時々日刊たえ新聞
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2005年01月29日(土) 一人旅

昨日(28日金曜日)仕事を休んで北見に行った。今日帰宅した。
11月中旬、この世にお別れするかに思えた義父だったが、今は退院して在宅生活を過ごしている。義父のその後の容態を見ること、老夫婦二人の生活を見させてもらって必要であれば介護認定など受けるよう勧めたいと思って出かけた。80歳の義母の介護負担が重くなってだいぶ疲れているだろうと想像した。(義父は85歳)
北見駅の改札を出ると義母が待っていた。到着時間は書いてFAXで送っていたけれど迎えに来るとは思っていなかった。厳寒の北見だから、外出もままならないんじゃないかと思った。ところが義母はわたしに先立ってすたすたと歩きバスの乗り降りも危なげなく「おかげさんで足が達者で」と胸を張ってにこにこしている。家に着いて一休みした後も「ちょっと遠くの」P店まで買物に行くと言う。わたしも一緒に行ったがツルツルの登り道を30分近く歩いただろうか。そんな遠くの店まで行って買ったのは手巻き寿司のネタのみ。(笑)至近の大型スーパーより「ここの方が品物がいいからね」とのこと。帰りは下りのツルツル道をまたずんずんと歩く。通りの多い交差点で信号が点滅する横断歩道を走って渡ろうとするので、わたしは義母の腕を取って静止した。「こんなツルツル道で無謀ですよ」と言うと「そうかい?」と照れ笑いして、一応嫁さんに従ってくれた。(笑)80歳の女性を沢山知っているけれど、こんなに背中がまっすぐで動きのいい人は見たことがない。
さて、義父はというと、義母と対照的に動きの少ない病弱のじいさまの生活をしていて、かつての活発な義父ではない。それでも自分のことは自分で出来るし、量は少ないけれど普通の食事を摂ることが出来る。少し動き過ぎると途端に息が苦しくなるそうだ。(義父は3年前からペースメーカーを装着している)お正月過ぎてからはベットから離れて昼間は起きているとのこと。することは新聞をすみずみまで読むこと、テレビ鑑賞、夫婦の語らい(今回はそこに嫁さんを交えての語らい)とトイレへの用足し。(笑)家で一人で留守番も出来るようになって、義母は買物、老人会のカラオケ、ダンス、電子治療(胃腸が弱いためだそうだ)などに毎日何かしら出かけているとのこと。健康にいいことは素直に何でも取り入れて実践している。食事の時栄養のことが優先して、義父の苦手な食事が並び、もっと食べなさいと煽られるのが何とも気の毒だった。(笑)義母は「自分が元気でいなくちゃじいさんを介護出来なくなる」と言う。その姿は老いた夫の介護を生きがいにしているようにも見えた。
わたしは介護保険の説明書と、北見市内の居宅介護事業所(ケアマネジャーが在籍)の連絡先の一覧表を持って行ったが、結局出さずじまいで持ち帰った。老夫婦が仲良く助け合って過ごしている姿に胸打たれて余計な口を出す気になれなかった。二人とも愚痴や文句一つ言わず、自分達の老いてきたことを笑いながら受け入れている。かつて義父が元気だった時は義父に頼りきっているかに見えた義母は今は生き生きして夫のために家事することをいとわない。淡々と人生の終わりの時を語り合いながら過ごしている両親。自分達が出来る範囲で助け合って生活しているから、不足がないかのように見える。これでいいよなぁと思った。
わたしは金曜日の午後から土曜日の昼過ぎまで、両親と他愛のないことを語り笑い合い、すっかりリラックスさせてもらった。自分のリフレッシュのために旅行させてもらったような気がする。(笑)

帰りも義母が駅まで送ってくれた。バスに揺られて。一人で大丈夫だからと言っても聞かない。義母は待合室でわたしの荷物から一冊の本を取り出して読み始めた。「歌って愛して」横井久美子さん著。時に声を出して読む。(笑)何てステキな母だろう。


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