幸せの絶対量と、不幸のそれとは釣り合っているのだと…どこかで聞いたような気がします。 微妙にそれについて考えてしまったので書き留めておこうかと。
私、かなりの楽天主義なのであまり『不幸』に敏感ではありません、きっと。 なので、多分…世の中で「不幸」とされていることにぶつかっても何も感じないで通りすぎてしまうことも多いのではないかと。
そんな私が感じる『不幸』は…どういったものなのでしょう。 心を深くざわつかせるもの? 靄が目の前を覆って歩けなくなること? (いや、そんな詩的な感覚に陥ったことないけどさ)
まぁ、ちょっとばかり…ね、そんなことを思いつつ。 その直後に暖かい声を、関わりを…同日に得たんですけれどもね。 うん、やっぱり私恵まれてるわ、なんて思ったんですが。 もし、私の感じたことが『不幸』だとするのならば。 今まで生きてきた中で、私が沢山貰ってきた『幸せ』は…多すぎる気がして。 それでもそれに甘えて安穏と生きてます。 これって…どうなんだろう? これから生きていく上で…私の上にも『苦難の連続』なんて時期が来るのかな? …嫌だなぁ(苦笑)…。
自分がとてつもなく嫌になったときも、生きていくことを放棄したくなっても。 それでも(少なくとも今の)私は生きていきたい。 できうる限り、前向きに。 未来に待っているだろう「幸せ」があると信じられているから。 自己満足でも、今まで以上の至福を感じるために。 …なーんて。 なんだかなー、寒い痛い系の文章だなぁ、なんて我ながら思いますが。 書くことが浄化になるならば、まぁいいかと。
そういえば昔そんなこと延々考えてた時期がありましたね… 自己価値への不信とか生きがいの喪失とかさ…無駄に哲学時代っていうか。 …懐かしい思い出だ(笑)。 今そんなこと殆ど考えないもんなぁ…いいのか悪いのか。 一部反転仕様で失礼しました…
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