注意報は警報に変わり、激しく降る雨。 肌寒さに、長袖に手を通す。
裏の山は、今年こそ崩れるかもしれない、 近くの川のいずれかは氾濫するだろう、と覚悟と備えをしつつ、 雨音に混じってキーボードを打つ。
本日こう主張するのは勇気が要るが、一応は、わかっている。
雨は、人間の都合のよい時に都合のよいだけ降るのではない。 自然現象に対する免疫を身につけながら、人類は生きてきたのだ。
風が吹く度に、また雨が降る度に、この世の終わりみたいなこと −テレビリポーターみたいに−をやっていれば、それこそ身が持たぬ。
状況をよくよく観察し情報を集めて、 「未だ大丈夫」「少し危ない」「避難が必要」程度には、 安全と危険の見極めを、自分でしたほうがよい。
2005年07月18日(月)
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