だだの日記
僕の独断と偏見で言ってしまえば、 出雲といえば、非常にトポスを感じる場所である。 土地に力があり、豊かな精神文化を持つ。 長年、興味を惹かれつつも、 仕事以外ではなかなか足を運ぶ機会が持てなかった。
今回、石見銀山探訪を理由に この地を訪ねることができたのは、 とてもよき出来事だった。
* * *
きっかけは金曜の昼下がりに届いた、一通のメール。 明日、石見銀山に行かないか、と。
突然ではあったものの、 こういう機会でもないと、 島根にはなかなか足が向かないもの。 それに、ここは世界遺産になったばかりの、 今もっとも旬な場所である。 密かな世界遺産ファンである僕は、 2つ返事で快諾する。
当初はバイクで行くつもりだったのだが、 1週間前の帰省でだいぶ疲れていた(往復600キロ)ので、 安全を第一に夜行バスにする。
しかし、夜行バスなんてめったに乗らないから、 どうしたらいいかよくわからない。 とりあえずバスターミナルに行ったら 予約でいっぱいだった。 行き当たりばったりはこれだから困る。
それでも、一人来ない人がいて、 なんとか乗れた。ラッキー!
慣れない環境にほとんど寝れなかったが、 早朝には松江駅に着いた。 同行の士と落ち合い、 さっそく石見銀山へと向かう。
朝早かったこともあるが、まだまだ観光客は少なめだった。 これから観光バスで賑わうようになるのだろうか。 このままのよさを残してほしいとは思うものの、 良くも悪くもこれから変わっていくのだろう。 それだけ、日本では”世界遺産”というブランドは大きい。 卒論で観光地をテーマにしていただけあり、 今後の行く末が気になる。
規模としては、近年まで採掘を続けた 生野銀山の方がすごかった。 ただ、ここは歴史的な価値が高いのだそう。 世界遺産に登録された経緯などを、 資料館で知ることができたら、 なおよかったのだろうに、と思った。 自然遺産にしてもそうだが、 他所にない価値は素人にはなかなか分かりづらい。
昼時になったので、近くの定食店へ。 駐車場のおっちゃんにこっそり教えてもらった店が すごくおいしかった。 特に、お米がおいしかった。 この辺りは仁多米に代表される、お米が評判の地域。 いかにも食べそうなお客だと感じたのか、 お替わりをお願いすると、 待ち構えたかのようにすぐに対応してくれたのが印象的だった。
さて、石見銀山以外の目的は特には決めていなかったのだが、 近くに名湯があるということで、行ってみる。 温泉津温泉というところ。 案内所で外来利用ができる共同浴場を聞き、 2ヵ所を教えてもらう。 古くて洗い場がないところと、新しめで洗い場があるところ。 一同、迷わず前者を選ぶ。
そこは本当に古めかしいところだったが、味があってよろしい。 お湯が熱いと石見銀山の人に聞いていたが、 はたしてむちゃくちゃ熱かった!!
温度によって湯舟が2つ分かれているのだが、 ぬるいと書いてある方でも42℃、熱い方はなんと46℃だった。 ぬるい方でも浸かるのがけっこう大変。 でも、風呂場にいた地元の人が、 熱い湯を勝手にかけてきて盛んに勧めるので、 半分は嫌々、半分は好奇心で、入浴を決意する。 それは、まるで「熱湯コマーシャル」のようだった。 本当に、本当に熱すぎで、数秒でダウン。 体はまだしも、手足の指先がすぐに悲鳴をあげる。 これは絶対に健康に悪いと思ってみても、 その地元の方の話では、 曲がらない膝が曲がるようになったとか。 それに、ここではこの熱湯が数百年以上も前から 健康法として伝わっているのだから、 世の中不思議なもんだ。 (最終的には、僕も1、2分なら我慢できるようにはなった!)
脱衣所で着替えていると、入ってくるいろんなお客さんが 見知らぬ僕らにも挨拶をしてくれる。 田舎の温かさを感じた。
その後は、日御碕に立ち寄り、松江市街地を案内してもらい、 また別の温泉に浸かり、メンバーの実家にて、 かつてないほどの歓待を受ける。 ありがとう。
翌日は、小泉八雲ゆかりの地を訪ねる。 彼自身の著作は読んだことはないが、 かつて阿刀田高さんの「怪談」を 思い入れ強く読んだことがあり、八雲への関心は密かに高い。
また、八雲の曾孫にして某大学教授に インタビューしたことも印象深い。 僕の人文学的な関心にめっちゃ合致し、 今までの仕事の中で、一番おもしろい話を聞かせてくれた。
学生の頃、池袋の雑司ヶ谷にて墓参りに行ったという思い出もある。
それだけに、彼が一時期を過ごした松江は、前々から気になっていた。
この町には旧居や記念館がある。 視力がほとんどなかったという八雲のための高机や、 各種遺品、年表・家系図と、興味深い資料が満載。 一つひとつをじっくり堪能するのは まさに夢見心地の気分だった。
これらの施設は、松江城のすぐそば。 お堀が目の前という立地にある。 堀には、堀川めぐりといって、観光客を乗せて遊覧船が走る。
その船頭さんと目が合うと、 どの人でもこちらに向かって手を振ってくれる。 そうされると無視できず、つられて手を振り返す。 たったそれだけで、妙に心が和む。
昨日の脱衣場での一件もそうだが、 ちょっと声をかけるとか、ちょっと気遣うとか、 ささいなことで、見ず知らずの人同士が、 お互いが気持ちよくなれるなんていいなと思った。 いい風習だね。
名残惜しくはあったけど、そろそろ帰りの時間。 乗り場に向かうとバスはやっぱり満席で、 キャンセル待ちでなんとか乗ることができた。 最後の最後までこの旅らしい。 思わず苦笑いしながら、車窓から松江の街並を眺めていた。
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