moonshine  エミ




2003年02月03日(月)  ひとりコーフン、初遅刻の一部始終

 月曜日の朝、目覚ましのセット時刻は8時。いつもより1時間以上遅い。
 そう、今日は会社を遅刻する日なのである。土曜日の夜にした決意だ。なんぴとたりとも妨げさせんぞ!
 何といっても、初の遅刻である。雨の日も風の日も風邪の日も、もくもくと通い続けていた会社を(たった2年目のクセに、という突っ込みは無視だ)、今日という今日はエイヤッと遅刻してやるのである。

「あの、病院に行きたいので、今日は遅刻します」
 部署に電話して敢然と告げると、
「あ、大丈夫? 遅刻って、来れるの?」
 少し驚いた様子で問い返される。
「はい、大丈夫です、行きます行きます。すいません」
 病人のはずにしては、なんだか妙に弾んだ声で答えてしまったような気もするが、まあいい。

 病院に行くのは遅刻の立派な理由である。意気揚々とスッピンで皮膚科に向かう。
 決して多くはないがボサボサの頭髪、くたびれた感じのシャツとズボンの上に申し訳程度に羽織った白衣の初老の先生は、はじめての遅刻に血気さかんになっている私の気持ちとは裏腹に、ちょっと専門器具っぽいルーペで私の患部を覗き込むと、あとはのんびりゆるゆると説明をしながら、英語だかドイツ語だかの筆記体でカルテを埋めていく。
 オムレツを作っていてフライパンで手ひどい火傷をして以来、かれこれ4年くらい、病院といえば目の前でカルテを書かれない歯医者にしか行ってなかったので、カルテというものが非常に興味深い。
 日本語で書かないのって、やっぱり患者に覗き込まれても、何を書いてるんだかわからないようにするためなのだろうか・・・。
『重大な病気の怖れアリ』なんて目の前で書かれたら、びっくりするもんな、なんて思っていたら、先生は何とハッキリしたカタカナの楷書で
「ニキビ」
 と書くと、机上のハンコ箱から慣れた様子で一つを選び出して、
「塗り薬 一日 回」というやつをペッタンと押し、“回”の前のブランク部分に「2」とこれまたハッキリ書いた。
 あ、そう・・・・。
 いや、分かってたけどね。ニキビだけどね。
 チャリンと小銭で診察料を払い処方箋を握りしめ、近くの調剤薬局へ歩いていく。初診料込みなのに小銭だけで払えるのだから、儲けもんではあるが病のためやむなく遅刻・・・という風情はまったくない。やや寂しいところである。
 いかにも流行ってなさそうな薬局で、私が入っていくと「アレ?」と驚いたような顔をした薬剤師さんに、塗り薬を出してもらう。
 しかし薬剤師さんは若いお姉さんだったのだが、胸がきゅんとする感じにちょっとステキな人だった。お化粧が薄くて、目がくりんとしてるがどこか中性的な顔だちで、話し方が何となく正義の味方のようである。
「お薬手帳、お持ちですか? あ、ないなら、お作りしておきますね。
 どこの調剤薬局に行っても、こういうふうに、いつどのようなお薬をお出ししたか記録しておくことができるんですよ。
 にきびの治療は初めてですか? よく睡眠をとって、ビタミンやカルシウムをたくさん摂るといいですよ。お大事になさってくださいね」
 ハキハキと言われ、はい、はい、と、出来の悪い生徒みたいにかわいく返事をした。まるでリボンの騎士のような凛とした薬剤師さんであった。ああ、これぞ、非日常! もっともっとしゃべってほしかった。

 いったん家に戻ってのんびり化粧など準備をして、もうついでに昼ごはんを食べて、出社すると、有休届を出した。
 そう、今日という日は、キッパリ遅刻したのだが、いや、言い換えれば遅刻しかしていないのだが、有休扱いなのである。
 まったく、半休という制度がない会社は困りものだ。
 しかし、
「ほんとは、有休なんだもんね。一日のんびり休んでもいいところを、
 病をおして(といっても、体はピンピンしているのであるが)
 わざわざ、出て来たんだもんね」
 という優越感が味わえるのは、この「有休遅刻」ならではの醍醐味であろう。いや、私は有休消化率も高くないのでここらでドーン!と一日休んでもよかったのだが、今日の午後にやらなければならない仕事が二、三あったのである。そして、来週一週間の監査に備えて、今週は明日からいろいろな準備に追われるはずなのである。
 ゴホン! 通院という大義名分、水戸黄門の印籠をかざして、何だか嬉々として遅刻したような書き方をしてきたが、今日でなければ今週も来週も、当分病院に行けそうにない、という切実にしてやるせない事情があったのだ。そして、たかがニキビ、されどニキビ、ニキビを笑うものはニキビに泣く、という先人の教えもある。せちがらい世の中、悩み多きお年頃、硝子細工のように敏感な私のお肌を、北風小僧にオメオメとさらしておくわけにはいかなかったのである。この辛い状況を読者諸氏にはわかってほしい。
 さっさと仕事を片付けて17時半、意気揚々と私はノートパソコンの蓋をしめ、「お疲れ様でした!」と席を去った。
 なんせ今日は有休なのである。





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