・・・鬱陶しい。
皆が出勤してくるまでZはしつこく口説き文句を垂れ流し続け、
しまいには綺麗に纏めた髪の束に指を突っ込む、
髪を留めるゴムを持っていってしまうといった実際的な行動で
私が髪を纏める作業を邪魔し続けた。
アンタに私の髪を結わせない何の権利があるワケ?
私にアンタの言うコトを聞く何の義務があるの?
ああ、鬱陶しい、鬱陶しい。
コレだから欲情男はイヤなのよ。
空気も読めない。
言葉も読まない。
読むとしたら全部自分に都合のいい方向にばっかりでさ。
読んでもこっちの意志はまるきりシカト。
結局自分が穴に突っ込むコトしか考えてない。
・・・しかもそれも100%自分の妄想で仕立てで事実なんて欠片もありゃしない。
現実逃避もいいトコロ。
それなのにどいつもこいつも突っ撥ねられると逆ギレしてさ。
ああ・・・コイツの体臭、臭い。
近づかないでよ。
自分の体臭くらい気にしろって。
きちんと身体洗って無いのね。
どうせ自分の身体にもナルシスティックな妄想のフィルターかけちゃって
自分の身体が臭いなんて、少しも疑ったコト無いんでしょ。
気が付かないまま歩いてるなら人間公害だわね。
いっそのコトゴミ捨て場にでも捨ててきてやろうかしら。
ああ、一緒にされちゃゴミの方が可哀相か。
アンタよかゴミのがよっぽど良いニオイ。
そのキショイ欲情篭った目で見るのやめてよ。
見るだけで身体腐りそう。
消えてよ。
アンタの種なんか仕込んだっていい芽が育つワケ無いもの。
死んだ方がよっぽど社会の為だわ。
どうせセックスしたってゴムもつけないで
犬か馬みたいに盛るに決まってる。
「デキるワケ無い」と思ってるものね。
その妄想100%の何ひとつ根拠の無い頭でさ!
ふざけないでよ。
何でアタシがアンタなんかに触られなきゃいけないワケ?
彼氏が居るって言ったら遠慮くらいしろ!
「世界中の女は俺のモノ」でちゅか〜?(w
アンタがどんな女でもモノに出来るくらいイイ男だってなら
アタシの彼氏は神様に見初められて星になっちゃう美青年だわ。
アンタがイイ男なら世界中の誰にも「モテない」なんて悩み無くなるわね!
だってアンタは最低ランクの男だもの。
アンタみたいな種類の男ほどサイテーな男なんて居ないんだから!
私は内心、
こちらが聞く義務も無いコトを延々強要し続けるZのしつこさと
許されてもいないのに私の体の一部である髪を遠慮無く触れるZの無礼さに
腸を煮えくり返らせて殺気立っていたが、
それでも邪魔をしに出された手を極力力を抑えて払い、
対面だけZの言葉を愛想よくかわしながら髪を梳き続けた。
触れられた時に私が一瞬見せる、
嫌悪感を顕にした顔に何故Zが気付かないのか、
自分で気付かせないようにしながらも
気付かないZの鈍さを無性に呪わしく、
実際にはそんな権利など無いのに
自分に髪を縛らせないように命令する権利があるように振舞うZを
生きる価値も無いほど滑稽に思いながら。
・・・そうやってZの妨害を受けている間に時間は経ち、
こうしている内にもうひとり、仕事仲間がやってきた。
おそらくZと私が普段と全く違う距離に居るコトに驚いたであろう彼女は
一瞬怪訝な表情をして動きを止め、
その表情に気付いたZはそそくさと私と距離をとった場所に座り直した。
しばらく彼女は私達を交互に見て「どうしちゃったの?」と
言いた気な表情をしていたが、
気を取り直して(?)荷物を所定の場所に置き、
作業のできるカッターナイフやエンピツを取り出して身に着け、
作業の出来る体勢を整えながらZに話しかけはじめる。
(彼女は女の子の中では一番Zと仲が良かった。)
「どうしたの?その顔!?」
「あ?ああ、酒飲み過ぎた・・・浮腫んでるか?」
「浮腫んでるっていうか、まだ顔赤いよ?」
「ああ、まだ酒が残ってるからなぁ。」
「お酒好きだねぇ・・・。」
私は彼女とZが会話をはじめるのを見て、
Zの感心が離れるのを待ってましたと言わんばかりに
さっさと鏡を覗きこんで髪を縛り、
クルクルと毛束を丸めて先をゴムの中にしまってしまった。
それに気が付いてZが私の方に身を乗り出した時は
私はすっかりいつもの作業を終えて、鏡を鞄に仕舞うところだった。
「なんだよ・・・縛らなくてもいいじゃねぇか。」
いつも私に話している口調とは打って変わって馴れ馴れしい、
自分の所有物に話しかけているかのようなZの言葉に、
準備の手を止め、目を見開いて彼女は私を見る。
「・・・Zさん、さっきから変なの〜・・・なんとかして〜(笑」
私は押し付けがましい視線を湛えて私を見つめるZには全く応えず、
彼女に向かって笑いかけ、話し掛ける。
ココでいつもの調子で愛想良くZに応えれば、おそらくそれがどんな答えでも、
Zは言葉の内容を考えずに、反応をもらったコトで増長するだろう。
しかしZは常に相手のちょっとした感情の揺れからくる失態や
協調性の無さをいちいち論って、
それが自分の言うコトが正しい証拠であるかのように主張して
自分が気に入らない相手を無視するコトを正当化し、
さらにはリーダーとしての人望を濫用して
周囲を煽動するコトにも何のためらいも無い人間だ。
(彼は自分の行動の矛盾に罪悪感どころか、何の疑問も感じて居ないだろうが。)
あからさまに無視したり急に愛想を悪くしたりするコトは、
自分がこれから同じ職場で数週間仕事を続けていく上で
居心地の悪い空間を作る原因に充分なり得る可能性がある。
・・・だから私には怒りを顕にしたり、反発するコトはできなかった。
が、拒絶の言葉や態度をあからさまに現して
彼に私を非難させる大義名分を与えるコトさえしなければ、
彼は自分の正しさを誰にも主張できない。
間接的かつある程度の親しささえ持ってやんわり拒絶をアピールしていれば、
如何にそこから垣間見える意志が『否定』であっても『仲間』
見た目大胆に見えてもZの傍若無人さは気の小さいトコロを隠す為。
彼が如何に頭に血を昇らせても、私を蔑ろにしたくても、
『仲間』の私を堂々と非難するコトは周囲の疑問や反感を買う行為。
そこまではさすがに気の小さい彼にはできなかろう・・・という、
今まで彼の人間を観察して得たしたたかな計算が働いての行動だった。
「そうなの?(笑」
「も、いつも何も言わないクセに今日に限って髪の毛縛るなってうるさいの(笑」
「なんで?(笑」
「さぁ?いきなり口説きモード入るしね〜(笑」
「口説いてるの!?(笑」
「もう、綺麗だとか惚れそうだとか(笑」
「うわ〜(笑」
「はっきり言って気味悪いからもう髪の毛縛っちゃうわっ☆」
「はははっ。」
Zはしばらく私達がそんなふざけた会話をしているのを黙って聞いていた。
私は視界の端でZがどういう顔をしているか捉えていたが、
Zに気が無いコトをアピールする為に
知らん顔でZが如何に可笑しかったかを
さも毒気の無いフリをして笑って話し続けた。
そうやって面白おかしく間接的にZを撥ね付けていると、
話の途中で、ガタ――――――――ン!!と、椅子が鳴る派手な音がした。
飛び上がった仕事仲間が反射的にそちらを向き、
私も努めて表情を変えないように彼女の視線を追ってゆっくりとそちらを見ると、
Zが怒りの表情を顕にしてこちらを睨んで立ち上がったところだった。
ああ、キレたな。
私は概ね予期していた出来事に
Zの心の機微など何も気が付いていない様を装ってのんびりとZを見つめ、
どうかした?・・・という風に首をかしげて無言で問いかけて、
一瞬口の両端を吊り上げて笑った。
Zはそれに気付いてか
私を睨みながら怒りを吐き出すようにフンーッと一回、
溜息とも鼻息ともとれる大きな息をして、
リノリウムの床でよくもそんなと思うほどの大きな足音を立てて
ズカズカと休憩室から足早に出て行った。
「・・・・。」
仕事仲間と私は、お互いにポッカリ口を開けた驚きの表情で顔を見合わせ、
そのままの表情でZの行く方向を見て、を繰り返していた・・・が、
・・・アンタもGとやってるコト変わらないじゃないの。
私はZの後ろ姿を見送りながら、頭の中でZを思うさま嘲笑していた。
「ねぇ、姐さん、Zさんにあんまり近づかない方がいいよ。」
「・・・いや、なんかあの人がイキナリ勝手に近づいてきただけで、
私は近づこうとか思ってないんだけど。」
「そうなんだ?・・・Zさん、彼女居るんだよ〜。」
「そうなんだ?」
「しかも妻子持ちなんだってさ。」
「そうなの!?」
「Zさん、彼女とラヴラヴだったのに〜。
・・・どうしちゃったの?」
「分かんない〜。」
「今の彼女も、うちの派遣会社で働いてるうちに見つけたんだよ。」
「・・・。」
「私の友達なんだけど、もうZさんに『お熱』っていうの?(笑。」
「『お熱』て・・・古ッ(笑」
「その子Mちゃんって言うんだけど〜、婚約者も居るんだよぉ〜。」
「ほぉ!?」
「よくやるよね〜。」
「ホントだね〜。私にはマネ出来ん(笑」
「・・・いや、しなくていいから(笑」
「彼氏居るからしても困るし、する気無いし(笑」
「ヨシヨシッ!!いい子だ(笑」
「・・・アンタ何モンやねんな(笑」
笑って仕事仲間と会話を続けている間に
私は彼女から仕入れた情報を頭の中で整理して、
彼の状況を掴んで眺めてなお・・・いいや、さっき以上に、
心の中で彼を嘲笑った。
ああ、そう。
そういう男。
お生憎様。
私は落ちないわよ。
・・・アンタみたいな男には絶対ね。
『父親と同じ種類の男だ。』
ただそれだけの理由でムキになってた。
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