ストレス。 - 2002年06月28日(金) …には、いろんな種類があると思う。 人間関係のストレス、仕事のストレス、家庭内のストレス、病気のストレスetc… 近親者の死、というストレスが、多分何よりも強い。 まだ死んではいないけど、死に繋がる苦しみを近親者が味わう、というストレス。 コレはどのくらいの位置なんだろうと考えた。 本当は位置なんかドウデモイイし、そのストレスを払拭する術は無いから甘んじて受けるだけ、が多分本当。 それ以外に自分の心に優しい方法なんか無い。 考えるな、といわれてももうその嫌な考えが脳の中に入ってしまって出てゆかない。 背中に冷たい汗が流れて、【いつこのひとを失ってしまうんだろう】という、全く完全な恐怖に支配される。 死の前触れ、が無いまま、例えば交通事故とかで近親者を失ってしまうストレスは、多分病気で近親者を失ったストレスよりも重いんだろうなと想像は出来る。 けれど前者は、近親者から【命】が流れ出してゆく、あの静かで嫌な気持ちにならなくていい。 長い年月の、そのストレスの積み重ねが存在しない。 少しずつ、命が流れ出してゆくのを見るだけで、何も出来ないで。 何も出来ないんだから、せめて傍に居ようと思う。 それだけのことが、社会の枠組みの中で許されない事がある。 何で仕事なんかしてるんだろう私、とぼんやりしていた。 こんなときに、ずっと傍に居てやる事が許されない。 私が傍に居ないときに、【失って】しまうかもしれないのに。 …そうなってしまったら、絶対に取り返しがつかないのに。 もう、【死】を充分理解してしまったからこそ、取り返しがつくうちに、と祈る。 けれど、長く病魔と闘って来て、だから休ませてあげても良いんじゃないかと思ったりは、する。もういいじゃないか、とか。 生まれてきて、まだ【幼い】と言える頃からずっと苦しめられてきて、それでも歪んだところのない彼女に、私は奇跡を見る。 けれどその奇跡を呼んだのは彼女自身の資質で、【神】なんて胡散臭いものじゃない。 だから私は神なんか信じてないんだよ、とまた唾を吐く。 あれほど苦しみながら、全く歪まなかった彼女の命を留めていられない神なんかを、信じてないんだよ、と思う。 正しいものの病を治すのが神なら、そもそも彼女に病魔が宿った事自体が間違いだ。 …と、いくら天に唾を吐こうと、いくら祈ろうと、何も起きない。 『痛い』と苦しみながら歩けない彼女に、また歩く事が返ったら良いと祈る。医学に祈るし、彼女の体力に祈る。 一度寝たきりになった彼女を歩かせたのも、医学で、本人の気力体力だ。 それらのもの全部に、祈る。 -
|
|