つたないことば past|will
ああ、元より。これは長い夢だったのかもしれない。 がらんどうになった部屋を見て、ふとそう思った。 あの男は何も残していかなかった。 家具も、衣服も、その気配すらも、すべて消えた。 押入れの中にあの子の姿さえ見つけられず、ただ応接間で あったはずの部屋で呆然と佇む。定春はどこへ行ったのか。 何の痕跡もなくなった部屋は気が狂いそうになるほど静かで 寒い。暗い。この家ではそんなこと感じた事なかったのに。 「本当にいなくなっちゃったんだなあ」 呟いても返事は返らない。 外の喧騒だけが酷く耳につく。 うるさい、うるさい、うるさい! 本当に聞きたいものは聞こえやしないんだ、いつだって。 がらら、と戸を閉めて乾いた音がする階段を下りる。 もうここには来ないだろう。そんな気がする。 バイバイ、長い夢。 きっとまた夢見てやるから。 どこかで。
|