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2002年04月17日(水) 罪障

生理が済んだので(?)パパさんに遊んでもらった。
私は実は生理中でも遊んで欲しい。でも、血まみれは嫌という人に無理やり遊べと
いうのはちょっと逆レイプかなと思ってじっと我慢の子だった。あんたも好きねー、ぽよよんさん。やっぱり慎ましい心とは言えないわ。穏やかとはいえないわよ。やっぱり男なしには生きていけない女なのかなあ。。。

娘は公立校ではないので授業数がかなりきついらしい。息子の小学校でも土曜日が
休日になる分、月金までの授業が今までより増えるが、通学の往復にけっこう時間がかかるのに7時間授業というのはきつそうな気がする。私は生理痛のために学校を
休んだことはなかったけれど、あまり通学時間がすごく長いというところはなかったしなあ。小学生の頃から生理が始まっているというのは体の発育がいいからか。
私は15歳まで初潮は来なかった。父がAB型で母がO型とか言っていて、私がAB型というのはおかしい、などという話もあったが、別にそれでさほど両親に何かわだかまりを感じたわけではなかった。しかし親の方は心配したりしたらしい。私は不登校までいかなくても、割合自分の部屋に沈んだように引きこもって何考えているかわからないようなところがあったと思うし、集団生活にはあまり馴染まなかったし
友達と摩擦もあったけれども、まあ、普通の思春期の少女だったのだ。両親の血液型は戦争中の検査の誤りかなにかで、AとABだったから、橋の下で拾われてきたと
いうような物語にはならなかった。しかしながら同居するにかわいげのあるタイプではなかったから、いくらかからだが小さめでかわいかった小学生の頃から知って
いてくれている兄嫁は決して意地の悪い人ではないけれども、高校生以降の私には
かなり煩わされるところがあったろうと思う。
娘は生まれた時からその家の人だから、外から入ってくる人が明るく強いように見えても、どんなに内心些細なことに一喜一憂してそれを素直に出せないでいるかといったこと、一つの家庭のあり方が他の環境で育ってきた人が入ってきた時にどのように感じられるかといった事柄にはなかなか柔軟に対応できないんじゃないか、まあ、仕方ないかな、などと勝手に想像を逞しくしたりする。それこそ余計なお世話だろうが、愚かな母親の生きがいの一部と言えるかもしれない。そういったやっちもない愚母としての心配を思い切れるなら、もう先立つ不幸もない、何も心配することなどない身なのだ。私などない。私がなくてもまわっていくものなのだから。これを罪障と言われても仕方がない。私が死んでいたほうが、娘は幸せかも
知れないと思う。しかし私は罪悪感は抱けない。
彼女は彼女自身の状況を生きて何かどうしようもないだけではないものを発見していってもらうしかなく、ただささやかな幸せを祈るばかり。甘える息子を抱きながら、彼女も抱きしめてやりたいと願う。
人の世話の苦手な私が、初めて彼女を抱いた時に泣き止んでくれたのが、すごく
嬉しかったから。

着付け教室、遅れて行った。でも、今の課程が終っても次の専修科に進むことにする。

帰り本屋さんめぐりを楽しむ。ただ、どうも整腸剤飲んだ方が調子がいい。

うう、もう9時か。


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