すずキみるくのGooden 妄言
旧牛乳式形而上精神論理構造研究所日報

2004年12月31日(金) ラストステージ

最後の舞台、「龍神」の前に聞きなれない音楽が入って僕は戸惑った。そして流れてきたプロジェクトエックス調のアナウンスに軽い失望を感じたのだ。上等な料理にジャムをぶっ掛けるようなものだ。しかし、いつものイントロが流れ、舞台にスポットライトがあたり、ヴェールの中から顔を上げたあそしょうの顔を見たとき、そんなものはふっとんだ。

特別な顔だった。喜び、悲しみ、感謝、寂寥、終わり、始まり、・・・さまざまな感情が入り混じりオーバーロードしている表情・・・その潤んだ瞳をみたとき、これで終わってしまうという絶望と、この舞台が、どこまですばらしいものになるかという希望とが、僕の心の中にわきあがった。

笛の音が終わり音楽が動き出す。和風のアレンジがされたボーカル曲の中を優雅な所作で舞っていく。あそしょうの指先が、つま先が、様々な軌跡を描く。扇子を胸元にしまうときの妖艶さ、いきなりのかかとおとしで露わになる白い足の美しさ、それらの光景にボーカル曲の歌詞が断片的に耳に入っていく。「ポラロイド」「龍神になる」等の歌詞の千切られたイメージが踊りに重なり、観る者を少しづつではあるが確実に幻想的な世界に引き込んでいく。

2曲目は激しい動きのダンスとなる。一曲目のイメージとはちがい、こちらは機敏、かつ正確なメリハリのついた動きが基調になる。複雑なステップ・・・普通の踊りではフォローしきれないリズムまでフォローしたステップが入る。あそしょうの身体が連続して曲線を描いていく。舞台の一番前まで来たあそしょうの右腕だけが踊り転調を促す。機械のような動きをする右腕には確かに何かが宿って表現されていた。転調、でんぐり返しで舞台の奥に戻るあそしょう、ヴェールを掛けうずくまる、舞台暗転、曲が変わる。

3曲目、いよいよベッドに入る。ヴェールの下で一通り動いたあそしょうが右手にヴェールを掛け上半身を露わにしてこちらに歩いてくる。「女神のような」としかいえない風情がこの時の彼女にはある。身体のライン、堂々とした、それでいて女性的な歩みがギリシャ彫刻の女神像を彷彿とさせる。そしてあそしょうが、舞台の最前でうずくまった。

そのとき僕は引力を感じた。・・・来た、この感覚だ。29日ラストの「花魁」でも感じた感覚だ。舞台に精神の全てが引っ張られている。やばい・・・持ってかれる。前日はその感覚に鳥肌をたてながらも少し戸惑ってしまったが、今はちがう。自分の心など引き込まれてしまえ。僕は精神を投げ出した。持っていってくれ、一部でもいいから、この舞台で僕の一部を違う世界に持って行ってくれ・・・!!

3曲目のベットが続く、マゼンダのひかりに包まれたあそしょうの表情が目に焼きつく。これほどベッドのときに妖艶さと美しさをあわせもつ美しさを放つ女は他にいないだろう。そして今日、残り僅かになったとなったことも加味され、ベッドでの表情で表現されているものも全ての感情を超越したものになっている。ヒカリに包まれたヴェールが水しぶきに変わる。ヴェールの水しぶきの下であそしょうが何かに変化していく。

ベッド4曲目・・・インストが入る。変化の終わったあそしょうが自分の存在を、力を確かめるようにポーズを決めていく。水、空気、森、闇、それら全てから力を取り込み、また放出していく。そしてしゃちほこのポーズから天上への飛翔をはじめていく。舞台に拍手が巻き起こる・・・。そして最後2段の足上げで天上へと消えていく龍神・・・。全ての心がその一点に集中していく。

その時の光景は目に焼きついている。マゼンダのヒカリに包まれたあそしょうの胸からながれてきた呼気が半開きの唇まできて吐き出される。そのかすかな呼吸音が耳に届いたとき彼女の足は遥かな天にまで突き上げられた。そして、そのとき、僕は確かにみたんだ、彼女の目もとから流れていく一すじの涙を。

そして舞台はおわる。もうなんといったら分からない表情をしたあそしょうが一歩一歩舞台の奥へと歩いていく。そして客席を振り向き、一礼をする。拍手が沸き起こり鳴り止まない。そして舞台は暗転し、彼女は闇に消えていった。


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