- 2003年06月24日(火)
朝っぱらから徹の入院先の担当医から電話がありました。
手術は大成功だったのですが寝ている間に縫い目が開き、
ソコから瞳の奥のお水が殆ど出てしまったそうです。
さっしはつきました。夜中に触ったんです。
手術後から付けている金でできてる様な頑丈な眼帯を外して触りまくったんだと思います。
でなきゃ私そっくりの『寝相』で自然にとれてしまったか・・・
(注:ワタシは子供のころ友達の家に泊まりに行って寝てる間にガラスを割った女です)
予定では明日一時退院できるハズだったのに右目の手術が終わるまで退院はなくなりました。
それよりも、その出てしまったお水は大丈夫なんでしょうかね。
「また手術でもして水入れるんですか?」と聞いたら3時間くらいでお水は元の量に戻るそうです。
ドキドキしたせいか疲れているんだか今日スゴイことが起こりました。
ホント驚いたんですけど病院のロビーいたら立て揺れの大地震が起きて立っていられないほどでした。
徹も他の人も回りにいたので「地震地震!!」と大騒ぎしたんですがね、
どうやら地震はワタシだけに起きた『地震』だったんですね〜。
しかも余震付きです。
夏になると動悸や眩暈は起きやすくココんとこ頻繁だったんですが今日のは違うんです。
一人きりだったら『地震大きかったな〜」で終わっていたと思いますが。
- 2003年06月23日(月)
ご心配おかけしました。
徹の左目の手術。無事成功です。
心配していた網膜の異常も見つからず人工レンズもキレイに収まりました。
一応術後1時間は絶対安静と言われ寝ていたんですが...
1時間が過ぎたとたん病棟を徘徊ですか。
「お腹すいた!』と遅いお昼をぺろっと平らげ
面会終了の8時まで翔と遊戯王カードで遊んでましたよ。
その上看護師さんを呼びつけては『目が痛いから診察してくれ』だとか『眼帯のテープをもっとしっかりつけてほしい』とぬかす始末。
完全復活です。
- 2003年06月19日(木)
翔の参観日でした。
1日開放してくれるアレです。何時に行ってもいいのです。
音楽の時間に到着しました。
翔はいつもニコニコしてる子なんですが授業中もおんなじでしたよ。
ココはワタシの母校でもあります。
自分が通った年数より保護者として通った年数の方が長くなってしまいました。
子供の学校へ出向くとちょっとした同窓会になります。
親子揃って同級生というくされ縁が4人もいます。
お願いですから昔のあだなで呼ぶのはやめてください。
「ミクロマ〜ン。 」
- 2003年06月11日(水)
翔が骨折しました。右手首です。
昨日友達と遊んでいる時にコケて手首を変に着いたところ...
踏まれたそうです。
なんとも痛そうな骨折です。
- 2003年06月10日(火)
夕方6時。
夫から電話がかかってきた。
「今日の夕飯いらないよ」と。
いつもならラッキ〜と小躍りするなんですけれど
もはや山のような肉じゃがができており。
なので夫からのその一言でキレました。
心の中でですが。
したら
「今日お客さんにご飯食べてけって言われちゃってもう夕飯済んじゃったんだよ。肉じゃがならビール飲むのにちょうどいいからご飯食べるの待っててよ」
と意外な返事が返ってきたものですからね、
チトはずかしかったワケですよ。
反省の意味もこめ子供を巻き込み夫が帰ってくるまで夕食を我慢。
そして9時。
夫から電話。
「怒るかな。今日飲みに行ってもいい?」
殴る蹴るの暴行を加えてもいいですか?