「硝子の月」
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2002年04月05日(金) <蠢動> 朔也、瀬生曲

「……答える必要はない」
 わずかに唇を歪め、男は答えた。
「へぇ。その秘密は命より重いわけ」
 いっそ無邪気に少年は笑う。ス、と男の眉間を指差し、軽く首を傾げた。
「僕は『彼』の方とは違う。知ってると思うけどね」
 眼鏡の奥の目が、笑みの形のまま凍りつくような鋭さで男を射すくめる。今一声かければ、男は他愛なく絶命するだろう。
「ひとをころすことを、躊躇ったりしないよ。これは脅しじゃない」
「……下がれ、『ツイン』」
 空気の軋むような緊張感が続いた。やがて、少年の方がちいさなため息をつく。
「僕を向かわせた先に『第三の力』があったことを、まさか偶然なんて言うつもりは無いんだろ? 答えてくれないかウォールラン。
 何も語らないまま僕に何をさせようとしてる? 僕は他人に踊らされるのが死ぬほどキライなんだ」
 男は答えない。少年は尚も問い掛ける。
「水面下で蠢くものの正体を、教えてくれないかな」

 しばしの沈黙の後に、青年は口を開く。
「……総ては運命さだめの時が満ちる時に…」
「ウォールラン!」
 少年がそれを厳しく遮ると同時に閃光が走った。
「っ……」
 小さく息を呑み、青年は自らの左の二の腕を押さえた。
「僕はその言葉は嫌いなんだ。それも、知っていたと思ったけど?」
 床に紅いしずくしたたり落ちる。
「……では、私に言えることは何も無い」
 痛みを感じさせない静かな声で青年は言い、少年は一瞬激昂するかのような気配を見せ――
「わかったよ」
 吐き捨てるようにそう言った。
「今まで世話になったからね。まぁ、当然僕は毎回それに見合うだけの働きをしてきたわけだけど」
 苛立ちを隠さないのは年相応の少年らしさからだけではあるまい。


紗月 護 |MAILHomePage

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