moonshine  エミ




2007年05月20日(日)  いろとりどりのせかい

おー、火曜日以来の日記です。
水曜、木曜は22時くらいまで仕事してた。やはり、なんだかんだと忙しい。決算発表が終わったとはいえ、仕事が「ひと段落した〜」ってなるのは・・・やっぱり、6月中旬だな。もうしばらくがんばらねば。

しかし、金曜日は早く帰った。なんと6時過ぎには退社。ものすごく神妙な顔で、「今日は所用がありまして、悪しからず・・・」とか言って退出するのだが、私の所用なんて飲み会くらいしかないってことは、先方(上司・同僚)も先刻ご承知である。ま、金曜の夕方にひとつ納期を終えたので、今夜くらいはいいでしょう。

で、たまったマイルを使って帰福してきたタロウくんと合流。平尾の「煮込み」に行ってみた。福岡では有名な、臓物専門店である。ミノ刺、ゼンマイ刺、酢もつ、ハツ焼、もつ煮込み、じゃこおろし。苦手な人はこれだけ聞くととてもじゃないけどウッときそうですが、この店のモツたちは本当に新鮮でおいしい! しかも安い安い! これだけ食べて、お酒をふたりで8杯くらい飲んで、なんとお値段は合計6,000円だったのです。

「やっぱり、博多の飲食店のコストパフォーマンスは素晴らしいなー。」と感心しきりで、ほろ酔いの勢いでカラオケへとなだれこむ。今年初めてだ。人に聞かせるレベルでは全然ないんだけども、やっぱりこう、歌い上げたい欲、みたいなのって誰にでもあって、なんとなくストレス解消になりますよね。帰ってさらにビールを飲み足し、寝る。

土曜日、日曜日は、午前中はどちらものんびりして、昼すぎから博多や天神に出かけてうろうろ買い物したりして過ごしてました。

そうそう、たぶん2年くらい前?にしずりんからDVDを焼いてもらってた『ジョゼと虎と魚たち』を見た。ものすごーく、きた。若者ふうに言うと、「やばいよ、この映画!」て感じ。身障者とかそういう括りにはとどまんない。むこうみずで純粋で楽しい青春と、いつか誰もが訣別して現実に踏み出し、受け容れていく。決して後味のいいラストではないけれども、あのやりきれなさに、きっと多くの人が共感するでしょう。いっときの強い感情だけでは背負いきれないものってやつは確実にある。それを認識して、別れを選んだり、裏切ったり。

ツマブキくんが演じるツネオがひどい奴だとか、池脇千鶴の演じるジョゼがかわいそうとか、若い人はそういう感想に終始するのかもしれないけれども(でもこの映画は、若い人が見てもそれだけには留まらない切なさを、悲しいくらいに表現していたと思うけれども)、やっぱり、そうじゃないんだって思う。恋ってやつは、やっぱりフィフティフィフティなんだと思う。本当に人を好きになって、一生懸命に過ごしたときのことは、別れたり傷つけられたりして、ひととき、すごくつらくても、やっぱり後悔はしないと思う。そう信じたい。

池脇千鶴って、なかなかに度胸のある女優さんだよなあ。すっぴん(に見える)のまっすぐな目線、そしてあの頼りないヌード・・・。撮り方がうまいのか? 実はツマブキくんの演技って初めて見たんだけど、彼もすごーくかっこよかった。とても等身大の若者を演じてるんだけど、それがあそこまで自然に感じられるのって、すごいような気が。

ところで、田辺聖子さんの原作は読んでいないのでどこまで忠実なのか知らないが、とてもいい脚本で、薄っぺらくないけどとてもわかりやすかったんですけど、一箇所だけ、今も謎な部分がある。動物園に虎を見に行って、ジョゼが、「好きな男ができたら、この世で一番怖いものを見に行こうと思っていた。それが虎だ。感謝しいや」ってツネオに言うんです。あの「感謝しいや」はどう解釈したらいいんでしょうか? ひとばん経っても気になっています。

恋って、はかないものだなあ。そして人はとても孤独で、共有しつづけられないものって、たくさんあるんだなあ。
なんて、私はとてもとても複雑な気持ちになっていたんですけれども、深い海の底の話をするジョゼの傍らで爆睡するツネオのように、この映画を見終わったあと、楽しげにプレステのサッカーゲームにいそしむタロウくんを見て、なんか変に安心した。

良くも悪くも、こういうものにズンときてしまう私には、むしろこれぐらいの相手がいい。考え出すとキリがないことってたくさんある。生活ってのはそんなことおかまいなしに続いていくのだから、立ち止まる時間はそんなにないほうがいいのだ。暗い暗いところから生まれでてきた私たち。その場所を忘れることはできなくても、ふたりしてそこを漂うことはない。やっぱり、光のあたる場所にいたいのだ。雨が降ったり風が吹いたりしても、そっちのほうがいいのだ。揺るがない感じの人といると、安心する。

「欲望が渦を巻く海原さえ ムーンリバーを渡るようなステップで
 踏み越えていこう あなたと
 この僕の傍にいるだろう?」
こう歌うのは、キリンジの歌、『Drifter』。けっきょく、漂流者でしかないのかもしれない、それでもいい。生きているあいだ、泳ぎきれれば。
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