散髪して貰いに理髪店に行ってきた。八年ほど通い続けたのとは違う理髪店に入ると、還暦を過ぎているのであろう理髪師さんが二人で客を捌いていた。
ほかの客と理髪師さんとの雑談を聞いていると「一五歳の頃から(理髪師を)やってるから、もう五〇年になるなあ」と言うのが聞こえたから、ぼくが生まれる前からのキャリア。熟練も熟練。なのにぼくはどれくらいに刈るかを訊かれたときに「〇.五枚(のスポーツ刈り)はできますか」と失礼なことを言ってしまった。言ってしまってから「しまった」と思った。
仕上げ近くになった頃、席の背中を倒した姿勢になっていたときのこと。顔剃りをして貰っていた。理髪店では顔剃りをした後にいつも顔全体にクリームを塗ってくれるんだけど、やけに額の端っこの方を丁寧に指で撫でてくれる。最初は「何だろう?」と思っていた。でも、直ぐに思い当たった。
「チトマールを塗っているんだ」と。
ほら、案の定。
「チトマール」は何処の理髪店にも大抵常備されている、塗れば血が止まるという不思議な軟膏。でも、これ程度の傷なら「傷付いた」ということに気付かなければ痛みは感じないし、放置してもいいくらいだ。
これくらいの傷を付けられた程度で文句を言うほどぼくも狭量ではない。昔ながらの理髪店ではよくあること。それよりも、むしろぼくはほっとした。
五〇年もの間ひとつのことを一心に続けてきた人でも、初歩的な失敗はするものなのだ、と。それを考えれば、ぼくがときどきやってしまう失敗なんて当たり前に起こり得ることだ、と都合よく考えて少し気が楽になった。
【今日の摩訶不思議】
起きたら右手の中指だけが曲げると痛むようになっていた。手の指一本だけ寝違えるなんてことはあるのか?