ちゃんちゃん☆のショート創作

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3月半ば(モン◎ーターン)
2006年03月16日(木)

※いよいよ総理大臣杯、始まりましたねー。(あいにく新聞とか、ネットを通じてしか観戦できないけど☆)
 今回の話は、某・公式サイトさんに掲載されていた「2006年度総理大臣杯ポスター」(※壁紙アリvv)に思い切りよろめいてしまい、どうせだからこの時期の話を書いてやろう! と書き始めた次第です。・・・でも他の時期でも違和感なかったりして☆
 もちろん、蒲生さんの話ですv では。

************

 世間は卒業式だの、卒業旅行だのでかしましい3月半ば。
 蒲生は久しぶりに、『彼女』のご機嫌取りをすることにした。

 最近は一緒にいても、時折物騒な『声』を上げたり、その麗しいおみ足での走りっぷりをご披露してくれなかったりと、調子が悪そうなのだ。どうやら仕事やら、他の女やらにかまけていたせいか、ちょっと拗ねてしまったらしい。

 幸運にも、今日は午前中だけなら時間がある。午後からは競艇雑誌の取材があるものの、それまでは完全なるフリータイムだ。コミュニケーションをとるにはもってこいであろう。

「そんじゃ、ちょっとおじさんにお口開けて見せてね〜?」

 ふざけた口調で、その実真剣な表情で言いながら、使い慣れた工具で愛車の点検を始めた蒲生であった。


 さすがに3月ともなると、ここのところ春めいた天候が続いてはいたが、今日はことさら良い天気である。空はどこまでも青く、雲ひとつない。冷たい風も吹くことなく、外で自動車整備をするには絶好の日、と言っても過言ではないだろう。

 幸いにも、愛車のエンジンには大したトラブルは見当たらず、蒲生は胸をなでおろす。既に車自体は生産中止になってしまっているので、部品交換、と言っても純製品ではもはや不可能に近いからだ。

 まあ、自分はこれでも専門家だ。そうなった時は似たような部品で、うまく修理する自信はあるのだけれど。

 当面の不安はなくなったこともあり、蒲生はついでにと、『彼女』のクリーニングに取り掛かる。

「フンフ〜ン、フ〜ン♪」

 手入れするのにも、つい鼻歌なぞこぼれるのは、陽気の良さのせいか。

 この手の車ではさすがに洗車はできないし、たとえ幌をつけたとしてもジッパーの部分が錆びるような気がするので、流水をかけっぱなしには出来ない。だからもっぱら、濡らしたタオルで磨くやり方となる。時々さび止めを塗ってやるなどせねばならず、手間がかかることこの上ない。

 もっとも蒲生は、こういう手間のかかりようをこそ、愛しているようなものだが。

 ・・・ふと。


 ───えらくボロっちい車っすねー、こいつ。蒲生さんならちょっとした中古車でも、整備しだいで新品同様に出来るんでしょう? だったら、買い換えたらどうですか? こいつ、手間かかるだけだろうに・・・。


 かなり以前、そう言われた事を思い出し、手が止まる。

 『彼女』との付き合いはそこそこ長い。さすがに『蒲生モーターズ』の古株従業員には及ばないが、それでも競艇選手になる前に購入した代物だ。
 『4WD』と言う呼び方がまだ一般的ではなかった頃、自分の行動範囲に見合う機動的な車が欲しくて、買った車。山だろうが海岸だろうが、それこそ自分の手足のように操ることが出来るのが嬉しくて、色々理由をつけては乗り回していた記憶がある。

 だが、自分にとって『彼女』にいまだに乗り続けるのは、惰性に似た愛着、以外の意味があるのかもしれない───最近蒲生は、そう思うようになったのだ。


****************

 ───蒲生さんにとってこの車は、古女房みたいなものでしょう?


 いつだったか、あれは丸亀でG1が開催された頃。こちらはつい最近のことだ。
 地元だと言うこともあって、この愛車に乗って丸亀競艇所へ乗り込んだわけだが、その最終日だったと思う。やはりあの日も天気が良かったので、最寄の駅まで送るから、とレース後の後輩を1人乗せてやったことがあったはずだ。

 『彼女』のあまりの年季の入りように、蒲生になじみの薄い記者などは、イヤな感じの笑みを浮かべてこちらを見ていたらしいが。
 件の後輩はと言えば、


「ああ、懐かしいなあ。相変わらず大事に乗ってるんですね、蒲生さんらしい」


 と、久しぶりに会う旧友に対するような眼差しで『彼女』を見て。
 それから「お邪魔します」と、まるで自室にでも招かれたような挨拶と共に、ヒラリと乗り込んで来た。まるで躊躇なしに。

 そう言えばこいつは何度か『彼女』に同乗したことがあったんだったな、と十数年前のことを思い起こしていた蒲生に、この後輩が唐突に言ったのが『古女房』発言だったのだ。


「はあ? 古女房やと?」
「以前、波多野と話してたんですよ。蒲生さんが結婚しないのは案外、この車に入れ込んでるせいじゃないか、ってね」
「お前ら・・・2人して勝手に妙なこと話しとるなや」
「言いえて妙だと思いますけどね? どっちみちこれってデート用に向かないでしょうし、実際、付き合ってる女性は乗せたことがないんじゃないですか? 違います?」
「・・・・・・」


 図星をつかれて二の句が告げられない蒲生に、助手席の後輩はクスクス笑う。


「さすがの蒲生さんも、2人の女性を同席させるほど図太くは、ないみたいですね」
「あのな・・・」
「いいじゃないですか。人であれ車であれ、そこまで惚れ込めるのならある意味、素敵だと思いますよ」


 この後輩は時々、やけに文学的なセリフを言う。別に癇に障ったりはしないから構わないのだが、それだけに心に残ったのも事実。


「・・・そや、な。恋女房、言うんならちょっと違うきに、古女房、か。確かに辛い時も苦しい時もずっと一緒、みたいなイメージあるかも知れんの。
しっかし、何か演歌みたいやなー。今時古いわー」
「・・・・・」


 蒲生がわざと明るく言って見せたのには、さしもの後輩も苦笑を返すだけだった。

*****************

 辛い時も苦しい時もずっと一緒───。

 蒲生があの時、思わず口にしたその言葉は、決してただの比喩ではない。蒲生が十数年前、実際に味わったものだ。


 並み居るベテラン勢を押しのけ、20代の若さでSG初優出を果たしたその直後、痛恨のフライング。
 色々ともてはやされていただけに、叩かれ方もまた半端ではなくて。たとえ蒲生が、名声とか人の評判とかはあまり気にしないとは言え、かなりショックを受けたのを覚えている。

 それでも負けず嫌いだったから、早く立ち直りたくて。
 でも周囲の冷たい目は、どうしようもなく、プレッシャーも酷くて。
 ・・・何より、勝てないレースはしたくなかった。出るからには勝ちたかった・・・。

 そんな頃だったのである。知り合ったばかりの自動車のディラーに、無責任なことを言われたのは。


 ───買い換えたらどうですか? こいつ、手間かかるだけだろうに・・・。


 何故か分からないがカチン、と来た。

 幸い、一緒にいた従業員が空気を読んだのか、それとなく話をそらしてくれたからそれで済んだのだが、何をくだらない事を言ってくれるのだ、と腹立たしく思ってしまって。
 そのディラーが帰るやいなや車庫に閉じこもり、しゃかりきになって『彼女』のフル整備をした覚えがある。

 ・・・今にして思えば、あのディラーの発言に深い意味はなかった。どうやら競艇には興味がない輩だったようだし、単に自分の中古車を少しでも捌きたくて、期待半分で持ちかけただけだろう。

 ただ、何も知らないヤツが勝手なことを抜かしやがって、と思った自分も、確かにそこにはいた。

 手間がかかるから何だ?
 そのせいで何か、他人に迷惑でもかけたか?
 整備するのは全部自分なのだ、それに、手間がかかるのも楽しみの1つだと言うのに・・・。


 我ながら意固地になっていたな、と今なら冷静に判断できるのだが、あの頃は青二才だった。あるいは、フライングのせいで他人からの批評に、必要以上に過敏反応しただけかも知れない。

 そう───これ以上周囲に迷惑をかける前に、さっさと競艇に見切りをつけて、第二の人生を送った方が身のためだ、と言われたかのような錯覚に陥ったから。
 あるいは古びた愛車に、その頃の傷だらけの自分自身を重ね合わせていたのかも、知れない。


 絶対見限るものか。
 ・・・そう、決意したのは誰に対してのものだったのか。



 月日は流れ。
 それから十数年後、丸亀で波多野憲二との幸運な出会いを経て、蒲生がSGに復帰し。
 最初こそプレッシャーに押されてポシャりもしたが、勘を取り戻し始めてからは順調に勝利を積み重ね、いつしか中堅どころの強豪、と言う評価を世間から受けるようになった頃。


 ───新車買わないンすか? 蒲生さん。折角相当稼いでらっしゃるのに。


 新しい車が欲しいから選手になった、と嘯く新人選手が、たまたま蒲生の愛車を見た時そう言ってのけたのだ。

 蒲生とそれなりに親しい者たちは、皆眉をひそめずにはいられない。
 いわば不文律で、蒲生が愛車を買い替える意思などないことは、分かりきっていたから。

 そして、蒲生とそれほど親しくない者たちも、肝を冷やして成り行きを見守っていた。
 仮にも先輩に対して、自分の趣味をこうも堂々と押し付けるのは、あまりに不躾だろう。

 妙な緊張感漂う中、蒲生はヘラリ、と笑って答えて見せた。

「んー、考えたことないわ。金はみんな、全国24競艇所におるワシの女に貢いどるしのー。それに今新しい車買うても、自分で整備する時間ないと思うたら、めんどくさいやないか」

 他人に整備を任せるなど考えもよらない、と言わんばかりの蒲生に、その場にいた全員が妙に納得したのだった。


 その時やはり居合わせた、『彼女』とも昔馴染みであるかの後輩が、『古女房』発言を蒲生にぶつけたのは、後日のことである───。

 多分この後輩は、漠然と思っていたに違いない。全国24競艇所にいると言う女性たちは皆愛人で、愛車こそが蒲生の本妻なのだ、と。だから何だかんだ言いながらも、最後には蒲生は本妻の元に戻るのだ、と。

 ・・・確かにその仮説は当たっているのだろう。ただ、それが全てではない気がする。


 ───新車買わないンすか?


 そう、あの新人に尋ねられた瞬間、蒲生は何故か想像してしまったのだ。

 新品ピカピカの車を買い、そっちをメインに使うあまりに、『彼女』に乗らなくなったら、どうなるのか、と。

 ひょっとしたら。
 自分は『彼女』をどこか、見えない場所にでも閉じ込めてしまい、最初から存在しなかったもののように振舞うのではないのか、と・・・。


 長らくのブランクはあったものの、今の自分は賞金王決定戦に毎年出場し、強豪選手の仲間入りを果たしている。そして、昔のことを自分の前で誹謗する人間なぞ、ほぼいない。

 ・・・だが。
 折角の初優出で、期待が高まる中フライングを犯し、大返還をしてしまったのも、紛れもないかつての自分なのだ。
 その事実は曲げようがないし、決して忘れるべきではない。


 蒲生は、この青空の下、柔らかな日差しを浴びて佇む『彼女』を、愛しげに撫でる。

 錆が出て、ペンキを何度となく塗り直した箇所を。
 うっかりぶつけて、わずかにひしゃげたフレームを。
 そして、自分の意のまま軽やかに車体を操ってくれる、古びたハンドルを。

 古女房というよりも。本妻と言うよりも。
 『彼女』は自分が競艇選手として過ごしてきた、象徴そのもの。
 辛いことも楽しいことも、全部一緒に味わってきたのだ。

 それらを全部ひっくるめて、自分はこれからもずっと、決して忘れずに生きて行きたい・・・。
 蒲生は漠然と、そう決意するのだった。


*****************

「おおーっ、波多野ーーっvv 久しぶりじゃのお、会いたかったぞーーvv」


 今年初めてのSGの前検日。
 蒲生は数ヶ月ぶりに会う波多野憲二に、親愛と歓迎の意味合いでガシッ! とばかりに抱きついた。
 彼らの後ろでは、香川支部の後輩や東京支部の浜岡が、呆れた顔をしている。


「あ・・・相変わらずっスね、蒲生さん」


 クスクス、と失笑が漏れ、波多野はそうコメントを返すしかない。
 周囲を気にする波多野に対し、人目などまるで気にしない蒲生。この取り合わせでの『ご挨拶』は、ほぼSGごとの名物と化しているらしい。

 香川の蒲生にしてみれば賞金王決定戦が終われば、関東の強豪選手である波多野とは、総理大臣杯の時期にまでならないと会えない。だからこその歓迎ぶりなのだが。

 実は今年の総理大臣杯は、波多野の地元・平和島だったりする。こちらが出迎える格好のはずが、こうも熱烈歓迎ぶりを示されると、波多野としても面食らうのも無理はない。
 まさかこちらから抱き返すと言うのも、何だし。


「だけど、何で毎回毎回俺相手ばっかにハグなんですか? 同期の人とか、榎木さんとか、香川支部・・・はしょっちゅう顔合わせてるし今更だけど・・・とにかく。もっと親しい人、いるでしょうに」
「イヤ、新人時代は榎木相手にもしとったんやけどな」
「してたんですか☆」


 少々呆れ気味の波多野に、背後から苦笑交じりの声がかかる。


「私は山口で、蒲生さんは香川だろう? 地理的に近いから、新人時代はそれなりの間隔で一般戦がかち合ってたんだよ」
「榎木さん! お、おはようございます」
「おはようございます。・・・じゃあ、その度に抱きつかれてた、ってことですか?」
「まあ、そういうことになるかな」


 波多野と一緒にいた浜岡に問われ、榎木祐介は笑いをかみ殺すようにして答えた。
 蒲生は、と言えば、先輩ならではの大らかな挨拶を、昔馴染みの後輩に返す。


「ホンマ、あの頃の榎木は純情やったからなー。抱きつくたびに悲鳴上げて、おもろかったんやけど」
「ああも頻繁に抱きつかれたら、誰だっていい加減慣れますよ」
「慣れるくらいに抱きついてたんですか☆」
「そやかて、女子選手に抱きついたらセクハラになるやないかー」
「論点ズレてるって☆」


 波多野と笑い、榎木と話し、香川支部の後輩にたしなめられ。
 そうするうちに、蒲生は自分の周りに人が集まってくる実感を覚えるのだった。


 今年もまた、総理大臣杯が始まる。


《終》

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※良く考えたら、前検日の話なんだから、昨日のうちにUPしとくべきだったのかも。あう☆



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