次なるは。 - 2002年05月19日(日) 私的大イベントと言えば、…大阪ON AIRと、友人Yの結婚式である。 友人Y。 こいつは、私の中でまた、格別に特別な人間だ。 そういう人間はかなりいるんだが(笑)、家族、に最も似た気持ちかもしれない。 さらりと傍に居るのが当たり前。 そういう関係を、20年間続けてきた。 コレが凄いと我ながら思うところだが、彼女とは別に『家が隣だったから』とか、『親同士が仲が良かったから』とかいうような、幼少時にありがちな縁ではないところだ。 彼女は、私が彼女を一目見たときに『友達になりたい』と思わせ、そして実際その位置を獲得した、4歳ながらに自分で望んだ友人だったのだ。 彼女は美しく、お人形のようで、私の憧れたもの全てを持っている気がする。 あまり手放しで人を絶賛しない私だが、彼女に関しては文句の一つも浮かばない。 恐ろしく冷めた子供だった彼女は、今でも冷めた大人だ。 嫌になるほど暑苦しい子供だった私は、今でも中身は暑苦しいままだ。 両極、と言うにこんなに相応しい人間を、私は他に知らない。 しかし私は彼女をとても好きで、暑苦しい気持ちではなく(笑)、『一生付き合っていきたい』と思う人間だ。 彼女も、どうやら私をそう思ってくれているだろうことは、中学時代彼女が唐突に口にした、『私の親友ってアンタだって言って良いよな?』という意味不明の確認や(笑)、その後大人になるに連れても随所で少しだけだが(笑)、解る。 彼女がそうやって意思表示をする、事だけで、私は凄く愛されているのだろうことを実感する。 そのぐらい、何もかもに興味がなく、感情のない人間なのだ。 美しく感情の無い彼女は、本当に人形なのかもしれないと私に思わせるくらいだ。 幼少期の記憶は、人を創る。 私にとって彼女の存在は『現実』で、『救い』だったように、彼女の幼少期にとっても私がソレで居られた事、は、凄く誇らしい。 お互い辛うじて人間で居られて良かったね、アンタのおかげだよ実は、と本当に最近(笑)、酒を酌み交わしながら零した。 彼女の結婚を、私は心から嬉しいと思い、けれど心から驚愕している。 彼女は、実は誰とも似合わない、と思い続けていたからだ。その思いは旦那にも悪いが(笑)、今でも変わっていない。 けれど、この結婚によって、彼女の宿願が叶えられる事を、私は素直に嬉しいと思う。 彼女は恋をした事がない。 彼女はけれど、愛情は持てる人間ではある。 だから、きっと愛情でもって、幸せになってくれるだろう、いやならなければならないと私は勝手に決めている。 彼女は泣いた事が殆ど無い。 長い付き合いの中で、私が知る、彼女の涙はたった一回きりで、可愛がっていた愛犬が事故で死んでしまったときだけだ。 電話がかかってきて、彼女は電話口でわあわあ泣いた。数時間泣いていたが、泣き声をずっと電話で聞きながら、でも私は煩わしいとは思わなかった。 その犬は、彼女のあの家での、多分初めての自己主張であったことを、私は知っていた。彼女は『暖かいもの』を求めて求めて、飼いたい、と強硬に家族を口説き落として、やっと飼い始めた、そのたった半年後だったのだ。 あんなにも取り乱した彼女を初めて見た、と当時は驚いたし、できれば今後見たくは無いと願う。 犬と並べるのは失礼に当たるかもしれないが、彼女にとって旦那は、『ソレ』に当たるのかもしれないと思った。そういうひとだった。 そういう、『温かい』旦那に向けて。そして勿論、これからも親友であり続ける彼女に向けて。 ……『披露宴でスピーチヨロシク〜』という電話がかかってきた。 だから早く言えよそういうことは! 招待状の中に何も入って無かったから、役割無しかと安心したのにそう来たか。 これで、人生3度目のスピーチである。 一度目は私の愛するおねーちゃん(血の繋がりはない)、二度目はこの間結婚したばかりの友人、今度はこれだ。 さあて何を言わせて頂きましょうかねぇと考える私なのだが、彼女に関してはどうにもこうにもネタが多すぎる。 『〜時代の友人』とかなら、その時代の話を適当にして、とかまあまとめやすいが、ぶっちゃけ、赤ちゃん時代以外は全部知ってる相手というのは非常にやり難い。 何を言わせて頂きましょうかねえ…と考えながら、明日からはまた、休日出勤もありのスペシャル残業ウイークの始まりなんである。 ………余暇が欲しい………。 -
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