2009年01月29日(木) |
43歳になってふと読み返してみた。 |
「ここに母あり」(著:北野さき/出版: 太田出版1988/09) ※たぶん絶版
今や「世界のキタノ」となったビートたけしの母であり テレビドラマ「菊次郎とさき」のサキちゃんが 昭和の終わりに出版した自叙伝
やっぱりね 女はタフなのがいちばんだ いやホントに
でまた タフなだけじゃだめなんだ 負けず嫌いじゃないと
読んでて同感だったり自分をまだまだまだまだだとおもったり喝を入れたり
昭和どころじゃなくてやっぱ 明治の女は強いわ 渡ってきた時代が違う 違いすぎる
さきちゃん13歳 お人好しの父親が没落させた家を取り戻そうと 一人、家を飛び出して東京に行き お屋敷住み込みの女中として働き始めるわけですよ 朝から夜までこき使われ 学がないからってバカにされても意地悪されても陰口たたかれても逃げ出さず 裁縫の勉強したさにおやつに配られる今川焼きをお針子さんにあげて、そのかわりに裁縫を教わって 雀の涙の給金5円を無駄金つかわず必死で貯めて
きっとさきちゃんだけでなくとも 昔はみんな貧乏から抜け出したい一心で 家族を食べさせなきゃいけない一心で 必死で働いてきたんですよ だれもがきっと
昭和までは それが普通だったのかもしれない
だれだって、いい家に生まれたいでしょ お坊ちゃん、お坊ちゃんって育ちたいでしょ それが不幸にも貧乏な家に生まれてしまった 子供には何の責任もないのに のっけから貧乏ってお荷物をしょって生きなくちゃならない 親にできることといったら、教育をつけてやることぐらいしかない 体につけた財産は、どんな泥棒にだって盗めやしないですからね
私にはね、奉公時代の苦い思い出がある 奉公人の世界でも裁縫を知っている人と知らない人では差が出る 私はその程度の教育もないために、ずっと便所掃除だったでしょ だから自分の子供には、そんな思いはさせたくない 自由に仕事を選べる資格をつけてやりたかった 貧乏人の輪廻を自分の代でおしまいにしてやりたかったんですよ
これ 1988年にこの本を手にしたとき いちばん心に残った部分の抜粋
親が貧乏で学校行けなかったんなら 自分で稼いで勉強して 自分で仕事探して自分らしく生きたらいい
そんなふうに読み終わったこの本が 今は人の子の親になって 子供に教育つける必要性を改めてさきちゃんの言葉で納得してる
頑張れよ自分 まだまだだよ四十路 さきちゃんは43歳でたけしを産んだんだってよ いや もうあたしは産まないし産めないだろうけどさ そういうことじゃなくて 更年期近いかもだの記憶力なくなってきただの 忙しいだの頭痛がひどいだの息子が言うこときかないだのなんだの
そんなことが クソくだらないことだと一蹴される読後感
そこらにころがってる 「××の品格」だのって類のうわっ面本よりか よっぽど心に響くと思いますよ私
負けないぞ中高年っ! 昔みたいな勢いはでないかもだけど 四十路頑張る 頑張るぞ四十路っ
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