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やっぱり欝なんだろうな。危ないなあ。 昨日空気が乾燥していると思って小鍋に湯を沸かしていて、すっかり忘れて 横になってうとうとしていた。こどももいたが、何か焦げ臭いと思ってはっと 起きたら、鍋の水が全部蒸発して、木の柄が焦げて、そこから白い煙がもうもうと 部屋の中じゅう立ち込めていた。
明日は息子の誕生日だが、今日学童保育で誕生日会だったらしい。誕生日カードというのを持って帰ってきていたのを見たのに、私はそれをよく考えもせずに息子に聞かずに捨ててしまった。西宮の娘の誕生日とか、3年くらいメール交換してくださった方が今日お誕生日だというのが気になっていて、いつも一緒にいるこどもの誕生日のことは忘れていた。でも結局西宮の娘にだって何もしていないのだ。
やっぱり私は母親失格かな。駄目なのかな。なんだか胸がふたがれる。
おかあさん、おとうさん、などと思いながらうとうとすると、 昔パートをしていた懐石料理店の若い気のいい板前さんたちの姿が夢に出てきた。 板前さんといってもいろいろ個性がありますよね。お名前は忘れてしまったが、 明るくてしゃきっとしたかんじの男の子に、あるとき私は、かわいいおばあちゃんになるんだ、と言ったことがあった。するとその板さんは、@@さん(わたしのこと)今日はかわいいおばあちゃんになるんだってはりきってますよ、とホールの責任者のひとに笑い顔で話し掛けていた。私はいつもはりきっているようには見えなかったのだろうか。その板さんは確か結婚が決まって結納の段取りとかの話を聞いたな。割と小太りだけど、さわやかな印象だった。今はどうしているのかな。 その板さんが、さっきほかの仲間と一緒に私の夢にでてきて、みんな孤独なんですよ、などと言った。
もう5時になってしまった。 祖母に御年賀を贈った。おかしいかな。亡くなった母のすぐ上のおばは今は祖母と 同居してなくて、長男の叔父夫婦が母方の祖母と同居しているが、母のすぐ上のおばがお歳暮の電話のとき、おばあちゃんぼけちゃったのよ 誕生日会のときはぼけてなかったでしょ、でもあのあと転んで、、、と教えてくれた。 亡くなった父も病院のベッドで粗相をすると悲惨だよと言っていた。 同居している叔父夫婦がおばあちゃんのベッドをご不浄の近くにして環境が変わったら、ここは私の家じゃない家に帰りたいとか言ったりしたそうだ。 まだ40の私だってこんなにぼけてぎっくり腰のときとかパパさんにおしっこさせてもらったりしたのだ。おばあちゃんは95だからたいしたもんなんだけれど、 介護は大変なんだろうな。 私が幼稚園のとき、父方の祖母が倒れて母は私たちこども3人と東京に戻った。 父は1年くらいは戻ってこられなかった。 戻ってきても、祖母は口がきけなくても、まだ元気なうちは、夜中に何も言わずに 出かけて保護されたりしたんだよな。父は祖父母が40過ぎてから生まれた末っ子の 長男だったものなあ。祖母は御飯食べたことを忘れて、嫁が御飯食べさせてくれないとかって近所の人に言ったとかいう話もあるけど、そんあつもりはなかったと おもうけど、いろいろあるよな。
こんなことこといってる場合じゃない、私がしっかりしなくちゃ、明るくたくましくいかなくちゃなのだ。
祖母は女学校の数学の教師で気丈な人だっただろうが、ねまきとおむつをうんこまみれにして仁王立ちになって気弱なおばにわわわわ、わわわわ、と怒っている姿は 鮮烈だったなあ。それでも最後はバナナを食べてすうっと息を引き取っちゃった。 尊敬してるよ、おばあちゃん。いろいろなおもいがあったんだよね。 そうだ。あの気弱なおばは緑内障の手術を夏にするとかしないとか兄が言っていたけど、元気だろうか。
今日はあのひともお誕生日だけど、おげんきだといいな。 おげんきだろうな。 83歳のひとがホームページで夢を語っているよ。来年は晴れて大台でしょ。 金婚式目指して頑張るっておっしゃってたじゃない。 励ましていただいたのに、足をひっぱっていただけだったかもしれない。
おばあちゃん、夢を見ながら楽しくいこうね。私は200までいくつもりなの。 ほんとうかよ。しっかりしてくれよぽよよんさん。
かみさまほとけさま、たすけてね。おもいにもつはもってちょうだい。 つかれているものはわたしのところへきなさい、にもつをもってあげよう、とかって教会の看板に書いてあったよ。 わたしはしんだらかみさまになるの、って母は言っていたけれど。
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