すずキみるくのGooden 妄言
旧牛乳式形而上精神論理構造研究所日報

2013年07月25日(木) 十傑衆的な?

選挙くらいから盛んにビッグデータという単語が出てきて、いろいろ調べてみたんですが未だにしっかりとはつかめません。なんか超人的な人たちが出てきて、

「我ら、ビッグデータの名のもとに!」

とかやってるんでしょうか?

それでもなんとか折り合いをつけて理解しようとした結果、ネット世界の膨大なデータにみられる「空気」のようなもの、またそれを解析すること、と無理やり納得したんですが。うん、まだ腹におさまってない。

世の中の空気を感じるっていうなら古典的なところでは本屋の店頭めぐってどんな本を売ってるかみるとか、電車のつり革をみるとかいったの古典的な手法ですが、それのデジタル版って考えればいいんでしょうか?そうだとすればある程度は納得できるけど。

そういうもんだと仮定すると、ビッグデータのほうはどうしても無機的というかそんなものになりますな。んで、リアルな本屋とかつり革のほうは有機的というか発信者が感情をこめて「売りたい!」「この流れにいっちょかみしたい!」と念をこめた情念がはいったデータというか空気の流れみたいのができるわけで。

正確性とかニッチな市場とか掘り起こしたいっていうなら確かにビッグデータのほうが役に立ちそうです。

ただ、ある程度大きな市場ってなると日本ってのは情念をこめた販促をしまくるもんでして。そんでもって受けてのほうも結構それに応えちゃうもんでして。スマホの売り方なんてその最たるもんだし。案外でっかい稼ぎにはならないかもしれません。ビッグデータ。


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みるく

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