留守中届いたCDを楽しみに開封した。 昨年来日し、奇跡といわれたステージを残してくれた ジョアン・ジルベルトの、そのライブ盤である。
安物のCDデッキから聞こえてきたボサノバの神様の声は 再び私を9月16日に引き戻す。
話がとぶけれど、 ソルフェージュの訓練をしていた人なら誰でもそうであるように、 自分はある程度の音が取れるようになっている。相対音感だ。
それなので、耳に入る音楽はたいてい、 頭の中で「ドレミ」という言葉の翻訳が付いてきてしまう。 これは本当に、音を楽しむことを損なっていて、 自分でもつまらなく思う。
件のジョアンの歌は、 私の中途半端な音感が付いてこられない繊細の境地にいるので、 本当に純粋に心に響く。 自分の心の庭へ導いてくれ、時間を共有してくれる 数少ない宝ものだ。
アルバム名にあるとおり 「声とギター」が柔らかくしなり、 呼応して、生命をもつ。 この音楽という生命と生きるために、彼は生きているのだ。
「僕は音楽で自分を表現している。その音楽が音楽として良いか悪いかだけが重要だ。言葉による補足は必要ではない。音楽を言葉の世界に翻訳するのは不可能だ」 若かりしジョアンの言葉。その姿勢は今も少しも変わらない。
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