�蠧�記
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| 2002年05月05日(日) |
嫌悪感と疑問**繊細な人は閲覧禁止 |
まさかの不倫というのを読んで
あなたを抱きたい、という声を思い出した。彼は私を舐めた。私が舐められたい と理解したから? 多分お風呂で洗ってそれほど臭くなかったんじゃないかな。それとも臭くてもかまわないと心を固くしたの?
正直に言うけど、気持ち悪くてお前を抱けない、という声も思い出した。 わかって欲しいと暗に頼んでいた。 私をお前呼ばわりするあなたは何様だったのかしら? 私はあなたに殴られてもどうしようもなかった。あなたの苦しみを分かち合えなかった。
俺とお前関係からあなたと私関係へ。あなたが舐めてくれなかったと私は言った。 でも私はあなたを舐めた時に、ちょっと臭いと思ったの。あなたはあの時ちゃんと洗って私を心待ちにしている状況じゃなかったのね。私がぜひにと言うので、しかたなく舐めさせてやらなくちゃと思ったんでしょ?そう思う。誰だってそんなときばかりじゃないよね。あなただって私に舐められたいと意思表示したことがあった。そのときは、臭くなかったもの。ちゃんときれいにしていたのね。親しき仲にも礼儀を持って。
あなたも私をあなたと呼ぶようになったね。
息子は私の顔を舐めた。私を気持ち悪いとは思わなかったのだと思う。その時。 舐めるんじゃない、と私は息子に言った。
がくらんを着せられて、舐めんなよ、というつっぱり猫のCMを思い出した。
子供の日か。
やばいほどの宿題の量ってどのくらいだろう?
やばいという言葉はまるで罪人の自覚のような響きがある。
自分の心の中で、今は悪魔の心が勝っている、などど7つの子供でも言うことがある。ただ宿題をやるのが億劫でテレビを見たいという気持ちだけで。
勉強したくてもできないこともあるが、危険なほどの課題の量というのはどんな ものだろうか。こんな小国が、何故経済大国として頑張らなければならないのだろうか。
ご飯おいしかった。ごちそうさま。言葉を交わせて嬉しい。
それだけでは済まないのだろうか。なぜならばご飯を満足に頂けない人があるから?
信心を心から喜ぶ人というのは、決して好かれるタイプの人ではなく、げじげじのように嫌われていることが多いらしい。それでも私はやっぱり自分が死んだあとまでは苦しまなくていいという言葉はあり難いと思う。永劫の苦しみなんて耐えられないもの。
神様って酷いなあと思うってあなた言っていたね。私のこともそういう酷い性格かって尋ねていたね。まるであなたは酷い人じゃないみたいに。そうあなたは酷い人じゃない。私と同じ。神様じゃないだけ。同じ空気を吸うのはいやかな。こんなに 汚れた共有の大気を吸いながら。
パソコンしながら調子悪いというのはおかしいと息子のパパさんは言う。 ならばパソコンをやめて、アンドロメダの清浄な空気を願うかな。
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