、24時間以内に2回ほどかくはんする必要がある。そうでないと「塩味」と「ゆずの薫り」が満遍なく浸透しないのである。要は美味しい漬物も多少の手間をかけなければならない。今回は蕗のとう・たらの芽・などの天ぷら付きなので豪華版であった。振り返れば食のファンが出来ることは、人生の楽しみの一つと言えると思う。癒しの森の読者で、私の作るうどんに興味のある方は、我が家に招待して試食の機会を作りたいと思っている。
・手づくりの うどんを囲んで 笑顔あり 今日のメニューは 春の山菜
癒しの森 933
3月は寒さが残るがいよいよ春である。山林の冬はまさに静の世界である。春の山林は躍動感に溢れる動の季節である。雪が解け始めると、すき間から顔を出す蕗のとう。3月は日照時間が飛躍的に伸びて、草木が萌えるような緑に変化していく。この悠久の自然界の鼓動にどれだけの人達が心を魅かれることか。
数年前までは春になると新津丘陵に行っていた。今年は新緑に浸る機会を多く作りたいと思っている。今年は数年ぶりに「たらの木」の枝採集に行くことにする。この枝木を日当たりの良い場所に置くと、春を感じて芽を押し出してくる。日陰に置かれたグループは「春の気配がするが、まだか」と思って芽を出すことはない。順次日当たりのよい場所に出して、1ヵ月余り、たらの芽を味わうことが出来る。
・人々を 山野に誘う 蕗のとう 苦味と薫りの 春の山菜
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