不審者のみならず 幼稚園ママに対しても 注意しなければならない時代への序章ってことでしょうか。
犯人が捕まってなくて風化されつつある 栃木女児殺害事件も たしかに猟奇的で恐ろしい事件であります。
が あれは所謂「不幸な偶然」が重なった事件であって スクールバスがあれば 大人が送り迎えしていれば 子供が自己防衛できていれば(知らない人についていかない等) 回避のしようもあっただろう件なわけです。
また こういう事件を踏まえて 私たち保護者は 「こうした事件が二度とおきないために」と話し合うことができ 「親が通学路に立とう」「集団登校しよう」「防犯ブザーを携帯させよう」 「子どもたちに自己防衛策、危機管理能力を身につけさせよう」 といった行動を起こせるわけで。
でも 我が子に危害を加える犯人が「ママ友達」だったら。
過去に山田みつ子がいました。 相手に対する個人的な感情から その恨みの矛先が 無抵抗な子供に向けられた最悪の事件だったわけですが
子どもをもって 最近やたらと感じるのが 第三者に対する個人的な感情を 自分で消化、処理できない大人が結構存在するという現実です。
自分が周囲から避けられているとか 疎んじられているとか 仲間に入れてもらっていないのではとか そういうことで必要以上に悩んだり鬱ったりする人ってのが ママグループには結構多いんだなと
最近つくづく感じるわけですよ。
たしかに女子校じゃよくありがちでした。
他の友達と話してると その輪に入ってくるわけでもなく あとから 「最近よくあの子と話すんだー?仲良いの?親友になったの?」
( ´Д`)...
トイレ一緒いこーと言われ、別にもよおしてないんで断ると 「え・・・私と一緒にいきたくないんだ?(´・ω・`)ショボーン」
( ´Д`)...
何でも同じにしないと友達関係じゃないと思ってる女性の なんと多いことかと 女子校時代につくづく女の疎ましさに辟易しまくった経験のある私は それを踏まえて 現在の私流友達付き合い&選択に至っているわけですが
なんてゆーか 周りを必要以上に意識しすぎたり 必要以上に仲間作りに必死になりすぎる結果 強烈な被害妄想に発展していく人って 少なからず ママたちの中にいるわけですよ。
幼児性愛変態男に殺された事件も恐いですが 私的には ママ友達が起こす事件のほうが よっぽど恐怖です。(殺人にまで至らずとも)
どう防げばいいのか どうやって予知、予見すればいいのか
もっと相手の悩みを聞いてあげればよかった とか もっと相談にのってあげればよかったと 事件を起こした加害者の立場を思いやって発言する人もありますが
じゃあ、だれが猫の首に鈴を? 鬱々とした堂々巡りの悲劇のヒロインが垂れ流す出口のない不安と悩みを 彼女が満足するだけ時間をさいて聞いてあげようという人が一体どこに?
結局はターゲットにされないために ナチュラルに避けることしか方法がないのが現実なわけですよ。
「私は××したいけど××だからできないの」 「××さんはいいわね、私なんか」
こういう台詞や自分を誰かと比較してやたらと卑下する言葉が頻繁に口から出る人は はっきり言いますが
いろんな意味で要注意です。ええ。
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