2011年05月20日(金) |
東日本大震災 松本清張的考察 |
積み上げた何もかもを奪ってしまったのは地震と津波だが、 原発は、もっと根本的に、未来を含む世界を変えてしまった。
東日本大震災と銘打ちつつ、自分があの日から離れられないのは、 もっぱら原子力発電所の事故に関する出来事になっている。
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南相馬市の、誰もいなくなった街にただ残る 「明るい未来のエネルギー」の看板は、象徴的なモニュメントとして広く世界に「拡散」された。
明るい未来のエネルギー。
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原子力発電は、戦後からつきすすんできたある方向−それを「明るい未来」と言ってもいい−の一部にすぎない。
それは科学的で、西洋的で、データに基づき構築される。 専門的で、プロフェッショナルが指導をし、大きなシステムによって管理される。
金を払ってそれに身をゆだねていれば、「明るい未来」は約束される。
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今、環境、文化、教育、健康、経済、あらゆる分野において、 私たちは、「明るい未来」を制御できなくなっている。
暴走したそれは、時に人を混乱させ、本来あるはずの幸福を遠ざけている。 おかしいと感じても、そう簡単に軌道修正できない。
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「明るい未来」は、戦争で無様に負けた私たち日本国民が、それを切望することで、生まれた。
前へ前へ。明るい未来へ。 世界に誇れる先進国へ。 合理的で科学的で、エクセレントな国へ。
負けた国ということを、脱するために。 焼け野原を、忘れるために。
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かくして日本の全体主義体質は、軍国主義から「明るい未来」づくりへ向けられた。
予防原則を重視する欧州などよりもはるかに「科学技術」に傾倒し、 明るい未来へ向かって「死の行軍」を強行した。
これまでの戦争、敗戦をめぐる日本の間違いだけでも十分痛ましく悲しいというのに、 今破綻をみせている「明るい未来」が、未だ敗戦の傷を引きずっていることによる、などということになるならば、 よけいにみじめで、悲しい気持ちになるではないか。
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