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茂保衛門様 快刀乱麻!!(15)後編(完結)
2004年07月26日(月)

茂保衛門様 快刀乱麻!!(15)後編(シリーズ最終話)



 ここにあたしが来てから、そろそろ半刻(約1時間)ほどが経つ。

 最初はあたしの存在を気にしてた大工たちも、自分たちの仕事に没頭し始めるやいなや、逆に部外者は他所へ行ってくれ、とばかりの視線を向けてくる。
 まああたしとしましても、このままずっとここに居続けるつもりもなかったから、そろそろ立ち去る頃合かも知れない。


「・・・ところで御厨さん」


 新築中の家から歩み去り、周囲に他人がいないことを見計らってから、あたしは小声で御厨さんに話しかけた。


「何ですか?」
「あたしの顔の、この大げさな布切れ、もういい加減に剥がしたいんですけど。痒いし、蒸れるしで、気色悪いったらありゃしない」
「ダメです。あれから『やっと』一月(ひとつき)ですよ? ほとぼりが冷めるまで我慢してください」
「『もう』一月、って感覚ですけどね、あたしに言わせてみれば」


 ───実は。
 あたしが怨霊の勇之介に襲われて焼いてしまったお肌のうち、一番目立つ顔の火傷の方は瘡蓋もきれいに取れ、とっくに完治してしまっているのである。それもこれもあの美里藍と涼浬が、惜しげもなくお薬をバンバン使って看病してくれたお陰らしい。
 ただし、手や足の方は未だに瘡蓋も、ヒリヒリした感触も残っているけど、そっちの方は仕方ないでしょ。動かすのには支障がないんだし。


 とにかく、折角治ったんだから隠してないで、ご自慢の玉の肌をさらしたい気分になるのは当然のこと。
 ・・・なのに、気が利かないんだから。御厨さんの堅物っ。


「いけません。あと半月はそのままでいて欲しいと、美里殿からの伝言です」
「ええ〜〜〜」


 漢方薬の匂いがキツイんだけど。鼻が曲がりそうだわ。

 かなり恨みがましい目を向けられても、さすがに御厨さん。そう簡単に折れたりはしない。


「・・・榊さんは覚えていらっしゃらないようですが、お顔に大火傷を負った榊さんは、お屋敷へ運ぶまでかなりの数の人間に見られてるんですよ? 本当ならそう簡単にあの大火傷が治るわけないのに、不自然じゃないですか。
お屋敷内の人間なら口裏も合わせられるでしょう。しかし、単なる通行人の目を誤魔化すのは、実質上不可能ですから」
「そ、それはそうだけど・・・だったらどうして、美里藍たちは真っ先に、こんな目立つところの火傷を治したのよ?」


 ウカツもいいところじゃない、と口にしたところ、御厨さんは珍しく呆れたような顔になった。


「あの状況では実際問題、どこかの火傷を完全治癒しておかないと、手当てするにも榊さんのご体力がもたないだろう、と言うのが美里殿の診立てだったんです。それはご理解いただけますね?」


 うっ☆
 た、確かにあたしは御厨さん辺りとは違って、長期戦向けの体はしてないわよ。


「あ、あたしが聞きたいのは、どうして顔を治したの、ってことなんですけど?」
「榊さんが一番納得されると思ったからです」
「・・・・・・・・・・は?」


 それってどういうイミ??


「体力を消耗されているのが見るからに分かったので、一刻を争うと言うことになったんですが。あの時榊さんは、お考えがあって『火傷を治すな』と言われたのでしょう? ご本人に聞くのが手っ取り早かったんでしょうが、あの後榊さん意識をなくされたから、そんなわけにもいかなかったし。だから、
『今勝手に治しても、後で榊さんにさほど文句を言われない箇所』はどこかって、あの時居合わせた人間で話し合ったら、全員一致で

『顔!』

と言うことになりまして」
「・・・・・・・・・・・・・」
「蓬莱寺辺りなど、榊さんは何を差し置いてもまずは絶対に顔を庇うだろうから、一番最初に治るのが顔の火傷だったとしても、きっと誰も違和感を覚えないだろう、とまで・・・」
「分かったわ。もういいです。それ以上は説明しないで頂戴な」


 あなたたち、あたしを何だと思っているんですか・・・☆

 妙な脱力感に囚われて、あたしはつい額に手をやらずにはいられない。

 そりゃあねえ。
 それはまあ確かに、もしあの時お夏がいるっていう緊急事態じゃなかったら、あたしは何を差し置いても自分の顔を庇ってましたよ。それは自信を持って言えます。

 ・・・・・だけど。
 御厨さん1人に言われたんならいざ知らず、あの場に居合わせた《龍閃組》の連中全員に指摘されたって、一体・・・☆
 本当のことを言われたとはいえ、何だか癪に障るのって別に、被害妄想でも何でもないわよねえ・・・。


「ま、まあ良いわ。皆があたしの顔を、宝物のように大切に考えてくれていた、って考えれば、腹は立ちませんしね」


 あたしが苦し紛れにそう言うと、御厨さんの顔ったら、いつもあたしが見慣れてる『げんなり』としたのになったわ。

 ふふ、いい気味かも。この唐変木はいかにも武士らしく「男は顔じゃない」って思ってる男だから、こういうやり取りには慣れていないのよねー。
 この際だから、もう少しからかっちゃいましょv


「何嫌そうな顔してるんですか、御厨さん」
「い、いえ、別にそういうわけでは」
「いけませんよ。いつもしゃんとしてなさいな。いくら男は顔じゃないからって、身だしなみを怠る男がモテるワケでもありませんからねえ。お凛にそっぽ向かれても知りませんよ」
「お凛は人間を外見で推し量るような、安易な女じゃありません」


 ───あら、そう来たか。
 まあ確かにあのお凛だったら、男の顔より生き様で、伴侶を求めそうだわね。

 でも御厨さん、あなた分かってるの? それって自分がお凛に惚れてるって、暗に認めているようにも解釈できるわよ。
 ヌケヌケと惚気ているんだったら朴念仁にしては粋、ってところなんでしょうけど、きっと自分でも気づいてないわね。武士の情けで、気づかなかったことにしてあげましょ。


 ああ、あたしってば何て部下思いの上司でしょ、なんて1人で陶酔していたあたしに、
「そう言えば」
と、御厨さんが今思い出した風に打ち明ける。


「外見云々で思い出しましたが、あのお夏ちゃんから伝言があったんでした」


 え? あの子供があたしに? 何伝言したんだろ。・・・思い当たる節がないわねえ。


 困惑するあたしを他所に、御厨さんは明らかに苦笑、と分かる表情で続けた。


「いえ、ほんのささやかなことなんですけどね。
『お夏を助けてくれて』『おとうを庇ってくれて』『そして、勇之介ちゃんときちんと話をしてくれて、ありがとう』って言ってましたよ。
それと・・・外見は全然だけど、どこか気弱そうなのに勇気があるところはそっくりだそうですよ。勇之介に、榊さんは。このご恩は決して忘れない、ってことです」
「べ、別に子供に恩義感じられても、あたしは痛くも痒くもありませんからね。そ、それに、き、気弱そうだってのは余計ですよ」


 と、つい照れ隠しに言いはしたけれど。

 お夏からのその伝言こそが、あたしにとって、この事件で一番の収穫だった。




 ホント、今日は空が隅々まで晴れ渡ったいい天気ですこと。
 今日みたいな時こそ、いつもの習慣を復活させないと嘘ってモンよね。


「御厨さん、どうせだからこれからちょっとあたしに付き合いなさいな」
「どこへお出かけになられるんです?」
「向島の長命寺。久しぶりにあそこの水ですっきりと顔、洗いたい気分なんですよ。きっと火傷の治りかけにもいいでしょうしねv」
「お供仕ります」


 そう言って。
 あたしと御厨さんはゆっくりと、向島目指して歩き出したのだった。


 これで全て、一件落着〜!!


≪終≫


※お・・・終わった・・・何とか「血風帖」発売日前に、発表できた〜!!

 でもこれが実は「外法帖」本編の「邪」Diskにて、榊さんがカケラも出てこなかった理由だ、ってこじつけたら、怒ります?? イヤ、大火傷をして家から出られない状態だったから、主人公たちの前に姿を出さなかった、とかねv

 それにしても。「血風帖」に榊サンは登場できるのでありましょうか? 御厨さんは登場する、ってどこかで聞いた覚え、あるんですけどねえ。







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